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16-34 油断とはこういうことだ

 アリエルとサナトスの親子水入らずの時間はノックの音とともに終わりを告げた。

 前世で魔人族だったロザリンドが扉をくぐる際にでもツノをぶつけないよリフォームされたベルセリウスの屋敷でも、癖というのは強く出るもので、頭を打つものがなくても頭を下げて入ってくることが癖づいたロザリンドだ。


「サナトス呼んでくるって言ったから待ってたのにさ、何話してるの? すっごい長話よね?」


「ん? 俺たちが負けた戦争の本を読んでたからさ、どう書いてあるか知りたいじゃないか。で、どうしたんだ? 孫の争奪戦に負けたのか?」


「ジュノーがズルい。あなたちょっとでも血が繋がってるんだから抱っこしなくていいでしょ? とか、ほんともうワケわかんない……」


 どうやらロザリンドはアイシスとハデスの争奪戦に負けてここに流れてきたらしい。

 奪い合う相手がゾフィーとジュノーなのだから、ロザリンドの順番が回ってくるのは明日になりそうだ。


 そんな訳でロザリンドはサナトスのほうに来たのだから、意地悪せずにサナトスとの時間を楽しませてやらないといけない。


「じゃあロザリンドはサナトスと水入らずの時間を過ごすか? 俺は工房にこもるとするわ」

「ちょ、間が持たないって!」


 慌てて引き留めようとするサナトスを制止してロザリンドが問うた。


「工房? 何か作るの?」


「ちょっとな。明日の朝早くからパシテーが居ないから時間がかかるかもしれんけど、まあダリル戦のスケジュールに影響しないよう、うまくやるさ」


「2、3日はかかるってこと?」


 アリエルが2、3日も工房にこもって何をする気なのか、ロザリンドは聞くまでもなく分かった。

 剣を打つ気だ。


 しかし、ロザリンドには熟成した技術で打たれた秀作『北斗』があるし、サナトスにもひと振りの日本刀をプレゼントした。もう二度と会えないかもしれないというのに、家族水入らずの時間よりも重要な何かを打つ気なのだろう。


「打った剣は? 誰にプレゼントするの? ゾフィーかな?」


「ゾフィーは剣に切れ味なんて求めてないだろ? きっとその辺の木の枝でも同じだよ。俺はね、成長したアイシスとハデスの姿を想像して、最高の刀を打ってやるんだ」


 アリエルが16歳にしてお爺ちゃんの気を放つと、ロザリンドは口元をほころばせて微笑んだが、しかしサナトスは眉をひそめて訝った。


「おっきくなってから体に合わせて打ってやればいいんじゃね? なんで今そんな想像して打つ必要があるんだよ? もしかして、またどっかに行っちゃう気なのか?」


 ロザリンドが呆れ顔で軽く肘を当てた。『バカね……』という意味だ。


 もう会えないかもしれない。トリトンにもビアンカにも、サナトスにも口に出して言えなかったことだ。だけどサナトスに看破されたことでちょっと照れ隠しに肩をすぼめて見せた。


「すまんなサナトス。さっきも言った通り、俺たちはノーデンリヒトとは別の戦争をいまも戦っている。で、アスモデウスがこの世界に来たことで確信した。この世界のどこかに必ずニライカナイへ繋がる転移門ポータルがある。んなもん帝国のどこかに決まってんだろ? だから俺たちはその転移門ポータルを通ってニライカナイへ行き、向こう側から転移門ポータルをぶっ壊す。ニライカナイまるごとぶっ壊してもいい。だから俺たちの作戦がうまくいったらもうスヴェアベルムには帰ってこられないんだ」


 ……。


 どれだけ沈黙が続いただろう、アリエルですら話の続きを用意してなかったせいか、もう誰も言葉を発することができなくなってしまった。


「作戦がうまくいったら帰れない? なんだそれ? うまく行ってねえじゃん! 無事に帰れてこそうまくいったってことだろ? そんなの作戦ってそうじゃないって。誰が考えたんだよそれ」


 アリエルとロザリンドは顔を見合わせて小さく手を挙げた。


 サナトスは祖父であるトリトンから『アリエルは後先を全く考えないバカだ』と聞いていたし、ガラテアやイオ、ハティたちも同じ評価を下していた。


 また、サオやダフニスからはロザリンドが『まるで脳が考えたとは思えないような脳筋理論でしか物事を考えることができない』と聞いていたし、実の兄である魔王フランシスコですら『ロザリンドの頭がもう少し良ければ私ではなくロザリンドが魔王を襲名していただろう』と言わしめたのだ。


 つまり、この世界で最も作戦立案に向いてない二人が考えた作戦なのだ。


「ちょっと待って、俺も作戦とかそういうの苦手だからさ、コーディリアに相談しよう」


「いや、それがな……サナトス。どうやらこの世界にテルスが来てるらしい。そこの本に出てるだろ? ザナドゥが滅んだのは俺の責任でもあるが、テルスさえいなければ滅亡なんてしなかった」


