16-13 予期せぬ遭遇戦(10)サオの渇望
地上にいて魔法を使える者は皆、耐土、耐火障壁魔法と物理防御魔法を重ね掛けして隕石落下の衝撃に備え、一般の兵士たちは皆ひとかたまりで肩を寄せ合うように密集隊形にて衝撃に備えた。いまさら逃げたところでどうなるものでもない。
ハイペリオンも地上に降りてサオを中心に防御の姿勢をとり、ジュノーや真沙希など強力な障壁を張れる者は、全力で障壁を張って未曽有の大災害に備える。
ロザリンドは腕組みをしながら、まるで夜空の月でも眺めているかのように空を見上げる、静観の構えをとった。
脳筋にできることはないのだ。
パッ! と人影が現れた。
アリエルとゾフィーが空から戻った。
真っ白な光に包まれ、空を見上げたまま動かなくなったサオは、瞳に輝きをたたえて空に魅入られていた。
「師匠っ! ……っ」
言葉にならないほどの感動が胸が押しつぶされそうになり、憧れはポロポロと零れ落ちる涙へと姿を変えた。それはサオが初めて流した感動の涙だ。
ノーデンリヒトではサオを英雄視するものが多い。だが当のサオは自分のことを英雄だなんてこれっぽっちも思っていなかったのに、人々の噂と評判だけが独り歩きしした結果、サオはノーデンリヒト戦争で最も有名なエルフとなった。
サオは執拗な帝国軍の攻撃から門を守り続けただけだ。その結果として帝国軍の誇る勇者を倒したこともある。これは紛れもなく偉業だと言える。
しかしサオはまだ力が足りないとさえ感じていた。自分が守ったのは門だけ、サオはノーデンリヒトの防衛戦で最後の守りとして門の守護を任されたのだから、門を死守したに過ぎない。
それは残酷な配置だった。
戦場の一番後ろで司令塔として戦場の全てを掌握するポジションにいたサオは、仲間が倒されてゆくのを一番多く目撃することになる。サオに接近させるまいと命を投げ出した仲間も少なくはない。
サオは家族を守るため剣を持って戦ったマローニの戦士たちの生きざまと死にざまを見てきた。
残された家族の、涙にくれる姿も、嗚咽する声も……記憶に焼き付いている。
もし自分にこの力があったらと歯噛みする慙愧の念は絶えず、空に広がる膨大なエネルギーの塊に両手を差し伸べて羨望の眼差しを送った。いや、サオが求めてやまぬ純然たる破壊への渇望がそこにあった。
サオはあれこそが明るい未来だ、あの光こそ残酷な世界に平和と秩序をもたらすものだと、そう考えた。
真昼間であっても太陽の幾分も明るく放たれた光それは地表に居て身を守る者たちから一時的に視力を奪うと、やがて真っ赤に温度を下げながら炎へと変化し、爆炎の中から隕石の破片が燃え尽きることなく、バラバラになった小隕石が放射状に降り注ぐ。
ミーティアの落下速度が遅かったとはいえ音速は超えている、ということは衝撃波より先に破片が落ちてくるのは自明の理、アリエルの魔法核融合の大爆発によりアスモデウスの流星弾は粉々に破壊されたが、燃え尽きずに落ちてくる大きな破片のうち数個が火球となったのが見えた。もともといびつな形をしていた小惑星だ、たった1回の爆発でタマネギのみじん切りのようにできるわけがない。
閃光の中、見えない空を凝視していたジュノーが声を上げた。
「もう! やっぱり残った!」
同時に熱光学魔法が迎撃に発射された。あれが落下すると地表は無事では済まないだろう。
「大きさはどれぐらいだ?」
「距離10000メートルぐらい。長辺が30メートルのいびつな三角形だから最初にグランネルジュに落ちたものより大きいわ。落下速度が遅いから被害は似たよなものかしらね?」
「落ち着いてるな! 落下までどれぐらいある?」
「うーん、20秒ほどかしら」
秒速500メートル? 軽く音速を超えてる……まずい!
三角形の黒い塊が回転しながら成すすべなく落下してくる。
「さっきのをもう一度! はやくしないと手遅れになるわよ」
もう一度『魔法核融合』を起爆できたとして、それはずいぶん地表に近づく。大気圏内での起爆になる、ミーティアの破片はどうにでもなるだろうが、こんどは魔法核融合による熱と衝撃波で地上にいる者たちが無事じゃ済まない。
「ダメだ間に合わない」
アリエルの魔法核融合により軌道が変わったミーティアの破片は炎に包まれながら煙の雲を引いて次々と落下してゆくのが見えた。燃え尽き、地平線の彼方に消えてゆく破片や、遥か遠くのほうに落下し、閃光を放つものもあった。
―― ドオオォォン
―― ドオオアアアドドドドォォォ
―― ドドドオオォォンン!
