16-09 予期せぬ遭遇戦(6)追跡と索敵
ゾフィーのパチンでとりあえず流星弾被害を受けたグランネルジュ北側に現れたアリエルたち。アスモデウスのミーティアが落下した地点まで4~5キロは離れているはずだが、晩秋特有の冷たい北風に乗って遥か高空までもうもうと昇った黒煙と土煙が南へと流されていた。
「あちゃあ……。魔王フランシスコに泥をかぶせてしまったな。ハリメデさんの怒り顔が目に浮かぶようだ……。なあロザリンド、俺のせいじゃないって説明たのむ」
「あはは、きっと手遅れ。街を破壊するような爆発が起きたらきっとあなただと思われてるよ……」
「風評被害ひどいな!」
グランネルジュ中心部の被害は想像もつかない。立ち昇る黒煙は火災によるものだろう。
市街地に入らず、あわよくばここで気配を読めたらと思っていたが、まだ遠くてアリエルの索敵範囲外だ。アスモデウスを見失いたくないなら自ら火事場に踏み込む必要がある。あまり気乗りはしなくても。
「爆心地では高熱で酸欠になってんぞ、くれぐれも耐熱障壁わすれんな。息が続かなくなったらネストに潜れよ、じゃあ行くぞ! グランネルジュの中心へ!」
「はい。わかりました」
―― パチン!
アリエルたちが爆心地の座標に転移するとそこは深く掘り下げられたクレーターになっていて、地面のあった座標にワープアウトした者たちは皆クレーター底に向かって真っ逆さまに落下した。
深さにして20メートルというところか。
全員、落ち着いて[スケイト]を起動することで真っ赤に焼けた窯の底まで落下することなく気配を頼りに周囲を捜索した。あたりは地獄絵図のようだった。土煙と黒煙で太陽が遮られているのか、薄暗いし燃えるものはおおかた燃えてしまったのだろう。まるで炎の中に突っ込んだかのような錯覚に陥る。
だいたいアリエルやサオの爆破魔法も爆心地はこんな感じ、似たようなものだ。ここに集まった者にしてみればこんな状況いつものこと、逆境ですらない。
アリエルは気配を探知する索敵スキルに誰一人引っかからないことを確認すると、まずは南側を探すため踵を返した。この状況を作り上げたアスモデウスにしてもこの状況で呼吸などしようものならそれだけで肺を焼く致命傷にもなりかねない、治癒師が同行しているかどうかも不明だ。ディランを死なせたくないならこんな中に潜んでいるとは考えにくい。
アスモデウスは時空系の魔法を使うことは分かった。だけど転移魔法は持っていない。もし転移魔法をもっていたら不意の遭遇など演出するわけがなく、得意のミーティアを長距離遠隔魔法攻撃で安全な範囲からバンバン撃って、着弾時にはもうとっくに安全圏に逃げ出しているはずだ。
加えてパシテーが言うにはあのディラン、腕がいいという。
パシテーの幻影より上手なのはきっと気配まで操作しているからだ。
アリエルが得意とする『気配を探って、だいたいあの辺だと思うところを爆破するとまあまあ当たる』というほぼ無差別な攻撃を防げる上に、向こうは一方的に間合いの外から攻撃できる。もし敵側に気配を探り当てる索敵スキル持ちが居たなら、こちらは圧倒的不利に追い込まれるところだった。
グランネルジュは中心部とその北側にむかってほぼ壊滅状態であり、半径1キロ近くもある巨大なクレーターがいくつもくりぬかれるように残されていて、石造りの建物は蒸発するか爆風で吹き飛ばされている状態だ。もう廃墟ですらない。
人っ子ひとりいない。
陽炎立ち昇る高熱の中、火災と土煙でサオの視界もほとんどないし、残念なことにフェイスロンダ―ル卿のテントがあったはずの地点も跡形なくクレーターになっていて気配も感じない。捜索モードではないから微弱な気配までは分からないが、ほぼ壊滅状態と見ていい。
アリエルの気配探知半径は精度によって広さが変わるが、気配を見つけ出したらそれでいいという精度不問の場合であれば半径3キロほどの索敵スキルになる。
つまりアリエルを中心に半径3キロの円内にアスモデウスたちは居ないということだ。
そのままハンドサインで南を指して移動を開始した。
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一方、こちらグランネルジュの南門から外に追い出されていたおかげで偶然にもアスモデウスの流星弾直撃から難を逃れた魔王フランシスコ率いるドーラ軍陣地も、さすがに無傷とはいかず、突然の閃光、次いで十数秒後に襲う衝撃波と大地震、吹き飛ばされてきた岩や建物の破片により決して少なくない被害を受けた。
半径6キロという大都市グランネルジュの中心部が突然大爆発を起こしたのだ。
アスモデウスがアリエルを狙った流星弾の余波でとばっちりを受けた形となり、ドーラ軍の被害は計り知れないものとなった。試算もできてはいないが、駐留していた10万の兵のうち恐らく数%が岩などの直撃を受けて死亡、20%が重軽傷を負っただろう。
吹き飛ばされたテントでノーデンリヒト義勇軍のイオたちと今後の作戦について話し合っていた魔王フランシスコが突然の大混乱にもかかわらず自ら先頭を切って陣頭指揮を執ったことでパニックは避けられ、まずはけが人の救助を最優先にしながら、敵の攻撃ならばその敵の正体と数を明らかにせよと索敵の指示、また、爆心地の調査も同時に出したところだ。
