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16-14 予期せぬ遭遇戦(11)宿敵との再会

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 とても直視することができない閃光、耐風障壁で守られていながら爆風に吹き飛ばされる者もいる中、同時に襲い来る高熱がジリジリと肌を焼く。もともと10万の兵士たちが展開していた陣である、最初のミーティアがグランネルジュに落ちた時から障壁を担当する魔導兵たちが戦闘態勢に移行していたことが幸いだった。身を守る兵士たちは立て続けかつ執拗に行われるミーティアの攻撃に晒されながらも直撃を避け、ハイペリオンが展開した多重障壁により被害は最小限のものとなった。


 光は減衰し、空を見上げると秋を彩る筋雲は蒸発していてミーティアを焼いた爆炎と空を漆黒に染め上げる黒煙が広がっていた。


 バラバラと音を立てて、うっすらと煙を吐き出しながら小石が降りそそぐ。




 トスッ……。


  ドスドスッ……。



 カラン……。



 静寂のなか、キーンと響く耳鳴りの音に混ざって、何か重いものが地面に落ちる音が聞こえた。


 ジュノーとパシテーを守った神器の盾が、地面にドサッと落ちた音だった。


 アマンダを庇って身を伏せていたロザリンドが細かい破片に当たったらしい、頭から血を流しながら身体を起こし、肩や頭に積もった砂埃を払いはじめた。


 そんな酷い状況の中、ジュノーは無傷で立っていた。

 サオは自分の身を危険にさらしたとしても、ジュノーを守った。不注意で姿を晒してしまい、みすみすアスモデウスに奇襲のチャンスを与え不意打ちを受けたジュノーの失策をも飲み込んで、サオはアリエルの指示通り、無傷でジュノーを守り切った。


 いま神器の盾が音を立てて地に落ちたのは、サオが気を失って倒れたからだ。

 アリエルは倒れたサオを抱きかかえ、いち早くジュノーの元に駆け寄った。


「ジュノー! サオの意識がない!! たのむ、はやく……」


「慌てないの、大丈夫よ、ただのマナ欠乏に軽いダメージ受けただけ。ほんと何も考えてないのね、自分のマナを最後の一滴まで絞り出して爆破魔法に込めるだなんて」


 そんな極限の状況でありながら、仲間を守るサオの盾は強固に作用した。

 その結果は完璧と言っていい。今回グランネルジュで起こった一連の攻防のなかで、サオの力はジュノーの想像を遥かに超えていた。


 いくら破壊神と言われた過去を持つアリエルに弟子入りしたとしても、一介のエルフ女性がこれほどの戦闘力をもつだなんて、これまで数多あまたの神々と激戦を繰り広げ、多くを倒してきたジュノーも見たことがない。種族的に強力な魔法を操るのに向いたダークエルフならいざ知らず、サオは穏やかな性格で争いごとを好まないウッドエルフでありながらここまでの戦闘力を持つに至っている。


 戦闘力だけじゃなく、その眼力で幻影を見破ったこともそうだ。

 人が光を感じる器官として唯一映像を映し出すその『目』が一般人と比べて何倍もハイスペックなジュノーも、実際に幻影を操る術者パシテーも……、ディランの使う幻影を見破るなんてことはできない。


 いまの戦闘で隠れておいた方がいいにもかかわらず、ディランを見つけた瞬間に先制攻撃を仕掛け、真っ先に倒しておきたかった理由は、まず、ディランの持つ幻影という魔法は暗殺向きだからだ。そしてアリエルの一派で真っ先に狙われるのは治癒師のジュノーであることは誰の目にも明らかであったし、今回の襲撃を企てたアスモデウス自身もディランの能力を当てにしていなければこうまで堂々と接近してこられる訳がなかった筈だ。


 だからこそ、ジュノーは1秒でも早くディランを倒しておきたかった。発見したチャンスを見逃すなんてことできる訳がなかった。雑踏に紛れ込まれるともう探せなくなる。だからこそ誰よりも早く発見し、誰よりも長い射程で正確に狙える遠隔攻撃を使えるジュノーが先制の一撃を加えたのだ。

 結果、ディランを守るよう空間を歪められていたせいでジュノーの熱光学魔法レーザービームが命中することはなかったが。


 もしかして浮足立ったジュノーが先走って姿を晒すところまでアスモデウスの計略だったわけでもあるまいが、アスモデウスもまさか幻影を見破る能力者がいるだなんて考えもしなかっただろう。


 アスモデウスの敗因はサオを甘く見たせいだ。

 逆にアリエル側の視点に立ってみれば、グランネルジュが壊滅するほど苛烈な攻撃を受けてなお、攻撃対象だったジュノーに傷一つ付けられていないのだ。完全勝利と言っていい。


