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16-17 エンドア・ディル(1)

投稿したときは5000文字程度だったのですが、加筆を繰り返すうちに倍近いボリュームになりました。

すみません、ちょっと長いです。


「グランネルジュ中心部はひどいことになってるから気を付けてねー」

 と手を振り、アリエルは魔王フランシスコを送り出した。


「へえ、あの兄さまとハリメデを手玉に取るなんて、大したものね」

 ロザリンドは呆れ顔でこぼしたが、その実、アリエルを賞賛している。

 なにしろアリエルは魔王フランシスコが退位する前に偉業を成し遂げねばと功を焦るハリメデの心情を利用し、グランネルジュ攻めに誘導したのだ、それも自分たちが追い込まれた状況を利用して。


 アリエルは土魔法でアスモデウスの墓穴を掘りながら、生返事で返した。


「買い被りだよ」


「ふうん。じゃあこれから私たち、どこへ向かうの?」


「んー、義兄さんはグランネルジュに向かった。俺たちは南下してダリルマンディに向かうつもりなんだけど? 予定通りだよね?」


「そうね、予定通り邪魔者のドーラ軍をここで足止めしておいて、レダちゃんの家族を殺された仇は私たちが討つ。さすが、そうこなくちゃね」


「当たり前だ。フランシスコ義兄さんには悪いけどな……」


 アリエルは念入りに掘った深さ2メートルもの穴にアスモデウスとディラン、二人の亡骸をそっと沈め、炎の魔法で点火した。


 遺体を遺体として遺体のまま残しておくのは得策じゃない。

 遺体が残っていればヘリオスの権能でいつでも蘇らせることができる。

 アスモデウスのような遠隔攻撃を使う迷惑な野郎はちょっとやそっとで蘇れないよう火葬して灰になるまで焼く必要がある。


 アスモデウスたちの亡骸はアリエルの魔法により焼却されたあと、地中深くに葬られた。

 予備の身体があるとすれば別だが、なければまた15年ほどは転生してもどってこられないだろう。


 ロザリンドは火葬した亡骸を埋め戻すのを横目で見ながら続けた。

「じゃあさ、ダリル攻める前にさ、エアリスにもちゃんとした剣を打ってあげてほしいんだけど」


 アリエルは『今じゃないといけないのか?』と思い、すこしむっとしたが、よくよく考えてみたらエレノワですらダリルマンディに帰り着いたか、まだ帰ってないかという頃だ。アリエルたちのスピードだとレイヴン傭兵団がダリル軍を離反して撤退する前に戦闘が始まってしまう。やはり数日、一週間ほどの時間が必要だ。


 さっきまでは一週間の時間をつくるために頭を捻っていたが、ドーラ軍が踵を返しグランネルジュに向かったことでアリエルたちは逆に、時間が余ってしまったようだ。

 エアリスに一振り、剣を打ってやるのもまたやぶさかでない。


「そうだな、いったんノーデンリヒトに戻るか……ん?」



 そんなアリエルの耳にヒッコリーが付き人の者と話す声が聞こえた。

 どうやらミーティア騒ぎで馬がパニックになって逃げてしまったらしい。ここグランネルジュからアムルタの首都、アムルターナまでは馬を使っても10日以上かかる距離だ。時間の限られたヒッコリーには酷なことになってしまった。


「ヒッコリーさん、どうかしましたか?」


「それがお恥ずかしい話です、繋いでいた馬に逃げられてしまいまして……、一刻も早く国に帰らねばならないというのに、こんな時に限って……」


 馬じゃなくても逃げ出すだろう、小山ほどの隕石が落ちてきたんだから。

 という事は、ヒッコリーが帰れなくなった原因の一端はアリエルにあるという事だ。そういえばエドにはタレスの鍛治工房がある。残っていればの話だが……。


「送っていこうか? エドの村からのほうがだいぶ近いっしょ?」


「は? はい? 送って?」


「ゾフィー、南の転移門ポータルまで送ってやって」


「はい、わかりました。南の転移門でいいのね?」



 ―― パチン!



