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16-11 予期せぬ遭遇戦(8)ガイア―・アスモデウス

 サオのドヤ顔はおいといても、渾身の不意打ちを盾で防がれ、その姿を晒したアスモデウスに対して防御姿勢を解くと次々に攻撃へと転じた神器の盾。



 土魔法で浮かべた盾を変幻自在に操るサオは盾術というドーラに伝わる古流の武術を使ってアスモデウスを追い込む。いかに十二柱の神々で序列6位という男神として四世界で2番目に偉い神だった過去があろうとも、いまはアンチマジックに晒されている普通の女だ。剣一本で3枚の神器を相手にするには骨が折れるだろう。



 アスモデウスは執拗にシールドバッシュを狙ってくる神器盾をうるさく感じたのかその剣筋にこそ苛立ちを露わにし、バク宙で少し間合いをとると、視線をジュノーからアリエルへと移した。



 ジュノーが無傷でいる以上、もし仮にアスモデウスの攻撃が『万が一』アリエルの強固な防御魔法を抜くことに成功し、頭から尻まで真っ二つに両断できたとしても、アリエルは涼しい顔をしているだろう。もう結果は見えているというのに、まるでヤケクソになったように、ただひと太刀だけでも宿敵ベルフェゴールに叩き込むため、剣を大きく振りかぶって大地を蹴る。


 もう結果は見えている。だけど、ただ一太刀だけでも浴びせねばこの世界に転生し、生まれてきた意味すら失われてしまう。アスモデウスは今になって人生に意味を求めたのだ。



「うおおおおおぉぉぉ! ベルフェゴオォル!」


 その声は、カン高くこの戦場に響いた。


 それは断末魔の叫びだった。



 ゾフィーのアンチマジックにより、アスモデウスの身体からは強化魔法も防御魔法も、障壁も、身を守るための魔法はすべて消失。もうこの戦いの勝敗はとっくに決している。


 もうこの戦い、サオがジュノーを守り切った時点でアスモデウスは敗北したのだ。


 状況は二転三転したように見えて、アリエルたちの防御を崩すことすらできなかった。アスモデウスにしてみれば完敗だった。デッドエンドに追い込まれたあとに剣を振り上げ怒声を放ったとしても、これから起こる最悪の結末を覆すことはできないだろう。


 自らの敗北を悟った上で、それでも剣を振り上げた、後生だから殺してくれとでも言わんばかりだ。



 アリエルはアスモデウスのフードの奥で鈍く光る、憎しみにかられた瞳をしっかりと見据え、ただ腕組みをして攻撃を受けようとした。


 いかにアスモデウスと言えども強化魔法が引っぺがされた腕で剣を振りかぶっても、その切っ先はアリエルまで届かない。アリエルの強固な防御魔法を抜いて傷をつけられるほどの力を持っていないことは明白だ。もしそこまでの力があるならば、ミーティア頼みの戦略など愚かなことはしてこないはずだ。


 しかし、アスモデウスはその剣を振り下ろすという、たったそれだけの願いも叶えられなかった。


 ゾフィーは転移魔法でアリエルとアスモデウスの間に割って入ると、フードに隠されたアスモデウスの顔面を片手でガシっと掴み、先ほどの重力魔法で押し固められコンクリートのように硬質化した土の地面に後頭部がめり込むほど叩きつけた。



 振りかぶった剣がその手を離れ、弧を描いてアリエルの足元にざっくりと音を立てて突き刺さる。


 斜めに立った剣の柄から『ドサッ』と軽い音を立てて落ちた細い腕と、居合で抜いた刀をいまゆっくりと鞘に戻しながら残心に心を鎮めるロザリンド。


 アリエルの目に剣筋は見えなかったが、剣を振りかぶったアスモデウスの腕は切断され、剣を振り下ろすことなどさせなかった。これはロザリンドの居合いあいだ。


 ……?


