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16-02 グランネルジュの異変(2)

 アリエルが返事をする前に真沙希まさきの姿は消えた。

 見たところパッと消えるのではなく一瞬白くなったあと青味がかって姿が薄くなってゆくタイプの消え方だ。まるで水蒸気が空気に溶けるようにフワッと消える。同時に気配も探れなくなってしまった。気配消しの方はきっと別の技術を使っているのだろう。真沙希まさきを心配する必要はなさそうだ。


 アリエルたちは3階建ての石造りの建物の屋上にいるから実質4階に居る。ゾフィーのお任せ転移でこの場所に降って湧いたように現れたのだが、改めて周囲を見渡してみるとこの敵を監視するにはこの場所しかないと断言してしまうほどの好位置だった。


 たったいま尾行するためアリエルたちの背後と遠巻きに先回りしようとしている二人の男たちの動きがよく見える上に、右を見るとフェイスロンダ―ル卿のテントがよく見える。入り口の動きまではっきりと。


 人と言うのは空からの天敵に襲われることを考えていないせいか、こういう時はほとんど頭上を警戒しない。むしろ物陰に潜んでいるのではないか、角を曲がった先に居るのではないかと警戒する方向はおよそ決まっている。


 アリエルたちは通りを右に曲がったところでさらに建物の入り口を右に曲がったところで転移魔法を使って背後のビルの屋上に出た。上から見下すように高みの見物をしていても、まず気付かれないのだ。


 アリエルは上から追跡者たちの動きを眺めながら、一緒に転移してきたエルフの男に話を聞くことにした。いま何が起こって場面が急に切り替わってしまったのか理解できないようで落ち着きを失っているところ、まずは優しく解説してやろう。


「ちょっと前ベラールの町であんた分析魔法つかってたろ? 転移魔法だよ、そんなことよりもあいつら何だ? なんでツケられてんのさ?」


「て……てんいま……、はっ、はい。えっと、すみません申し遅れました。私はカタリーナ学長のもとで研究生をしておりましたダミアンと申します。実はつい先日のことなんですが、フェイスロンド軍の者がやっと取り返したグランネルジュに魔王軍が堂々と入ってきたことが気にいらないとして領主に抗議したのです……。私たち魔導学院のほうは魔王軍を歓迎していたので、そこでも言い争いになりました」


 フェイスロンド軍としては多大な犠牲を払って、ようやくわが手に取り戻したグランネルジュに、見たこともない魔族の戦士たちが大手を振って入ってきたことに気が気じゃないということだ。見たこともない異形の者たちからなる魔王軍がグランネルジュに入るという事は、領都を空け渡すも同じだとでも訴えたのだろう。フェイスロンダ―ル卿のことだ、魔王軍と手を組んだと思われては王都プロテウスに対しても言い訳できなくなるのを恐れたのだろう。つまりあの男は、いつものように、いつもの如く目の前に立ちふさがる脅威に対し『その場しのぎ』の対応で切り抜けようとしたということだ。


 なるほど、フェイスロンダ―ル卿らしい。

 アリエルは魔王軍がグランネルジュの南門の外に陣を張っているその理由がようやくわかった。


 フェイスロンド領そのものがヒト族とエルフが混ざった多民族領だ。ヒトとエルフが奴隷制度もなく仲良く暮らしているという視点で見ると現在のノーデンリヒトと似ているように感じるが、双方のリーダーが考える、向かうべき未来像が正反対なほどに違う。


 トリトンはシェダール王国とは袂を分かち、ノーデンリヒト領を国家として独立を宣言した。

 現在戦争状態にあるが、その戦いは紛れもなく旧来の支配構造から抜け出すための独立戦争だ。


 しかしフェイスロンダ―ル卿はこれまで通り、自らを『領主』として『大貴族』としての身分を保証してくれるシェダール王国に隷属する考えを示している。


 人魔共存を謳うノーデンリヒトとフェイスロンドは、政策と多民族共存を掲げていることで手を結んでいるように見えるが実はまったく違う。もし万が一にでもシェダール王国がノーデンリヒトとの戦いに敗れてしまうと、フェイスロンドは領地そのものが失われてしまう。シェダール王国が建国して4000年続いている言われるフェイスロンダ―ル家も大貴族としての地位は保証されない。


 シェダール王国あってこそ、フェイスロンダ―ル家はあるのだ。



 だがしかし先日、フェイスロンダ―ル卿はダリルに併合され、すでに移民が生活をし始めていたここグランネルジュを取り戻すための戦いで、剣を持たぬ一般市民を無差別に虐殺したことで責任を問われた。


 闇に堕ちたカタリーナが自らの力を制御できなかったためにおきた暴走だった。

 だが無差別虐殺、それがいけなかった。女や子ども、本来守るべき同胞であるエルフ奴隷まで、人種や身分、男女の区別なく攻撃範囲内の生きとし生けるものはすべて命を奪われたことは記憶に新しい。


 ダリル領民を守れなかったダリル将校の追及をかわすため、フェイスロンダ―ル卿はダリル戦での最大の功労者であるカタリーナを罪人としてダリルに引き渡すことで責任を逃れた。もちろんその後、アリエルの師、グレアノットが現れてカタリーナを横からかっさらったのだが……。