 アリエルたちはエドの村にあったタレスの鍛治工房に立ち寄る『ついで』に、ヒッコリーたちも同行させた。エドの村はアムルタ王国の南にある山脈の麓に位置する。首都アムルターナまでは距離があるけれど、街に着いたら馬が手に入る。ファンの街で馬を買えばアムルターナまで1日、2日で着くだろう。


 アリエルがノーデンリヒトにある自分の工房ではなく、こんな南の果てにあるタレスの工房に来たのはウーツ鉱の製法に関わる何か手がかりがないか探してみたいということもある。


 足もとに注意しながら山道をくだるとエドの村に出る。ここは20年ほど前までエルフの老人が何人か暮らしていたはずだが、いまもう廃村になっていた。タレスの鍛治工房も廃墟と化していて、レダとセキの姉妹が隠れるために掘られた地下の隠れ場所に通じる隠し扉も破壊され、露わになっていた。恐らく食い詰めた冒険者の捜索があったのだろう。


「ヒッコリーさん、ここがエドの村。アムルタの南、村を出て街道を北に向かえばファンの街がある。俺たちは別行動するけど、何か急用があったらさっきの転移門、イグニスの神殿に供物を供えといて。腐らないものがいいな」


「はっ、はいいいっ……」


 実際に馬を利用した旅でも10日はかかる距離を一瞬で移動してきたヒッコリー、腰を抜かさずしっかりとした足取りで北を目指す。初めて会ったときはハイペリオンに怯えている姿が印象に残っていたせいか木っ端役人だと思っていたが、魔王フランシスコと話すのを見て考えが変わった。


 なかなか肝の座った、いい悪人だ。

 


 アリエルは鍛治工房がまだ使えることを確認した。煙突から雨が入らない構造だったのが功を奏したようだ。アリエルは炉にファイボールを連射して火を入れるとストレージから鋼材を出し、パシテーの力も借りて鉄を打ち始めた。ここで3日ほど足止めを食う羽目になるが、アスモデウスなどというとっくに殺したはずの男が転生して襲い掛かってきたことを考えると、敵の奇襲も、災厄レベルの激しい戦闘もあれで終わりだとは到底思えない。


 エアリスに剣を教えているのはロザリンドだ。輻射する熱で汗だくになりながら、剣の制作につきあう。


「エアリスは片手持ちのほうが上手な印象だったけど、日本刀打てばいいのか?」


「いいえ、刺剣を」

「刺剣? 珍しいな。戦場で役に立つのか?」


 刺剣というのは鎖帷子くさりかたびら状のチェインメイルや輪を編んで作られたリングメイルの穴に突き刺すタイプの、俗にいう鎧貫よろいつらぬきと呼ばれる剣だ。軽装兵のつかう革の鎧でも重要な部分だけハガネで補強されているのが普通だし、神聖典教会の前衛はだいたいがフルプレートだ。刺剣が有利だとは思えない。


「戦場では見かけないけど……、ああ、そういえば騎士勇者の女が……」


 そういえばウェルシティとかいう二刀流の女勇者が左手に刺剣を持っていた。剣を構えて見せただけで為すすべなくロザリンドに倒されたからその活躍までは見ていない。いまいちフルプレートメイルを相手に刺剣が有利に戦えるなんてイメージが出来ないのだ。


「エアリスには刺剣が合ってるの、片手でしなやかに軽く振れるレイピアがいいわ」


「右利きでも左手に持つタイプのアレ?」


 アリエルが槌を振るい、イメージを形にしてゆく。


「左右どちらでも使えるわ、エアリスは器用なの。あー、切っ先はももっと薄くして」


「マジで? でもそんなに薄くしたら刃こぼれするってば。敵の攻撃をガードできないぞ?」


「エアリスは速さとキレで勝負するタイプなのよ、大丈夫。器用だし、刀身に防御魔法を乗せればそう簡単に折れないわ」


「はあ? レイピアを魔法剣にするの?」


 エアリスの性格で刀身に防御魔法を乗せるだなんて考えられない。アリエルのイメージだとカリカリにチューンしたピーキーな強化魔法でフルプレートを穴だらけにする未来しか見えない。