ハリメデがけたたましく吠えて指示を伝えていた。
魔王自らが指揮するドーラ10万の兵のケツを襲われたのだ。ハチの巣をつついたような騒ぎとはこのことを言う。
「ハリメデ、この状況どう思う? またぞろどうしようもない義弟がやらかしたのだと思うか? それとも敵の攻撃か?」
「はっ、状況が明らかになるまでは敵の攻撃を受けたと判断して対処しております。もし仮にアリエルどのが爆破したのだとしても、そもそもダリルを駆逐するため援軍同然のわが軍をこんな街の外に追いやったフェイスロンダールが悪いのです。たかが土地領主ごときが王に対して無礼な扱いをしたことは許せませぬ。そんな無礼を許せず、報復としてアリエルどのが目にもの見せたのだとすれば胸のすく話ではありますが、実は大爆発の直前、空から巨大な火の玉が落ちてきたとの目撃情報が複数ございます、現時点ではなにも分かりません。先ほど斥候を街の中心部に様子を見に向かわせたのでしばらくすると情報が入ってくるかと思われます……」
「忙しいのに長い! 一言で報告せよ」
「はっ。ざまあ見やがれといったところでございます」
魔王軍はケガ人の救助を製優先にしながら、奇襲を受けたとして戦闘体制に移行しつつあった。
しばらくして空高く上がった黒煙と吹き飛ばされて舞い上がった土砂が風に流されてドーラ軍の頭にふりかかる。パラパラパラと音を立てて落ちる砂塵と炭素と化した遺物、太陽は黒煙により遮られ、視界も悪くなってきた。
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一方、こちらは破壊されたグランネルジュ中心部から高速で南に舵を切り、索敵範囲を広げながら街の残骸が残る地帯にはいったところで、アリエルの探知に、ぽつぽつと人の気配が引っかかるようになってきたところだ。
ドーラ軍の斥候とグランネルジュ南門を守るフェイスロンド軍の兵士が何か言い争いをしているようだ。
アリエルはサオを前に出して南門で口論する兵士たちの姿をサオに見せ、幻影の中に紛れてないかを確認すると、兵士たちに見つからないよう大回りして防護壁に上がった。
……っ。
上空に気配が!
アリエルが叫ぶ。
「気配が2つ、上空500メートルぐらい、黒煙の中だ」
「高いの!」
土魔法で飛ぶには500メートルは高すぎる。だが重力を操るアスモデウスには容易なことだ。
気配を見つけた。しかし高すぎて攻撃手段は限られる。
「サオっ! 上空500メートルに気配が2つ。煙の中だと思うから視認できないと思え。重力魔法もちだから近づきすぎると落とされるぞ」
「はいっ師匠! ハイペリオンに任せますっ、聞いてましたねハイペリオン! 上空500メートル、気配は2つですっ」
―― シャララアァァァッ!!
ハイペリオンはサオのネストから垂直発射されると大型ロケットのようにグイグイと空へ向けて加速し、煙の中に消えた。
しかし気配に乱れがない。
ディランはエルフだ、ハイペリオンの接近にも気配が乱れないなんてこと考えられない。
「今のは気配そのものが幻影だ! サオっ!そっちはもういいから見える範囲だけでいいから監視を。空も地上もな」
「はいっ! ハイペリオンにはこのまま上空からの監視をしてもらいますっ!」
ハイペリオンは人の気配の変化に対して敏感に反応する。たとえば平常心から恐怖心に変わった、または緊張感に変わった、戦闘の構えに移行したなどレーダーのように敏感にその変化をかぎ分け、自らに対して攻撃の意志ありと判断したときは容赦なく先制攻撃を仕掛ける。
上空に気配だけを配置してあるということは……。
アスモデウスたちはまだこの付近に潜んでいるのかもしれないし、もうこの場をとっくに離れているのかもしれない。だがディランの幻影はそこまで広範囲に効果を広げるものではないはずだ。
ということは、アスモデウスはともかくとしてディランはこの近くにいる。
少し離れたところにドーラとノーデンリヒト軍が陣を張っていて、慌ただしく動く兵士たちの姿が見えた。ミーティアの余波を受けただけで相当な被害を受けたことぐらい遠目に見ただけで分かる。あの中に紛れ込まれていると厄介だが……アリエルにとって厄介であるからこそ、紛れ込んでいる可能性が高い。
10万の兵士が救助活動と警戒行動をとっている。ひとりひとり全員横に並ばせてサオに顔を確認してもらうなんてことも現実的じゃない。
せめてディランの幻影を無力化できれば……。
「そうだサオ! ハイペリオンをドーラの陣へ! ディランはエルフだ。気を失えば幻影は消える!」
「えええええっ! ダメですよ~。ハリメデさんに怒られます。もちろん怒られ役は師匠なんですよね?」
「わかった、わかったから」
「私は断ったことにしてくださいよね、絶対ですよ? 師匠が責任とってくれるんですよね!」
「分かったってば! 早くしろ早く!」
「ニヤリ! 怒られないならやっちゃいますっ! ふふっ、ハイッ! ペリ! オ――ン!! 一発でエルフが泡吹いて死ぬほどの威圧を放ってやるのですっ!」
―― ジャラララアアアァァァァァッ!!
その時のサオの瞳は生き生きと光輝いていた。これ以上ないほどに。
言葉にできないほど、やる気で満ち溢れていた。




