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01-04 剣と魔法のファンタジー

0706 2017 改訂

2021 0717 手直し

2024 0206 手直し




 そもそも、現代日本から魔法ありの異世界に転生したら、だいたい、何がしかのチートな能力が秘められていてもおかしくない(と勝手に思っている)のだが、そういった特殊能力が発現する気配なんて、今のところはこれっぽっちもない。それについては今後に期待している。


 最近知ったこと。

 アリエルが生まれた家はベルセリウス家といって、一応は貴族の称号があるらしい。

 これについては納得だった。一般家庭に二人も使用人がいるわけないし。


 今いるここは、なんだっけか、覚えてないけど、なんたら王国の北の果てに位置するノーデンリヒト領という土地で、領主がトリトン・ベルセリウス。それがアリエルの父親。つまり、アリエルはノーデンリヒト領主ベルセリウス家の跡継ぎということになる。


 何不自由ない暮らしをさせてもらってはいるが、知識の中の貴族とは、どうも暮らしぶりが違う。とても華やかで贅沢などとは言えない慎ましやかな暮らしだ。このノーデンリヒトはあまり豊かな土地じゃないらしく、金持ちかと思ったのは使用人が2人もいることと、人数のわりには広すぎる屋敷に住んでいるぐらいで、いかにも貴族といった金ピカに囲まれるような暮らしとは無縁だった。


 てか、広すぎる屋敷が災いして、掃除の手が足りてない。

 使用人のポーシャとクレシダはほとんどの時間を誰も使わないような無駄に多い部屋の掃除に明け暮れているようにすら思えるほどだ。


 父トリトンが庭で剣を振ってるところは何度か見た。

 でも美月みつきのやっていたような鍛錬とは違う、何か剣の重さ?というか、重心を操作する加減を伺いながら、スムーズに回るのを確かめるような型だった。


 というのも、この世界の剣というものはとにかく重い。日本刀のように切れ味で勝負するものではなく剣と剣で打ち合って刃こぼれしたとしてもその質量でぶん殴って致命傷にするような剣だった。


 用法が違うのだから型も違うし、力の入れどころも違うのは当然のことだ。

 これも最近知った事なのだが、トリトンはどうやら領主でありながら軍を組織して、領内を守る隊長のような職に就いているとか。月の半分ぐらいは平気で家を空けるので、どこほっつき歩いてんだろうと思ったらやっぱりそんなことだった。しかしこの土地はとにかく雪深くて寒いことだけは確かだ。毎年使う薪の量が半端ないことも知っている。


 そして魔法の事なんだけど、こちらも進展があった。

 ある日ポーシャがロウソクに火をつけるところ、何で火が点くの?と聞いたらあっさり魔法だと教えてくれた。やってみたいから教えて欲しいとお願いしたけれど、呪文のほかに起動式というのが必要らしく、子供にはまだ難しいらしい。


 そりゃあ幼児に火の魔法なんて覚えさせたら、子どものいる家は頻繁に火事が起きてしまうことになるのだから教えないに限る。


 解説付きでやって見せてもらったが、左手で指さして火の出るところを用意して、呪文を唱えるのと同時に、右手でなにか空中に文字? を書くような素振りをすると指先に炎が出る。

 この右手の文字を書くような動きが起動式というものらしいが、どういう訳か、アリエルにはこの魔法がとても懐かしく感じられた。火を扱う魔法だからだろうか、とても暖かく感じる。


 幼年期というのは、本来、子どもにとって様々なものが興味の対象になるはずなのだけれど、中身25歳のトッツァン坊やだから『いないいないばあ』や『高い高い!』でキャッキャ言いながら喜んだりすることもない。そういえば、いちどビアンカがトリトンと話しているのを聞いたことがあった。アリエルは生まれたときですら泣かなかったし、いままで泣いたことがないという。


 まあ中身が25歳の超好青年なんだから泣きわめいてを通すなんて恥ずかしいことしたくないし、わざとウソ泣きするのも嫌だ。

 泣くことでチート魔法の一つでも手に入るならいくらでも泣いてやるが、どうせそんな甘い話なんてないのだろうし。


 今現在、アリエルの転生特典は、義務教育を修了し、高校3年1学期ぐらいまでの一般教養ぐらいか。将来かならず魔法は使えるようになりたいのだけど、いまのところ持って生まれたチートは前世の記憶。それだけあればなんとかなるんじゃね?と思ってる。


