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15-27 コーディリアを落とすアリエルの口説き文句

 屋敷から出てきたコーディリアは運動したふうでもないのに肩で息をしていた。


「おっ、コーディリアただいま。はははは、機嫌が悪そうだな」


 コーディリアは呼吸を整えながらアリエルの顔を見ると「フン」と短く気を吐いた。

 外の空気を吸いに来たのだという。


 なるほど、冷静さを失いそうになったから頭を冷やしに来たのだろう。コーディリアはアリエルの顔を見た瞬間にホッと一息ついたようにも見えた。


「話はどこまで進んだ?」

「あー、ダリルの話が終わってアルトロンドが帝国に取られたら王都は終わりだとか、次はセカだとか。現在のプロテウス情勢に話が飛んだとこだと思う。私はあのハーフの奥さんと話してて倒れそうになったから新鮮な空気が恋しくなってさ……、ねえアリエル、あれ何者なの? ノーマ・ジーン」


「自己紹介したんだろ?」

「うん、グローリアスの最高責任者だって言ってた。私さ、まさか奴隷商人たちのボスがエルフだったなんて信じられなくてさ、あの男にそう言わされてるんだと思ったのよ。でも……」


「違ったろ?」

 コーディリアはアリエルたちとエントランスから庭を歩きながらこぼした。


「うん、私の考えてた奴隷商人とは違った。それでも……納得できないのよね……」


「そりゃそうだよ、俺だって納得したわけじゃない。ノーマ・ジーンは清々しいまでの悪人だしな」

「そ、そうよね! あの人、悪人よね? 話を聞いてたらもしかするとこの人たち、正しいことをしてたのかもしれないって思って混乱したし」


 コーディリアは頭の中を引っ掻き回されて自分の中の正義感がグラグラ揺さぶられたと言った。


「そりゃそうだろう。トリトンもビアンカも所詮はヒト族なんだ。エルフの気持ちの根っこの部分は絶対に分からない。俺が言うのもなんだけどさ、支配する側のヒトが支配される側のエルフに対して平等とか言ったところで慈善じぜんなんだ。情けをかけてやって憐れみの目で見ている、心のどこか根っこのところで上から目線なんだよ。まあ政治家はそうでなくちゃできないのだろうけどな。ハーフエルフであるコーディリアはどう思った?」


「見透かしたようなことを言わないで。それにトリトンもビアンカも心から平等な社会を願ってくれてるよ、心からね」


「そうか? じゃあコーディリアはヒト族のことをどう思ってる? 平等な社会が実現したとして、それは本当に平等だと思うか? グレアノット師匠とか極めた魔導師でもなければ寿命で3~4倍も違うんだぜ? 200年ものあいだ美しさと若さを維持して子どもを産める優越感は相当なもんだろ? 果たしてそれが平等と言えるのか?」


 コーディリアは腕組みをして眉根を寄せた。アリエルの言い分はこれまで聞き飽きるぐらい聞いてきたヒト族のたわ言と同じだったのだ。


「ありふれたヒト族の言い分ね。まさかアリエルの口からそんなセリフ聞くとは思わなかったのだけど? ヒト族はエルフの気持ちなんて分からないって言ったわね、その通り、アリエルは何もわかっちゃいないわ。まさか何万年も生きてる甥っ子がこんなにもわからずやだとは思わなかった。でもね、ひとつ聞かせてよ、あなた朝ごはん食べてるとき『エルフだけが俺の味方だった』って言ったわよね?」


「え? そんなこと言ったっけ?」


「いった」


「んー、ちょっと誤解があるみたいだ。俺は何万年も生きてない。ヒト族として70年そこそこの人生を普通の人よりも多く体験してきただけだ。ザナドゥに生まれたときはアマルテア人、そしてデナリィ族の族長を襲名し、アマルテア国王ベルフェゴールだった事もあるし、スヴェアベルムに生まれたときは、ここよりもずっと南の大陸にあったフェ・オールという国に生まれ、そこで両親からアシュタロスという名をもらった。アシュタロスは破壊神でも深淵の悪魔でもなんでもない。ただのエルフの少年だったんだ」