 アリエルは少し空気が変わったことに気が付いた。

 ロザリンド本人が、斬り飛ばしたアスモデウスの腕に目を奪われているようだ。アリエルは気にも留めていなかったが、釣られてロザリンドの注視する視線の先に目をやると、ようやくその異様さに気が付いた。



「何だ?」


 アリエルは自分の目に見えた物が何なのか? それを判別するのに時間がかかった。


 腕の切断面からまるで毛皮を纏っていたかのように毛むくじゃらの、例えるなら猿の腕のように見えた。

 これはヒトの腕ではない。ウェルフなど獣人の腕も毛皮に覆われてはいるが手の形そのものはヒトのものだ。


 追撃しようとするゾフィーも、その手を止めた。

 アスモデウスが深く被っていたフードが外れ、素顔が晒されたのだ。


 アリエルたちだけじゃなく、ゾフィーも、ロザリンドも、サオも、そしてすぐ近くで戦闘に巻き込まれた魔王フランシスコやドーラの者たちも、アスモデウスを見た者はことごとく息をのんで言葉を失った。



 黒髪ととがった耳、額から数センチのところで切断されたツノ……。



 どうやら見たところ魔人族の女にしか見えないが、首から背中にかけての肌が見えず、体毛に覆われている。これではまるで獣人だ。



 魔人か獣人か、その混血なのか分からない。

 アスモデウスは失った腕を反対側の手で庇いながら、ヨロヨロと身体を起こすとその場で胡坐あぐらに座った。後は殺されるだけだと悟り観念したのだろう。



 ……ギリッ!


 歯噛みした唇から鋭い牙が見えた。あれも魔人族の牙ではない。

 もっと長く、鋭いものだ。



 ウェルフの牙に似ている。魔人族との混血? だろうかと思った。

 ウェルフの混血は何度も見たことがあるが、この女、みたところ爪と牙は獣人のものに近い。魔人族の特徴である立派なつのは頭頂部から5センチ未満に切除されているが、その骨格は魔人族の特徴が出ている。




 アリエルはアスモデウスに手の届く距離、呼吸する吐息のかかるすぐそばにまで詰め寄ると上から見下ろすように立った。



「はい、お前の負け。あとでちゃんと念入りに殺してやるから知ってる情報を吐け」


 アスモデウスは手を伸ばせば届く距離に宿敵の頸動脈が脈打つのを見ながら、自分の身体から一滴ひとしずくのマナすら出ていないことを確認した。そして強化魔法も防御魔法も失われていることを再確認した。いまこの牙で喉を狙っても傷つけることは叶わないだろう。失った右腕の切断面からの出血も多い、このままでは生命を維持することも難しいだろうことも理解した。


 つまり現在進行形で敗北の真っただ中で、いまや絶体絶命。生殺与奪の権を敵に握られていて、まるで八方ふさがり、打つ手なしといったところだ。


 宿敵ベルフェゴールの転生体、アリエル・ベルセリウスに見下ろされながら、口惜しさに歯軋りが止まらない。だがしかしアスモデウスは胡坐あぐらに座ったまま膝をトンと打ち、まるでもうこの世の全てのことがどうでもよくなったかのように笑った。



―― ……くくくくっ、くははははははっ……。


  ―― あははははっ! はっはっはっはああぁ!



「何を吐けばいいのだ? 死に往くものに何を期待している?」


「そうだな、まずはその身体に生まれた生い立ちから聞いていいか?」


「この姿が珍しいのか?」



 アスモデウスは周囲を見渡し、自分を遠巻きに取り囲むフランシスコたち魔人族や、ベアーグ、ウェルフの戦士たちを一瞥してから答えた。


「珍しくもあるまい。この入れ物は合成獣人ごうせいじゅうじんというらしい。英雄王ベルフェゴール、わたしはあなたを殺すために作られたが、どうやらまだ改良の余地はたくさんあるようだ」