 アリエルの頭にイメージが出来上がってきた。


「そか、じゃあもうちょっと太くしないとフルプレートの敵と戦えないんじゃね?」


「だから重さは邪魔になるだけだってば。力で叩き斬ったりしのぎを削る鍔迫つばぜり合いはしない。先に行くほど薄く鋭い切っ先で、重心も手前にあったほうがいいわ。非力さをスピードでカバーするスタイルが合ってるし、そもそもエアリスは剣も使うけど魔導師なのよ。間合いを見切るいいカンを持ってるからね、イメージとしては『しなやか』で『鋭い』感じ」


 注文がいちいち細かい上に、アリエルはレイピアなんか打ったことがなくてイマイチよくわかってないが、いい剣は必ずやエアリスの身を助ける。


「しなやかで鋭い? そして万が一、敵の剣を受けるときも折れちゃいけない……。言ってくれるぜ、それがどれだけ難しいか……」


「あなたならできるわ」


 どんどん敷居が高くなってゆく。アリエルは日本から持ってきた優秀な鋼材を半分だけ使うことにし、あと半分は帝国で勇者になったとき支給されたミスリル合金のワンドを使うことにした。ハガネの刀身をミスリル合金で挟むという製法を採用した。これは包丁などでよくある、切れ味はいいが錆びるハガネを、切れ味が持続しないけど錆びないステンレスでサンドイッチにして挟むクラッドという技術だ。アリエルは今回クラッド技術を使い魔法のノリがいい魔法剣を打つことにした。


 アリエルは自らの剣『黄昏』を打ち、実戦投入した技術をそのままエアリスのレイピアに転用し、ロザリンドの決めた仕様でレイピアを作り始めた。日本でロザリンドの剣『北斗』を打った時は仕様がなかなか決まらず何本も試作品を作ってはボツになったが、エアリスのレイピアはロザリンドが最初から仕様を固めてくれていたおかげで澱みなく槌を振るう。



 その間、アスモデウスの襲撃で力を消耗したジュノーやサオには束の間の休息となった。




----



 一方、アリエルたちがエドの村で疲れを癒していた頃、早馬を飛ばし、アルトロンド、城塞都市ガルエイアに戻ったダイネーゼが無精髭を剃って身だしなみを整える時間すら惜し気に、水浴びをし、風呂に入ってなかった分の垢を落とすとすぐさま馬車に乗り込んで、目的地に着くまでの道すがら、ようやくパンにかじりついた。


 一刻を争う事態だ。

 これまでダイネーゼが事あるごとに争ってきた政敵、エンドア・ディルに助けを求めるためガルエイア郊外の屋敷に到着し、御者ではなくダイネーゼ本人が門のチャイムを鳴らした。


 しばらくすると返事もなく門についたスリットが開き、中から外を窺う目が見えた。

 アルトロンドでは治安が悪かったころの名残なごりで、外からの来訪者にいきなり門戸を開くなどということはない。


「どちら様ですか?」


「ダイネーゼだ、エンドア・ディルに折り入って話がある。取り次いでほしい」


「お約束がありましたでしょうか?」


「いや、ない。約束はないが火急の用があると伝えてくれ」


「かしこまりました。お伺いを立ててきますので今しばらくお待ちください」


 ガシャッと乱暴にスリットが閉じられ、5分ほど待たされたが、予告なく門が開かれた。

 急な来客に怪訝そうな目で値踏みするように見ていた使用人はパリッとした小奇麗な黒のスーツを着ており、先ほどの泥棒を見ているような目ではなく、優しそうな好々爺としか言いようがない微笑みを浮かべながらアポなしで訪れたダイネーゼを迎え、エントランスに導いた。


 招かれざる来訪者が客になった瞬間だ。


「ようこそいらっしゃいました。ダイネーゼさま、どうぞこちらへ」


 案内されるまま玄関ドアをくぐり、ダイネーゼは応接間に通された。


 エンドア・ディルは病に臥せっていた。しかし宿敵であるダイネーゼが火急の用ありと訪ねてきたので無理をしてベッドから起き上がったのだろう、寝間着にガウンを羽織っただけという有様だったが、すぐその傍らに介添えするためか若い女性が立っていた。上等な服を身に着けているし、髪もおろしている。ダイネーゼは一目でわかった、この若い女はエンドア・ディルの末娘すえむすめ、イングリッド・ディル。確かガルエイアの魔導学院で魔導を学んでいる優秀な生徒だと噂で聞いたことがある。