「……っ! ちょっと今なんて言った? エルフ? アシュタロスがエルフ? アリエルあなたエルフだったの?」

「エルフだったこともあるってことさ。だからエルフの気持ちも、他のヒト族と比べたら良くわかってるつもりなんだぜ?」


「じゃあ元エルフのアリエルに聞くわ、奴隷制に反対していたくせに、なんで奴隷商人と組もうなんて言うのか? 敵の敵は味方だなんて言うけどさ、それって相手も尊敬できるのが大前提でしょう? 私納得できないの」


「コーディリアさあ、なんで奴隷商人をそんなに憎むのさ?」

「何をいまさら! 私たちエルフを商品として売って、利益を得ているからよ」


「そうだね、でもそれって直接的に手を下してるだけだよね? 王都プロテウスでも、アルトロンドでも、ダリルでも、帝国でも、南方諸国でも、そうだなあ、この世界の大半の地域で奴隷制度があるよね、ヒト族は奴隷制度によって未だかつてなかったほどの好景気に浮かれて治安も安定し、生活も豊かになった。奴隷制度で利益を得ているのは奴隷商人だけじゃないよ。国王、領主、役人、兵士たち、そして街の人たちも奴隷制度がもたらす好景気の恩恵により給金も高値安定だし、重労働は農奴のうどの仕事だ。犯罪率も軒並み下がっていいこと尽くしの生活をしてる。じゃあ奴隷制度を撤廃したらどうなる?」


「元の生活に戻ればいいじゃん! なによアリエル、あなたヒト族の安定した生活を守れって言うの?」


「違うよコーディリア。豊かな暮らしをみすみす手放すようなことをしないんだよ。必ず反対運動が起こって、これまでの暮らしを守るため剣を取る。傲慢なんだよ、ヒトってのは」


「話が見えないわ。それと奴隷商人がどう関わってくるの?」


「なんで奴隷商人だけが罪をかぶる必要があるんだ? と言ってる。じゃあヒト族が支配される側になってみるといい。ヒト族の男女比は1:1だからね、労働力すごいことになるよ」


「いまよりもずっと激しい戦争になるでしょうね。ヒト族は支配を受けない。常に支配する側だもの」


「いままでの支配構造が逆になって、ヒト族が奴隷に、魔族が支配者側になるだけじゃん。これまでそうしてきただろ? 俺はね、人族至上主義に乗っかった魔族排斥に迎合した奴らも同罪だと思ってるよ。法律で魔族を追い出すことになったからと言ってホイホイ追い出した奴らも、奴隷制度が合法になったから喜んでエルフを奴隷にした奴らも、それを黙って見ていた奴らも、景気が良くなったことを喜んでるやつも、治安が良くなったから歓迎してるやつも、奴隷制度によって利益を得た者はみんな同罪だ。それなのになぜ奴隷商人だけが罪を問われるのか。ただ分かりやすく憎まれる仕事だってことぐらい俺だってわかるよ。人身売買で利益を上げていた? 合法にあきないをいとなんで納税もしていたんだろ? んなもん、全員同罪だ! 役人も貴族たちも、そして奴隷という労働力から利益を享受しているような者たち、みんな等しく罪人なんだよ。それなのになんで奴隷商人だけを裁いて、縛り首にして、それで手打ちにしようとするのさ。罪人を罪を償わせるなら王国民の大半が死刑になるからね、そんなの現実的じゃない。だからこそ分かりやすく憎まれてる奴隷商人に罪を償わせるんだろ? いいかいコーディリア、何度も言うようだが魔族排斥や奴隷制度に迎合して利益を得ている者たちは全員が罪人つみびとなんだ。奴隷商人だけを裁こうなんて考えはスケープゴートを立てるのと同じなんだよ」