 だけど惜しいとは思ってる。前世で孫子の兵法オタクだったり、黒色火薬やニトログリセリンの製法を勉強してたら役に立ったのだろうが、残念なことに、そういった知識チートで乱世を渡っていけるような知識などサラサラない。まあ威力の強い魔法があったら火薬なんか要らないのだろうけど。


 いま興味があるのは魔法と、あとトリトンがたまにやってる剣術ぐらいか。


 ふと、暖炉の火かき棒を立てているところに、木剣が立てられているのを見つけた。

 最初は退屈しのぎだったのだけれど、木剣を振ることで美月との繋がってるような、そんな感覚があった。片手持ちの木剣だったが、子どもの手には大きく、ちょうど両手持ちの大剣のような大きさだった。


 日本の木刀のように細くはない、西洋の両刃の剣を模した木剣だから、それなりに重さがあるし、重心も先のほうにあるようで、ひと振りごとに態勢が崩れる。


 上段に構えて振り、体勢を崩してはまた上段に構えて、振る。


 剣の重さに身体が振られてバランスを崩す。


 一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくを見ながら、自ら改善を試みる。


《いや、こうじゃない。バランスが崩れるのは足がちゃんと地面に付いていないからだ。》


 美月が剣を振ってるところをずっと見てきた。

 

《美月はどう振ってた? もっと、こう、……いや、こうだ。もっと、こう。》


 アリエルはブツブツと念仏でも唱えているかのように集中して木剣を振っていた。


 最初は剣の重さにバランスが崩れてヨロついていたけれど、少しずつ改善を重ね、しばらくするとあれほど重そうだった剣が風を切る音を鳴らすようになった。


 ―― ビュッ!


「ほう……」トリトンは剣に興味を持った我が子を内心で喜びつつ、最初こそにこやかな微笑みで見守っていたが、振る度わずか、ほんのわずかずつ鋭さを増し、ついには空気を切り裂く音した出す息子の振りに驚きを隠せなかった。


 この子は初めて木剣を握ったというのに、剣を振っているうち、もっと速く振るために自分の身体と会話し、もっと鋭さを増すために、地に立つ足元から改善し、ちゃんと頭を使って、ひと振りひと振りを考えて行っているのだ。


 親馬鹿と言われるかもしれないが、息子には並々ならぬ才能があると思って期待してしまうのも無理はない。


 なにも教えていないのに、アリエルが剣に向かう、その姿勢がすでに剣士そのものなのだ。


 才能というよりは『資質』といったほうが近いのかもしれないが。


 だが、いまの剣術は資質では決まらない。

 残念なことに剣であっても魔法の力が必要。つまるところ強化魔法の出来不出来によって優劣が決まると言っても過言ではない。

 単に肉体のみで剣をうまく扱えたところで大した意味をなさないのだ。


 それでもこの、剣を振るという、シンプルな一点の動作に対して創意工夫を凝らし、結果、振りの鋭さを増している。トリトンはいまの剣士が強化魔法に頼り切っていて、忘れてしまった向上の精神をアリエルに見たのだ。


 もしこんな才能がなければ、この子は命のやり取りとは無縁の、穏やかな人生を送れたのかもしれない。だがこの世界には『才能をもって生まれた者には責任がある』という格言がある。簡単に言うと、他の人に出来ない事を出来るなら、それをやらなければならないという意味だ。


「なあアリエル、その構えは手斧で薪を割るとか、ツルハシで穴を掘るときの構えだ。でもな、スジはいい。おまえは剣の才能があるかもしれないな。ビアンカはまだ早いと反対するかもしれんが、家庭教師を頼んでみるか」


 トリトンは上段構えを知らない。ということは、この世界の剣術で剣を上段に構える者など居ないということだ。


 アリエルはごつごつした大きな手で、ちょっと乱暴目に頭をグシャグシャッと撫でられたこと、少しだけ嬉しく思った。顔を見上げるといい顔で笑ってる。どういったことだろう、こんな上機嫌なトリトンを見たのは初めてだからだろうか。


「ふっ……、なあアリエル、お前には期待してしまうよ」


 そういわれてみると、アリエルとしてもなんだかホンワカして嬉しい。

 褒められて嬉しいというよりも、自分のことで身内が喜んでくれることが素直に嬉しい。こんな感覚、前世でもあまり感じたことはないのだが……。


 嵯峨野深月さがのみつきはアリエル・ベルセリウスとして転生し、よわい7歳にして新しい家族と生きてゆく異世界での生活も悪くないなと……、そう思った。



----


 その夜、アリエルはいつものようにビアンカの胸に顔を埋め、その豊かな肉質の感触を顔全体で確かめているところだったのに、無粋にもトリトンが水を差すようなことを言った。いつもの軽薄な薄ら笑いはなりを潜め、いつもとは違う雰囲気を醸し出している。


