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02-18 パシテーの剣技

20210802 手直し



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 アリエルたちが関所に戻ってこられたのは、夜の11時ごろ。焚火を囲んでくっちゃべってる当直の兵士を除くと、他の人たちはそろそろベッドに入って眠る時間帯だ。


 建物の作戦会議室に繋がるドアを開けると、トリトンとガラテアさんがいい感じに飲んでいて、血まみれの服で入ってきたアリエルを見た二人は、椅子を飛ばす勢いで立ち上がった。


 まあ獣人が居たのも戦闘になったのは本当だけど、相手はコレーだったし、最初からコレーのオッサンが先行してきてりゃ最初から戦闘にはならなかったんだろうけど。


「ああ、これは、パシテーに刺されたんだよ」


「おいおい、鎖骨を噛み砕かれたと思ったら、こんどは腕を刺されたのか。エル坊おまえ女の子の口説き方がヘタクソなんじゃないか?」


「アリエル、パシテーさんはアレか? ビアンカなみか?」


 アリエルのケガを心配する兵士たちがホッとしたのか、どっと笑いが起こった。

 みんなの視線がパシテーに集まると、パシテーはしょんぼりして小さくなった。

 

 この傷は戦闘中のパシテーと獣人の間に、予告なく割り込んだことによる事故だし服がボロボロなのは帰りちょっと急いだら転んだだけ。何も心配いらないのに。


 獣人たちがトライトニアに来たのはアリエルが工房でコークスをくべて炉に火を入れた際の煙を見たからだというのは間違いないだろう。だけど獣人の中には気配を読むスキルを持っている者が珍しくないのだろう、アリエルは確かにバレていた。パシテーには気配を操作する訓練もしておいたほうがいいと思った。


 トライトニアからノーデンリヒト砦まで軽く30キロはあるから砦に居ちゃ煙なんか見えないし。どこかその辺をウロついてる獣人が煙を見かけてまず砦に報告して、砦からコレーたちが戦力整えてきたのだろう。

じゃないと、あれほど速い獣人たちがトライトニアに到着するまで5時間もかかる理由が分からない。


 それでもまあ、炉に火を入れ始めてから5時間程度で獣人たちがスッ飛んでくるって頭に入れてりゃいいのだけど、さすがに5時間で敵がくるなら剣までは打てない。サッと行って剣だけ打って敵が来る前に逃げるなんてことも出来なさそうだ。


 とりあえずトリトンには、コレーと会ったけど今回は見逃してもらったということだけ報告しといた。


「あの野郎、まだあのへんウロついてやがるのか」


「うん、屋敷の中とかはだいぶ荒らされてたよ。金目の物よりも蝋燭とか燭台とかランタンとか、鍋やフライパンも無かったな。実用品が略奪されてたから、人の泥棒じゃなくて、おそらく獣人たちだろうね」


「なんか言ってたか?」

「べ……、べつに……、特に何も、言われなかったよ?」


「ノーデンリヒトの死神って言われてたの」

「パシテエェェェ! 刺された時よりナンボも痛いわー」


 バラされた。

 顔が真っ赤になって脳天から湯気が出るほど恥ずかしい呼び名だったけど、トリトンにもガラテアさんにも普通に受け入れられたようで、腹を抱えて笑われると思っていたので肩透かしを食らったようなものだ。


「なあアリエル、お前はノーデンリヒトで生まれた初めてのヒト族なんだ。俺たちのような入植者とは違って、ノーデンリヒトはお前の故郷なんだ。故郷で起きた戦争で、敵から『死神』と呼ばれるなんて、すごいことだぞ? 本当なら私がそう呼ばれたいところだ。もっとも味方に『死神』と呼ばれてしまうとちょっと意味合いが違ってくるんだが、敵が『死神』といって恐れてくれるなら、それは悪くないどころか、誇っていいんだ」


