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16-27 アリエルの思惑

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 パシテーがてくてくの力を借りてバリス・ドイルの記憶へ侵入して得た情報は大した量ではなかったが、欲しかった情報を得られたので満足のいく結果だった。


 その気になればゾフィーも加わって記憶から世界記憶アカシックレコードを呼び出すこともできたが、アリエルには優先させたい用があったため、バリス・ドイルの処遇に関してはパシテーと真沙希まさきに任せた。パシテーの家族を殺そうとしていた奴だ、アリエルが止める理由はない。



 何しろパシテーの父親は半年以上に渡り毒を飲まされ続けていたのだと言う。教会が工作員をあちこち潜入させていることについて驚くことなどなかったが、まさか暗殺部隊を持っていて、青物屋から医者に至るまで、街の情報網にビッシリと根を下ろしていることに驚きを隠せなかった。


 まるで国家の諜報部のような仕事だ。シェダール王国にも諜報部はあると聞いたことはあるが、仕事の内訳は情報収集が主であり、まさか自分たちの意にそぐわない評議会議員を暗殺してしまおうなどと、そこまで強引な粛清を謀るなんて考えられない。



 この世界に生まれて暮らす多くの人たちは自らが生み出すマナによって、細菌の感染症を抑え込んでいるので抗生物質などなくたって、細菌による感染症に対抗する免疫では地球人よりも優れている。


 前世のタイセーが患ったマナアレルギーにでもならない限り、そう簡単に内蔵が炎症を起こしたりするわけがないのだ。


 エンドア・ディルに処方されていた薬には肝臓の細胞を破壊するたぐいの毒が僅かだけ含まれていた。その僅かだけの量でいまは床に臥せり、身体の衰弱は確実に死へと向かう。


 既にこの毒を長い間飲み続けたのだとしたら、肝臓にはダメージが相当蓄積しているはずだ。ほんの少しさじ加減を変えただけで命を奪ってしまえるだろう。そういう強力な毒だった。



「兄ちゃん、パシテーのお父さんがこの毒の影響を受けてるんだよ。後遺症とか残るタイプじゃないよね? 一応こっそり治癒魔法をかけたんだけど、良くなったように見えなかったからさ」


「んー肝臓に残るタイプなんだろうな。だとすると治癒魔法はあまり意味がないな。顔色はどうだった? 黄疸とか」


「黄疸? 手のひらが黄色くなるアレよね? 気がつかなかったけど」


「眼球の白目の部分は?」


「うーん、どうだっけか? 分かんないわー」


「分かんなかったってことは、まあ、それほど症状が進んでるわけでもなさそうだ。肝臓の負担になるような食事に気を付けて、お酒を飲まないようにすればきっとすぐ治ると思うけどな。そんな事よりこの毒の出どころはどこよ? そっちのほうが気になるな。かなり高度に精製されたキノコ毒だと思う」


 毒を飲んでその効果を調べてくれなんて言われたときは、さすがにこの妹の酷い言葉に心底ゲンナリしたが、指につけた薬をペロリとひとなめしただけで、だいたいのことは分かった。


 毒物は菌類の作り出した毒だ。つまり、キノコ毒だと考えられる。

 アリエルはその毒を受け取る際『遅効毒』と説明を受けたが、実体はそんなものではなかった。


 薬のうちおよそ99%は茶色の粉末であり、激しく苦いことで有名なコナの根を乾燥させてすりつぶしたものだ。体調を崩してしまった子どもに飲ませようとニオイをさせただけでダッシュで逃げるほどの苦さと、そして強烈な異臭が特徴の、この世界ではありふれた薬草だ。

 

 そしてその効果は身体から悪いものを下ろすといったもの。

 つまり大人はこの薬の効能も味も臭いも、全てを知っているからこそ関わりたくないのだ。わざわざ味わって飲もうとも思わない。飲むときは出来るだけ喉の奥に放り込んで、すぐさま水で流し込む。


 混ぜ物をするには打って付けのクスリだ。


 だから少々刺激的な味がする毒でも少量であれば発覚することなく対象者に飲ませることができる。さらには体調が悪くなったときによく効く薬であるからこそ、これを何の疑いもなく、自ら積極的に飲んでしまう。本来は人を助けるためのクスリに毒を混ぜて殺す、ここまで考えてコナにキノコ毒を混ぜたのだとしたら、これを考えた人物は人として赤い血が流れているとは思えない。


 人を殺してやりたいほどの憎しみを持つなんて、世界でもアルカディアでも、どこの世界でも普通にあることだ。だがしかし、多くの人は実際に人を殺してしまうなんてことをせずに思いとどまる。


 それが善悪のタガと呼ばれるものなのだろう。


 神聖典教会しんせいてんきょうかいの下部組織である神殿騎士団しんでんきしだんの一部門に邪魔者を暗殺するような諜報機関があるという事実がここで白日の下に曝されたのだ。


 そう、悪いことをしていない、真っ当に生きている人を、ただ邪魔だと、それだけの理由で殺してしまおうなどと考え、それを実行する。その程度の陰謀は人類の歴史の裏舞台では、それこそ検証するのが面倒なほど次々に出てくる。日常茶飯事と言っていいほど繰り返してきたことだ、珍しくもない。


 そんな事いちいち気にかける必要などない、どこにでもあることだ。


 だがしかし、アリエルはひとつ喉元に引っかかることがあった。


 いまの神殿騎士団長は、ホムステッド・カリウル・ゲラー。

 魔族排斥を強硬に推し進めた叩き上げのヒト族至上主義者だったはずだ。


 神殿騎士団に諜報活動を主にするような部門があるわけがない。

 もしそんなものがあったとすれば、ホムステッド・カリウル・ゲラーが奴隷商人グローリアスと手を組んで莫大な資金を得ていたことぐらい簡単にバレてしまうだろうし、ゲラーほどの権力者だ、自らの不正が暴かれるという危険性があるなら必ずやその機関そのものを潰しにかかるはず。なのにそうせず、現在に至るも存続し続けている。


