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15-28 グローリアスの黒幕

 難しい話になりそうだということで、真沙希まさきはネストに沈んだ。

 アリエルは少し元気をなくしたコーディリアの背中を押して、エントランスから屋敷に入り、話が白熱しているであろう会食場の扉を開く。


「んー? もういい? 難しい話終わった?」


 トリトンはアリエルの顔を見るなり議論のテンションそのままで答えた。


「終わらん!! なあアリエル頼む。魔王フランシスコを止めてきてくれ」

「ダリル侵攻は10日以上延期できないだろうね、正確なところはジュリエッタに計算してもらわないと分からないけど、まあ10日が限度だと考えたほうがいいよ」


「たった10日で何ができる?」


 シェダール王国が滅ぶかもしれないというカウントダウンが始まっているのだ。王国が倒されたら、ボトランジュもノーデンリヒトも巨大な防波堤を失う。たった10日で何ができるのか、問いにはトラサルディが答えた。


「貴重な時間を10日もいただけるなら事態は少しだけ改善するかもしれないな、アリエル。10日延ばせるのかね?」


「エレノワ商会は? 10日あればどう使うと思う?」

「エレノワ騎士伯がダリルマンディに帰りつくのは早馬を飛ばしたとしても明日の夕刻以降になるだろうな。それからダリル領内にある各拠点に集結しているレイヴン傭兵団を呼び戻すのと、難民のための食料を確保するのに10日あれば間に合うだろう。いや、エレノワ騎士伯のことだ、ダリルマンディが陥落する前に実父が殺された経緯を探り出すのに寝る間もないだろうな」


「アルトロンドのほうは? あんなフェイスロンドの辺境から馬車の車輪が壊れるほど飛ばしても4~5日かかるだろ?」


「実は5日ほどかかる計算だ。だがしかし、魔王軍がグランネルジュからダリルマンディに侵攻したとして、領境りょうざかいあたりでダリル軍が待ち受けているだろうから、その戦闘に勝利するのに5日。そこから魔王軍がダリルマンディを取り囲むのにまた5日、その後激しい市街戦でダリルマンディが陥落するのに10日から20日程度とみている。ダリル領がシェダール王国の地図から消えて、アセット高原経由でデルケスター丘陵を抜けて領境の町ナルゲンあたりに難民たちが流れていくまで、それから更に20日はかかるだろう。アルトロンドのほうは、時間よりもエンドア・ディル議員が首を縦に振るかどうかにかかってると思うのだがね?」


 商人の見立てではそうなる。これはダリルの使う毒矢に対抗する解毒薬と、解毒魔法を考慮していない試算だ。更にもうひとつ付け加えると、魔王フランシスコを甘く見ている。


「それって魔王軍がバカの一つ覚えの毒矢に苦戦するって思ってる? 毒の対策はできてるし、昨日の夜に俺、10日後にはダリルマンディが陥落するって言ったよね、侵攻を10日延期させても20日後には陥落するよ?」


「確かに聞いた。だが懐疑的だ。魔王軍とノーデンリヒト連合軍の兵力は10万なんだろう。言い換えればたった10万とも言える。だがダリル軍はかき集めればまだ15万から20万近く残っているのではないかね? 獣人たちがどれだけ強いかは知らないが、現状ダリルのほうが兵力では上回っている。それでも魔王軍の勝利は揺るがないと見てはいるが、そう簡単にいくものでもあるまい」


 やっぱり単純な引き算しかできないらしい。アリエルは自分の言葉の軽さを補うため、トリトンに意見を求めた。

「そっか、じゃあ実際に魔王軍と殺し合った経験のある父さんの見立てでは、ダリルはどれぐらい戦えると思う?」


「トラサルディ義兄さんには悪いが、獣人たちの力を甘く見すぎている。領境の決戦で倍の戦力差があっても1日持たないだろうな。単純な戦闘力でヒト族とは比べ物にならん。獣人1に対して戦士5、魔人1に対して最精鋭30から50というのが相場だ。しかも魔王フランシスコの実力がロザリンドさんなみだとすれば一騎当千だ。魔王自らが剣を取って戦場に立つのだから士気も高い。正直アリエルの言う10日でも見積もりが甘いんじゃないかと思う」


 もと王国騎士団の砦守備隊長として魔王軍と戦ったことがあるトリトン・ベルセリウスの発言はアリエルの言葉とは比べ物にならないほどの重みがあった。


「そ、それほどなのか?」


 トリトンは無言で小さく何度も頷いたあと、簡潔に、用兵などしたことのない商人にでも分かりやすく話をまとめた。


「王国騎士団がノーデンリヒトで戦えたのは、ドーラの魔王軍がノーデンリヒトの紛争に介入することに積極的じゃなかったからなんだ」


「な、なんと。ならば……、時間が切迫しているな……、エレノワ騎士伯は本当に寝る時間がなくなってしまう」


「だからさ、10日引き延ばせたとしてもダリルマンディ陥落まで20日のタイムリミットだと思って先手先手を打ってほしい。そうだ、ノーマ・ジーンちょっと聞きたいのだけど」


