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16-39 ダリルの終焉(3)


みなさま、新年のご挨拶がまだでした。

2020年 が始まりました、新しい年が皆さまにとって良い年でありますように。


                               さかい。


 床に倒れ、苦しみ、のたうち回るエースフィルにアリエルの声は届いたのか、しかし喉元に詰まった何かが留飲を下げると憎しみのこもった眼光は失われず、這いつくばってもアリエルを睨みつけている。


「ふうん、まあいいや。エースフィル・セルダル。あんたの身柄を確保できたらそれでいい」


 アリエルが目配せすると、ハリメデは床に転がった男を見下し、まるで汚い物でも見るかのような視線を送り、部屋の外で控えていた兵士たちを呼び込んだ。


「この者を捕えよ」


 ハリメデが室外に合図を送るとウェルフが2人とエルフが2人、無言で入ってきた。王のそば付きだ。鋭い眼光は歴戦の勇士を物語る。


 捕えられたエースフィルは力の限り抵抗したが獣人に力でかなう訳もなく、後ろ手に枷をはめられ、首輪をつけられた。


 また屈辱的なことにエースフィルの自由を奪ったのは奴隷の首輪だった。


 足の自由は確保された、これは荷車や牢馬車で運ばれるのではなく、首に縄をつけられ、ダリルマンディの通りを引きずりまわされることを意味していて、当然だが、この地を治める領主が首に縄を付けられ市中引き回しにされることの意味も重々理解している。


 セルダル家が戦に敗れたことを、ダリルマンディ市民に広く知らしめるためだ。



----


 エースフィルが隠れ家から出ると、辺りはすでに獣人たちに囲まれていて、グラフト親衛隊長はじめ、親衛隊のことごとくが、執事兼屋敷守のスチュワートも物言わぬ亡骸となって打ち捨てられていた。


 郊外にある隠れ家からダリルマンディの中央大通りを引きずられ、歩いた。



 いまも先ぶれが街に出ていて、大声でダリルの敗戦を告げている。

 先に潜入していたノーデンリヒトの斥候だ。


「ダリルは戦争に負けたぞー! ダリルは戦争に負けたー! 市民は北門へ集まれー! この地を治める新しい王がいらっしゃるぞー」



 信じられないと言った表情で、仕事も手に付かず、様子をうかがうため通りに出てきた大勢の人たちも、分かりやすく天を衝く双角を爛々と見せびらかして練り歩くドーラ王。


 我こそは征服者なりと言わんばかりの威厳と傲慢さを見せつける。


 ざーっと人混みが割れてゆき、ゆっくり、ゆっくりと凱旋する魔王フランシスコの姿と、首輪をはめられ紐で引かれる領主の姿を見ると、誰もが言葉を失った。



 これまで好景気に浮かれていたダリルマンディ市民が滅亡ダウンフォールを目撃したのだ。



----


 一方、ダリルマンディ北門では獣人とヒトの混成軍が大挙して押し寄せた。

 突然目の前に現れたかのように、数万いる兵士たちの接近に誰も気づかなかった。


 物見の兵士がけたたましく半鐘を鳴らしたときにはもう獣人たちが大きく開かれた北門から雪崩れ込んでいたのだから、もはや防衛戦どころの騒ぎではなかった。


 衛兵に遅れて領軍も押っ取り刀で集まったが、領主の息子ラングレー・セルダル師団長の死体が塔から吊るされたことでフェイスロンド侵攻が失敗し、敗戦したことを知った。


 領主の居場所を広く兵士たちに知らせていなかったことで指揮系統がうまく機能せず、勝ちいくさと高をくくって胡坐あぐらをかいていた将軍アルベルト・ゲンナーは屋敷に駆け込んできた伝令兵の一報で初めて状況を知り、自慢の全身鎧を纏ういとまもなく、軽装のまま馬を飛ばして北門へ馳せ参じたところだ。


 見渡すと黒山の人だかりになっている市民たちが指さす方向に吊られた死体があることを確認した。


「貴様、領軍の兵士だな、現状を報告せよ!」


 次々と集まってくる市民を下げるため苦心している兵士は、馬上から声を掛けられ、怪訝そうに振り返ったが、顔を見るや否や直立不動に畏まった。


「アルベルト・ゲンナーである、何事ぞ!」


「はっ、ゲンナー将軍! お待ちしておりました、実は獣人どもに北門を占拠されまして、近づけません」


「敵の数は? どこの軍か!」


「敵はドーラ軍、北門の外側に5万ほどの兵が陣を敷いております」



「ドーラ? いまドーラと言ったか? しかも5万! 大軍ではないか! なぜそんな大軍の接近に気が付かなかった!」


「私には分かりません!」


 一兵卒をとっ捕まえて問い詰めたところで、この男もゲンナーと同じで突然の襲撃を知らされて慌ててここに集まってきたのだ。何も知らないからといって責めることはできない。


「そうか……ではあの、塔に吊るされているのは誰だ!」


「はっ! セルダル師団長とのことです」


 セルダル師団長はフェイスロンド軍に奪われたグランネルジュを奪い返しに向かった。

 今日か明日にはグランネルジュに到着するはずだ。そのセルダル師団長がいま死体となって北門の塔に吊るされているとして、では北門の外にいるという5万ものドーラ軍が陣を敷いているということは、グランネルジュに向かった兵たちは……すでに敗れているということだ。