「テルスってあのジュノーさんに抜かれるまで3位だった女神だよね?」


「女神だなんてとんでもない、ここじゃあ俺が破壊神ってことになってるみたいだが、破壊神なんて言葉はテルスのためにあるようなものだよ。テルスは混沌と破壊しか生み出さない。俺の爆破魔法もジュノーの光魔法も効かない鉄壁の防御力を持ってるくせに、テルスの破壊魔法は……木や橋や建物、果ては山や草原まるごと霧のように消し去ってしまう……。そして嵐のような風の魔法が爆風を呼……え?」


「どうしたの?」


 ……。


 ロザリンドにはアリエルが難しい顔をしながら俯いて深く考え込んだように見えたが、すぐに立ち直り、また元の軽薄そうな笑顔を見せた。下手くそな作り笑いだったのでロザリンドにもサナトスにも『あ、なにかごまかしたな』ということがバレバレだったけれど、問い詰めるとロクなものが出てこないことは分かっていたので誰も何があったのかと咎めることはなかった。


「いや、なんでもない。まあテルスがこの世界に来ているならこっちは慎重に行動しなくちゃならない。せっかくサナトスが魔王になるってのに、治める世界がなくなってしまっちゃ困るだろ?」


「困るとかそういう次元の問題じゃねえよ」


「まあまあ、サナトスに迷惑はかけないよ……。じゃあ、俺は工房にいってくる。サナトスは眠くなったらロザリンドに抱っこして寝てもらえ」


「イヤだよ、絶対無理だよ、だって母さん年下だよ? レダより年下じゃん!」


「ええっ、サナトスつれないなあ、16年前はあんなに母さんのこと好きだったくせに、ほらチューして、サナトスはお母さん子だからいつもチューしてくれたじゃん」


「マジか! マジかああああ! 覚えてねえ、覚えてねえし、やっぱ無理! 無理だってええええ!」


 まとわりつくロザリンドを力ずくで引きはがそうとするサナトスだが、残念だとは思う、相手が悪かったとも思う。サナトスの力ではロザリンドには勝てない。


 アリエルはそんなロアリンドとサナトスの温かいプロレスごっこを横目にそっと部屋を出て工房に向かった。ベルセリウス邸の警備員はベルセリウス邸に入ってくる者だけを警戒対象にしているので、アリエルは子どものころよくそうやって移動したように、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、音もなく塀を飛び越えた。


 晩秋のノーデンリヒト、夜半には気温が下がって息が白む。


 薄暗く警備の対象外とされているアリエルの工房だが、グラウンドの片隅に転移魔法陣が設置されたことから24時間ずっと誰かが常駐していて、必ず人目がある。こんな深夜だというのに、アリエルは孫の剣を打ってやろうと『思い付き』で単独行動し、闇に足を踏み入れた。



 こんな絵に描いたようなチャンスをみすみす逃す手はない。


 スカッ・・・


 音もなく気配もなかった。アリエルは油断していて、自らの胸から漆黒の刃が突き出すまで敵の接近にすら気付かなかった。気配を読むことに長けていて、そこに気配がなければ誰もいないだろうと言う過信と思い込みが油断を誘う。


 アリエルの背後から、耳元で囁くような声がきこえた。

 低く鼓膜を揺らすのは落ち着いた女性の声だった。



「油断したわね、アシュタロス……」


 アリエルは面倒くさそうに頭を掻いて、はあっと大きなため息をついた。


 同時にアリエルはその身体を瘴気に変化させて霧散させ、入れ替わりの奇術のように地面から女性が生えてきた。全身から抑えきれない闇の瘴気を吹き出しつつあるエルフ女性、深夜で大人モードの てくてくが闇のヴェールを脱いで姿を現した。


「アタシのマスターを傷つけようとするのは誰なのよ?」


 てくてくの背後、闇の中からスッスッと歩きながら姿を現したアリエルは襲撃者を横目で見ながら問うた。


「油断したと思った? おまえグランネルジュでアスモデウスと一緒にいた女だろ? あの状況でひとり見失ったのに、本気で油断なんかすると思ったのか? おまえ闇の権能持ちだな、えーっと、間違えてたらすまんけど当てさせてくれ、ニュクスだろ?」


 グランネルジュで見たときは日中ひなかだったからえらく疲れた顔をしていたが、今見るとなかなかの別嬪べっぴんさんだった。アリエルは十二柱の神々のことをよく知らなかったが、太陽光線に当てられて酷く疲れたような顔をしていたのでピンときた。いまこうやって18歳ぐらいに見える『ぴちぴちギャル』な てくてくですら日中ひなかには幼女になってしまって満足に闇の力を発揮できないのだから、闇の権能持ちが光に弱いことぐらい誰でも容易に想像はつく。


 そして今の時間帯こそ、闇の能力者は全盛を誇る。

 ニュクスと呼ばれた女は暗殺に失敗し、アリエルに名前まで看破され、半ば罠にハメられたような格好になってしまい、今まさに窮地に追い込まれている。


 だがそれでも口元を歪めて笑って見せた。


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