 アリエルの言葉はコーディリアの考える憎しみの根っこの部分を刺激した。

 エルフ族には当たり前のように奴隷を使役する社会そのものに対する憎しみが根強い。


「確かにアリエルの言うとおりだと思うけど、それじゃあ終わらない。ノーデンリヒトは人魔共存を旗印に建国したんだ。その考えはノーデンリヒトの理念に反する。そりゃ私だってエルフなんだからさ、それぐらいのこと考えたことはあるよ。でもそれを言い出すとヒト族とエルフ族のどちらかが滅ぶまで殺し合うことになっちゃうじゃん」


 アリエルの考えを聞いたコーディリアは、エルフの気持ちの根っこの部分で通じ合えることが分かった。

 アシュタロスがエルフだったという新事実は衝撃的だったが、そんなことよりも憎しみの原点まで分かってもらえたことに奇妙な共感を得たのだ。


 コーディリアはセカ陥落でヒトの醜い部分を嫌と言うほど見せつけられた。これまで平和に暮らしていた同族がモノ扱いされ次々と攫われてゆくのに、逃げることしかできなかった。だからこそアルトロンドは許せないし、王都プロテウスにも反発している。まして奴隷商人や奴隷狩りに関わったような人物を許して共に力を合わせて戦っていこうだなんて、その考え方が分からないと、そう言った。


 要するにコーディリアは『落としどころ』の話をしている。


 アリエルは昔エルフだったこともあると明かした上で、たったいまコーディリアが迂闊に返事をした『ヒト族みんな罪人だ』に同意していることを前提に話を続けた。


「じゃあどうする? 王都とアルトロンド、ダリルの奴ら、みんな殺してしまおうか?」


 コーディリアはアリエルの言葉を聞いて、返事ができなくなってしまった。虐げられてきた側、悔しい思いを強いられてきた側、支配される側の者なら誰もが頭の中で思い描く空想の物語だ。ある時は逆にエルフ族がヒト族を支配したり、ある時は、奴隷制度で浮かれてる国を滅ぼしてしまったりという都合のいい夢物語だった。だがしかしエルフにはただの幻想でも、アリエルにならできる。その事実がこれまで空想していたことを現実味のあるところまで押し上げた。


 消滅したセカ港のこと、神話戦争の言い伝え……。死と破壊が王都とアルトロンドを襲い、何百万ものヒトが死ぬ……。さっきまで頭に血を登らせていたコーディリアがスッと冷静さを取り戻してゆく。


「うっわ……、破壊神サマは言うことが過激でブルっちゃうわ……」


「ノーマ・ジーンも同じことをしてたんだよ。人族至上主義者の台頭、魔族排斥、奴隷制度の制定。コーディリアも大変だったろうが、王都やアルトロンドでは想像を絶する悲劇があったと言うよ。そんな絶望の時代を生きながら、あんな何の力もない、ごく普通のハーフエルフ女性が、たった一人で全世界のヒト族を相手に種族戦争を仕掛けたんだ。コーディリアよりいくらも無力な女性がだぞ? そして今や勝利はほぼ確実なものになった。さすがに手段は褒められたもんじゃないけどな、いまは極悪人でも、300年後、500年後、ヒト族が衰退してエルフの時代が来たら、エルフ族繁栄の礎を築いたノーマ・ジーンは英雄になっているかもしれない。第一、コーディリアがそんなにもイラつくのは、正義感を揺さぶられたせいで、感情的に言い返せなくなったからだろ? ノーマ・ジーンのやったことを、心のどこかで認めてるからだ」


「アリエルが何を言いたいか分かった。そうだよ。ノーマ・ジーンのしたことは許せないし、確かに万死に値するとは思うけど……あのひと凄いと思った、私なんて安全なところに逃げて、結局エルフを守ってくれるヒト族の後ろに隠れてただけなんだ……。私は、逃げることしかできなかったのに……」