 さっきまでサオたちが座ってた椅子に座って話の推移を見守っていたノーマ・ジーン。急な指名にも慌てずに答えた。


「はい。なんでしょう」


「グローリアスが賄賂を渡していた王都元老院議員の名簿と、帳簿あるかい?」

「はい。大切なものなので持ってきています」


 これで王都プロテウスの元老院は掌握できる。


「ありがとう。もう一つ、ホムステッド・カリウル・ゲラーに支払った金品は?」

「はい、しっかりと帳簿が残っています。こちらに」


「わかった。それじゃあホムステッド・カリウル・ゲラーの顔を見に行こうか? ここに連れてくるのもイヤでしょ?」


「どこに行くんだ? まずそれを聞かせてくれ」


「隣。俺の工房の地下に牢を作った」

「隣だと……、隣に宿敵が居て気付かなかったのか私は……」


 トリトンは開いた口が塞がらない様子だったが、会食場に下着姿のオッサンを連れてくるのも憚られるので、ゾフィーのパチンひとつでここにいる者全員がアリエルの工房地下にある、特設の牢屋に転移した。

 薄暗い蝋燭ほどの灯りは、アリエルが日本から持ってきたLED電灯だ。火を使うとガンガン換気する必要があるのでLED電灯を使った方が効率的だった。


 アリエルが壁のスイッチをONにすると、真昼間のように明るく電灯がともった。


 トリトンはなにか魔法のようなものだと思ったらしくチラッと天井を見ただけで、粗末なベッドからむくりと起き上がろうとする初老の男に目をやった。


 トラサルディのことだから電灯を見た瞬間に質問が飛んでくるかと思ったが、こちらもホムステッド・カリウル・ゲラーの姿に目を奪われた。いつもは誠実そうに見えて軽薄な眼差しなのだが、この男を視界にとらえると眼光は鋭くなった。


 不意の来客とまばゆいばかりの電灯の明かりに眩しさを覚えたのだろう、鉄格子の向こう側には眉をしかめて怪訝そうにこちらを観察するゲラーが居て、こちらの中に知った顔を見つけた瞬間に表情を緩めた。


「おおっ、貴様は確かセンジュ商会の?」


 トラサルディは鉄格子を挟んで、胸に手を当てて丁寧なお辞儀をして見せた。

司祭枢機卿カーディナルビショップどの、ご機嫌麗しゅう」


 神聖典教会しんせいてんきょうかいのナンバー2、司祭枢機卿カーディナルビショップという地位も、その御威光もここで通用すると確信したホムステッド・カリウル・ゲラーは、トラサルディに対して強気に出た。。


「いいところにきた。実は捕虜になってしまってな、囚われておったのだ。ではセンジュ商会に依頼する。私をここから帰すよう、あの亜人の領主に交渉してまいれ。どれだけカネを積んでも構わん」


 ゲラーの言う『亜人の領主』とは、フェイスロンド領主フェイドオール・フェイスロンダ―ルのことだ。グランネルジュ北門前の戦闘で捕らえられたのだから、いまもフェイスロンドに囚われていると思っているのだろうが、現在地は捕らえられたあの場所から直線距離でもゆうに2000キロは離れている北の果てだ。


 トラサルディはお辞儀した姿勢のままその言葉を聞いた。


「それは命令でしょうか? ホムステッド・カリウル・ゲラー司祭枢機卿カーディナルビショップどの」


「そう思っていただいて構わん。必ずや交渉を成功させよ」


 これだけ話せば十分だ。アリエルはここで話に割り込み、トリトンに言った。


「聞いた? 命令系統はハッキリしたね。この男こそグローリアスを操っている黒幕だ」


 トリトンにはアリエルの思惑は分かっている。さっき説明を受けた通り、この牢屋に入れられてなお、自らの立場を理解しようとしない男をグローリアスのボスとして、身代スケープわりゴートにするという奸計かんけいだ。我ながら酷い息子の親になってしまったものだと感心するほどにため息が連発して出てしまう。


 まるでこの世の面倒ごとを一身に引き受けてきたような顔でトリトンは応えた。


「ホムステッド・カリウル・ゲラーに相違ないか?」


「フン! 誰だ貴様は。答えてやる義理はない」



 ……。



 ……。



 そう言うとホムステッド・カリウル・ゲラーは固く口を閉ざした。

 下着姿で牢屋に入れられてる男が薄手のタオルケットを下半身に纏ったまま、粗末な寝床から立ち上がることも出来ないくせに、傲岸不遜な態度を改めようとしない。

 よほど肝が据わっているのか、それとも本気で無事に帰れると思っているのか。



 ホムステッド・カリウル・ゲラーは自分たちが神殿騎士団が戦っている相手の顔すら知らないのだ。

 アリエルはトリトン・ベルセリウスが王都プロテウスやアルトロンドで何と呼ばれているか教えてやることにした。


「言葉に気をつけろよオッサン、このひとはカシラだ。つまり、盗賊頭だと言われている。あんた失礼だぞ。でもなあ、うーん……、もしかして人違いだったかな。カネにならないのなら殺そう、無駄なことをしたよ」


