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16-10 予期せぬ遭遇戦(7)何人たりとも!!

 サオの声を聞いたハイペリオンは翼を翻し、低空をくるりと旋回する。

 ドーラ軍が陣を張る上空に差し掛かるとヒト族であってもガクガクと膝を屈してしまうほどの威圧を放った。


 アリエルたちはハイペリオンから少し遅れてスケイトで滑行かっこうし魔王フランシスコ率いるドーラ軍の陣に到着すると、白目をむいて泡を吹きながらも立ったまま気絶しているハリメデの傍ら、剣を持って構えるパンドラ王子とアマンダを制止する魔王フランシスコと対峙した。


「パンドラ、アマンダ! 剣を収めよ。龍族とまみえるときの方法は教えたはずだ」


 アリエルの気配を読みとったフランシスコはこの惨状とアリエルの爆破魔法を重ねて問うた。


「……フン! やはりアリエル、貴様の仕業しわざであったか。では、何故なにゆえドーラ軍に仇為すか問うてもよいか? 返答次第によっては……」


 アリエルに対しても容赦なく睨みを利かせるフランシスコがユラリと身体を揺らし、柄に手をやったそのとき、サオの声が響いた。



「師匠おっ! いましたっ、威圧で幻影が揺らぎました。バレバレですっ!」


 アリエルの視界には数万のドーラ軍、サオが見つけたと言って指をさしても誰のことなのか……。


「バレバレじゃねえ! まったくわからん!」



「そこっ!! みつけたあっ!」


 砂埃に煙る陣に閃光が煌めいた。

 ハッキリとした光跡でレーザービームが人を貫いた……。


 距離にして200メートルといったところか、これだけ砂塵に煙っているのだからアリエルにはそれがイケメンなのかブサイクなのかすら分からないのだが、ジュノーの熱光学魔法レーザービームを受けた際の光跡が安物の針金ハンガーのように、ぐにゃりと曲がったのを見ていた。


 狙われた男はダメージを受けてない!


「空間を曲げやがった! 近くにアスモデウスが居るぞ、注意しろ!!」



 光は空間を直進するという性質がある。ジュノーのビームがゾフィーにまるで届かない理由とまったく同じで重力によって空間が曲げられてしまうとジュノーの攻撃は無力化される。パンチも剣も矢も、物理的な攻撃は意味がない。


 敵は攻撃を躱した。そしてこちらはジュノーが不用意に攻撃してしまったせいで幻影から姿を現した。

 一気に有利不利が逆転してしまった、いま狙われたら大変だ。


ったと思ったのに! あのディランむかつく、ゾフィー! アンチマジックお願い! 次の一撃で仕留めて見せるから!」


「無理! 範囲外よ。転移して殺してもいいけど、こっちが疎かになるわ。敵にディランが居るなら軽率なことはしない方がいいのよ」


「そりゃゾフィーは狙われないからいいよね!!」



 ゾフィーですら一歩も動けないこの四面楚歌の状態で、ただひとり、自由に動ける者が居た!


「任せてください、困ったときのハイペリオン! やっちゃいましょう! 半ばマジでやっちゃっていいですからねっ!!」



―ー シャラララァァアア!!



 サオが指示した男がディランだ。

 ハイペリオンは空中でクルッと方向転換するとディランに向けて忠実に襲い掛かった。



 ……はっ!!



 重厚な殺気を伴った不安定な気配が姿を現した。



 遥か上空……500メートルかそれ以上の高度にひとつ、大きな気配が現れた。


 気配を探知できる者、アリエル、パシテー、そして魔王フランシスコは3人同時に天を仰いだ。


 これも幻影なのか? それとも幻影が消失したことによって現れた気配なのか……。


「サオ! 上空を見てくれ、何か見えない……かっ……ぐうあっ」



―― ズウウゥゥゥゥンンンン……。



 叫んだ声と同時だった。

 アリエルたちが身動きできないほど強力な何か……が襲った。


 膝を屈しそうになる、強い力で上から押し潰されそうな感覚……。



 立っていられない。



「ぐっ……重い……」



 さっきは無重力だったが、今度は体重が10倍、いや20倍ほどになったように感じる……。これが重力を操るアスモデウスの真の力だった。


 かろうじて立っていられるのはアリエルとゾフィー、ロザリンドの3人だけ……、いや、魔王フランシスコが意地になってるように見えるが、剣を杖にしてまだ立っている。パンドラ王子とアマンダは膝を屈して地面に手をついてしまった。当然だ、ジュノーですら身動き取れずに片膝をつくほどの重力に耐えられるなど、さすが魔王というべきだ。


