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16-21 エンドア・ディル(5)メッセンジャー

週2投稿できれば次話は火曜か水曜にでも。がんばりまする。


 全身喪装ぜんしんもそうのような恰好でマスクの女は片ほうの手にあのいけすかない執事を掴み、もう片ほうの手にはメイド服姿の使用人が掴まれていて、それらを部屋の隅に投げ、折り重ねるように積み上げるとエンドアたちの方に向きを直した。


 イングリッドは強化魔法に加え、更に起動式を入力した。

 その場に対応した魔法を重ねがけする判断力も優れた魔導師の必須条件だ。


「紅蓮の炎よ!!」


 素早く起動式を入力し短縮された起式を唱えると仮面の女に向けた手のひらにファイアボールが練りあがった。本来は相手に聞こえるか聞こえないか程度の小さな声でつぶやいたほうが気付かれずに魔法を練り上げることができる。戦闘を開始するまでは大声で唱えるなどしないのが普通だが……。


 仮面の女は手のひらにファイアボールを練り上げたイングリッドに呆れたような仕草で応えた。


「火遊びはやめたほうがいいわ。火事になっても知らないわよ?」


 この狭い密室で、しかもここは自分の家だ。たとえ侵入者が相手であっても高度に練り上げられたファイアボールの魔法を使うのはどう考えても頭が悪い。ソファーに座っているエンドア・ディルは強化魔法を唱えろと言われたが、まず起動式の入力からして覚束おぼつかない。魔法を専攻し学んだことのない一般人も甚だしい。こんな場面でファイアボールをチラつかせたところで脅しどころか警告にもなっていない。


「何者っ! 教会の手の者か?! ああっ、トーマス! ミルファ! 二人に何をしたの! ダイネーゼさん、この女がブルネットの魔女ですか?」


 イングリッドは打ち捨てられた人を見て、屋敷の執事と父の公設秘書を兼任するトーマスだと分かった。もう一人のメイド服は使用人のミルファだ。事もあろうに片手で二人をポイポイっと投げて捨てた。既に強化魔法は展開済みで、しかも練り上げられた強化は相当な強度を保っている。この女、ただ者ではない。


「私は知らない、会ったことがない。その人はブルネットの魔女じゃない!」


「名乗りなさい仮面の女! 二人は無事なんでしょうね?」


「こっちの二人は殺したわ、仕方なくね。ソファーに寝かせてあるほうはドアの前で盗み聞きしてたから頭殴っといた。あなたたちに気付かれたのはその時の音ね。この女は教会のスパイじゃないかって思ってるんだけど? 足音と気配の消し方が訓練されたプロだし。というわけで、その女の身柄は私が預かります」


「殺した!?」

「うん。この二人は声をかけただけで襲い掛かってきたから、……仕方なかったかな」


 イングリッドは『二人を殺した』などと、狼狽することもなく落ち着いたまま恐ろしい告白をした仮面の女に空恐ろしいものを感じた。

 無意識というわけではないが、自然と手のひらに練り上げたファイアボールを更にもっと大きくしてみせた。

 これは魔導師がよく使う威嚇のようなもので、闘争の意思を明確にするものだ。



「……もう一度言います。名を名乗りなさい」


 仮面の女はイングリッドのファイアボールにはまるで興味がないように立ち振舞ふるまった。

 まるでその魔法を発射したところで私には当たりませんよとでも言わんばかりの落ち着きようだ。


「魔法を向ける相手を間違ってるわよ。私は敵じゃないからね、少なくとも今のところは。さてと、どうしよっかなあ。可愛い名前考えてくるの忘れたわ。名前なんか何でもいいじゃん。私はあなたたちの言う、なんだかよくわかんないけど、たぶんいま話してたベルセリウス派の一人かな?」


 イングリッドはゴクリと生唾を飲み込んだ。


 この女は自らをベルセリウス派だと言ったのだ。

 イングリッドが魔導学院に入学して3年目、火の魔法に適性があることで攻撃魔法に特化した鍛錬を続けながら、姉であるパシティア・ディルと関係しているであろうベルセリウス魔導派閥のことを研究テーマとしていた。3年である。3年間調べていながら、この仮面の女はデータになかった。


 いや、いまさっきまでこの女こそがあの『ブルネットの魔女』かとも思った。王国を揺るがしたダリルマンディ襲撃事件の容疑者として指名手配されているブルネットの魔女は仮面をかぶっていたことも調査報告書に書かれていた。


 ブルネットの魔女は身長150センチで髪色は栗色だという。この情報の信憑性は高い。

 だがしかしこの女はブルネットというよりも艶のある黒髪だ。ダイネーゼはこの少女のことをブルネットの魔女ではないといった。特徴が一致しない、確かにブルネットの魔女とは違うのだろう。だがしかしハッキリとベルセリウス派であることを認めた。



「ベルセリウス派の魔導師が私の家に来て、執事と使用人を殺したと、そういうことですか?」


「私はあなたたちの敵じゃないって言ったわよね? じゃあ私に殺されたこの2人のほうがあなたたちの敵だったとは考えないの? 状況は次々と変わってゆくわ。私が居なかったらあなたたち3人とも死んでるわよ?」


「死っ……なんで?」


 信じられないことを言われた。今の発言の裏を返せば、イングリッドたち3人の命を助けたのだと。

 屋敷で10年以上働く使用人はもはや家族のような存在だ。信頼という一言では語り尽くせないほど頼りにしていた人物だ。仮面の女は2人を殺したと言って悪びれもせず、青ざめた3人が平常心を取り戻すのを待たずに話を続けた。


