02-17 襲い来る獣人たち
20170810 改訂
20210801 手直し
獣人たちの気配が近付いてくるにしたがって、アリエルはいま、この場を無事に乗り切るため頭の中で様々な対処法をシミュレーションしていた。
どうすればいい? パシテーは足が震えていて『スケイト』が覚束ない。
どうやら恐怖に気ばかり焦って、無詠唱によるマナのコントロールがうまくいってないようだ。こういう時ばかりは無詠唱よりも起動式魔導のほうが安定性に勝る。パシテーが逃げるだけなら今の状態でも心配はないけれど、戦闘に巻き込まれると安全とは言い難い。
アリエルは安全を考慮し、パシテーだけ逃がし、自分が戦って時間を稼ぐのがいいと判断した。
「兄さま、怖い……」
「大丈夫。大丈夫だから落ち着いて、慌てず急いで」
パシテーを落ち着かせる言葉をかけながら『スケイト』でできるだけ高く、逃げるよう促す。
ガルグ狩りのときパシテーは3メートルの高さでも安定していたほどなのだから、いまは少しでも気を落ち着けて、せめて1メートルの高さを維持できれば。
新月の夜は地面が見えにくい。『スケイト』は暗闇だと簡単に躓くから焦ると転倒する危険が伴う。獣人も危険だが、時速70キロ以上というスピードで真っ暗闇の中を移動するとなると、無防備に転んだだけで大ケガしてしまう。自然とスピードを落として移動することになるのだが……。
しかし悠長なことは言ってられない。気配を読むアリエルに焦りが見え始めた。獣人の一人が先行でスッ飛んでくる気配があるのだ。このスピードはきっと狼獣人だろう。
パシテーが暗闇で安全に滑行できる速度を大幅に超えてる。万が一、こちらの位置を察知されているとすれば、逃げても数分後には追い付かれてしまうようなスピードだった。
「パシテー、ひとり速いのが居て追いつかれそうだ。戦闘になると思うけど殺さずに縛り上げるからね、パシテーは防御するか、逃げること」
「いや! 逃げないの」
パシテーは聞き分けず、足が震えるほど怖いくせに逃げないといった。だけどここは逃げてくれた方がありがたい。本人も逃げた方がいいことぐらい分かっているはずだ。それなのに逃げないという。
これはもう一蓮托生、死なばもろともということだ。
「マジで? 逃げてくれた方がやりやすいのだけど?」
「いやなの」
こんなとこで言い合いしてる時間も惜しい、それぐらい切迫していて、正確にこっちに向かってきている。だけどまさか、獣人にも気配察知スキルもってる奴がいるのか……、これは想定外だ。
「広いところのほうが有利だから、ここで待ち構えよう。あと30秒で接敵するから、今すぐ短剣を展開させて。くれぐれも殺しちゃダメだからね、殺してしまったら相手は後に引けなくなるからね、あと防御魔法を強めにかけ続けるのわすれちゃダメ」
闇の中、星明りから最も遠いノーデンリヒトの土地で、地べたに両足をべたりとつけてウェルフの襲来を待つ。なめやがって、一人だけ先行して来たのが運の尽きだ。後続の獣人たちが追いつく前に戦闘不能にして転がしてやろう。
追ってくる奴もこっちが立ち止まったのを知ってか、気配が加速している。
この速度はおそらく狼獣人のウェルフ族だ。ウェルフ族は普段二足歩行してて、手指も器用で剣もペンも持てるくせに、いざとなったら四足走行でものすごいスピードが出せる。当然だけど強化魔法も展開済みなのだろう、時速にして70キロか80キロか。この速度を継続して、ずっと接近して来る。とんでもない身体能力だ。
そんじょそこらの原付バイクより速い。