 ジュノーはアリエルに抱かれてスヤスヤと気持ちのよさそうな寝息を立てているサオを眺めながら、どう考えても腑に落ちないことがあり、どうやれば溜飲が下がるのかと考えている。


 ジュノーはサオの力を軽視していた反省点を踏まえても、食物連鎖の頂点に座すドラゴンが、一介のエルフであるサオを主と認めたという、その事実からして考えられないことだ。ジュノーの記憶に頼った尺度で言えば、サオの力は上級神の上位を超えていて、ハイペリオン込みの実力では、もしかするとかつてこの世界を支配していた『十二柱の神々』に匹敵するのではないかとまで思えた。いまのサオは人知の範疇を大きく逸脱した災厄レベルの力を持っているということだ。


 ジュノーは溜め息が出そうになるのをグッと飲み込んだ。

 ドーラ軍の陣ではすでに負傷者の救護にあたる者たちが懸命の人命救助を繰り広げている。

 飛来してきた岩の破片に当たった者や、あれほど障壁から出るなと言ったのに障壁から外れていたせいで大火傷を負った者、次々と運ばれてくる負傷者たち。


 考えても埒が明かないので、いまは何も考えずケガ人の治癒に専念することにした。ジュノーが両手を上げると治癒のフィールドが展開され、殺伐とした戦場は暖かな温度を感じる、柔らかい光に包まれた。


「動けるものはケガ人の救助を! 重傷者からここに連れてきて! はやく、急いで!」


 気を失ってしまったサオをずっと抱きかかえるアリエルも、今日ばかりはジュノーのお咎めなしで、ずっとそのまま抱きしめていた。



 ゾフィーは転移魔法を駆使し、ロザリンドはケガ人を担ぎ上げ、パシテーはアリエルに打ってもらったハガネの盾を担架がわりにしてケガ人をジュノーのもとに運び、ハリメデどころか魔王フランシスコまでケガ人の救助にあたったことから、ドーラ軍のケガ人の数はみるみる減っていった。軽傷者であればジュノーの治癒を受けるまでもなく。


 魔王自らケガ人の救助を買って出たのだ『はい! 私はケガをしました!』なんて甘えたこと言えるはずもなく『けが人はおらぬか!』と問われたら、どんなに涙がチョチョギレるほど痛かろうと『はっ! 大丈夫であります』と答えるしか選択肢はない。


 魔王軍にも忖度そんたくは実在するのだ。



 結局、アスモデウスの攻撃に対する魔王軍の被害はというと、最初のグランネルジュ中心部に落とされた流星弾ミーティアで犠牲者が約1200人、重軽傷者合わせて7000人を数えたがアリエルたちが追撃戦でドーラ軍の陣まできて勃発した戦闘では、終わってすぐジュノーが治癒のため疑似的に野戦病院を開いてくれたおかげで死者、重傷者なし。前の流星弾ミーティアで怪我をした重軽傷者もまとめてきれいさっぱり傷跡も残さず治癒したことから、ドーラ軍は被害を最小限にとどめた。



 ゾフィーはジュノーの無事を確認すると、ハイペリオンの足もとから、いや、ハイペリオンの足の下から、踏まれて気絶している男を引きずり出し、子猫のように首根っこを掴んでズルズルと連れてきた。


 ディランの男だ。気を失っているようだが、ゾフィーは容赦なくアンチマジックを展開している。幻影使いを殺さず捕虜にするにはこうする以外に方法はない。


「ねえあなた、この男どうします? テックを呼び出して記憶を探りますか?」

「ああ、そうしよう。っと、サオの傷は……」


 サオを抱いたアリエルはすでにジュノーのフィールド内にいた。。

 もともと小石が直撃した程度で軽傷だったサオはジュノーの治癒を受けアリエルの腕の中でスヤスヤと安らかな寝息を立てている。戦闘が終わり、耐魔導障壁の必要が亡くなったのだろう、エアリスがサオを心配して様子を窺いに来た。


「サオ師匠はどうなんですか! なぜ目を覚まさないのですか!」


「マナ欠だからしばらくは起きてこないだろうな、エアリス、サオをネストに。ソファーにでも寝かせといてやれ」


「はいっ!」


 小さな体で175センチはあろうかというサオの身体を軽々と抱き上げたエアリスは、師であるサオがこの戦い一番の功労者だということを知り、誇らしげにネストに沈んでいった。


 が、エアリスと入れ替わりに音もなくすーっとネストから上がってきた者が居た。

 てくてくだ。


「呼ばれたのよ?」


 てくてくは周囲をざっと見渡して眉根を寄せた。地上ではケガ人が多数いて大惨事だ。ある者は肩を借りて、あるものは担げ上げられてジュノーの元へ駆け込む。空の大半を埋め尽くすような黒煙に太陽は覆い隠されていた。煙を引いて落ちていった破片の軌跡が放射状に引かれたスジ雲のように広がる。ネストの中は平和そのものだったが音声だけは伝わる仕様にしたせいか、自室に居て眠っていたてくてくも、いったい何があってこのような酷い有様になっているのか、ある程度のことは理解していてゾフィーの右手に握られたままズルズルと引きずられる男に目を付けた。