「ビアンカ、ちょっと話がある」


 ビアンカはアリエルの金色の柔らかい髪を撫でながら少しだけ視線をトリトンに向けて、あんまり興味なさそうな生返事を返した。


「……、何ですか? そんな神妙なお顔で」


「北の山の狩人の話なんだが、麓で魔族を目撃したと言ってきた。狼の獣人だったそうだ。……まさかとは思うが」


「……そう」


 トリトンはバリバリと頭を掻きながら、どうすっかなあ……とでも言わんばかりに頭を抱えている。


「ああ、でも、目撃された魔族が最初の偵察だとしたら、たぶん、2年か、3年の時間はある。もちろんその時、アリエルとビアンカには南のマローニあたりに避難してもらうが、私はここを守らなければならない」



「…………」


 ビアンカは不満そうに唇をゆがめて、トリトンから視線を外した。僅かに左右に揺れながら柔らかい空気感をつくっていた動きも、アリエルの背中に回した手でポンポンとリズムを刻む手もその言葉を境にピタリと止まってしまった。ショックなことを言われたのだろう。


 トリトンはさらに言葉を重ねる。


「なあビアンカ。少数の衝突程度なら砦の兵力だけでどうにでもなるが、軍を率いて侵攻してきたら、たぶん砦は抜かれるだろう。そしたらこの村も屋敷も焼かれてしまう。だからそうなる前にアリエルとビアンカは村人たちと一緒にマローニに避難してもらう。戦争になったら家庭教師に魔法を習うなんて余裕はなくなるから、できるだけ早くアリエルに家庭教師をつけて、少しでもこの厳しい世界で生きていく力を身につけさせたい」


 会話内容の深刻さとは裏腹に、トリトンの表情はとても優し気だったのが印象的だった。


「……大丈夫だ。アリエルには才能がある。きっと強い剣士になるよ」


 不安に押しつぶされて言葉の出ないビアンカに、気の利いた言葉をかけてやったつもりなのだろう。しかしそれはちょっと違う、ビアンカはアリエルのことを心配しているのではなく、トリトンのことが心配なのだ。


 二人のちぐはぐなやり取りを見ながらも、アリエルは事の重大さに気付き唖然としてしまった。


 魔族と戦争? ……。

 魔族? 魔族とはいったい何なのか?

 日本の昔話に出てくる妖怪みたいなものかもしれない。

 剣と魔法と……人外の種族まで出てくるとは、徹底したファンタジー設定だった。


 ビアンカは目を伏せ、何も言わずに涙を流しているのがとても印象深かった。

 アリエルの髪を梳きながら俯き、その大きな青い瞳から、止めどなく涙がぽろぽろと零れ落ちるのを拭おうともせず、ただ流れるままに、ぼとぼとと音を立てて零れ落ちた。


 魔族が攻めて来たらトリトンに勝ち目はないのだろうか。

 トリトンは、何年後かに魔族の侵攻があり、そのとき自分は死ぬと言っているように聞こえた。

 だからこそ、ビアンカとアリエルには安全なところに避難しろとも。


 アリエルはまだ7歳の子どもだ。自分には何の力もないことを知っている。

 算術など一般教養に含まれる知識はあるが、戦うための力はまるでない。


 でも才能はあると言われた。たぶんトリトンの親馬鹿が見せる幻想的な勘違いだろうけど、悪い気はしなかった。家庭教師に教えを受けて、ビアンカを守る力を期待されているのだろう、正直、期待に応えることができるか不安だが……。

 

 アリエルはひとつ心に決めた。これから毎日、木剣を振ろう。

 前世の嵯峨野深月さがのみつきが毎日、美月んチの庭で見ていた素振りをしよう。


 あれほど見ていたんだ。

 柄の握り方、足の運びまで覚えてる。


 記憶の中の美月が先生だ。

 美月が竹刀で空気を切り裂く音まで鮮明に思い出せる。


 大切な人を守れるように。


 自分の身も守れるように。


 いつか、日本に戻って、美月に言いたいことがある。


 今日も、明日も、木剣を振ろう。

 アリエルは魔法も剣術も真面目にやると決めた。この世界に生まれて7年、ようやく一つ自分の目標ができた。



----


 アリエルはそれから毎日毎日、木剣を振っている。

 幼馴染も友達もいない極北の地で剣に触れる時間は自然と長くなっていった。



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