「きたっ。備えろ」
アリエルは[ストレージ]から剣を出してそれを手に取らず、自由落下するままストッと地面に立てた。
ちょっと斜めに立った剣の後ろで腕組みをして、暗闇の中、街道のど真ん中で接近して来る獣人に睨みを利かせる。
狼獣人も追いついたことで、急制動をかけ、様子を探りながら近付いてきた。
さすが獣人だ。目もいいし夜目も効いてる。この暗闇の中、状況判断がしっかりできている。
星明りの下、アリエルたちの前に現れたのは白銀の毛皮でずいぶん見やすい狼獣人の男だった。最初は警戒していたようだが、こちらの戦力を値踏みしながら近付いてきたウェルフは、他にだれか隠れて狙っていないか、辺りを警戒しながらもアリエルに問うた。
「おおっと、ガキが2人。それだけか? こんなところで何してんだ? みんな逃げたあとを漁りにきた泥棒か? 感心しねえな」
「いや、デートなんだ。見逃してほしいのだが」
「そういう訳にはいかねえ。そこに立ててる剣、抜いたらお前の首が飛ぶからな。おとなしくついてくるんだ」
「断る。そういう事なら、残りの4人が来る前にお前を倒す」
このウェルフはアリエルがスケイトを起動していて足が地面から数センチだけ浮かんでいることに気が付かなかった。となると瞬時に踏み込めるので、アリエルの剣の間合いは、10メートルといったところだ。剣の間合いを自分たちの常識でとらえていると、構える前に倒せる。
「黙って聞いてりゃガッ…………」
地面に立てた剣はフェイク。当然この剣を抜くだろうと考えていたこのバカの頭をストレージから出した木剣でしこたま殴ってやったのでしばらくは目を覚まさないだろう。
獣人はこういう絡め手にスッポリハマってくれる奴が多くて助かる。
ウェルフが一人捕虜となった。せっかく捕まえたのだから、パシテーの引っ越しの時使うかな? と思って持ってた荷物用の紐を使って、後ろ手に縛り上げ、よく見える位置に転がしておくことにした。
「パシテー、4人くるぞ。次が本番だ。熊がいたら逃げろ。絶対に逃げろ」
「いや! 逃げないの」
パシテーは声を震わせながらも強い決意を口にしたけれど、後から来る残り4人のほうが手ごわい。なぜなら、こちらからはまだ敵の姿は視認できないのに気配が散開した。こんなに暗くて、アリエルたちの目にはまだ見えないのに、相手のほうはもう見えてるってことだ。
左前のやつがパシテーに近い。もうウェルフの影がうっすら見えている。アリエルは気配で位置が分かるけれど、パシテーにのほうは満足に見えてもいないのだろう。
どうする……『爆裂』を置いておくか、いや、やめとこう。ここは穏便に済ませたい。
「パシテー15メートル下がれ!」
パシテーに近い獣人が動いた。狙いはパシテーか。
「そっち行ったぞ! 守れ!」
パシテーに気を取られた刹那、スキを見せた俺の横っ面からウェルフが踏み込んできた。
荒事にはしたくなかったのだが、話し合いはできないかもしれない。
「くっそ! しゃあねえ」
ウェルフの踏み込みに合わせて、同時に踏み込む。地面に立てた剣をひっこ抜いて踏み込んできた獣人の喉を柄頭で突いて怯ませ、アリエルは踵を返してパシテーの援護に向かった。
もう穏便どころの騒ぎじゃなくなってきた。喉を突かれて怯んだ獣人も一瞬だけ動きを止めただけだ。戦闘態勢に戻ると脅威だ。
本格的な戦闘は避けたいと思いつつ、アリエルは喉を抑えて立ち上がった獣人の背後、少し離して『爆裂』を転移させて起爆した。それは殺傷能力のとても低い、極めて小さな『爆裂』だった。
―― バン!