「こっちのオジサンがパシテーのお父さんね? んー? どうやら遅効性の毒に冒されてるみたい。病気に見せかけて暗殺されるところでしたね。あなたたちに危害を加えるつもりはないから、ファイアボールを引っ込めてくれたら緊張感もほぐれると思うのだけど?」


「毒? お父さまは毒を飲まされていたと言うのですか?」


「なんだと? 私の体調悪化は毒のせいだったと? いったい誰が……」



 仮面の女はエンドアの病状を一目見ただけで遅効毒を飲まされていると看破した。さすがに3人揃って開いた口が塞がらないほどの衝撃だった。突きつけられた現実がこれまでの常識をひっくり返し始めている。


 エンドア・ディルは去年ぐらいから徐々に体調を崩しはじめ、今ではもうベッドから起き上がることも辛くなっている。医者や治癒師にもかかったが、年齢なりに身体をこわすのは自明の理だと言われた。外出も制限され、自宅療養しながら処方された薬を飲み続けている。にわかには信じられないことだが、本当に遅行毒だとして、当然その毒を仕込んだ者が居るはずだ。


 ダイネーゼは殺されたという執事の死体を凝視し、近づくことなく検分を始めた。


 いま仮面の女が『襲い掛かってきたから殺した』と言ったが、パッと見どう武装していたのか不明だった。しかしよく見て見ると倒れた執事の手には指にはめて固定する針のような短剣? が装備されていて、その形状の独自性から汎用的なものではなく、恐らくは暗殺用途につかわれるものだと窺い知れる。その大きさからみて手のひらの中に隠せるタイプだ。評議会議員の娘として裕福な家庭に育ったイングリッドは知る由もなかったが、日の当たらない薄暗がりの路地裏でチンピラやごろつきのような者たちと一緒に育ったダイネーゼには分かった。これは暗殺者が好んで使う極小の刃物で、雑踏など人通りの多い市場のような場所や人混みで、すれ違いざまにでも目撃者なしに人を殺めるため好んで使われるものだ。


「イングリッドさん、執事の人は暗器を装備している。話を聞きましょう。ファイアボールを仕舞ってください」


 ダイネーゼの忠告にイングリッドは警戒心を残したままファイアボールを発射することなく解除して消した。息の詰まるような緊張感の中、一触即発という危急を告げる状況から、ホッと一息つくことができる程度にまで緊張感は収まりつつある。


「……にわかには信じられませんが……。どういう経緯でこうなったのか、お聞かせくださいませんか?、それとやはり名前は名乗っていただかないと仮面……、んっ? その仮面はたしかゾフィーの仮面ですよね、それでは便宜上あなたをゾフィーと呼んで構いませんか?」


「ええっ……」


 イングリッドは意図せず仮面の女の痛いところを突いた。

 ただでもミツキとか同じ名前の人がいるし、アリエルとエアリスもややこしくて、たまに間違えそうになるのに、ゾフィーまで名前かぶりされちゃたまったものじゃない。


 仮面の女はゾフィーと呼ばれるのを暗に拒絶し、仮面を外して素顔を晒した。

 イングリッドたちを前に素顔を晒したのは黒髪にとび色の瞳をもつ、中等部? ぐらいの、まだ年端もゆかぬ少女だった。


「いや、それはダメ。やめて。分かった、私のことはマサキでもルナでも、どちらでも呼びやすいほうで呼んでくれたらいいから」


「ルナ? ……」


 イングリッドは『ルナ』と聞いて眉をひそめた。その名に覚えがあったからだ。

 あまりに荒唐無稽で突飛な発想だったため口には出せなかったが、今の今までアリエル・ベルセリウスと神話戦争をひとくくりに関連付けて話をしていたところだ。否が応でも神話戦争の初期に活躍した『月の女神ルナ』を想像してしまう。しかし月の女神とは真逆の印象であったため、ルナと呼ぶのは憚られた。


「ではマサキさんとお呼びします。先ほど私たちは使用人のバリスが、いきなり何の前触れもなくソファーに倒れている形で現れたのをみてパニックになりました。いまあなたが無造作に投げた2人もうちの使用人です。この3人が教会のスパイだとするなら私たちはあなたに助けてもらったようです。だけどいきなり急展開すぎて頭がついて行けてません。なぜあなたが今ここにいて、どういった理由でそちらの二人を倒し、バリスをそこに寝かせたのか聞かせてください」


「あなたはパシテーの妹さん? 妹がいるなんて聞いてないけど、まあいいわ、分かった。私がここに来た理由は3つ。ひとつは、そっちのダイネーゼってひとにノーマ・ジーンからの伝言を」


 真沙希まさきは人差し指を立てて流し目を送った。


「ノーマ・ジーンからの伝言?」


「うん。本当は帰りの馬車ででも伝えるつもりだったんだけどね?」


「ふむ、聞かせていただこう」


「グローリアスはサナトス・ベルセリウスを支援する……だってさ。伝えたわよ」


 ダイネーゼは細い目をカッと見開き、ゴクリと生唾を飲み込んだ。まさかこんな場面でグローリアス最後の指令を聞くとは思わなかった。


 左手を胸にあてて浅くお辞儀をしたまま応えた。


「かしこまりました。ヴィルヘルム・ダイネーゼはこの命に代えても宿願成就のため邁進しますとお伝えください」


「わかった、伝えるわー。覚えてたらね」


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