 トリトンはそういって死神と呼ばれることを誇れというし、ガラテアさんはカッコいいと言ってくれたけど、アリエルは素直に喜べず、実は皮肉含みにしか聞こえなかった。


「コレーのオッサンもノーデンリヒト出身なんだってさ」

「そうか、なんだかしんどいな。アリエル、お前はもう戦争には関わっちゃダメだからな」


 もう戦争には関わるつもりはないし、ビアンカとも約束したんだ。

 それにこのままここにいると、ノーデンリヒトの死神とか言われて、話が盛り上がるのも嫌だ。


「分かってるよ。今日は疲れたし、ちょっと離れたところにキャンプ張って寝るとするよ」

「ああ、おやすみ。様子を見に行ってくれてありがとうな」


「父さんのためじゃないよ、ノーデンリヒト領民が残してきた家のことが気になってるんだ……、ああそうか、これは領主の仕事だから、けっきょく父さんのためになるのかな?」


「そういうことだ」


「そっか、わかった。おやすみ」


 アリエルは少しだけ満足げな笑顔を浮かべて、パシテーと二人、作戦会議室を出て厨房の横を通り過ぎようしたら、厨房担当のおっちゃんが篝火の明かりの下、鹿肉をジャーキー加工する作業を黙々と続けていた。関所の食料はたっぷりあるって聞いたけど、その食料ってのはもしかするとジャーキーだったのか……。


 アリエルはちょっと戻ってトリトンに声をかけた。

 トリトンはガラテアさんと顔を突き合わせて、酒もないのにまだ真剣な顔をして話を始めていた。


「父さん、また肉でも置いていこうか? いまジャーキー作ってるみたいだけど、飽きるでしょ?」

「アリエル、お前いつも食肉もってくるけど、どんだけもってんだ?」

「ああ、旅先で食えなくなったら困るからね、たくさんストックもってる。俺は慎重派なんだ」


「わっはっはっ、エル坊、世の中には旅先でカワイ子ちゃんに鎖骨を噛み砕かれたり、果ては腕を刺されたりするアホがおるようだからな、慎重すぎて困ることはない」


「ははは、ガラテアさん、明日さ、朝からパシテーと立合ってみるがいいよ。昼食を運ぶことになるからね」


「おおお、やるやる! エル坊がそこまで言うんだから、相当なんだろうな。楽しみだ」

 すっげえ目がキラキラ輝いてる。ガラテアさんもヒマなんだ……。


 アリエルは厨房にガルグ3頭とディーアを1頭ならべて、関所の南側、ちょっと広くなったところにキャンプを張ることにした。


 寝床についてだが、ここの関所は砦と同じく、広い部屋に毛布を敷いただけの雑魚寝方式なのでパシテーを寝かせられない。イビキと歯軋りがまるで秋の虫のように鳴るようなところでぐっすり眠れないし。寝ぼけた兵士たちが間違えてパシテーの布団に入りでもしたら、その場でパシテーの短剣が寸分違たがわず、ミリ単位の精度で急所を貫く未来しか見えない。



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 一方こちらはアリエルたちがいま出て行った関所の作戦会議室、トリトンとガラテアが毎夜のようにどうやってノーデンリヒトを取り戻すかという無理難題をかけて話し合っているのだが……。


「なあトリトン、エル坊まだ10歳だろ? 天才だというのは分かるし、疑う余地などないが、それにしても大人びてるよな、トリトンが騎士団に来たときいくつだった?」


「私は17ぐらいだったかな……、クソオヤジにボッコボコに殴られてな、縛られたと思ったら牢馬車に放り込まれてな、どうなっちまうんだ?と思ってたらプロテウスの王国騎士団に連れていかれて、今に至る」


「だな、初めて会った時トリトンはまだ17のヒヨッコだった。だがエル坊は10歳なのに、当時のトリトンよりナンボも大人びて見える。天才って精神年齢まで上がるのか?」


「さあな、アリエルには不憫な思いばかりさせているからな、今の今まで年の近い友達も居なかったし、遊んだこともなかったんだろうな。毎日朝夕、木剣を振って剣を鍛錬しているし、家庭教師をつけてやったら勝手に弟子入りしやがって、最近は魔法の練習も兼ねて鍛冶まで始めたんだぜ? しかもびっくりするほどデキのいい剣を打つ。なあガラテア、お前さん10歳の頃何してた?」


「10歳ってーと、中等部1年ぐらいか? ……。うーん、どうだろうな、わしは騎士団志望じゃなくて衛兵志望だったんだがなあ、学校にも行かずに、ジェミナル河で魚釣りばっかりしてたな。トリトンはどんなだった?」


