15-25 ディオネの帰る場所(3)僅かばかりの希望
「兄弟子! いまの魔法って、転移魔法ですよね、どうやって起動したの?」
「ディオネが絶望しなくていい理由その1がこれ。ゾフィーは転移魔法の使い手だし、セカから飛べる転移魔法陣を設置したのはゾフィーだ。だから転移魔法陣は作れる。どうだ?」
「あの転移魔法陣の作者? じゃあトライトニアとマローニに置かれた簡易魔法陣も?」
「そうだ。起動するのに魔導結晶が必要だったものをマナで起動するようトリガープログラムの改変をしてくれたのもゾフィーだよ。そして俺たちはディオネが開発したというマナで動作するタイプの魔法陣を見て一つのヒントを得た」
「私のマナ仕様魔法陣がなにか役に立つのですか?」
「もしかすると、ものすごく役に立つかもしれない……」
「論文に添付するための仕様書ありますからどうぞ持って行ってください。こんな研究が役に立つのなら」
「ん。ありがとうな」
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「はい! ジュノー連れてきたわよー」
「何なのよ!? せっかく孫と遊んでたのに常盤に取られた!」
「あー、真沙希が話あるって」
「ルナが? 何かな……あれっ?」
ジュノーも床一面に書かれている魔法陣に目を奪われた。魔法陣が今よりずっと使われていた時代には、魔法陣なんて不用意に踏んだりすると危険だったので、ジュノーも踏んだりせず気付いた瞬間に一歩離れた。
しばらく凝視したあと、言った。
「なにこの魔法陣、よく見るとこれ魔法の起動式よね?」
「ディオネが考えたんだとさ、マナで動く魔法陣」
ジュノーはいま初めてディオネを見た、というより、ここにいることに気が付いた。
「日本人? どこかで見たわね?」
「ジュノーも小岩井さん知ってるだろう?」
「名前と顔だけは」
「こいつはディオネ。日本に住んでた頃はうちの近所の小岩井さんトコの麗美ちゃんだ。何年か前、写真撮りにいったろ? 帝国の勇者召喚の被害者で、俺の妹弟子で、あとパシテーの妹弟子でもある」
「ふうん、このひとの身内なのね。ジュノーよ。よろしく。でも初対面じゃないわよね、思い出した。私たちがノーデンリヒト要塞前に到着したとき、防護壁の上に居たでしょ?」
「あっ、どうもよろしく! えーっと、見てたんですか? すっごく遠くて顔なんか見えなかったですよ? あの時はもうサオがやられたって大騒ぎになって、私たちはすぐ打って出られるように門の裏に集まったんだけど……。ジュノーさんってあのジュノーさんですよね?」
「はい、たぶんそのジュノーですけどとっくに女神なんてやめたので。ところでさ、小岩井さんとこの麗美ちゃんっていうと、確か……私たちがあっちで新婚ラブラブだった頃にセーラー服着てたコでしょ?」
「ラブラブ……? ねえベル……、ジュノーがムカつくこと言った」
「気にするなゾフィー。無理やり連れてこられたジュノーが仕返しをしないわけがないだろう?」
ジュノーが真沙希の方を見て眉をしかめた。これっておかしくない? という声が聞こえてきそうだ。
「そうそう、ジュノーもおかしいことに気が付いた?」
「えーっと、ディオネ? それとも小岩井さん? どう呼べばいいかな。いつ召喚されてここに来たの? あとその時何歳だったか教えてくれる?」
「ディオネで。これ、女神ジュノーの子になったときにもらった名前なんだけどね、私は25年まえ、17歳の高校3年生で召喚されました」
「あー、それ私関係ないからね。私だって似たようなものだし。じゃあディオネにもうひとつ質問。その頃、このひと、嵯峨野深月はどうしてたの?」
「深月さんのことはよく覚えてないけど、私がまだ小さかったころ近くのバイパスで事故にあって亡くなったって。えーっと、小学生いってるか、いってないかってぐらいの頃だから、たぶん5歳ぐらいだと思うのだけど……」
