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17-01 ユピテル、現る(1)

 唖然としてしまい、開いた口がふさがらなくなったアリエルは、ああ、そういえば『構わんから特大のをぶつけてやれ』と言ってそれを取り消していないことを思い出した。


 だいたい特大のをぶつけてやれと言ったのは先制攻撃のためだし、サオの手から爆破魔法を生成し、それを教会にぶつけて爆破するところをダリルマンディ市民に見せつけてやることで今後の占領政策をよりやりやすいものにしようと思ったからだ。


 爆破魔法を転移させると、予備知識のないダリルマンディ市民は、いったい何がどうなって爆発が起こったのか理解できないまま、爆音と爆風のせいで耳を塞いで身を伏せた者、腰をぬかしてぺたりと座り込んだ者もいる。しかし逃げる者はほとんどいなかった。


 礼拝堂のステンドグラスが割れ、中から炎が噴き出し、もうもうと立ち上がる黒煙のせいで視界は極めて悪いが、礼拝堂から出てきたはずののっぺら仮面の居たところに炎が巻いている。


 一瞬だけイグニスが補助しているのか? とも思ったが、炎が巻いているわけじゃなく、炎が中心部分にいる者から避けて巻き上がっている。


 まあサオの転移魔法がノーコンなのは今に始まった事じゃない。アリエルはそんな事よりも、あの炎が渦巻いている中心にいるであろうのっぺらぼう仮面の使った防御魔法のほうに興味を持った。


 炎が渦を巻いているから風の魔法が起動しているようにも見えるし、現に風が巻いているのも確かだ。


 だがしかしアリエルには分かった。いま目の前で激しく渦を巻く炎を舞い上がらせている風は二次的なものだ。サオの熱量の大きい爆破魔法を避けるでなく、正面から受けきった。いくら直撃しなかったとはいえ、あれほどの熱量を受けて無事でいられるわけがない。


 サオの炎はねばっこくいつまでも消えず熱量を放出し続けるという特性がある。

 それを目に見える障壁も張らず風を巻き上げただけで躱し続けている。風魔法の使い手? ならぜひにでも てくてく の見立てを聞いてみたいところだが、残念なことにネストの入り口はロックされていて、ジュノーを呼び出すこともできない。


 ロザリンドは強化と防御を、サオからは爆裂を。そしてアリエルは、ストレージと爆裂が使えないことと合わせて考えると、どうにも腑に落ちないことがある。


 なぜそれだけなのか?


 ロザリンドの強化魔法、防御魔法を奪えるのなら、なぜアリエル本人の強化と防御を使えるままにしているのか? ストレージの魔法もそうだ、アリエルは使えなくなったが、サオのストレージは使えるし、あらかじめストレージに収納していた爆破魔法を転移させれば、ちゃんと爆破させることができたし、現に教会の建物は相当な被害が出ているようにも見える。


 ロザリンドは強化と防御が使えないようだが、刀を出しているということは、ストレージを使える。

 すでに何らかの攻撃を受けていると考えなければならないのだが、なぜ得意魔法だけを封じられたのか、その理由が分からない。



 分からない。


 分からない。


 分からないことだらけだが、炎の渦が引いてゆくと、礼拝堂の大扉の奥から数人の人影が出てきたことに気が付いた。気配は感じなかった。いや、たった今サオの爆裂を防いで見せたのっぺらぼう仮面も気配を感じなかった。なにか気配を阻害する魔法を使っているのだろう。


「師匠! まだ続けますか?」


「んっ、ちょっとストップな、他にも誰か出てきた。挨拶してから殺してもいいだろ……」


 アリエルは目を疑った。


 サオのノーコン爆裂転移のおかげで崩れ落ちた教会の一部施設が噴き出すもうもうとした砂埃も巻き上げられた。やがて炎が弱くなり、陽炎かげろうが消え、礼拝堂から出てきた者の中に知った顔があった。



 息をのむアリエル。


 軽装だが盾を装備したプロスペロー・ベルセリウスが出てきて辺りを窺っている。

 左右を注意深く確認し、この少し雲の多い空を見て雨の心配がないことを知ったかのような表情を見せる。まるで目の前にアリエルが居ることを気にも留めていないように。



 ロザリンドが柄に手を掛けた。強化魔法も防御魔法も張ってない、生身なのにだ。


 アリエルはロザリンドを手のひらで制止し、後ろに下がるよう指示を出した。


 プロスペローの傍ら、すこし遅れて出てきたのは椅子に座り、いや押されて出てきた。ただの椅子ではない、あれは車椅子だ。姿勢を崩し、ひじ掛けに肘をついて頬杖をついている短髪だが白髪の男だった。男はプロスペローとは対照的に、まずはアリエルの顔を見た途端、気だるげに小さなため息をついた。



 少し口に紅をさしていて、白い髪と、白い肌に唇だけが赤いという、一度見たら忘れられない強烈なインパクトをもっている。


 当然、アリエルは忘れもしない。


 この白髪の男、アリエルがずっと会いたかった男であり、二度と顔を見たくなかった男でもある。



―― ギリッ!