「その男の記憶を覗くのよさ?」


「そうなの。ちょっとお願いできるかしら?」


 ゾフィーは掴んでいたディランの男が気を失ったままポイっと投げてよこした。

 てくてくの足もとからおぞましい闇の触手が立ち上がり、うねる水流のように襲い掛かると、闇がディランに触れた部分から異変が起こった。


 てくてくの触手がまるで黒い煙のように気体化し、空気に溶けていったのだ。



 ……っ!


 触手を引き戻して防御姿勢に移行するてくてくと、その現象を横目で見ていたジュノーも治癒の手を止め訝った。


 ディランの男はアンチマジックを受けていて魔法を使えない。魔法を使えないのに闇に対する属性防御がオートで発動したということだ。これに対し、いったいどのような現象が起こってこうなったのか、この場にいる者なら誰もが明確に理解し得た。


 ディランの男は生まれながらにして光属性を持っているということだ。


 その様子をまじまじと見ていたアリエルはてくてくに少し離れるよう指示し、気を失ったままのディランを叩き起こすことにした。



「てくてく、ちょっと痛いぐらいの雷をそいつの頭に落としてやれ。死んでても一発で飛び起きそうなやつを頼む」


「わかったのよマスター!」


 アリエルは気絶したディランの目を覚まさせるため、躊躇なく電撃を見舞ってやれと言った。

 てくてくはこの世界に現存する風の魔法なら全てを使うことができる風の精霊だった。

 雷撃の魔法は高位の風魔法で、加減を間違うといともたやすく人の命を奪ってしまうが、いまのてくてくは風への適性が失われて久しい。落雷の魔法であっても人を死に至らしめるほどの威力はない。



 ―― ピシャッ!


 空気を引き裂く音がしたかと思うと、アリエルたちは一瞬の閃光に三度みたび視力を奪われた。

 アリエルは手加減しなくても大丈夫だと考えていたが落雷の魔法は思ったよりもずっと強力なものだった。

 雷撃を受けたディランの男は髪形がブロッコリーのようなアフロヘアになっていて、うっすらと煙が糸を引くように上がっている。

 ちょっとまずい。もしかすると死んだかな? と思って覗き込むアリエルとゾフィーの足もとで、ディランの男は恐らく人生でも最悪の目覚めをすることとなった。



「……ううぅ」


「目覚めたか?」


 アリエルがディランの男に話しかけようとした、その時だった。

 男の背中が鈍い光を発したかとおもうと、突如として苦しみ始めた。信じられないことだが、姿が変貌してゆく。アリエルには男がまるで水分不足で枯れてゆく古木のように見えた。


 アリエルたちは何が起こっているか分からないため、二歩引いててまずは事態を見守った。

 攻撃を受けたと言う事実はないが、ゾフィーのアンチマジックは継続して効果中だ、背中が光っているということは、奴の背中には魔法陣が書かれていると見て間違いない。どんな魔法が封入されているのか分からない以上、不用意に近づくと危険である。


 ディランの男はその場で再び地に伏して倒れ、徐々に気配が消えてゆく。


「こいつ死にそうだ、ジュノー! 治癒を」

「分かってる! そう簡単に死なせるわけないんだからね……」


 ジュノーは死にゆく男に治癒の魔法をかけ続けた。だがしかし死んでゆくのを止められない。ジュノーの治癒を受けながら倒れた男の背中からぼんやり映し出される光学魔法が発現した。


 これはアリエルたちにも見覚えがある。サマセットの地下シェルターでアスティが16000年前の映像を光魔法として魔法陣に残したものと同じ技術だろうか。


 豪奢な玉座に座した、優雅さと豪華さを兼ね備えた真っ白なドレスを見に纏った存在が映し出された。

 とても美しい女神像のような女性だったが、眠っているように目を閉じていて、やがてゆっくりと目を開けると、すこし戸惑うように周囲を探すようなそぶりを見せた。


 向こうからは見えているのだろうか、美しい女性はアリエルに視線を向けると、表情は物憂げなものに変わり、かすれたような声でつぶやいた。


「ベルフェゴールですね? そこにいるのは……」


 その姿を見るのは16000年ぶりか、声を聞くと、当時のことがフラッシュバックする。

 アリエルはその姿を見て戦慄を覚え、その声を聞いてしまったせいで怒りに全身が震えるのを抑えることも出来なくなった。


 何度倒されても、何度殺されても、そのたびに転生を繰り返し、何度でも戦いを挑んできた宿敵がそこに映し出されていた。


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