立ち上がろうとしていたウェルフは背後の空間が爆発するという追撃をまともに食らい、勢いよく吹っ飛んでアリエルのすぐ近く、むしろ足元までブッ転がった。こいつはしばらく動けないだろう。
こっちは片付いた、パシテーのほうは……獣人の速さに驚いているようで、短剣の動きにキレがない。この暗闇に乗じたクソ速い灰色のウェルフの動きに翻弄されて、短剣をどう動かせばいいか迷っているようだ。いくらミリ単位で短剣を操れても、この暗闇の中、相手を絶対に殺すなと言われて、それを実行できるのか分からない。
見かねたアリエルは獣人とパシテーの間にスケイトで滑り込み、木剣に持ち替えて移動速度を乗せたまま、横からガツンと頭を殴ってやった。前ではパシテーが複数の刃物を操っているのを集中して避けていたウェルフも、さすがにアリエルが横からすっ飛んできてぶん殴るという攻撃に対応できなかった。
これで獣人のうち3人を戦闘不能だ。
しかし……。
「パシテー、ちょっと痛い。これそーっと抜いて」
「ごごごご、ごめんなさい兄さま。あああ……、私なんてことを……」
「あとで一回チューしてくれたら治るよ」
パシテーの短剣がアリエルの左腕に刺さっていた。
そんなの昨日今日覚えたばかりの短剣飛ばす魔法で、この視界の効かない真っ暗闇の中、合図も作戦もなしに横から迂闊に踏み込んだアリエルが悪かった。
アリエルはパシテーのミリ単位の精度に期待して、痛くないよう、腕に刺さった短剣をまっすぐ、そーっと抜いてもらった。フレンドリーファイアなんて珍しいことでもなし、そもそも再生者(リジェネ―ター)だし。短剣が刺さったとしても大きな血管を傷つけてさえいなければほっといてもすぐ治る。ただ痛覚はちゃんとしているから、痛みだけはシッカリと伝わるのだけど。
痛くて血が流れている左腕で、いま倒した獣人を引きずって、最初の位置に戻り、倒れている獣人3人を縛って積み上げた。
そしてまた剣を突き立て、腕組みをして2人になった獣人の気配が近づいてくる方向に睨みを利かせると、獣人の一人が両手のひらを見せながら近づいてきた。戦闘の意思がないというサインだ。
アリエルは相手の意図を察し、左手をパシテーの前に差し出して、動かないように制止した。
「あー、爆発音が聞こえたんで、まさかと思ったら、やっぱりてめえか」
「ああ、えーっと、たしか猫の人」
「コレーだ。カッツェのコレー」
「俺はアリエル。なんか縁があるね……。パシテー、もう大丈夫だよ。剣は仕舞うんだ」
「だって、危険……」
「大丈夫だよ。獣人は怖いけど、不意打ちとか卑怯なことは絶対にしないから」
「おう、分かってんじゃねえか! ところで、こいつら転がしてくれたのはいいけど、殺してないよな?」
「うん、木剣で叩いたのが2人と、ちょっと離れたところで爆発くらったのが1人。たぶんすぐ目を覚ますよ」
「もちろんこいつら返してくれるよな?」
「もちろん、そのために生かしておいたんだから」
カッツェのコレーは傍らにいたもうひとりのウェルフに命じた。どうやらこの猫、そこそこの地位にいるらしい。
「おい、そっちに引っ張ってって、このバカどもを叩き起こせ! ……で、ここで何をしていたか聞かないとな、手ぶらで帰ったらエーギルに怒られるんだ」
コレーに仲間の回収を命じられたウェルフが近寄りがたいらしく、アリエルのそばに来るのをためらっているのだが……。ああ、そういえば剣を地面に突き立てたままだった。
アリエルは剣をストレージに収納して、すこし離れてやった。
ウェルフは剣がいきなり消えたことに警戒感を露にしながらも、言われた通り3人を少し離れたところに連れてゆき、縄を解いた。
「えっと、なんだっけ? ここにいる理由?」
「そうだ」
「集落の中心地に荒らされた屋敷があるだろ? 二階建ての。あれは俺が生まれて育った家なんだよ」
「はあ? お前ノーデンリヒト生まれなのか?」
コレーは驚いたような顔をして聞き返した。それはいま聞いた信じられないセリフが真実なのか、確かめずには居られなかった。
「そうだよ。俺はノーデンリヒトで生まれた最初の男なんだってさ。俺の家にようこそコレー。ちなみに隣の物見の塔の下にある鍛治工房な、あれは俺の工房でね。そこの彼女に短剣を打ってた。そのあと物見の塔に上がって星を見ながら愛を語りあってたのに、おまえらときたら……全力で絡んでくるんだもんな、チンピラよりタチ悪いぜ?」
「ああ、でも、ここはそういう土地だからな。女連れでノコノコくるお前も悪いぞ」
「う、確かに……、それは、違いないか」
「わはは、そりゃそうだろ……てかお前、腕に手傷負わされてんじゃねえか。誰だ? 誰の手柄だ?」
人が大怪我してるのに大喜びで誰がやったのかと聞いたコレー。手傷を負ったことがそんなにも嬉しいらしい。
「彼女だよ。交錯するときミスがあって、短剣が刺さった傷だ」
