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16-35 イシター

「闇使い? くくくくっ……、そうか、久しく万年ぶりに血がたぎるわ。……なんと愉快なことか」


 てくてくを見てまるで小馬鹿にしたように笑うニュクスに向かって、アリエルはもう勝ったとでも言わんばかりに上から目線で畳みかけた。


「喜んで頂けたようで恐縮だよニュクス。どうせお前も大した情報を持ってないだろうから、すぐに死んでもらった方がいいかな?」


「えらく上機嫌じゃないかアシュタロス、その滑稽な娘がお前の切り札か? 闇に対して闇をぶつけたところでより深い闇が勝利するだけの話だぞ? 知らないわけもあるまいて」


「おいおい、てくてくを舐めんなよ? きっといい勝負しそうな気がするぜ? 忘れてもらっちゃ困るんだけど、こっちは二人がかりなんだから、圧倒的に不利なのはそっちだと思うぞ? 命乞いとかしてみる気はないか?」


「ふふん……それはないな」


「ではどうする? お前も駆け足でアスモデウスのトコ行くかい? 次はお前もゴブリンかオークに生まれればいい」


 いつもより饒舌に話を続けようとするアリエルだったが、ニュクスから目を離さない てくてくが相手に聞こえないぐらいの小さな声で注意を促した。


(マスター、300メートル北に膨大なマナを放出する者がいて上空では急速に風が巻いているのよ)

(ああ、知ってる……。雷の攻撃してくると思うが……大丈夫か?)


(アタシを誰だと思っているのよ? 雷撃は風魔法なのよ?)

(じゃあ安心だ、てくてくは少しの間だけ、そこの闇使いを食い止めてくれたらそれでいい)


(アタシに任せて、でも北にいるのは相当な使い手なのよ)


 アリエルは てくてくを二度見した。これほど強大な敵の気配を見逃したのは、この場にディランがいると考えていい。てくてくをも巻き込む幻影で姿を隠していることには素直に感心したが、てくてくには効きが鈍い。


 などと悠長に考えている暇も惜しかったようだ。



 ―― シュッ!


  ―― シュパッ!



 てくてくは静かに眉も動かさず攻撃を行った。

 ニュクスがアリエルに向けたのと同じ、闇を硬質化させる物質化現象だ。神クラスの闇使いともなると闇を物質化させることもできるし、鋭利な刃物を作り出すことも出来る。あるいは燃え盛る闇を作り出すことも出来る。つまり、ただ光が当たっていない状態というだけの闇を物質化し、それを具現化することができる。てくてくは軟体の触手を操るのが得意だが、硬質化させる方が難易度が高いのだろう、てくてくはニュクスの作り出した闇をあっさり真似ることで己が力を示した。


 闇の弱点は闇を消し去る『光』だけだ。

 ごくごく一部、稀にいるだけの、たとえばジュノーのような光属性を持つ者には毛ほどの傷をつけることも出来ないが、夜でありさえすれば『光』以外の属性すべてに対して圧倒的有利に戦える。もちろん例外がない訳ではないが……。



 てくてくの触手状に変化した闇の塊も、ニュクスを貫いたところで霧散した。



 アリエルを貫いたと思ったニュクスが、てくてくにしてやられた闇の属性防御でやり返した。


 闇使い同士、どちらも一歩も引かない。



 ニュクスという闇の権能持ちは暗殺特化型の能力を持っている。だが単独での戦闘力は限定的で、アリエルがアシュタロスと呼ばれていた頃から誰かと組んでサポート役として動いていた。そうするのが自らの力をいかんなく発揮できるのだ。


 しかしアリエルの陣営にはジュノーがべったりくっついている。

 ニュクスにとってジュノーは天敵、闇の権能持ちが光の真祖と対峙すると圧倒的不利な立場に立たされ、一方的になぶり殺しにされるのだから、アリエルがジュノーと別行動をとっている今がチャンスだと思ったのだろう。