 それにパシテーの父親に10年以上3人もの監視がついていて、いつ裏切るとも知れないグローリアスの幹部に監視がついてないこともおかしい。


 可能性は二つに一つ。

 神殿騎士団の諜報部は、団長ホムステッド・カリウル・ゲラーと政治的に敵対する者が作った機関か、もしくは、ホムステッド・カリウル・ゲラー本人が自らの政敵を監視し、追い落とすため作った機関なのか、どっちかだ。


 司祭枢機卿カーディナルビショップという地位もカネをバラまいて登り詰めたと聞いたし、グローリアスを監視するような動きが見られないのも不自然だ。これは高い確率で後者、つまり、神殿騎士団の諜報部は、ホムステッド・カリウル・ゲラーが教皇になるため組織したものだ。


 もしそうだとすると利用しない手はないのだが……。

 利用するのに最も都合のいいバリス・ドイルはパシテーが殺してしまった。


 アリエルはもう少し早くこの結論に達していたならば止めることも出来たはずだと少しだけ悔やんだが、バリス・ドイルはすでに土の中。悔やんだところであとの祭り。


 パシテーは敵を討った。明らかに敵であることを確認したうえでバリス・ドイルを殺した。

 ただそれだけだ。


 アリエルは傍らで見ていて何も言わなかったが、パシテーの瞳にはいつもと違う、確たる何かが宿っていたように見えた。それを覚悟と言ってしまうには少し軽いのではないかと、そう思えるほど重い何かを湛えていた。


 

 パシテーと初めて出会った頃のことを思い出す。


 この世界を滅ぼしてしまいたい……。それはパシテーの心から絞り出された言葉だった。


 アリエルは再びその言葉を胸に刻む。パシテーの敵はアリエルの敵だ。だから神聖典教会しんせいてんきょうかいは滅ぼさねばならない敵でもある。放置するなんてことは出来ない。



 アリエルはここに来る前、叔父のトラサルディからプロスペローの情報を耳にしていた。

 プロスペローがガルエイアにある神聖典教会しんせいてんきょうかいに出入りしているという情報だ。これはトラサルディがダイネーゼの部下から聞いたという又聞きだったため、アリエルはそのダイネーゼの部下を探さねばならない。


 ついでと言っては何だが、またアルトロンドに向かうパシテーと真沙希まさきに探すようことづけておくことにした。



「なあ真沙希まさき、アルトでダイネーゼ商会にいくならちょっと頼まれてくれないかな?」


「なに? 面倒なことじゃなければいいよ」


「ダイネーゼ商会にケント・ブレナンって男がいるはずなんだけど、その男を探してほしい」


「うん。居たね」


「知ってるのか? なら話は早いな。そいつに話を聞きたいんだ」


「わかった、じゃあ見つけたらゾフィーのタマ割るわー」


 タマを割るというのは、カードに付着したカプセルの魔法を割って知らせると言う意味だ。

 なんだか下品に聞こえるからそういう表現はやめてほしいのだが……。


「あー、もひとつ、明日の朝パシテーの実家を訪ねてくる連絡員を連れてきてほしいんだ。くれぐれも丁重にな。殴ったりケガさせたりってのはナシだからね」


「ええっ? あいつら問答無用でガチ殺しに来るんだけど? いくらなんでも無傷ってのは無理かもしれないよ」


「それがな、俺の見立てでは、その諜報部のトップはホムステッド・カリウル・ゲラーだと思ってる。奴ら、自分たちのトップが行方不明になったから、いま総出で行方を捜してるんだろうな。パシテーの親父さんを殺す命令がおりたのも、たぶん人手が足りないから計画を前倒しにしたんだ」


「ふうん、そのなんちゃらゲラーを人質にでもする気?」


「いいや、ゲラーにはもっといい役を用意してある。それにアルトロンドを吹っ飛ばすことなく教会を内部から崩壊させられたら楽だろ? パシテーはどう思う?」


「私は教会がなくなるならどっちでもいいの」


「なら楽なほうがいいな。じゃあパシテーはあとで打ち合わせしよう。俺は先にこっちの用を終わらせるとするよ」


「わかったの」



 そう言って手を振りパシテーに会釈するアリエルの足もとには後ろ手に手枷をはめられた男が転がされていた。先に済ませておきたい用とはこの男のことだ。



 パッと見は60歳代ぐらいか、かなり裕福な出で立ちをしている。豪奢な地模様の入った部屋着のまま乾燥した土の上でうずくまっていた。転がされて地面からアリエルを睨みつける眼光も鋭く、左の頬骨から耳たぶにまで大きな傷、右頬、瞼から眉も切創で分断されている。


 かつて百戦錬磨の武人であったことを偲ばせるこの男の名は、ウィダー・デストラーデ。


 かつてアリエルたちがダリルマンディを襲撃したとき、セルダル家の前で戦闘して敗れたという経緯がある。領主の館を警護するために存在する親衛隊長でありながら、いとも容易くその防衛戦を抜かれ、守るべき領主を殺害されたことから責任を問われ、地位も名誉も何もかもなくしてしまった男だ。


 アリエル・ベルセリウスとは因縁浅からぬ関係なのだが、いまは無様に転がされている。


 早い話が親衛隊に父親を殺されたエレノワ騎士伯への手土産てみやげだ。


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