「私か? 中等部1年で5年の筆頭にケンカ売ってさ、相手が無抵抗なのをいいことに勝ったと思い込んでイイ気になってた……。我ながらアホだったよ」


「ベルセリウス家直系とガチで殴り合うようなアホはセカには居ないな」


「恥ずかしいからその話はもうよしてくれ」


「ああ、でもなエル坊って、子どもらしいところが一つもないんだよな、それがわしら周りの大人たちのせいだとしたら、なにか出来ることはないかと思ってな」


「そうだな……、あいつには友達と呼べる人が一人もいなかった。でもたぶん私たちに出来ることなんて何もないだろうな、パシテーさんが居てくれるだけでアリエルは幸せだと思う」


「そうか……、そうだな」



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 一方、トリトンとガラテアさんがアリエルの事でしみじみと話していることなんてつゆも知らず、厨房にガルグを3頭と、ディーアを1頭並べて、アリエルたちは関所の南側にキャンプを張り、ひとまずここにカマクラを建てて隣にシャワーも設置した。


 いまパシテーが入って、シャワーの水音がシャラシャラと響き始めたところだ。



 パシテーがシャワーに入っている間、すぐそばの関所にウヨウヨしている女に飢えたスケベオヤジどもが一歩たりとも近付かないように警護する必要がある。


 アリエルはシャワー室を効率よく警護するため、落とし穴を掘ろうと思ったけれど、屈強な兵士たちは落とし穴に落ちたぐらいじゃめげずに這い上がってくるだろうし、落とし穴を深く掘っているうちにパシテーがシャワーを終えて出てくきてしまう。


 ここはもう安直に簡単に、およそ関所から闇に乗じて忍び寄ってくるだろう暗闇の地面に、たっぷりと『爆裂』を仕込んでおいて、人が踏んだぐらいのちょっとした衝撃で爆発するようにセットしておくことにした。アリエルはもともと微調整が苦手だが、こういうことになると集中力が増して、かなりデキのいいものができあがった。これはもう地雷と言っていい。


 土の魔法で一気に野球のボールぐらいの穴をボコボコっと一気に20個ぐらい堀ったところに、小さめの『爆裂』を臨界状態で設置して、そうっと土をかける。たったこれだけで強固なゾーンディフェンスが出来上がるのだから魔法というものは本当に便利なものだ。


 アリエルはアリエルで、真剣を抜いた状態でシャワー室の前に立っているだけでいい。これだけで考えうる最高レベルの警護になる。


 関所の方から何人かこちらを窺ってる視線だけは感じるが、気配が近付いてくることはなかった。

 パシテーが洗い髪を拭きながら出てきたところで、アリエルは改めて小さな小さなテーブルをストレージから取り出すと、満天の星空の下、遅い夜ご飯をいただくことにした。


 とはいえがっつり食べられるものではなく、簡単に軽く白パンとベーコンを焼いただけで済ませた。パシテーの艶やかに美しい洗い髪をシルエットとして眺めながら白パンを頬張って、少しぬるくなったスープを胃に流し込む。


 今夜も遅くなった。もそもそとカマクラに這うように転がり込むや否や、すぐにスースーと寝息を立て始めるパシテー。さすがに疲れたらしい。アリエルのほうはいつものように気配察知で周囲を警戒しながらだけど、パシテーの温かい寝息を子守歌にしていたおかげか、ぐっすり眠ることができた。



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 朝、アリエルが外からの物音で目が覚めたら低血圧で朝弱いはずのパシテーが、珍しく早朝から鍛錬をしていた。物音はパシテーの操る短剣の風切り音だった。


 どうやら昨夜、アリエルの腕を傷つけてしまった事を相当反省しているようで、主にコントロールを中心に鍛錬しているらしい。コントロールの鍛錬に加えて同時起動した『スケイト』で高速機動を取り入れつつ、回り込んだり離脱したりしながらという、非常に実戦的な鍛錬になっていた。


 これは昨夜の獣人との戦闘を想定した訓練であることは明らかだ。昨日あれだけ暗い中で戦闘した反省から、もう二度と同じ失敗をしないような技術を得るため訓練を組み立てている。パシテーは教員ということもあり、どんな順番で練習するのが効率いいか、そういうこともすべて計算ずくなのだ。勉強熱心なのがパシテー最大の強みなのかもしれない。


