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17-14【ゾフィー】東門の守り

 ウズは棚に掛けていた剣を手にとる。現場を確認するため詰所を出たところで、通りを走ってきた2人の衛兵にすれ違いざま呼び止められた。


「ああっ、ウズ隊長! まってください、大変です!」


「む? なんだお前たちもか。報告があるなら早くしろ」


「はっ! 報告します。ハーヴェスト通り2-52-37にて士長オラムが何者かに殺害されました! 応援が必要です!」


 ビシッと踵を鳴らして敬礼し、息も切らさずに報告が読み上げられた。

 別動隊の2人が目撃したことにより、隊長が指揮を離れてわざわざ現場を確認しに行くこともなくなった。


 だがしかし殺害されたオラム士長とツーマンセルを組んでいたハミルトン衛士が、オラム士長を殺害した犯人をベルセリウス派の魔導師だと証言したのに対し、この2人は何者かに殺害されたことだけ報告した、それがまずひとつ解せなかった。


「なに? 殺されただと? おまえたちはそれを見たのか?」


「はっ! 見ました」


「オラム士長が殺害されるところを見たんだな!」


「はっ!」


「ではオラム士長は誰に殺された? なぜおまえたちは仲間を殺した敵を逮捕していないのか!」


 2人は犯人と対峙し、オラム士長が殺される場面に居合わせたにもかかわらず、犯人の情報をまるで得ていなかった。これはオラム士長が殺害されるところまでは見ていたが、その後すぐに現場を離れたということではないのか? と訝った。


「ふむ。では相棒のハミルトン衛士はどうなったのか」


「いえ、確認はしていませんが……おそらくもう……」


 衛兵詰所の前には装備を付けた兵士たちがゾロゾロと集まり始めていて、ブーツの革ひもを締めなおして、いつもよりきつく結んでいものや、革の胸当てを固定する背中のベルトを、2人組になって固定し合っている。

 現場に居合わせたという2人は敬礼を解き、増援の列に加わろうとした。

 ウズはこの2人が何か隠していることを直感で感じ取った。


「いや、お前たちはいい。今日はもう帰って休め。自宅待機だ。追って沙汰あるまで謹慎とする」


「え? なぜですか」


「オラム士長を殺したのはベルセリウス派の魔導師だ、現場を離れて半鐘はんしょうを鳴らすこともせず、お前たちはいったい何をしていたのか!!」


 ウズは仲間を見捨てて現場から逃げたとしか思えない二人を叱責し、次に集まり始めた増援の部隊に向けて大声を張り上げた。


「敵はベルセリウス派の魔導師がひとり、身長190センチ前後で、全身真っ黒な大女だ。オラム士長を殺害し、あろうことか国王との謁見を求めこっちに向かっている。目撃証言からスカーレットの魔人族の可能性がある。十分注意して事に当たれ! 一人で対処しようとするな! 何かあればホイッスルを鳴らし、応援を呼ぶんだ。分かったな」


 ニヤニヤしながら話を聞いていた腕っぷしの強そうな髭の男が、首の関節をゴキゴキと鳴らしながら大声で応えた。


「ベルセリウス派? そんなものが本当に居るのですかい? バラライカで殺されたっていうじゃねえか。俺たちは何をすればいい? さしずめ幽霊退治ってトコか?」


 あるいは集合し始めた騎士団を横目に見ながらわざわざ聞こえるような声で応える者も。


「がははは、ベルセリウス派? そんなもの居ないとして、セカで騎士団を泣かして追い出したのは誰なんだ? まったく、いい大人がみっともねえ。盾を並べて突っ立ってるだけしか能がねえからだろ、いい機会だ、俺たち衛兵隊がそのベルセリウス派ってのをとっつ構えて、不甲斐ない騎士団のカタキとってやんよ」


 ウズ隊長は兵士たちの士気が高いことを喜び、兵士たちが50名程度出てくるのを待って、城門の前に整列させた。


「まあ、ホンモノである可能性は低いと考えておるよ、だがホンモノであれニセモノであれ、オラム士長が殺されたのは事実だ。いいか諸君! ベルセリウス派は俺たちをナメているぞ。んなもん、第二衛兵隊の威信にかけて首に縄掛けて引きずってでもここに連れてこい! 俺たちをナメたことを死ぬほど後悔させてやるんだ、分かったな! 何としても捕らえて法の裁きを受けさせてやる。それが我々、プロテウスを守る衛兵隊の使命だ!」