 空気が変わった。コーディリアの訴えかけるような声が涙交じりになる。


「コーディリアはグリモア詠唱法を開発するときマナの乗りがいい羊皮紙の開発をしてくれたって師匠が言ってたぞ? すごい功績だ。ただ逃げて隠れてただけじゃないだろ」


「ねえアリエル、わたし考えたんだ。ノーマ・ジーンのこと。あの人は罪人だと思う。だけどさ、私ならきっと罪を犯すのが怖くて何も変えられなかった。分かりやすく剣を持って戦って死んで、誇りを守るだけで精いっぱいだったんだろうなって思うよ」


 コーディリアは先ほどまでとは打って変わって、気弱な言葉を吐いた。なぜ戦って死んで誇りを守るという選択しかないのかというと、戦う相手が強大すぎて、どう戦えばいいのかすら分からないのだ。武力に対して武力で対応するなんて考え方じゃあ戦えない。


 コーディリアは戦えないからこそ、何も行動できずにいたのだ。一人でも戦って勝利するという選択肢を考えることすらできなかった。


 しかし、多くのエルフ族がそうだったように、当たり前の幸せを奪われた弱いエルフ女性は、子どもたちの未来のため、負けられない戦いを勝利するため涙を飲んで罪を犯したのだ。何百年後には必ずエルフ族が世界を支配すると信じて、気の長い戦いを仕掛けた。


 コーディリアは最初こそノーマ・ジーンを激しく責めた。

 だけど徐々に言葉が出なくなったと言う。それもそのはず、剣を持って人を殺すことに正義があると言えるならば、ノーマ・ジーンの行いもきっと正義なのだ。


 認めてしまったからこそ、何も言い返せなくなった。殺す正義が男の矜持だとするならば、ノーマジーンの戦いは恭順の中から正義を見出そうとしている。


 コーディリアは、最初こそノーマ・ジーンがグローリアスのボスだなんて信じられなくて、あの男にそう言わせられてると思った。だがしかし、話を聞いているうちにノーマ・ジーンこそが奴隷商人の大元締めでグローリアスのボスに間違いないと確信したのだ。血を流さずに革命を成し遂げるなど男の考えることじゃない、女にしか発想できないことだ。


「なんだかさ、力が抜けちゃったわ……」

「俺もそうだよ。だけどな、よく考えてみるとグローリアスのボスって利用価値は計り知れないぞ? まず王都プロテウスの元老院議員の過半数の弱みを握っている。元老院議員も賄賂を受け取ったとき、グローリアスに買収されてることぐらい知ってるさ」


「それで脅すの?」


「人聞きの悪いことを言わないでほしいな。まずは話を聞いてくれ。ここでノーデンリヒトはグローリアスのボスを逮捕したと全世界に向けて発表する。その黒幕がホムステッド・カリウル・ゲラーだった。王都も教会もひっくり返るぐらいの大事件だこれは。王都ではグローリアスから賄賂をもらっていた元老院議員は青ざめるだろうな。神聖典教会しんせいてんきょうかいの神兵は帝国兵だってことぐらい王国も知らないわけじゃないだろ? 大警戒していて然りなのに、元老院の過半数が神聖典教会しんせいてんきょうかいに買収されていたなんてことになるからね。それに教会も大変だよ、そもそも教会は魔族排斥を基本方針として打ち出した。そこを曲げて奴隷制度を認めさせたのはゲラーなんだ。このメリットが分かるよね?」


「ちょっとまって! ……ってことは? ホムステッド・カリウル・ゲラーがグローリアスのボスだったとしたら、教会は奴隷制度に反対せざるを得なくなる…… ってこと?」


「ああそうだ。でもそれじゃあ足りない。ホムステッド・カリウル・ゲラーの罪を糾弾して、奴隷制度に反対するだけじゃなく、魔族排斥という基本方針そのものを打ち砕かないと合格点はあげられない」


「そこまで考えてるの? そこまで言われるとグローリアスのボスはゲラーじゃないとダメな気がしてきたわ……。アリエル、あなた本当に悪魔じゃないかって思う。けど、あなた本当にアリエルなの? 私の知ってるアリエルは何でも爆破魔法で吹っ飛ばして解決してきたようなイメージだったんだけど?」


「慎重になってるのは認めるよ」

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