 高性能な戦闘機がドッグファイトするときにかかるGが8G程度と言われていて、一般の人はこの状態のまま10秒もいると気を失い、脳に血流がいかないため低酸素症になる危険性が高まる。


 アリエルの視野から色彩が失われてゆく……。ブラックアウトの前兆だ、ゾフィーのアンチマジックは術者を効果範囲に入れてしまわないと効果がない。このまま気を失ったらマズい!


「くっ、重い…… 私の豊満おっきな胸が垂れるぅぅぅ」

「はあっ? なにそれイヤミのつもり!」


「おまえらケンカしてる場合じゃないって!」


「垂れてしまえ無駄巨乳!」

「無駄でもないよりマシだしー」


 重力の魔法を受け、脳から下がってゆく血流を、ロザリンドの言葉で強制的に頭に血を昇らせたジュノー。おかげでこの超重力下で意識を保っていられる。



―― ボッコォォ!


 ―― ゴゴゴゴゴゴゴッ……。


 二人のケンカを無視するかのように地面の柔らかい部分が圧縮されて沈み始める。


 それにより、アスモデウスの魔法範囲が判明した。半径約50メートル、思ったよりずっと広く、魔王フランシスコをはじめ、ロザリンドの母ヘレーネも、姉ベリンダも、そしてパンドラとアマンダは言うに及ばずハリメデやイオたち義勇軍の幹部も巻き込まれていて、地面にへばりついているとしか言いようのない、なんとも情けない格好で地に伏している。


「地面が凹んでないところまで退避しろ! ここはヤバイ!、ジュノーこっちへ……」


 まったく、アスモデウスが近くに居るんだから少しは警戒を……。


 片膝をついて立ち上がれなくなっても上空を睨み、瞬きする時間も惜し気に、目に飛び込んでくる映像から違和感を探していたサオが甲高い声を上げた。



「師匠っ! 見えましたっ! 上です! 人が落ちてきますっ!!」



「ゾフィー! 上だああああっ!」



―― ガッキィィィィンンン!



「うおおっ!」


 また不意打ちだった。

 やっぱりここでも先にジュノーが狙われた。



「バカの一つ覚えかっ! この野郎!」


 ジュノーを守ったのはサオの盾だった。


 敵は執拗に治癒師を狙う。アスモデウスだろうがクロノスだろうが、アリエルを殺したいなら先にジュノーを倒さなければどのような攻撃も無効となる。だがしかし、そんなことはアリエルたちも承知の上でこの戦場に立っているのだから、みすみす簡単にやらせはしない。


 10万のドーラ軍の中に幻影使いのディランとアスモデウスが紛れ込んでいると分かっていたのだから、一筋縄ではいかないことも承知の上だ。


 見えないところから攻撃してくる敵を誘い出すためにはスキを見せる必要があった。

 もとはといえばジュノーの幻影を狙わせるという手筈だった。だがしかし、一手でも早くディランを倒したいという気持ちが先走ったせいで、ジュノーは幻影が消失し、実体へと姿を現した。


 これは失態だった。ジュノーはあとで反省会だ。


 アスモデウスは10万ドーラ軍が張っているキャンプの遥か上空でじっと息をひそめて待ち構えていた。ディランは兵士に化けてドーラ軍の中にいた。自分たちの気配の位置も風に押し流されるまま、煙の中に隠しておくという念の入れようで獲物が罠にかかるのを固唾を飲んで待っていたのだ。


 ハイペリオンの威圧を受けて幻影に揺らぎが生じた。そのことでアリエルたちの注意はディランに向き、ディランを早く排除してしまいたいジュノーがその視力で見つけだし、攻撃を加えた。


 アスモデウスがここまで読んで仕組んだと言うなら敵ながら天晴あっぱれと拍手してやりたいところだ。しかしアスモデウスのほうもグランネルジュでの襲撃に失敗したあとはアリエルたちと同じ、行き当たりばったりの出たとこ勝負なのだろう。もしそうであるならアリエルの方に分がある。なにしろ、行き当たりばったりの出たとこ勝負はアリエルの真骨頂でもあり、16000年前、英雄王と呼ばれていた頃から何ら変わりなく続く伝統芸能のようなものなのだから。