 アリエルは顔を洗ってうがいをしてから関所に行き、短剣の木剣をありったけ借りてきた。

 ぜんぶで5本。


「パシテー、これ、短剣の木剣。ちょっと重心が変だけど、立ち合いはこれでするから、これでやってみて」


 そう言うと、アリエルの手にあった短い木剣はまるで手品師のトランプのように、流れるような弧を描き、5本の木剣がパシテーの周りに集まり、ズバッと花びらが散り、パシテーが右に動く。さすがに速いけど、強化で急加速なんかするからダメージを受けている。あれは脳にも内臓にもダメージが残るから、特に女の子はよしたほうがいいのに。


 アリエルはパシテーの鍛錬を眺めながら、自分の木剣を出して、柔軟体操から始めた。

 まだ身体が完全に目覚めていない。筋肉と、関節と、腱を伸ばしたあたりで、身体が十分温まってくるので、剣の素振りに移行しながら、目の前のパシテーの鍛錬を見物しはじめた。もう自分の鍛錬になんかこれっぽっちも身が入らない。むしろ5本の木剣の見事な操作を見ているほうが勉強になる。


 木剣は糸で繋がっているかのように流れて同じ軌道を通ったかと思うと、死角に入った途端に思いもよらない方向に動いたり、5本すべてが別々の動きをしていたりもする。


 アリエルは感心したというよりも、驚いたというのが正直なところだ。

 こんなにもものすごいオールレンジ操作を見せられると、試してみたくなるものでもある。


「パシテー、ちょっと立ち会ってみない?」


 パシテーの剣技は予想を斜め上にぶっ飛ばしたような、予想だにしないものだった。無詠唱の土魔法でナイフを操るのだ、昨日ちょっと思いついて始めたばかりの技術なのに、パシテーほどの土魔法使いが技術を磨くと、一夜にしてここまで完成度があがるのかと思った。


 驚くだろう、普通。


 まだ耐火ローブを買ってないからアリエルのほうは攻撃魔法なしの強化と剣だけという、純剣士のスタイル、パシテーは何でもありの魔導師スタイルで立ち会うことにした。


 まあアリエルの方は腕を貫通するようなケガをしてもツバつけてりゃ治るし、パシテーがケガをしたら抱っこして治してやればいいのだから、そこそこ本気を出しても大丈夫だろう。


「俺が構えたら開始な」


 短剣を3本揃えて手に持つパシテーと、対するアリエルはいつものように、ゆっくりゆっくりとルーティーンを組み立て、体を温めながら作戦を考えているところだ。


 パシテーの方も常にアリエルの倒し方を考えているようだから、思った通りの展開になるわけがない。どうせ出たとこ勝負なんだ。間合いは10メートル。一息で詰めようとすると3本の木剣にボコボコにされてしまうだろう。


 パシテーは静かに呼吸を整えつつ、開始線に立っている。

 その手のひらには、いま関所から借りてきたばかりの5本の木剣のうち3本が乗せられている。

 これは3本で倒すというパシテーなりのデモンストレーションなのだろう。


 アリエルは立ち合いを申し込んだまでは良かったけれど、どう戦うのがいいか、決めあぐねていた。3本の木剣はまるで生きているような動きをしていた。だけど操ってるのはパシテーひとりだ。パシテーを混乱させることができれば、あの3本の木剣は脅威じゃない。


 アリエルはルーティーンの間、パシテーの飛ばす3本の木剣の軌道を思い出しながら、頭の中でシミュレーションをしていた。


 そして結論、ジグザグに間合いを詰めることに決めた!


 アリエルが上段に構え、うつむいてた視線を前に向けた瞬間、待ってましたとばかりにパシテーの手から短剣の木剣が3本飛ぶ。



 ―― シャシャシャッ!


