17-02 ユピテル、現る(2)
~ もう終わりにしないか ~
アリエルはこの男の口からまさかそんな言葉が出てくるなどとは思わなかったせいか、訝し気に眉を顰め、防がれた愛刀美月を肩に担ぎ、斜に構えた。
なぜ上から目線で、今更、そんなことを言うのか。いや、これは提案なのだろう。
プロスペローは次の攻撃があろうと防ぎきる自信があるのだろう、柄に手を掛けることなくユピテルの傍らで目を伏せたまま控えていて、車いすを押すテルスはその手をハンドルから離して槍を取ろうともしない。
爆破魔法を封じたことで安心して出てきたのだろうか、いずれにしても手を伸ばせば届く距離に現れたということは、たまたま、よりによってゾフィーが不在の時に、運悪く、バッタリと偶然に出てきたというわけでもないのだろう。
ゾフィーが単独行動しているところを狙われたということだ。
アリエルは瞬時に戦力の分析をしていた。
こっちは得意魔法を封じられた魔導師ふたりと、強化もままならない剣士がひとり。
対する敵側の陣営はユピテルだけではなく、テルスとプロスペロー、それにのっぺらぼう仮面……。
のっぺらぼう仮面の戦闘力はいかほどか推測することもできないが、簡単に倒せるレベルのものをわざわざこの場に引っ張り出してくる理由がない。それなりの戦闘力を持っていると考えるべきだ。
ジュノーがネストでゴロゴロしているのは好都合か、もしいまジュノーが居たとして、守り切れると考えるほど自信過剰ではない。
アリエルは自らの陣営が圧倒的不利なことを理解した。
自分だけならいざ知らず、ロザリンドは強化魔法も防御魔法もない生身の状態だ。強化魔法をあてにした戦術は使えない。
ロザリンド? いや、どういうことだ? ロザリンドどころかサオの気配も……。
……。
誰の気配も感じなくなっていることに気が付いた。今出てきたやつらの気配を感じないわけじゃなかった。アリエル自身、気配を察知するスキルそのものが失われていた。そんな基本的なことにすら気が付かなかった。
気が付かなかった理由は、あの『いかにも怪しい』のっぺらぼう仮面に気を取られていたからだ。
確かにアリエルも迂闊だったのだろう、だがしかしこれは巧妙に迂闊さを誘い出した敵の手腕が上回ったということだ。
手を伸ばせば届くところにユピテルの首がある、テルスの首がある、プロスペローの首があるというのに、いまはその首に届かない。
アリエルは奥歯を噛み締めて悔しさを飲み込んだ。
「何を終わりにするんだ?」
目の前にいるユピテルに投げかけた言葉であるが、もちろん傍らに立つプロスペローやテルスに対しても言ってやりたい言葉だった。
「口に出して言わなければ分らんのか? 見るがいい、世界を。お前が戻ったことでまた戦争だ。小競り合いではない、人類の存亡をかけた戦争がまた始まろうとしている。お前はこの世界に必要のない異物なのだよベルフェゴール。いや、この世界ではアシュタロスと呼んだほうが通りがいいかね?」
周囲の者は頭に響く会話の中にアシュタロスの名を聞いた。
ノーデンリヒトの者、セカの者、そしてドーラの者たちもアリエル・ベルセリウスがアシュタロスの再来と言われているのは知っていたが、本物だという事を知っていたものはごく一握りのものだったため、多くの者は戦慄の表情を色濃く浮かべた。
いま自分たちが戦っている戦争は、ノーデンリヒト独立のための戦争ではない。魔族がこの世界で自由に生きるための戦争ではない。人と人との戦争でもない。
神話の世界の物語だと思っていた、世界を滅亡させる戦争だった。
集まったダリルマンディ市民がざわめく。
まったく、どんな魔法を使ったのか、この場に集まった1000を超える民衆の耳に、しっかり聞こえるようアシュタロスの名を出し、いま世界の敵と対峙していることを知らしめた。
レイヴン傭兵団の戦士も無意識のうちだろうか、こちらに向けて盾を構えていることに気が付いているのだろうか、まったく、簡単に操られすぎだ。
「戦争なんてやめようってか? じゃあ簡単だ、おまえら3人の首、ここに置いていけ。そのあとヘリオスを殺せば神話戦争は終わりだ。悪い話じゃないだろ?」
ユピテルは嫌悪感を露わにした。
「……、ほらみろ、この男は話をする気などないではないか」
「なあユピテル、おまえ本気で話し合いで解決できると思っているのか? だとしたらお笑いだ、世界のてっぺんでふんぞり返って16000年、ひとの気持ちや、心なんてものを考えたことはないのだな、いまでも」
「はあ、この男は……何を言うかと思えば、人の気持ち? 心? くだらない。スヴェアベルムはヘリオスさまの所有する領土であり、そこに住む者たちも等しくヘリオスさまの所有物である。この世界の土の一粒から、水の一滴に至るまで一切合切、すべてはヘリオスさまのものなのだ。気持ちはヘリオスさまのお気持ちであり、心はヘリオスさまの御心であるということを承知しておくがよいよ」
「そこなんだよなあ? おまえら十二柱の神々ってやつは、本気で人を人とは思っていない。お前も人だろう? ただ大きな魔力があるだけの、ただの人だ」
「持つものと持たざるものだ。それが神と人とを隔てる。おまえもその力を見せつけて王になったのではないか?」
「王は国民を守り、幸福にするもんだ、お前らとはちがう」
「何が違うものかアシュタロスよ、お前がこの世界に来なければ世界の7割を失うこともなかった。億を超える民衆が命を落とすこともなかった。それを幸福だなどとよく言ったものよの? ではお前の国民はどうなった? 幸福になったのか? ふふふふ、わははははっ、どうした亡国の王よ? さあ答えよ。お前の国民はどうなった? ああ、磔にされておったから見ておらぬのか? では教えてやろう、アマルテアの民は一人残らず首をはねられたと聞いたぞ、願わくば余もその場で見物したかったな、さぞかしうまい酒が飲めただろうよ、くくくく、くかかかかか……」
アリエルはそれ以上言葉が出なかった。
言い負かされた? いや、そうではない。
この男、間違いなくユピテル本人だという確信を得たのだ。
「ああ、イイね。その歪んだ微笑み。安心したぞユピテル、お前は変わらんな。俺もトシかな? いやあ、悪かった、ガラにもなく戦力的にこっちが不利だとか考えちゃったよ。こんなの俺らしくないよな?」
「くくくく、そうだねぇ、アシュタロス、えらく丸くなってしまったではないか、つまらんな、断じてつまらん。せっかくこんな埃っぽいところにまで下りてきてやったのに、それはないだろう?」
どうせ防がれることは分かっている。ならば簡単に止められないほど重い一撃を!
柄を握る手に力が入る。菱形に編み込んだ柄巻きに手のひらの肉がめり込み、ミシミシと音がする。まるで刀が怒りを表現するかのようだった。
アリエルは奥歯を食いしばり、筋肉がビキビキと緊張するのを怒りの感情に任せ、素早く愛刀美月を振りかぶると、全力の踏み込みと全体重かけてユピテルの頭に振り下ろした。
「死ねやあぁぁぁぁ! くっそ野郎がああああああぁぁぁぁ!」