「なんだよそりゃ、お前に手傷負わせたって報告すりゃ褒美に酒もらえたのにな。まあいいや、お前が女口説こうとして刺されてたって報告しとくよ。エーギルの旦那は腹かかえて笑うだろうけどな」
「それはそれで腹立つな。だけどここは俺の故郷なんだ、いつだって帰ってくるんだぜ?」
「お前だけじゃねえよ……俺もこの土地で生まれて育った。十数キロほど東にいったところにカッツェ族の村があったんだがな」
話を聞いてみると、この猫の獣人コレ—も同郷人だという。たぶん、他にもたくさんいるのだろう。
アリエルは、なぜ憎しみ合っているのか、なぜ殺し合っているのか理解できず、コレーにかけてやる言葉もない。
話の切れ目に、さっき3人を運んだウェルフが割り込んだ。
「コレー? 3人とも気が付いたぞ。ケガも大したことなさそ……なんだ? そのガキ知り合いなのか?」
「おまえ知らないのか、超有名人だぞ。砦攻略のとき、南側の討伐に出た200の戦士をたった1人で全滅させたノーデンリヒトの死神だぜ? 戦死者130に重軽傷者70。あのベストラが真っ二つにされてしまったほどの手練れだ……。サインでも貰って帰るかオイ」
もう1人のウェルフは左手で『いりません』のポーズをしながら無言で一歩下がったが、そんなことよりもいまコレーは聞き捨てならないことを言った。
アリエルはどうやら魔族軍に『死神』と呼ばれているらしい。
何というか、全然モテそうにない異名だ……。
「死神とか勘弁してくれ……、俺も命がけだったんだよ」
「まあ、それでエーギルの旦那は『死神殺し』と呼ばれるようになったがな」
「あははは、マジかよ。恥ずかしい二つ名付けられていい気味だな」
「わはははは、だろ?」
話がエーギルの悪口になるとアリエルも饒舌になって話に乗っていたのだが、さすがに聞くに堪えなかったのか、もうひとりのウェルフが話の腰を折った。
「コレー、もういいだろ? 帰ろうや」
「あ、ああ分かった。じゃあなアリエル、3人を殺さないでいてくれたのには感謝するよ」
「あ、たまにここ使うんで。俺は敵対の意思はないから無視してくれたら助かるんだが?」
「一応、伝えとくが、お前は死神だからな、討伐隊が組まれるかもな」
「討伐隊も嫌だけど、死神と呼ばれる方がもっと嫌だわ」
「わはは、ちがいねえ」
「アリエル、戦場じゃないところで会えたらいいな。そっちのお姉ちゃんもな」
「ああ、コレー。その時はミルクでも奢ってくれ」
そういうとコレーは振り返らずに左手を挙げて軽く別れのジェスチャーをして、スウッと闇に消えていった。あのネコ、近くの出身だという。地理に詳しいからこそ偵察に出されるというわけだ。
アリエルは少しだけコレーたちを見送ると踵を返し、そのまま南の方向、関所の方に向かう。
パシテーが無傷で切り抜けたことにホッと胸をなでおろした。
一方パシテーはアリエルに怪我させたことを悔いていて、深く落ち込んでいた。
「兄さま、ごめんなさい。もし、もう少し間違っていたら致命傷になってたかもしれないと思ったら怖くて……」
「ああ、コレーの野郎、長話するもんだから治っちまったよ。残念。せっかくチューしてもらえると思ったのにな」
「あの猫の人、知り合いなの?」
「うーん、会ったのは今日で3度目かな。敵なんだけどね、なんか憎めない奴だろ?」
「うん、でも襲ってきた狼の人、動きが速すぎて、私の攻撃がひとつも当たらないの。兄さまも速くて、当たったと思ったら兄さまだったの。本当にごめんなさい」
「いや、大丈夫だから謝らなくていいよ。乱戦になるとこういうことはよく起こるから、次は気を付けような」
「はい。反省してるの」
「大事なのは落ち着きと集中力だよ。狼獣人は動きが速い。でも落ち着いて集中してれば大丈夫。パシテーなら負けない。鍛錬で自信を付ければいいよ。今日はよく頑張ったね」
パシテーはアリエルの右側から背中に顔を埋めながら歩いてる。しくしくと鼻をすするような音が聞こえる。どうやら泣いているようだ。
「大丈夫だって言ってるだろー!」
おもむろに振り向き、泣いてるパシテーを抱き上げ、スケイトでゆっくり、ゆっくり、フィギュアスケートのように、弧を描きながら、くるくると回転しながら、新月の、雲一つない星明りの中を音も出さずに滑っていく。パシテーの顔が近い。この星明りの中でも、これだけ近いと目と目が合う。息と息が触れ合うような距離だ。
ごくり……緊張のあまり生唾を飲み込んでしまった。静寂の中、この距離なんだからパシテーにも聞こえてしまったはずだ……。
パシテーはアリエルの顔をじっとみている。
心臓が高鳴り、鼓膜の中に心臓があるかのように心音がバクバクと響き、頭痛のようにズキズキ痛む。
緊張に負けて視線を落とそうとしたけれど、視線がパシテーの目から外すことができない。この薄暗い星明りの中で、パシテーの瞳に写る無限の星が、アリエルの開き切った瞳孔を素通りして飛び込んできた。
……なんて美しいんだ。
俺はパシテーを抱く腕に力を込め、背面滑行で加速しようと膝をかがめ、ぐっと踏み込んだ。
—— グガッ!!