 3本の短剣はうなりを上げて、一本は直接、もう一本は右に大きく回り込んで、そして最後の一本は上空からと、個々に別々の軌道を描いてアリエルに襲いかかった。


 アリエルの動体視力をもってしても目で追うのがやっと。うち2本がスピードとタイミングを変えて緩急つけた突きの軌道で直線的に狙ってくる。それを剣で払うと地面すれすれを飛んできていた3本目が急上昇して首を狙ってくるというとてもイヤらしい攻撃だ。もしかするとパシテーって性格悪いんじゃないかと思ってしまうほどに。


 アリエルはジグザグに動いて間合いを詰める作戦だったが、最初から思ったように動かせてはもらえなかった。更に後ろに引いて躱すともう何本目だったのか分からないけど、それから止まることのない連撃に見舞われ、防戦一方になった。


 3本の短剣が順番に、連続的に襲ってくるのなら落ち着いてさえいればどうってことないのだけれど、2本同時攻撃、3本同時攻撃ってのがたまに織り交ぜられていて、パターン化されていないので読むことができないのがとてもつらい。だが、苦戦を強いられながらもここは意地を張らせてもらう。何しろパシテーはまだ一歩も動いてないのだから、せめて追い回してやらないと気が済まない。


 ちょっと強めに2本の短剣を叩き飛ばし、ギアを2段上げて加速。視界はブラックアウト寸前で一瞬気が遠くなったけど、パシテーもさすがにこの踏み込みには対応できないだろう。


 瞬間的に踏み込んで襲い来る木剣を弾き、3本すべてを背後に振り切った。もう前にはパシテーだけだ。剣を振りかぶって一気に踏み込む。これで首に剣を突きつけることが出来れば勝負ありだ!



―― ドドドッ!


 音を立てて、パシテーの周辺からまるでウニの棘のように、岩が飛び出してきて、ざわざわとトゲの壁が形成されてゆく。


「なんだ…と…」

 身体をひねってローリング気味に横に飛び、棘に貫かれることだけはギリギリ避けることができた。


 このスピードであんなのに突っ込んだら死んでしまう。

 見たことがない魔法だ。土の魔法は全部無詠唱で使えると考えなきゃいけなかったのに、完全に舐めてた。


 これはアリエルの油断が招いた失態だ。


 ローリングで躱した先にまた岩石の棘々が、今度は面に沿って次々と形成されてゆく。まるで剣山か、地獄にあるという針の山だ。……嫌な予感がするけれど、これはジャンプでやり過ごすしかない。


 思った通りというか、追い込まれてしまったというか、ジャンプした空中にはすでに3本の短剣が待ち構えていた。パシテーにしてみれば、あとは非常に読みやすい自由落下の放物線軌道に合わせて攻撃をするだけという簡単なお仕事だった。


 空中ではなぜか3本の短剣の攻撃が胸より上に集まってて、けっこう捌きやすい。

 いや、わざと捌きやすく攻撃してくれているようにも感じる。……おかしい。


 いやこれは……、高さ10メートルは飛んでるのに……。

 しかも地面から遠ざかれば遠ざかるほど精度が揺らぎ、操ることすら難しくなる土魔法なのに、パシテーの木剣はアリエルの頭上からバシバシと激しく攻撃を加えている。


 でも、攻撃は上ばかり意識させてた。こんな時はだいたい下に罠があるんだ。

 たぶん、着地の瞬間何かある。


 チラチラ下を見ながら上から連打で襲い来る3本の短剣を捌く。攻撃魔法禁止の縛りプレイが真綿のようにじわじわと首を絞めてくるのを感じながら、さすがに魔法禁止というのはパシテーを舐めていたことを反省しつつも、5本渡した、残りの2本の短剣の行方を捜す。


 パシテーは開始線に立った時、木剣を3本しか見せていなかった。

 そう、開始線に立ったときからもうすでに立ち合いは始まっている、パシテーはアリエルに3本しか使わないという先入観を植え付けていた。


 アリエルは自由落下しながらパシテーの木剣を捌きつつ、チラチラと着地地点を探している。


「あっ、あれか!」


 見つけた、あれが罠だ。着地点付近で見えにくい角度を維持しながら巧妙に隠された2本の短剣をみつけた。知らない間に地面の色が木剣と見分けのつきにくい土の色に変わっていて、じっくりと目を凝らしていてもそれが木剣であるとはとても分かりづらい。保護色なんて考え方をスヴェアベルムに生まれ育ったパシテーが知ってる方に驚いた。


 さすがだよパシテー、グレアノット師匠の弟子だけのことはある、性格が悪い。


「くっそ、いつか同じような手でひっかけてやるからな!」


 下の2本の剣の動きに神経を集中させながら上3本の短剣を捌き、そして放物線を描きながら2本の短剣が待ち受ける地点へ向けて落下してゆく。ってことは、落下地点の計算も完璧ってことだ。