 噛み締めた奥歯が軋む。


 冷静に推移していた血圧が急上昇する。


 心拍が急を告げ鼓動を急がせる。


 筋肉が硬直し、背筋からブルブルと震えが起こる。


 呼吸が荒くなる。


 瞳孔が開き、少し世界が明るくなった。



 アリエルはツカツカと一直線に前へ向かって歩を進めた。恐らくは無意識だったろう。


 ユピテルだ。


 ユピテルが姿を見せた。


 ザナドゥで確かに殺したはずのユピテルがいま目の前に居て、呆れたような表情でアリエルの突き刺すような睨みをいなし、振り返って車椅子を押す手の者に何か、二言、三言はなした。



 後ろに控えて、車椅子を押しているのは人の形相をしていなかった。


 金色のフルプレート鎧に、獅子を模したマスク、背中には束ねられた金色の槍が浮かんでいる。


 見間違えることはない、あれはテルスの鎧だ。槍にも見覚えがある。


 あれはゾフィーの身体に刺さっていた37本の槍と同じものだ。あの鎧の中身は恐らくテルスで間違いないのだろう、だがしかしユピテルというVIPが目の前にいるのだ、プロスペローが霞んで見える、テルスのことなど、今は、今はどうだっていい。


 ユピテルだ、ユピテルを殺せる間合いにはまだ遠い。


 手のひらに爆裂が出ない。何度試みてもストレージにアクセスできない。


「ロザリンド! 美月を貸してくれ!」


「私じゃなく?」


 ロザリンドは呆れたように言うと、ストレージから愛刀美月を取り出し、鞘に納めたままアリエルに投げた。


 アリエルはしかと前を見据え、先ほどより少し早足になりつつそれを受け取ると、すぐさま抜いた。

 抜き捨てられた鞘は地面に落ちる前にロザリンドのストレージに収まった。


 久しぶりに握った愛刀美月のつかは、アリエルの手に、実によくなじんだ。


 いや、アリエルの手が美月の柄の感触を覚えていた。

 ロザリンドの身体に合わせるため、柄を一握り分長く伸ばすという改良を施してからアリエルがその手のひらで握ったのは初めてのことだが、それでもだ、もともと自分のために打った愛刀なのだから、アリエルの手に馴染まないわけがない。



 気が逸る。


 呼吸が乱れる。


 アリエルは愛刀美月を振りかぶり、小走りから急速に踏み込み懐に入ると、躊躇することなく、ユピテルの頭にそれを振り下ろした。相当なスピードと重さをもった必殺の一撃だった。



 ―― キイイィィィンンンン!


 響き渡る金属音。




 気配を感じないことから幻影を見せられているのか、こいつらは本当はここに居ないのではないかという疑念はあった。だがしかし、目の前にユピテルが現れたのだ、それがたとえ幻影だったとしても、ぶった斬るのが礼儀というものだ。加えてついでといてはなんだが、テルスもいるし、プロスペローも揃っている。


 アリエルが振り下ろした一の太刀はユピテルの頭まであと2センチメートルの所で止まった。

 渾身の一撃は、プロスペローの剣によって防がれた。


 ユピテルは微動だにせず、まるでその刃が自分に届くわけがないことを知っているかのように、止められた切っ先をチラッとだけ見た。


 先ほどまでパンドラが賞賛した策略家としての顔などこへやら、最も重要な場面ではノープランで突っ込んだことが数多くの有益な情報をもたらすこともあるのだ。


 結果論ともいうが、アリエルの一の太刀は防がれた。激しい剣撃の打ち鳴らされる音が木霊する。金属同士が衝突したに相応しい衝撃が両手に伝わってきた。


 この感触は幻影などではなく、実体としてここに存在しているということであり、今の攻撃を防ぐ必要があったという事だ。ならば刀での一撃を防がれてなお、アリエルの侵攻は止まらない。


 攻撃を防がれたアリエルは、左手を柄から離し拳を振りかぶった。


 アリエルの防御魔法は厚く強固で、ロザリンドの真剣での一閃を受けたとしてもそれを弾く強度を持っている。それを知ってか知らずか、拳の間合いに入ったアリエルの身体を盾で押し返し、またもや数センチのところで握り締めた拳はユピテルには届かなかった。



 ユピテルは気だるそうな視線をアリエルに向けていたが、ようやく何かに気付いたように少々驚いたように目を見開くと、頬杖をついたままの姿勢を崩さずに、


「こんな男が? 間違いないのかね?」などと、のたまった。


 アリエルは記憶を取り戻してからというもの、脳裏に焼き付いた、この男の醜く、狂気に歪んだ顔を何度も何度も思い出してきたというのに、ユピテルは仮にも自分を殺した男の転生体からその気配を読み取ることすらできてはいなかった。


 自分を殺した男を判別すらできないのだ。


 盾をグイと押してアリエルを突き飛ばす形で押し戻し、間合いを取らせることに成功したプロスペローはストンと腰の鞘に剣を戻しユピテルに言葉を促した。


「ユピテルさま、どうぞ」



 ……。



 ……。



 ユピテルは頬杖をついたまま露骨にイヤそうな姿勢を見せ続けている。

 まるで命じられた面倒な仕事をこなすためだけにこんな異世界の果てに連れてこられ、面倒だとも言いたげな表情を浮かべながら、まるでイヤなことをしたくないと意地を張る子どものように振舞ったが、背後に立つ金色の獅子鎧がユピテルの肩にそっと手を置くと、観念したかのようにひとつため息をつき、そして今まで眠そうに曇らせていた眼に光がともった。


 ユピテルは小さな声で独り言のように「仕方ないな」とつぶやいた後、アリエルに向かって、


「なあ、もう終わりにしようじゃないか」と諭すように言った。


 その言葉は囁くようでありながら、この場に集まったノーデンリヒト軍、ドーラ軍、そしてダリルの陣営の者たち、ダリルマンディ市民に至るまで全員の耳に響いた。


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