「いだっ!」
カカトあたりに衝撃を感じた瞬間、バックドロップよろしくド派手に転倒しまったようだ。シャツの襟のところから小石やら砂利やらがいっぱい入ってきて背中がゴロゴロする。どうやら大きめの岩に躓いたらしい。
だけどパシテーは守った。その証拠に花びらが散っていない。ちょっと驚いた顔をしているだけだ。
アリエルは背中を痛めたが、防御魔法を強めに展開しているため、大きなケガに至らない。
「カッコつけるつもりがよそ見しちゃダメだよね。面目ない」
パシテーの無事を確認すると、横に下ろして俺はその場で仰向けに大地に寝転んで星空を見上げた。パシテーはアリエルの傍ら体育座りで佇む。
「ノーデンリヒトの死神がコケたの」
「お兄ちゃんそっちのほうがダメージ大きいよパシテー。お願い、死神っての忘れて。そして誰にも言わないでくれたら嬉しいよ」
「え? なんで、かっこいいの」
「本気でカッコいいと思ってるの? 皮肉じゃなくて?」
「だって相手が兄さまは死神ぐらい強いって言ってるんでしょ?」
「まあそうなんだろうけどさ、恥ずかしいよ」
「聞いていい?」
「いいよ」
「いっぱい殺したの?」
「うん」
「…………そう」
パシテーの問いに、アリエルは獣人とはいえ人を殺したことに対して、正当化したり、言い訳したりなんてことをせず、ただ真摯に答えた。
パシテーも10歳の頃、とある経緯あって戦闘になり、結果とても残念だが、3人のひとを殺害し、ボトランジュに逃げてきたといういきさつがある。
それも200人もの戦士を全滅させ、うち130人を死に至らしめたという。
パシテーはひとを3人死なせたといった。王都プロテウスでは指名手配されているかもしれないことは知っている。アリエルになぜ殺したのかと聞かれたら、きっと言い訳をして自分のしたことを正当化しようと思っただろう。だけどアリエルはただ人を大勢殺したと言った、それだけだ。
それを胸を張って人を殺したと言ってのけた。
パシテーはアリエルのメンタルが羨ましいと思った。
「さあ、関所に帰ろう。抱っこしてあげようか?」
「いらないの。兄さまコケるもの」
キッパリ断られると少しショックだった。
仕方ないので二人でスケイトを起動し、べつに急がなくていい夜道を、ゆっくり。
石に躓かないように……、できるだけ高く、高く……。
「ってパシテー、なんでそんな高いトコ飛べるの?」
パシテーは5メートルぐらい上空を、ジャンプではなく、一定の高さを飛んでいた。
それは目を疑う光景だった。
「だって石あるし暗くて見えないから躓くの」
「いや、そうじゃなくてさ、飛んでるよパシテー。5メートルの高さってさ、もう『スケイト』じゃなくて、ほとんど飛んでるだろそれ? 飛行魔法って言われるよきっと」
アリエルがこの速度で安定して飛べるのは……、2メートルが限度か。2メートルの高さを飛ぶとなると速度も機動性も損なわれるし、調整が大変でとても疲れるから地面を滑っているというのが正直なところだ。それをあっさりとやってのけて、特に疲れもしないような涼しい顔をして5メートルの高度を飛んでいる。
土の魔法ではパシテーに逆立ちしてもかなわないことが分かった。