「「「「 うおおおおぉぉっ!! 」」」」


「よし! いい気合いだ!! 敵は15分ほど前にハーヴェスト通り2-52-37、カルナゴ雑貨店の前でオラム士長を殺害している。その後の足取りは不明だが10人ずつのグループに分かれ、市民たちの証言をもとに捜索せよ、15分あればのんびり歩いていても1キロは移動するぞ? もたもたしていると索敵しなければならない範囲はどんどん増えてゆく。いいか! 発見したら捕らえるよりも逃がさないことを優先させ、応援を呼ぶんだ、わかったな!」


「「「「 はっ!! 」」」」


 衛兵詰所の前に集まった50人からの兵士たちは、号令と同時に踵を踏み鳴らし石畳を響かせた。

 集まった部下たちの表情を全員分ひとつひとつざっと見渡すと、心地よい緊張感に気合の入った、頼もしい男たちの眼光があった。


「では開戦だ! なんとしても見つけ出せ!」


 衛兵隊の準備が完了し、10人ずつのグループができたものから次々と索敵に出る衛兵たちが5チーム出払ってしまった頃、さきほど騎士団の詰所に向かったシセルドが、ようやく戻ってきた。


 騎士団のうち押っ取り刀で駆け付けた騎士団の第一陣、7名と共にプロテウス城東門へ到着した。

 石畳を踏むことでガチャガチャとうるさい騒音を立てる金属鎧を着込んだ騎士たちの先頭には、トーラス・ハモンド王国騎士団長がいて、ウズと目が合うと走りながら略式の敬礼を行い、挨拶を交わす。


 王国騎士団長トーラス・ハモンドは、アリエルのおかげで騎士団長になることができたと言って過言ではない男だった。


 というのも、今から18年前、前世のアリエルがパシテーと2人、最初にダリルマンディを襲撃し、当時のダリル領主へスロー・セルダルを倒したとき、当時の騎士団長だったショーン・ガモフはその魔法の威力と特異性にいち早く注目し、ダリルマンディへ調査団を派遣、その報告が信じられないものだったため、自らもダリルマンディ入りし、徹底的に調査を行った結果、ベルセリウスとは戦うべからずという結論を出した。


 ノーデンリヒトのベルセリウス家を除く、四大貴族は王国でも最重要VIPであるのに、仮にも王国騎士団長ともあろう男がベルセリウスとは戦うべからずなどと腰の引けたことを言いだしたものだから、王国軍だけではなく、魔導学院は当然としても、騎士団の中にも反発する者が多く居た。


 その戦わない姿勢を打ち出し、国王に上申したことを弱気と捉えたトーラス・ハモンドは、当時の上役であったショーン・ガモフ団長を厳しく批判『そんな弱腰で騎士団長が務まりますか!』と言って、ショーン・ガモフを引退に追いやり、自らが騎士団の全権を掌握したという経緯がある。


 ベルセリウスなど恐るるに足りん! と言って、大風呂敷を広げ、自らが王国騎士団長の椅子を手に入れた以上、ベルセリウス派の魔導師が王都に現れたと聞けば、決して引くことなく動かざるを得ない。ここで何もせずに指をくわえて見ていると、引退してなお騎士団の中に影響力を残すショーン・ガモフの信奉者どもに攻撃の口実を与えてしまう。


 なので王国騎士団長トーラス・ハモンドは、ベルセリウス派に対して常に強硬姿勢をとらざるを得ないという立場にあった。


 ベルセリウス派の魔導師が街で暴れて衛兵の一人を殺したという、衛兵隊には気の毒な話であるが、王国騎士団にとってこの上ない好都合だった。マローニを奪われ、セカを奪われ、占領したボトランジュの土地をすべて奪われてしまって、騎士団の権威もメッキが剥がれ始めたと陰口を叩かれるようになって久しい。