 これまで何年も平和なフェイスロンドを取り戻すため領主フェイスロンダールと力を合わせ、共に戦ってきた魔導学院の者がそれで納得するわけがない。フェイスロンダ―ル卿はカタリーナを切って捨てたのと同時に、魔導学院との間にあった信頼と言う絆を失ってしまったのだ。


 更にはダリルを駆逐するため遥か北の果てから馳せ参じてくれたドーラの魔王軍に対しても感謝の意を表さなかった。フェイスロンドはノーデンリヒトと戦争状態にあるシェダール王国に対して忖度そんたくする必要があったからだ。


 フェイスロンダ―ルという男は熟熟つくづく判断を間違える男だった。

 ここでもフェイスロンダ―ルは失敗した。グランネルジュ魔導学院とフェイスロンド軍の間に消えることのない火種ができて徐々にくすぶり始めているということだ。



「あー、なるほどね。それは……、何と言うか、フェイスロンダ―ル卿らしいな、それで魔王軍は南門の外に追い出されたってわけか。ハリメデさん怒り狂ってるだろうな……近づきたくないな」


「追い出しただなんて、そんなことを言わないでいただきたい。我々は……」


 この期に及んでまだドーラやノーデンリヒトと、フェイスロンダ―ルが友好関係であってほしいと願っているのだろう、ダミアンはフェイスロンダ―ルを庇おうとした。しかしアリエルはその言葉を最後まで聞かずに遮った。


「取り繕わなくてもいいよ、俺たちがノーデンリヒトからの援軍として戦ったのは前回限りだからね。今回は魔王フランシスコに用があってきた旅行者のようなものだ。カタリーナさんはノーデンリヒトで楽しそうにやってるよ? ダミアンさんも領主に裏切られたなら捨て石にされる前に逃げたほうがいい」




 ……っ!



 ダミアンとここまで話して、アリエルは視線を感じた。



 見られている。



 視線の気配は強く、胸騒ぎのするほどで、表現するならばまるで『刺すような視線』と言うのがしっくりくるような気がする。殺気とはまた違った強い意志を感じた。


 その視線がどこから来るのかはすぐにわかった。

 たったいまダミアンが出てきた、フェイスロンダ―ル卿のテントから5人ぐらいの男女が出ていて、そのうちひとりが、数百メートル離れた建物の屋上に立っているアリエルを凝視しているのだ。



「ダミアンさん、つかぬことを聞くけど、フェイスロンダ―ル卿のテントには誰か客が?」


「あ、はい。実は先客がいて私よりも先に領主さまと会談していました。私は軍のフォード隊長と言い争いになってしまったのでテントの中に居づらくなってしまって……」


 アリエルは[ストレージ]から双眼鏡を取り出して、覗いてみた。

 姿はハッキリ見えるが、顔の判別までは出来ない距離だからだ。


 5人のうち気になったのは2人。


 遠い距離からアリエルを見ていた男は、アリエルと双眼鏡越しに目が合うと鋭い眼光で睨みつけたまま口角を釣り上げ、ニヤリと笑って見せた。だがしかし目は笑っていなかった。ただひたすらに不気味な男だ。



 あとひとりは女。

 なんだか疲れたような、いや眠そうに見えて男が覇気を漲らせてギラギラしているのとは対照的に、女の方は疲れ果てているようにも見える。

 シルクのように艶のある黒髪が印象的だが、日本人の顔立ちじゃない。


 双眼鏡を覗くアリエルは、もうひとり、とてつもない違和感を醸し出す人物に気が付いた。

 土色に見える黒に近い茶色のローブを羽織っていて顔までは窺い知れないがどうも小柄であることと、なんとなく見える身体のラインから女性であることが分かるのだけど、実はこの女、アリエルに気配を感じさせないのだ。


 目には5人見えているが、気配は4人分しかない。逆に言うと、アリエルが双眼鏡を覗いてみて、やっとこの女の存在に気が付いたのだ。アリエルとしてはこの女こそ警戒すべきだと胸騒ぎが抑えきれない。

 あの女、真沙希まさきなみのハイディングスキルを持っている。


 ただ者じゃなさそうなのが一人増えた。


 せっかく遠くから眺めてようと思ったのにジュノーなみに目がいい奴が居て、もうとっくにバレてる。

 アリエルは双眼鏡を外し[ストレージ]にポイっと収納するとお手上げのポーズをして見せた。


「ゾフィー、ダメだ。もうバレてる」

「あら? 敏感な人がいるのね、ちょっと舐めてたかしら?」


「いやあ、あんなのが居るなんて誰も思わないって。ちょっと挨拶したいな、頼む」


「はい、わかりました」



 ―― パチン!




 アリエルたちはゾフィーのパチンでフェイスロンダ―ル卿のテント入り口前に転移した。


「うわっ!」

「うわあああっ」


 突然自分の周囲に人が数人パッと、何の前触れもなく現れたことで驚きの声を上げる男たち。

 あの服は……、神聖典教会しんせいてんきょうかいの神官が着る服だ。


 そして転移魔法を使って目の前に現れたと言うのに眉一つ動かさず不敵な笑みを浮かべている男と、疲れ目の黒髪女がひとり……。



 ひとり足りない!!


 ローブの女が居ない?

 アリエルは気配では探れない女を見失ってしまった。


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