 上3本の短剣の攻撃が止んだと同時に、下2本の短剣がジグザグに襲ってきた。こいつを捌き切ったら、パシテーの正面に降りるプランだ。


「くっそ、ジグザグは俺がやろうと思ってたのに!」


 2本同時の突きだが、動きがジグザグなので、集中しないと空振ってしまう。

 まずは落ち着いて襲ってくる1本目を剣で叩き落として防ぎ、もう1本は落下する猫のように身体をぐりっと捻ってなんとか躱した。そしたら上空にあった3本のうち、気付かないうちに1本が行方不明となった。つまりこの大事な場面で1本見失ったのだ。


 その実、アリエルの見失った1本は背後に移動していて、首を狙って動いた。

 これが本命だったか!


―― ちぃっ!


 しかしアリエルはパシテーの視線でこれを察した!


 パシテーの視線を読んで、一本が背後にあることを偶然知ることができたから、バランスを崩しながら、身体をやや仰向けにしながら、走り高跳びの背面飛びのフォームのように身体をしならせてこれを躱し、着地するため、そのまま回転しながら伏せるような形で身体をぐいっとひねる。


 地に足が着いた瞬間に、直線的にパシテーを襲うフェイントをかけると、またあの棘の壁を作るはず。だけどあれはパシテーの視界を塞いで、相手の姿を見失うのが弱点だ。そこに勝機がある。


 着地してダッシュするよう空中姿勢を整え、最後の攻撃を仕掛けようとしたそのとき、


―― ドドドドドドッ!


 地面から尖った岩がいくつも飛び出してきた。それはもう、これでもか!ってほど、あなたが罠にはまるのを待ってました的な、パシテーの大喜びしている姿を幻視してしまうほど『してやったり感』が強く滲み出た罠だった


 マジかよ。そこまでするか? これもうダメじゃん。


 意地を張って土魔法の棘に貫かれても仕方がないので、反則負けを前提に自分に刺さるタイミングの岩の3つほどをストレージに収納して着地した。


 ……はあ、いま収納した岩を全部だしておこう。


―― ドサドサドサ……


 いま収納したばかりの岩が音を立てながら、何もない空間から落ちて地面に刺さったりするのを見ていると、パシテーはそれをすぐさま元の土に戻して、ボコボコと穴の開いた地面を埋め戻した。


 パシテーはアリエルの反則負けが確定したことで、もう後片付けに入ってる。つまりは勝負あったということだ。


 アリエルは観念したように木剣をポイッとストレージに仕舞って両手を挙げた。

 すでにパシテーの木剣が5本ともアリエルの首の周囲に円陣を組んで回転しているのだから。

 一本どころかもう、3本ぐらい取られた気分だ。


「まいりました」


 に――――っと歯を見せてとてもいい笑顔を見せたパシテーは、とても機嫌がいい。

 スキップしながら歩くなんて、ものすごく分かりやすい。そりゃ最後のアレは読んでなかったし、パシテーにしてみりゃ、してやったりだろう。逆にしてやられた方にしてみれば負けたことよりも罠にはまった事の方が悔しい。ジャンプしたら負けということを覚えておこう。空中はパシテーの領域だ。


 そしていまパシテーに負けたばかりだが、すぐそばで立ち合いを見物していたトリトンのほうをチラッとみて、アリエルは「朝食にしようか」といった。


「うん。お腹空いたの」


「父さんおはよう」

「おはようございます」

 トリトンは顔から血の気が引いている。何か絶望的なものを見たような、そんな表情だ。


「あ、アリエル、いまの……」

「見てたの? いやー、見ての通りだよ、手も足も出なかったけどさ、昨夜ガラテアさんに言ったでしょ、昼食を運ばされることになるって」


「いやそれが、ガラテアの挑発に乗ってしまってな。私もやることになってしまったんだが」

「あははは、お気の毒さま。ケガしないでね」


「………それはないぜアリエル」


 朝食はガルグ肉のベーコンに堅めに焼いた黒パンとスープだった。特にガルグネージュのベーコンはマローニで手に入る普通のベーコンと比べると全然違う豊かな味わいがある。

 てか生肉がないと思って生肉出したのに、ベーコンあったのか。しかもこんなにうまいの。


「絶品ベーコンだ。このベーコンの作り方を学びたい」

「学校で授業取ればいいの」


「パシテーは料理できる人なの?」

「できると思う?」

「…………」


「傷ついたの。……こんど腕を見せるの」

「おお、楽しみ楽しみ」


 外のほうからやたら気合の入った掛け声が聞こえてくるので窓から窺ってみると、ガラテアさんがヤル気満々で準備体操してるのが見えた。どういうわけかトリトンはゲッソリしていて、なんだかやる気がなさそうだ。