 ダイネーゼは応接間に招き入れられるとまず、深々と頭を下げて一礼した。

 シェダール王国で頭を下げる挨拶はない。急な訪問に応じていただき、ありがとうございますというお礼の意味を多分に含んでいる。

 言い争いになるのを覚悟し、肩怒らせて応接室に出てきたエンドア・ディルだったが、いきなり肩透かしを食らってしまった。話があるというなら聞いてやるぐらいの度量は持ち合わせている。


「ダイネーゼどの? どういった風の吹き回しだろうな? 私の敵が、私の屋敷の、しかも応接間におって、無精ひげも生やし放題ではないか。……、イングリッド、手を貸してくれ。きちんと出迎えもしなかったとあっては恥だ」


 傍らに立っていたイングリッド・ディルは柔らかいソファーにごっそりと身を沈めていた老人の手をとり、立ち上がるのに力を貸した。


 エンドア・ディルは語らずとも、容態が悪いことは誰の目にも明らかだった。それでもなお娘の手を借り、杖をついて立ち上がると、ゆっくりダイネーゼのもとへ歩み寄り、まずは「よくぞ参られた」と労い、ソファーへ座るよう促した。

 たったこれだけのことだが、エンドア・ディルは省略することなく、来客を迎えた。


 背もたれが柔らかく絶品だというのに、背中を預けることなくちょこんと浅く座ったダイネーゼとは対照的に、ズブズブと背もたれに上半身を沈めたエンドアは皮肉交じりに言った。


「ふう、私がいつくたばるかと様子でも見に来たのかね? ダイネーゼどの。確かに体調を崩してしまったが、まだまだ死なんよ」

「いいえ、いまあなたに死なれては困ります。エンドア・ディル議員どの、死ぬのはアルトロンドを救ってからにしてください」


 皮肉を皮肉で返すような、和気あいあいとは程遠い、ピリピリした空気を含んだ応接室で、まずはジャブの応酬から話し合いは始まった。


「お父さま、血圧が上がります。ダイネーゼさん、見ての通り父は体調を崩しています。ここで座っているのもつらいのです。お話があるのでしたら単刀直入にお願いできませんか?」


「これは失礼した。そう言っていただけるとありがたい、では単刀直入にお願いしよう。近く80万規模の難民がダリル方面からアルトロンドへなだれ込むと予想されるのだが……。アルトロンドは対処することができないと考えられる。そこで、あなたの持っている穀物、特に麦と芋を支援物資として拠出していただきたい」


「単刀直入すぎてワケが分からんというのもあるが、お断りする。ダイネーゼどの? 私があなたの手助けをすると? 本気で思っているのかね? 私はあなたが倒れるのを心待ちにしておるのだが?」


「私は倒れません。ですがアルトロンドが倒れるのはあなたにとっても本意ではないでしょう? 難民の支援をお願いしたい」


「いーや断る。アルトロンドが倒れる? たしかに経済的に困窮してはおるが、数年やそこらで倒れるほどのものではない。ダリル難民が80万? 夢遊病でもあるまい、まずは現実に目を向けることが大切だ。いま対処せねばならないのはセカの敗戦だろう? セカのサルバトーレ高原側を占領していた我が軍が壊滅したというではないか。アシュガルド帝国軍はセカ港もろとも消滅したという。バラライカが消滅し、湖になったのと同じ現象だ。16年前倒したはずの大悪魔、アリエル・ベルセリウスが生きていたという、まったく信じられん話だ。苦労して勝ち取ったセカ南東部を失ったことよりも、またあの大悪魔と一戦交えねばならん事の方が大問題だというに、議会は紛糾して事態は1ミリも前に進まん。アルトロンド領では頭の痛い問題が山積していて解決の糸口すら見えておらんのに、なぜ私が奴隷商人を支援せねばならない。常識的に考えれば分かりそうなものだ」


「アリエル・ベルセリウスは生きておりましたよ」


「ほう、実際にその目で見てきたかのような物言いだな」


「ええ。確かに会いましたし、話もしました」


「ふははははは、大悪魔とは言葉が通じるようなモノだったのか? 領民たちはベルセリウスこそが神話で世界を焼き尽くした破壊神アシュタロスの生まれ変わりだと噂しておる。ではスカーレットの魔人は鬼神ヤクシニーだったのか? ブルネットの魔女は灰燼の魔女リリスだったとでも? 寝言は寝て言え。支援は断る」