「合成獣人? キメラってやつか……。ジュノー、こいつに止血を。ヘリオスのババアも趣味の悪いことをしやがるな……」


「いーや、治療はお断りする。一思ひとおもいに殺せ、さもなくば何度でも転生して戻るぞ? どこぞの破壊神のようにな……」


「なんだよ、神話戦争の本を読んだのか! どうよ物語の序盤で殺される脇役で出演した気分は? 長い話になりそうじゃないか。延命しないと途中で死んじまうだろ」


 アリエルの挑発めいた皮肉もアスモデウスの耳にはもう届かない。

 これから死んでゆくような者に何を言っても無駄なのだ。


 アスモデウスは傍らに立つアリエルを無視するように、天を仰いで何者かに訴えた。


「くくくくっ……はあっはははははっ! そうだな、私は再び敗れた。英雄王ベルフェゴールよ、あなたに挑んだ私が愚かだったとでも言うのか。愛する家族を、親愛なる民を、豊かで美しい国を失ったのも、私の愚かさゆえだったと、そういう事なのだな」


 アリエルは敗北を認め、涙声に変わりゆくアスモデウスに少しだけ同情した。

 16000年前の戦い、あれは避けることなどできなかった。アスモデウスに選択肢などなかったはずだ。


「あんたは偉大な王だったよアスモデウス王、話が終わったら殺してやるから安らかに寝てろ。もう二度と転生などしてくるな。ヘリオスの道具に成り下がったあんたは見るに堪えない」


 視線をアリエルに戻したアスモデウスは、涙声になりながらも訴えることをやめなかった。


「くくくく……、確かに、確かに私はあなたに勝てなかった。愛する人を失ったのも運命だというのかね? 私は転生してからも毎日、毎晩、思い出さずに安眠できたことなどない。悠久の過去、あなたを討伐せよというヘリオスさまの命令に従わなくても、やはり我が祖国バストゥールは滅ぼされていたのだろうか、愛する妻は死なずに済んだのだろうか? それとも愚かな私が選択肢を誤ったという、ただそれだけのことなのだろうか。運命とは残酷なものだな……ベルフェゴール王よ……」


「運命? なんだそりゃ、クソ食らえだ。そんなもの爆発してしまえばいい」


「なるほど、なるほど、運命などクソ食らえか……。自ら運命を切り開いた者が英雄王と呼ばれる、なるほどな、そういうことか。では最後にアスモデウスが問う、英雄王よ、あなたは真に英雄たりえるのか?」


「はあ? 俺は自分で英雄王だなんて名乗ったことないんだが? てかなんで負けたアンタが問うてるんだよ、尋問してるのはこっちなんだが!」


 アスモデウスの眼球が落ち着きのない動きをしている。焦点が定まってない。

 周囲を窺う素振り……。


 何か企んでる!


「あなたは英雄王と呼ばれるに足るのか! おのが行動で示せ! くはははははは」



 ……っ!


 

 アスモデウスの挑発的な言葉を受け、アリエルは周囲を見渡してみた。特に……、これといって、おかしなところもない。


 いや、アスモデウスが英雄の行動? よくわからない。だがこの抑えきれない胸騒ぎ……。


 アスモデウスはやけに諦めが良すぎた。

 アンチマジックを受けたからといって胡坐に座り、だまって死を待つような男ではなかったはずだ。



 アスモデウスに視線を戻すと、勝ち誇ったかのような顔でアリエルを睨んでいた。


 アリエルは何気なしに空をチラッと見たあと、二度見した。


 ……なんだあれは?


 小山ほどあるようにみえる巨大な火の玉が落ちてくるのが見えた。



「くっそ、この野郎! また流星弾ミーティアだぁっ!! 今度はデカいけど転移すんなよ! 落下地点をそらせ! ロザリンドは念のためアマンダをネストに!」


 転移で逃げたらドーラとノーデンリヒトの連合軍が壊滅してしまう。


「アマンダだけ? なにそれ差別?」


「言い直す! VIPだけでもネストへ!」


「ダメよ、魔人族は自分だけ真っ先に逃げ出すなんてこと絶対しないから無駄」


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