エアリスが叫ぶ!
「見えた脅威に対して障壁を臨機応変に!」
12歳の少女とは思えないリーダーシップをとって魔導兵たちの指揮を取っている。
末恐ろしいったらありゃしない。
燃え尽きなかった破片のいくつかはグランネルジュに落ちた。
地面が波打つようにバウンドし、一般の兵士は立っていることすらできない大地震が襲った。グランネルジュの防護壁も砂浜に作ったお城のように、無残に破壊されてゆく。
はるか南にいくつもの流星が流れてゆき、さながら流星雨のように、アリエルたちの頭上を放射状に広がり、花火のような炸裂音と共に燃え尽き、蒸発してゆく。
アリエルの核融合により爆破されたミーティアの破片が数えきれないほど地表に向かって落ち、遠くの方で閃光が煌めく。ズウウウンンン! と地震を伴う地響きのせいで立っていられない者は地面にしがみつくようにうずくまることしかできない。
しかし一番大きな岩塊はまっすぐ、何の迷いもなくアリエルたちの頭上に向かって落ちてくる。
アリエルはあれを破壊するか、それとも助ける命と捨ててゆく命を選別して転移魔法で逃げるかの決断を迫られていた。
ここが分水嶺だ。アリエルは[ストレージ]に入ってる数百発の[爆裂]を全て発射する選択をした。数十発の[爆裂]を標的の下部に転移させ、真上に落ちてくるミーティアの軌道を変えることができればそれでいい。
「お前ら全員ネストへ! はいれるだけっ……っ!!」
アリエルは空にもう一つ、太陽のように輝く光源があることに気付いて息をのんだ。いや、光の波長が違う。白色光からうっすらと青みがかかっている。
練り上げるには時間がかかる代物だ、アリエルには心当たりがなかった。
「師匠っ! 私の爆裂を見てくださいっ! すっごく光ってますっ!」
ものすごくうれしそうな顔で[爆裂]を自慢げに見せたのはサオだ。
アリエルは息を飲み、絶句した。
ノーデンリヒト要塞の門前で一騎打ちしたサオが最後に練り上げた魂の爆裂を更に数倍の規模で練り上げた高エネルギーの塊だった。こんなものが爆発させられるわけがない、とにかくデカけりゃいいと思って後先のことなんて何も考えずにとりあえず丸めて圧縮してみたけれど、それ以上圧縮しようとしたら押し返してくる反発力の方が強くてにっちもさっちもいかなくなったという、アホの見本のようなデカさだ。
「アホかあぁぁ! おま、でかすぎるって! そんなん爆破できるわけが……てか、衝撃を与えるなよ、そっと、そーっとだぞ、落としたらヤバイからな、いま落ちてきてるミーティアと同じぐらいヤバイから……」
いや、サオの[爆裂]は爆破するまで圧縮する力が足りず、まるで制御できていないだけで、むしろ青白く発光するところまで圧縮しただけでもすごい力だ。
いま反発力と圧縮がせめぎ合っていて……。非常に不安定な状態を保ちながら浮かんでいる、この恐ろしく危険な球体……。
この規模の爆破魔法がこんなトコで爆発したらミーティアの落下を待たずしてみんな死んでしまう。ダリルのクソ野郎どもに不戦勝をプレゼントしてしまうところだ。ちょっとこの場にサオを正座させてお説教してやる必要はあるが、そんなことやってる時間も猶予も、余裕もない!
「サオ! そのまま保持しろ、俺が起爆してやる!」
「はいっ!」
アリエルは大き目の爆破魔法を8つ転移させてサオの作った[爆裂]にくっつけた。熱の放射を抑えるため[相転移]も忘れずに、困難なユニゾンに挑む。
「転移のタイミングで同時爆破だ! ぶっつけ本番だぞ、失敗はナシだからな!」
「はいっ!」
「いっけええええええぇぇぇぇぇ!」
「はいっ! 師匠おっ!」
号令と共に閃光を放つサオの巨大爆破魔法(アリエルの大型爆破魔法8個つき)をゾフィーの転移魔法で隕石の破片にぶつけるよう転移させると、刹那、サオの作った巨大爆破魔法の周りでアリエルの8発が同時に爆破され、その衝撃波と圧力によってサオの巨大爆破魔法に火が入った。
カッ……
アリエルたちは再び光に飲み込まれた。
―― ドオオオォォォォォォウウウゥゥゥンンン……
―― ゴウウウゥゥゥルルルゥゥゥゥオオオォォォ……。