 エンドア・ディルはダイネーゼの提案を一笑にふしてドヤ顔で断ったうえで、更に追い打ちをかけるようにアルトロンドの苦しい懐事情を騙った。


「仮にだ、アルトロンドが滅びるならそれもいい、現在のアルトロンドはもう後戻りできないところまで来ている。対処療法のようなことを続けてダラダラと延命を続けるよりもアルトロンド破綻後に来る大恐慌を生きる術を考える方が建設的であるし、いったん滅ぼされたほうが次に秩序ある新しい法のもとで人々が暮らしていくのに、もしかすると近道かもしれないだろう?んー?」


 エンドアは重ね重ね、ダイネーゼの申し出については麦の一粒、芋のひとかけらも拠出する意思はないと断った。


「それでも領民の暮らしを守る評議会議員か! いや、いまはあなたの力が必要なのだエンドア・ディル。これまで敵対していたことについて遺恨はあるだろう、しかし今だけ! 今だけでいいんだ。こちらはアリエル・ベルセリウスの動向に関する重大な情報を掴んでいる」


「ほう、あの大悪魔と話して、教えてもらいでもしたのかね? 疑わしい事この上ないが、聞かせてもらっていいかな? アリエル・ベルセリウスの今後の動向とやらを」


「では率直に申し上げる。アリエル・ベルセリウスはドーラから兵をあげた魔王フランシスコ軍と共謀してダリルに侵攻することが分かっています。そうなるとセルダル家は早晩倒され、ダリル領はドーラに奪われます」


「突拍子もないな。そんなことをしたらシェダール王国が黙っていないだろう。広大なフェイスロンド領を軍隊が行列をなして横切ることになるが? 指をくわえてそれを黙って見ているとでも?」


「はい。シェダール王国軍は動けません。セカ港を消滅させたアリエル・ベルセリウスの戦闘力を見たからです。あの大量破壊魔法がプロテウス城に向けられることを恐れたのでしょう。アルトロンドだけじゃなく王国元老院のほうも議会は紛糾していますよ。あの驚異的な力を目の当たりにして戦おうなどという選択肢を選べるものなど居ようはずがありません。いまやアリエル・ベルセリウスの力に対抗しようとする勢力は、残念ながら権力の座にしがみついていたい一部の者たちだけなのです。これは極秘ですがドーラ軍が10万の兵で侵攻するため必要な食料は王都プロテウスが横流ししたものです」


「ウソだ! 道理が分からない。なぜ王都プロテウスがドーラ軍を支援し、ダリル侵攻の手助けをするのか。納得のいく説明をしていただきたい」


「詳しく説明するとなると長くなりますが?」


「長くなろうが話を聞かせていただきたい。その理由とやらを」


「はい。事の発端は、ダリルマンディを襲撃されたことで兵力を大幅に増員したダリル領がアルトロンドと同じく、兵士に支払う給金すら出せないほど経済的に困窮していたこと。愚かなエースフィル・セルダルは経済の安定をもとめて奴隷資源を奪うためフェイスロンド領に向けて侵攻したのです」


「愚かといったか? 奴隷商人のあなた自ら?」


「ええ、そうです。何しろダリルの奴隷狩りはエルダーにひっそり暮らしていたドーラの王族を殺害し、奴隷にしてしまったのですから。愚かと言う他に何と言えばいいか教えていただきたいところです」


「確かに……それは愚かと言う他ないな……」


「ではドーラ軍が組織され、満を持して侵攻して来るというのに、王都プロテウスは戦うという選択肢を選べませんでした。魔王フランシスコの組織した兵力は4~5万程度、そこにノーデンリヒトを攻めていたアシュガルド帝国軍を打ち倒し、マローニ、セカまでたった1日で侵攻したのがアリエル・ベルセリウス率いる、ベルセリウス派です。他国の王族を殺すなどしたら全面戦争は免れません。ですが、王都プロテウスはノーデンリヒト国家元首を名乗るトリトン・ベルセリウスのいった休戦に応じるようセルダル家を説得しました。一度や二度ではありません、再三の説得でしたが……結果はご存知の通りです。我がアルトロンドは王都プロテウスと足並みを揃えるため休戦に応じましたが、ダリルは説得に応じることなく戦闘継続を選びました。王国元老院議会はドーラの王族を殺害した罪に問われているのに、休戦の求めにもお応じないダリル領セルダル家を助けるため、多大な犠牲を払うことはないと判断し侵攻するドーラ軍を素通りさせることを決定したということです」