 ここでひとついい働きを見せておかねば、次に批判の対象となり、騎士団長の座から引きずり降ろされるのは、他ならぬ自分なのだから。聞けば王都に侵入して衛兵を殺害したベルセリウス派の魔導師の名はゾフィー・カサブランカという。これは女の名だ。しかもベルセリウス派のブラックリストに名前がない。恐らくは新人か、もしくはベルセリウス派魔導師のうちの誰かの弟子なのだろう。いきなりアリエル・ベルセリウスではなく、無名の、一番弱そうなやつが向こうから来てくれたのだ。トーラス・ハモンドはこの襲撃をチャンスと考えた。アリエル・ベルセリウス本人ではなく、名も知らぬ徒弟のようなものが単独で襲撃してくれたのなら、これ以上の好条件はない。


「騎士団には招集をかけておるところだ。最精鋭部隊を集めるからな。北門からラムセス、西門からオーダー、南門からはゴリアーテ、そしてここ、東門からは王国騎士団最強の神の盾、ルシウス・エッシェンバッハがこの門を守る。我ら騎士団の許しなくして、鼠一匹どころかアリ一匹この門は通さぬからな」


 ハモンド騎士団長がウズの肩に腕を回してそういうと、ウズは心底安心したように顔を綻ばせた。

 何のことはない、ウズもハモンドと共に前騎士団長を引退に追い込んだ一人だった。


「心強いお言葉です」


 フル装備をつけた騎士団が次々とプロテウス城の東門前に集結し始めていて、アリ一匹通さぬというよりも、これだけの雑踏であれば、通り抜けようにも蟻だったら必ず踏みつぶされるであろうといった人混みとなっていた。


 フルプレートの騎士たちが肩を寄せ合い、盾を合わせてダイヤモンド隊形を作り、鉄壁の守備を固めているところ、高く、よく通る声で騎士の集団を割ってくるものがあった。


「魔導学院が参じたぞ! 道を開けよ、セクエク・アルドである!」


 ハモンドが振り返ると、大事そうにグリモアを抱えた小柄な男が、金糸で刺繍を施された豪奢なローブを翻し、道を開けぬ騎士たちの頭越しに、ふわりと浮かぶようにジャンプして来た。


 この黒くテラテラと艶のあるビロード生地のローブに、目立つよう金糸のステッチで装飾を施すような派手な魔導師、この国にはおそらく一人しかいない。


 セクエク・アルド、王都魔導学院の学長であり、シェダール王国では最強の称号をほしいままにする天才だ。爆炎のフォーマルハウトと戦っても互角に戦えると豪語するほど魔法の腕前は確かであるし、その実力を何十倍にも高めることができる詠唱破棄、魔法即時発効のグリモア詠唱法を確立している。


「ちょっと道を開けてください、痛い! 痛いですっ……アルド先生、助けて……」


 アルドに続いて助けを求める声の主は、いかにも魔導師といった黒のローブを纏っている金髪の若い女性、名をアナ・ファミルという。金属鎧を装備した騎士の集団を割って通ろうとしたせいで、挟まれたり、足を踏まれたりして、痛い目に遭っている。


 このファミルという女、アルドの弟子の中では分析魔法を使わせると、他の追随を許さぬ高精度をはじき出し、炎魔法を扱える者をより高く評価するきらいのあるアルドが、唯一、土魔法の使い手として並いる炎術師を抑えて最高評価を得た実力者だ。


 王都魔導学院では、学生の身でありながら、早くもグランネルジュ魔導学院学長であり、土魔法の権威であるカタリーナの再来とまで言うものが少なくない。いわゆる天才というやつである。


 アルドがファミルを危険な戦場に連れて来たのは、確かに騎士団から出動要請を受けた時、確かに一番近くにいたからという理由もあるが、アルドが最も信頼しているのは、ファミルこそが攻城戦における防御に最も秀でているからであり、それにベルセリウス派の使う魔法がいかほどのものか、分析させてみるのも面白いと考えていた。


 ベルセリウス派の襲撃という一報を受け、シェダール王国軍は、主要戦力をすべて東門へ集結させたと言って過言ではない物々しさとなっている。


 シェダール王国軍がどれほどアリエル・ベルセリウスを警戒しているかを如実に表している。


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