 ゲンナーは確認の意味も含めて、もう一度聞き返した。


「師団長が? まさか……。誰が確認したのだ? 貴様か!?」


「いえ、最初に対応した衛兵がそう言われたと……」


「ええい、埒が明かん。見たのか? 確かにセルダル師団長だったか!」


「はっ! 私の目には確かに師団長に見えました!」



 ゲンナーは軍の中心にいて指揮せねばならない立場だったが、ここまで現場が混乱しているとなると自分の目で確かめるのが一番手っ取り早いと判断した。


 馬を降りて人混みをかき分け、小走りで最前列へ向かう。

 近付くに従って徐々に吊られた死体がハッキリ見えてくる、イヤな報告が現実味を帯びてきた。


 最前列は領軍と衛兵が固めていて、北門から街の中に侵入した獣人たちをこれ以上中に入れないため、簡易的ではあったが防衛線を敷いている。ダリルマンディを守るのは衛兵の仕事だ、ほとんど攻めの訓練しかしていない領軍が付け焼刃とはいえ、圧倒的不利な状況でありながらスキのない仕事をしていた。


 通りの東側で盾を構えているのはつい先日、軍から兵を引きあげたレイヴン傭兵団。市民たちを誘導するさまがまるで雑踏警備員のようだ。戦う意思のない傭兵団などと盾を合わせるのは屈辱的だが、兵士たちはよくやっている。


 日頃訓練していないことをぶっつけ本番でできるというのは、チームワークの成せる技だ。本来ならば労いの言葉でもかけてやるところだが、敵軍の接近に気付かなかった事、更には市街地への侵入を許した時点で大失態だ。


 教本でしか知らないウェルフ族の姿が目の前にあった。もともと少ないはずのエルフ族の男が大勢いる、ベアーグも、カッツェもいる。

 獣人ひとりに対して5人の兵士で当たれというのは古くから言われてきた格言のようなものだ。

 しかし現実に、北門から内に入った獣人だけでも、ざっと数百といったところだ。獣人1に対して5で当たるような人的余裕はない。


 ゲンナーは前だけでなく後ろを振り返ってみた。

 気を張ってはいるが、不安そうな表情で事の成り行きを見ている野次馬の市民たちと大差なく見えた。

 外に5万の軍勢が待機していて、号令ひとつでなだれ込んでくるとしたら、勝ち目などない。

 ダリルマンディに残っている兵士を予備役までかき集めても1万に足りないぐらいだ。当然兵士たちも戦力差については百も承知の事だろう、防衛線を敷くことの意味があるのかと疑っているからこそ、不安げな表情を隠せない。


 ゲンナーは早足でツカツカと最前列に出て大声を張り上げた。


「何をしておる、門の外へ押し返せ!」


 腰の剣を抜き、天に向かって突き上げたが、周りの反応は鈍かった。

 今にも北門を占拠する獣人たちに向かって突っ込もうかと号令をかけたそのとき、隣で盾を構えていた兵士たちが後ろに気を取られていることに気が付いた。


 集まった市民と、衛兵の怒声がおさまっている。この鉄火場で後ろの方から沈黙が追いかけてくるなど奇妙だ。ゲンナーは振り上げた剣を下ろすことなく、一度振り返り、更にもう一度振り返った。


 後ろの方で騒ぎになっているのは分かった。その騒ぎの中心でちらっと見えたのは角の生えた黒装束の大男だ。初めて見る獣人たち、軍の教本に描かれた挿絵でしか見たことはないが、敵がドーラ軍だというなら、圧倒的強者と謳われる魔人族が居ないわけがない。


 その魔人族の象徴ともいえる角が見えた。

 状況は困難を究める、防衛すべき街の中にはすでに敵の主力が潜入していて、北門に向かって防衛線を敷いていたゲンナーたちダリル軍は挟み撃ちの格好となった。


「くっ、おのれ! 背後を守れ! 後ろの敵の規模を報告せよ!」


 混乱に拍車がかかり、挟撃された兵士たちもパニックの様相を呈しはじめた。

 その場にしゃがみ込む者、盾を落とし剣を置いて諦めようとするもの。


「ええい! まだ負けてはおらぬ……」


 檄を飛ばすゲンナーの見たものは、ゆっくり歩いて近づいてくる全身黒ずくめの魔人ではなく、奴隷の首輪に紐をくくられて引かれる領主の姿だった。


 石畳の僅かな段差に躓いては、後ろ手に手枷をはめられていることで手をつくことも出来ず、成すすべなく頭から転んでしまっても、それでもグイっと紐を引かれ、もんどりうって、引っ立てられている。


 領主の姿は今後のダリル領民の姿を暗示していた。

 ドーラの獣人たちはやられたことへの報復に、同じことをやり返すと言う。今後、このダリルが獣人支配となれば、これまでエルフ族を奴隷として使役していたヒト族は立場を逆転され、奴隷の身分にまで落とされるということだ。


 相手は人ではない、家畜と同じなのだから何をしても誰に咎められることもなかった。

 その立場が逆転するのだ、奴隷の首輪をつけられ、通りを引かれて歩く領主の姿は、住民たちに言葉を失わせるに十分だった。その姿を見せることで、一言の説明もなく、ただ絶望を振り撒いた。



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