 アリエルたちが日本に帰ってる間に、実はノーデンリヒト領を治めていたベルセリウス家、つまりトリトンは、シェダール王国の国王によりその爵位を抹消され貴族の称号を失っていた。もちろん国王に与えられた領地であるノーデンリヒトは書類上、または手続き上は国王に没収されたことになっている。その後、ノーデンリヒト領はアルトロンド領主、ガルディア・ガルベスに与えられたので、それ以降、トリトンはノーデンリヒトを不法に占拠している盗賊頭という事になっていた。それが王都プロテウスでの、トリトンの扱いだった。要はノーデンリヒトの独立など、この世界のどの国も認めていませんよと、そういうことだ。


 正直アリエルはその話を聞いたとき腹を抱えて笑うほどおかしかったのだが、今日はそのアリエルが真面目な顔をしてトリトンを盗賊頭だと紹介したのだ。トリトンは否定することもできない。否定してしまうと話がややこしくなるのに、否定しないと認めたようなことになってしまう。きっと後でガラテアたちに言われて笑われるのがオチだ。


 トリトンはビアンカの兄トラサルディが政敵だったことも含め激しい頭痛に悩まされつつも、ここでは一言も否定することはなかった。

 そしてアリエルが『殺そう』と言ったあと抜き身の刀『黄昏』をストレージから取り出し、その妖気漂う切っ先を向けると、口を閉ざし一見黙秘の構えを見せたゲラーが饒舌に話し始めた。


「まて! カネが目的なのか? 身代金はいくらだ? いくらほしい?」


 アリエルは待ってましたとばかりにトラサルディの肩に手をかけ、イヤらしく唇を歪めてみせる。


「あんたこの男を知ってるよな? グローリアスの幹部だ。そして俺はこの男に貸しを作りたい。あんたがグローリアスのボスだったら生かしておく価値があるんだが、そうじゃないなら魔王軍に売ったほうがカネになるかもしれない……、んー、そうだな、魔王軍に貸しをつくるのも悪くないか……」


 トラサルディとの交渉を断り、魔王軍に売ろうかと言ったアリエルの言葉を最後まで聞かず、ゲラーは自分の身柄がどれだけ価値あるのかを語り始めた。


「いーや、私なくしてグローリアスの成長などなかった。奴隷制度に反対する教会を説得できたのも私の力あってのことだ。ボスという呼称に馴染みはないが、私がボスだと言うならば、間違いないのだろう。そのようなものだと考えてもらって構わん。思う存分センジュ商会に貸しを作るがよい」


 しかと言質を取った。

 アリエルは無言でトリトンの前に立ち、手のひらで『どうぞ』とこの男と話すよう促した。

 トリトンは呆れ顔だったが、自分からグローリアスのボスであることを認めた以上は、見逃すわけにはいかない。


「グローリアスのボスとお見受けした。ではもう一度聞いてもよろしいか? ホムステッド・カリウル・ゲラーに相違ないな?」


「うむ。私こそ、カーディナル・ビショップ・ホムステッド・カリウル・ゲラーである。盗賊頭よ、貴様の名を聞いてやる、名乗るがよい」


「ホムステッド・カリウル・ゲラーどの、申し遅れました。私はトリトン・ベルセリウス。ノーデンリヒト国家元首をさせてもらっているのだが……」


 ゲラーは目を見開いたまま顔をひきつらせた。

 眼前で鉄格子を挟んで向こう側に居る白髪交じりの金髪碧眼の男こそ、神聖典教会しんせいてんきょうかいから賞金を懸けられている賞金首、トリトン・ベルセリウスそのひとだった。賞金額では息子アリエル・ベルセリウスに負けているが、それでも歴代2位の高額賞金首だ。


「アリエル、この男の身柄は私がもらってもいいのだな?」

「どうぞ」


「ではホムステッド・カリウル・ゲラー! あなたの身柄はたったいま私、トリトン・ベルセリウスに譲渡された。奴隷商人グローリアスのボスとして、ヒト族至上主義を掲げ、魔族排斥運動を始めたリーダー格として、あなたは裁きを受けることになる……のだが、えっと……、なあアリエル、普通の牢屋に移送したいのだが、ここ出入口どこなんだ?」


「出入口なんて作る必要ないよ。出入りするにはゾフィーの転移魔法を使うしかない。ある意味、究極の牢屋だろ?」


「ダメだアリエル。この牢屋はなんでこんなにも快適そうなんだ? もっと居心地の悪い普通の牢屋じゃないと他の罪人に示しがつかない。特別扱いはナシだ」


「捕まえた当初はアルビオレックス爺ちゃんとの人質交換に使えるかと思ったんだよ、別に快適な個室を与えたつもりはないからね」


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