「ふーん、なるほどね。じゃあ興味本位で聞くけど、嵯峨野の家族はその後どうなったのかな? あと、その二軒隣に住んでた常盤美月っていうバカ女も同時に亡くなったと思うけど、その家族、常盤右京はどうしてたのかな?」
「うーんと、嵯峨野さんも常盤さんとこも引っ越していったって聞いたけど? あれから見かけなくなったし。真沙希お姉ちゃんは確か大学生になってから東京のほうに居るとか聞いたけど」
「東京なんかディスニーランドしか行ったことないわ」
「そこ千葉だから」
「ここ大切だから確認のためにもう一度聞くけど、嵯峨野深月と常盤美月がバイパスの事故で亡くなったのを知ってるのね? それで17歳でスヴェアベルムに来たということは、このひとが事故死してから11~12年後に勇者召喚で連れてこられたと、そういうことで間違いないのね?」
「はい……その通りですけど、なにか?」
ジュノーの質問が何を意味しているのか、ディオネには意味が分からないのか、目を白黒させている。
ジュノーは今までの質問から得た結論をアリエルにいった。
「この子、あなたが事故で死んだ時系列からきたの?」
「そうなんだ。世界は巻き戻ってないってことだろ? その時ディオネと一緒に来たタイセー、まあ前世のタイセーな。あいつは30歳でここに来たって言ってたぜ?」
「いいえ、間違いなく巻き戻ったわよ。でも、巻き戻ったのは私たちだけだったって訳なのね? それまで生きた世界は終わることなく、そのまま存在し続けているということになるのかな。あなたが常盤と二人仲よく事故死した時系列は私たちの知らないところでずっと続いてるってことかしら?」
「その可能性は極めて高いな……、というわけだディオネ。おまえの帰りを待ってる人が居ないなんて、そんなことはないからな」
「そっか。うんわかった。ありがとうね兄弟子。絶望には違いないけど、ちょっとだけ希望が出てきたよ……」
「ん、そうだな。ディオネにはもうひとついいものをあげよう」
「はい。戴けるものならなんだっていただきますけど?」
アリエルはストレージからまた別の写真アルバムを取り出して、ベラベラとめくり、写真を3枚抜き出してディオネの前の机に並べた。
「これと、これと……、これな」
写真にはバスケットボールを小脇に抱えた10歳ぐらいの少年、金髪で碧眼の外国人なのだが不機嫌そうな目が印象的だった、その少年の頭をわし掴みするように撫でている? 背の高い女の人が写っていた。
ディオネはその少年の顔に目を奪われた。
面影がある。忘れられるはずがない。
「あっ……」
ディオネはその写真をみただけで、頭の中に流れ込んでくる情報量に困惑した。
「この男の子な、ジャック・レイノルズくんというそうだ。この写真はストバスやってるところでロザリンドに絡んだまでは良かったけれど、コテンパンにやられて半べそかかされたときの写真だな。こっちはそのあとコーラおごってやった時の写真と、こっちのピースサインはいつか必ずロザリンドに勝つとライバル宣言した時の写真だ」
最後の写真はとてもいい笑顔を見せている。
ジャック・レイノルズ。アメリカ国籍だが母親が日本で英語教師をしているとかで、日本に住んでいた。
ディオネたちよりも5年早く勇者召喚され帝国軍で勇者となった。
勇者キャリバン、その人だった。
「またロザリンドさんに負けたんですね……」
「そうだな」
「いつか勝つって言ったんですね?」
「ああ、そう言ったよ」
「あははっ、そうだったんですね。じゃあ私はキャリバンを応援します。でもすっごく笑ってますね、私キャリバンのこんないい笑顔見たことなかったんです。そっかー、アーヴァインだけじゃなくてキャリバンも転生してたんですねー」
『こんないい笑顔見たことがない』なんて言いながら微笑むディオネのその笑顔こそ、アリエルには見せたことがない、とてもいい表情だった。