 本来ならいったん逃げて体制を整えた方が良いのだろう。しかしアスモデウスは国を滅ぼしたベルフェゴール(現アリエル)と対峙し、顔を見た瞬間に逃げるなどと言う消極的な選択肢をドブに捨てた。それが戦略的に愚かな選択であっても、目の前に居る宿敵から逃げるだなんて、そんなことはできなかった。


 まず四世界でも最高との誉れ高い治癒の権能を持つ光の女神ジュノーを倒し、返す刀で憎きベルフェゴールの胸に大剣を突き立てたかった。たとえ刺し違えたとしても。後先考えず、目的を達成するためだけに突き進む。それがアスモデウスの真骨頂でもあり、弱点でもあったのだ。



 だがしかし、しかしだ。

 アスモデウスの動きはサオがいち早く察知し、上空から重力魔法をたっぷりのせて落下の加速度エネルギーを掛けて加えたアスモデウスの剣は盾によってあっけなく防がれた。


 重力魔法を受け片膝をついたまま動けないジュノーを守ったのは、ノーデンリヒト軍で『鋼鉄アイアン処女メイデン』の異名をとり、帝国軍には『戦艦』と恐れられたサオ、その人だった。


 ノーデンリヒト鎮守の盾を手放したサオが使ったのはつい先日、神殿騎士たちとの間で起こった小競り合いで得た戦利品、神器の盾。


 サオはグランネルジュに来た時からずっと神器の盾を6枚展開していて、自分の姿を晒しながらも、盾の存在はパシテーの幻影によって隠したままだった。


 そして神器の盾は魔法の効果をとても受けづらい表面処理がされている。

 重力魔法でサオ本人の重さが増して身動きが取れなくなっても、盾は自由に動くことができたのだ。



 これまでビキビキと身体を押しつぶすような超重力に耐え、血液が下がり脳が酸欠を起こす寸前だった者たちの顔に血の気が戻ってゆく。なかでも防御力の弱いパシテーは相当にきつかったのだろう、幻影が解けると、地べたに這いつくばった姿のまま現れた。お疲れさまと言ってあげたい。


 アリエルたちを窮地に追い込んだ重力魔法は消失した。サオが高空からの落下攻撃を防ぐと同時に、ゾフィーのアンチマジック射程に入り、それは瞬時に起動したということだ。


 逆に言うと、アスモデウスの言ったアンチマジック対策はしっかり効果を発揮していた。

 アンチマジックの射程外から神速の攻撃でジュノーを狙うことができると考えていたのだろう。

 結果、鉄壁の守りを誇るサオがジュノーを守った。



 立てた膝を手で引き離すように身体を起こし、やっと顔を上げたサオ。


 最初はよろめいた。だが次の一歩はしっかりと踏みしめた。


 一時は屈してしまった膝に力を入れ、ゆっくりと立ち上がったサオがアスモデウスに向かって一歩、また一歩と間合いを詰めつつあった。



「不意打ちで女を狙うなんて卑怯ですっ! そのような非道はこのサオが許しません……。 何人たりとも!!」


 これ以上ないほどのドヤ顔で決め台詞を叫んだ。その瞳にはひとかけらの皮肉も宿っていない。


 サオはこのフレーズが気に入っているらしく、事あるごとに『何人たりとも!』とドヤ顔を決める。

 ジュノーは恥ずかしいからやめてくれと言ってたが、今日のサオを見ているとどうやら決して茶化すような意味でジュノーの決め台詞を真似ている訳ではないようだ。


 アリエルもジュノーもようやくサオの真意を理解することができた。アリエルたちが帝国軍を離反した夜、サオはプロスペローの不意打ちで背中から胸を刺し貫かれるという致命傷を負った。それを助けたジュノーのキメ台詞ぜりふに感銘を受け、本気でカッコいいと思ったからこそマネていたと、おそらくそういう事なのだろう。


「助かったわサオ、ありがとうね」


 ジュノーは少しきまりの悪そうな表情で礼を言った。自分が先走った行動をしてしまったせいで敵に千載一遇のチャンスを与えてしまったことに多少の責任を感じているのだろう、その声は弱々しい。



「ニヤリ!」


 ジュノーとは対照的に、ドヤ顔を決め胸を張ったサオ。

 零れる歯がキラーン! と光った……。ような気がした。


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