 むやみに爆破魔法を使えない市街地で、しかもベルセリウス邸に隣接する薄暗い運動場……。

 ジュノーに気付かれる前、初撃で暗殺成功していたら天晴あっぱれと褒めてやっていい。

 見つかっただけで即死というムリゲーをかいくぐっての成功はどんなことであれ湛えられるべきなのかもしれないのだから。


 いや、ニュクスが先に仕掛けてきたという事は自分の先制攻撃で仕留める自信があるか、それか囮のどちらかだ。という事は今もディランの幻影で気配すら隠して、大きめの風魔法を仕込んでいるやつが本命、もしくはニュクスが失敗したときのバックアップということだ。



「ここじゃあ爆破魔法は使えないとでも思ったか?」


「どうぞ? 使ってくれて構いませんよ?」


 爆破魔法を使えと言うニュクス。闇とはいえ爆破魔法を無力化することは出来ない。

 てくてくの攻撃を軽くあしらいながら、息も切らさず会話を続けるのはさすがだ。


 てくてくも気付いているから全力を出さず、攻撃しながらも注意深く死角からの奇襲に備えている、いまアリエルの目の前でニュクスは闇の属性防御を駆使し、一方的に防御させられているよう巧妙に見せてはいるが、あれは幻影だ。


 ニュクスには攻撃に転じたら幻影が解けるという大人の事情もあるのだろう。


 しかし闇使いってやつは夜中になると気分が高ぶるのか、これから死ぬのだとしても生き生きしてるように見える。昼間、ただ日中ひなかに出てきただけで死にそうだったくせに……。


 アリエルは夜空を見上げ、まるで小悪人のような醜いせせら笑いを見せつけながら北にいる本命の攻撃を仕掛けている風使いのことを問うた。


「くくくく……、お前らアホか。笑っちまう、ここがどこか知らない訳でもあるまい? ここでこんな大規模な魔法を発動させるだと? 正気を疑うレベルだ」


 アリエルが余裕の表情を崩さずに笑って見せたことでニュクスは少々の苛立ちを感じた。一瞬だけむっとした表情を見せたが、それでも落ち着いて てくてくの攻撃をあしらいながらも話に付き合った。



「どういう意味か聞かせてもらっていいかな? 襲撃するのに最適だったから今この時、この場所を選んだだけなんだけど?」


「ここはベルセリウス邸だ、古き神々のイザコザにノーデンリヒトを巻き込むなら覚悟することだ。クロノスはお前たちがここを襲撃することを知っているのか?」


「ほう、クロノスめ……やはりアシュタロスと通じていたか!!」


 アリエルのブラフが効いた。たった今、ニュクスは『やはり』と言った。

 クロノスはシャルナクの息子として生まれ育ったため、復活した神々の間で疑いをもたれている。

 ここで大きな魔法を発動させてしまったらシャルナクを巻き込んでしまう。それをいとわず奇襲攻撃を仕掛けてくるということは、十二柱の神々も一枚岩ではない。全員揃って力を合わせて来ないわけがようやくわかった。家族をこの地に残したクロノスが弱気を見せたに違いない。


「通じてねえよ。それとな、俺はお前には個人的に、これと言って恨みがない。だから戦うのをやめて帰るというなら追いもしない。バカなことをしようと思ってるアホな前たちに、ひとつ忠告しといてやろう……、悪いことは言わないからやめといた方がいい。いま空にマナを貯めて雷撃を撃とうとしているインドラは殺すがな。撃った瞬間にお前たちの負けは確定するし、お前も生きては帰れない……。お前だけでも生きて帰ったらどうだ?」


「あははは、まさかアシュタロスが私に『いまなら間に合うからよせ』って本気? はははは、ほんと笑っちゃう、年月としつきとは恐ろしいものだな、まさかあのアシュタロスが? 日和ひよったとは……、まったく、今なら簡単に殺せそうだ!」


「だから死ぬのはお前の方なんだってば……」


「ほざけ!!」




 ―― ピシャッ!




  ―― ドオォゥウウウォォォォォォォンンンン!