「おっちゃん、今日の昼食のメインなに?」

「昨日もらったディーアのステーキだよ」


「おお、それは幸せなことになりそうだ」

「なんだい? また賭けるのかい?」


「今日はこのパシテーがディーアのステーキを、ガラテアさんに運ばせるんだ」

「あははは、そいつぁいい。頑張ってな、お嬢ちゃん」

「ん、頑張る」


 結果はもうわかり切ってるから解説とかしなくてもいいだろう。

 パシテーのテーブルにはディーアのステーキが15皿ならび、アリエルのテーブルにも3皿ならんだ。


「食べきれないの……」

「いいよ、俺がしまっとくから。またいつでも食べよう」

 合計16皿のステーキを『ストレージ』にしまい込み、その代わり、以前の立合いで勝ち取ったときの皿を持っていたので、山積みにして返しておいた。その数40枚。


「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」

 食器を片付けていると、トリトンが封書を持ってきた。


「父さん、忘れずにちゃんと書いたんだね」

「ああ、さすがに、昨日のあれは………、かなりこたえたからな。悪夢のようだった」

 妹ができたという誤解だったのだが、さすがに精神にきたようだ。トリトンもいろいろ気苦労の多い男だ。


「母さんに会いに来てやってよ。寂しそうにしてるから」

「ああ、そうだな」


 そういって少し笑ったトリトンは少し疲れたような顔をしていたが。まあ、戦争に負けて領地も家も奪われてしまったのだから、気を落としてしまうのも仕方ない。


 戦場で戦っている者を精神的に支えるのは妻であるビアンカの使命なのかもしれない。だけどアリエルにはビアンカの気持ちがないがしろにされ過ぎているように感じられた。まあ、トリトンはトリトンなりに考えて、未来に争いのない世界を残してくれようとしているのだろうことは、痛いほど分かるのだけど。


 疲労が影を落とす、ぐったりとした笑顔で手を振るトリトンとガラテアさんと、見送りのみんなに手を振り返して応え、アリエルたちは関所を後にした。


 ちなみにアリエルが作ったカマクラとかそういうのはもう、土魔法の練度の問題で全部まとめて、パシテーに任せることになった。って言うか、カマクラつくるときにあーでもないこうでもないと横からいちいち口出ししして来るんだからもう、今後土魔法はぜんぶパシテーの係だ。


 グチグチと細かいことを言われた仕返しという訳じゃないが、アリエルも兄弟子として言っておかなければならないことがある。


「パシテーはだいたいいつも防御魔法の強度がちょっと足りないから、幾分か余分に防御かけといて。じゃないと転んだら、いや、墜落したら大怪我するから」


「うん。でもそうしたらもっとスピード出すから同じなの」

「だったらもっと強くすればいいのさ」


「それいつか絶対大ケガするの」


 パシテーはそもそも5メートルの高さをスイスイ飛べるんだから、躓くこともないし、居眠り運転でもして樹木にブチ当たりさえしなければ、ほぼ事故とは縁がないのだけれど……。


 100キロぐらいスピードを出すと、お互いに声が届かない。ただ寡黙に滑ってマローニに向かうってのも退屈なので、雑談目的ですぐ俺の横を飛んでくれている。いやはや、気を遣わせているようで申し訳ない。


 でもまあ、このスピードで事故も何もなければ5時間ぐらい、休憩を入れても今日の夕方にはマローニに帰れる予定だ。メキメキと音が聞こえてくるほどに無詠唱魔導の腕を上げるパシテーの才能には驚かされるばかりだ。だけどこの調子なら二人が日本に繋がる転移魔法陣を探す旅もスムーズに進行できるはず。パシテーが旅について来られないなんて心配してた頃が懐かしく思えるほどだ。

 

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