 とはいえ食料を出させたのはグローリアスの裏工作あってのことだが。


「ダリルは王都プロテウスという後ろ盾を失いました。遅かれ早かれ倒されます。しかし休戦を選んだ我がアルトロンドも無事では済まないのです。ダリルが倒されると領境を接する我が方に向かって80万の難民がなだれ込んでくることが予想されてます。シェダール王国は主力をダリル方面へ配置せざるを得ない。我がアルトロンドは飢えた難民に対応するだけで精いっぱいです。そこを狙ってアシュガルド帝国が攻め込んできたらどうでしょう? 帝国軍はエールドレイク、ガルエイアを素通りし、最も手薄な東側区域から一気にプロテウス城を飲み込む。そうなるとプロテウス城は数日もたずして陥落、シェダール王国は4000年の歴史を閉じることになります。難民の対処も十分にできない領軍では強大なアシュガルド帝国軍に対抗することなど不可能です。わがシェダール王国はダリル滅亡を皮切りに連鎖反応を起こし、滅亡に向かうのです。それはあなたにとっても都合のいいことではないはず、何度でもお願いする、食糧の支援を! それは私を助けるものではない! アルトロンドを、シェダール王国を救うためなのだ」


 ダイネーゼはそれでも食い下がり、どうにかして支援してもらえないかと頭を下げた。

 エンドア・ディルは話の情報量の多さに一瞬混乱したが、それでも支援することはできないとした。


「アシュガルド帝国が攻め込んでくる? そんなことがあるのか? さすがに今の話は空恐ろしいものがあるが、どうにも根拠が薄い。なぜなら我がアルトロンドはアシュガルド帝国と友好関係を築いているし、その関係は揺らぎもせぬよ。16年前、大悪魔ベルセリウスたちと戦うため共同戦線を戦い、撃退した絆がある。お互いに信頼関係があるのだ。それでもなお攻められるというなら、むしろアルトロンドが変わるチャンスであろう?」


「ドーラ軍の動きは帝国としても脅威に映るはずです。一騎当千の魔人族、ベアーグ族、ウェルフ族を中心とした戦闘民族が10万という規模で侵攻してきて広大な土地を奪うなどこれまでなかったことです。隣国であっても強大な敵が更に強大に成長する前に叩いておくのがセオリーではありませんか。安全保障上やむなく王都プロテウスを攻めるというのがアシュガルド帝国の言い分となり、王都侵攻の大義名分となります」


 エンドア・ディルは、王国滅亡のシナリオを力説したあと、歯噛みしながら難民支援を求めるダイネーゼの姿を一歩引いて見ながら、あれほど厚顔無恥こうがんむちで慣らした奴隷商人ダイネーゼがなぜこれほどまでに必死になるその理由が知りたくなった。


「むう、そこまで食い下がられると、なぜそこまで必死になるのか、その理由を知りたくなるではないか。ダイネーゼどの、私はあなたを愛国者だとは思っていなかった。だがその実、この王国を、アルトロンドを救いたいと言う気概に満ち溢れているように感じた。いったい何があなたをそうまで衝き動かすのか。理由を聞かせてもらえないだろうか」


「ええ。おっしゃる通り、私は必死です。妻や娘たちの未来が懸かっていますからね。あなたに断られることは分かってましたとも。私たちは長年敵対してきましたから。ですが人の道として、まずは心からのお願いを申し上げたかった」


 ダイネーゼは懐から一通の封筒を出し、テーブルを滑らせてエンドア・ディルに渡した。


 それはグローリアスの極秘会合をアリエルたちに襲撃され、トラサルディが捕らえられたとき、ブルネットの魔女から託された、エンドア・ディル宛の手紙だった。


「これは?」


「エンドア・ディル議員どの、あなた宛ての手紙です」


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