 夜空に霹靂へきれきがあった。

 それは宇宙空間からでも観測できるほどの巨大な雷撃だった。


 風の最上位魔法と言われる雷撃の魔法、それも自然現象で見られる雷という現象の数百倍という規模で放たれた。人間が脳からの微弱電流によって心臓を動かし、筋肉をコントロールしているとするならば、それらすべてを上書きし、なかったことにする雷撃だ。


 轟音も爆破魔法ばりに響き渡る。こんなものがアリエルの頭にむかって落ち、周囲半径数十メートルを焼き払う。ベルセリウス邸も無事では済まない……。


 ニュクスは雷撃と同時に身を引いて、いったんこの場から離れた。

 いや、雷撃のショックでディランの幻影が一時的に消失したのだろう、今のニュクスが本体だ。



 ニュクスの表情からは薄ら笑いが消えていた。


 インドラがマナを溜めに溜め、たった一撃に集約した一撃必殺の雷撃が直撃したはずのアリエル・ベルセリウス本人は、いまだその場に立っていて、しかめっ面で耳に差し込んだ指を引っこ抜いたところだった。

 てくてくは強い閃光とその音に驚いて耳を塞ぎ、しゃがみ込んでしまったが、すぐさまアリエルが駆け寄った。


「それが雷対策かよ!」


 さっきこれ以上ないほどのドヤ顔を決めて『あたしを誰だと思っているのよ?』なんて言ってたくせに、普通に雷が怖い女の子の所業だった!


 とはいえ、耳を塞いでいるてくてくには声が届かない。



 勝利を確信したアリエルはニュクスに対して戦闘の構えを解いた。

 アリエルの余裕がニュクスに降りかかり、その目に信じられない光景を映し出した。


 雷撃に巻き込まれたはずのベルセリウス邸が肉眼でもハッキリ見えるほど強固な耐魔法障壁によって厳重に守られていて、今にも風に吹かれ、散りつつある紅葉した庭木の葉っぱも風にそよいですらいない。

 インドラ渾身の一撃が、最初から何もなかったかのように弾かれてしまった。


 唖然とする暇もなかった。

 何が起きたのか考えるスキも与えてもらえなかった。


 次の瞬間、ニュクスは堅いもので頭をしこたま殴られた感覚がしたが、何で頭を殴られたのかはすぐに分かった。地面だ。


 ニュクスは何者かに黒髪を掴まれ、ものすごい力で頭を地面に叩きつけられたのだ。


 夜の闇使いを圧倒する存在は光以外ではありえない。

 しかし例外がある。


 まさかジュノーが? と思ったニュクスを見下ろしていたのは赤い髪ではなく、身長150センチたらずというブロンドの少女だった。


 ニュクスは地面に倒される前、髪を掴まれたとき同時に胸から肋骨の隙間を抜ける手刀の攻撃を受けていた。生粋の暗殺者であるニュクスが『暗殺とはこうやるのだ』と教えられたかのような一撃必殺だった。

 攻撃を受けたと悟り、意識を朦朧とさせながら、ようやく自分が死んだことに気付けるのか? それとも気付けないのか。


 まったく容赦なく1ミリの躊躇もなく、ニュクスを殺して見せたのはクロノスを産んだ実の母であり、いまはシャルナク・ベルセリウスの妻、つまるところ、ピンク色のモコモコしたパジャマを着てアリエルの前に現れたブロンドの美少女はボトランジュ領主代理、シャルナクの貞淑な妻としてベルセリウス邸でサナトスたちと一緒に生活をしているエリノメ・ベルセリウスその人だった。


 またの名を女神イシター。

 十二柱の神々として七位に座した、ジュノーに抜かれるまではスヴェアベルム最高位だった。


 単独での戦闘力ならジュノーに勝るとも劣らない上、その力を振るうにふさわしい攻撃的な性格で過去の大戦ではアシュタロスとジュノーを散々苦しめたブチギレ女神。


 この女だけはアリエルでもジュノーでも一筋縄ではいかない。


 とても残念なお知らせをしなくちゃならなくて恐縮だが、ニュクスとインドラはブチギレ女神の怒りを買ったせいで助からない。ただそれだけの事だ。


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