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16-24 エンドア・ディル(8)深紅の瞳

 ここで真沙希まさきのいう『マーカー』とは、ゾフィーが座標を監視するための座標マーカーのことだ。アリエルが風魔法の[カプセル]で座標を管理していることを知ったゾフィーが、他人にカプセルをくっつけておくことで送信機のような役割をさせるという用途を思いついた。簡単に言うとGPSレシーバーのようなものだ。ただしこのカプセルマーカーは異次元に転移させられると座標を追う術者の方が急激にマナを消費してしまうという弱点があるので注意が必要だが、もともと時空魔法を操るゾフィーにとって非常に使い勝手のいい魔法と言える。


「あ、そうそう。服にマーカー付けたらダメだからね、まえダイネーゼってひとに付けたマーカーは洗濯カゴに入ってたし。洗濯されて下水にでも流れたら追跡転移で悲惨なことになりそうだし」


 実は、真沙希まさきがここに来るのが遅れた理由こそがこれだった。

 グローリアスの秘密会合に出ていたダイネーゼはビューラックから自宅に戻ってすぐにシャワーを浴びた。ゾフィーはビューラックでダイネーゼたちを捕え、アリエルが開放すると決めたとき、丁度カプセルをマーカーがわりに利用するテストをしたかった。バレないようダイネーゼの服にマーカーを付けていたので、シャワーを浴びたとき脱いだ服は洗濯カゴに入れられてしまったと、そういう訳だ。いまはこっそりつける必要がないのだから堂々と渡せばいいのだが、服に付けると着替えられるまでと時間が限られることも分かっている。


「じゃあ、どうしましょう。カードを渡しておきましょうか?」


 ゾフィーは何もない空間からカード出して見せた。イングリッドたちには手品のように見えたろう。

 スヴェアベルム人には馴染みのないトランプという、カードゲームに使う物だが、さっき真沙希まさきがポケットから取り出すと、次の瞬間にはゾフィーが現れたという、何やら時空魔法を封入しているかのように振舞ってはいるが、仕組みは簡単なものだ。


 実はこのカードにはカプセルの魔法が2つ取り付けられている。

 ゾフィーは2つのカプセルで真沙希まさきの位置情報を受け取っていたが、真沙希まさきはカードを取り出した際、2つあるカプセルのうち、1つを指で壊したのだ。パチンと。


 カードにくっつけていた2つのカプセル、うち1つが破壊されたことは瞬時にゾフィーの知ることとなった。遥か1000キロは離れたダリルに居てアリエルたちとくつろいでいたゾフィーにとってそれは、あらかじめ真沙希まさきと取り決めていた事だった。2つあるカプセルのうち1つが壊れたら、ゾフィーはもう1つのカプセルが指し示す座標に空間転移して、真沙希まさきを回収して帰ると予定していたと、そういうことだ。



 パシテーの家族にバレてしまった事はもうどうしようもなく致し方ない。パシテーには真沙希まさき本人がうまく説明するだろう。


 ゾフィーはダイネーゼにクラブのジャック、エンドア・ディルにはハートの8、そしてイングリッドにはスペードのエースを手渡した。


 3人が3人ともきょとんとしてしまって、このカードの使い道をまるで理解できなかったので、真沙希まさきはこのなかで最も魔導知識に長けたイングリッドを指名して問うた。


「イングリッドさんはこのカードに魔法がかけられているのが分かりますか?」


「はい。何となくです……風? かな?」


 魔導学院で優秀な生徒といわれ重用されるイングリッドですら『なんとなく風かな?』程度にしか分からないのだ。あとの二人はカプセルを2つ付ける価値はない。どうせ2つのうちの1つを……なんて指示したところで、カプセルが見えなければ意味はないのだから。座標マーカー2つセットで付けるのはイングリッドの持つスペードのエースだけでいいだろう。


「このカードはあなたたちの居場所を特定するためのものですから、肌身離さず持っていた方がいいかも」


 ジャックのカードを受け取ったダイネーゼはポケットに仕舞い込みながら皮肉を忘れない。


「居場所を特定? 歯に衣を着せず最初から監視と言えばよかろう」


「迂闊な密談をスパイに聞かれて攫われてしまうところだったアホを助けたのもそのマーカーなんだけどね? もしかするとあなたたちを助けるものになるかもしれないからね、持っておいた方がいいかもしれないわ」


「たしかにそうだ。教会に連行されるよりマシだな」


 皮肉交じりに笑ってみせたダイネーゼとは違い、ほぼ確実に追手が差し向けられるエンドアは拒否する素振りも見せなかった。

 万が一追手に捕えられた時、非常に薄い可能性から保険になるからだ。いま貰ったカードは自らを助けるかもしれないし、イングリッドをも助けるかもしれない。ベルセリウスはフィービーとパシテーの恩人でもあるし、たった今こうやって助けられもした。今さら疑ってかかるなど失礼も甚だしい。


「私はありがたく頂戴しておくとするよ」



「じゃあこの死体もこっちで埋葬しとく。イングリッドさん、明日中に合流するからヨロシクね、んじゃゾフィーごめん、死体もどこかに飛ばして。お願い。パシテーには内緒で……」


「死体はイヤ。だって私のアイテムストレージに入れなきゃいけないもの」

「明日の朝には連絡係が来るから死体を残してはおけないよ」


「なぜ?」

「なぜって……屋敷がもぬけに殻になってて応接室に2人分の死体が転がってたらサスペンスホラーじゃん。屋敷の主が行方不明とか……ぜったい重要参考人として衛兵に指名手配されるわ」


「何か困るの?」

「ふつー困るっしょ!?」


「困らないわよ。どうせ追手が差し向けられることは分かってますからね」


 真沙希まさきはゾフィーの言いたいことを理解した。

 いま床に転がされている2人の死体は、明日の朝、連絡係(だと思われる)青物屋がくると発覚するだろう。だが暗殺者の正体が教会関係者であるとするならば、その死体ですら衛兵に見つかりたくないはずだ。


 いずれにしてもエンドアに追手がかかることは間違いない。

 ならばここに死体があってもなくても、どっちにせよ追手は差し向けられるということだ。


「ああっ、分かった。ゾフィーもほんと性格悪いわー」


 つまり、こういうことである。

 死体は明日の朝ここに来る連絡係に片づけさせる。これがベストだ。



「こんな人たちに対して人格者である必要なんてありませんからね。じゃあ私たちはもう帰りましょうか? かまいませんか?」


「そうだね、納得。じゃあイングリッドさん、先に行っといてね。明日中に合流するから」

「は、はい」



「それでは皆さん、お邪魔しました。次は夫のアリエル・ベルセリウスと一緒に来て、改めてまたちゃんと挨拶をさせていただきます」


 そう言うとゾフィーは指をはじく音だけを残して消え去った。

 まるで最初からそこには誰も居なかったかのように。真沙希まさきも同時に消えていた。




----


 部屋に残された3人の鼓膜には、とても物腰の柔らかな、優しそうな声が未だ消えずに感覚として残っている。目を奪われて動けなくなるような深紅の瞳をもつその出で立ちは筆舌に尽くしがたく、一言で『美しい』と言ってしまえばそれまでだが、この現場にいて実際にゾフィーを見なかった者にはどれだけ時間をかけて説明してもこの胸の高鳴りを説明することなどできないであろう。そんな体験だった。


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