15-22 トゲアリトゲナシトゲトゲ
各地の転移魔法陣が繋がって、今やボトランジュの大都市セカやマローニ、果てはフェイスロンド東部にあるベラールの街から学生が北の果ての果て、ノーデンリヒトの魔導学院まで講義を聞きに来ることが可能になった。特にその転移魔法陣を発動するための設置型魔法装置、つまり魔法陣に関する研究なのだから人気が出ないわけもなく……、立ち見受講が出るほどの盛況だった。
ノーデンリヒトなんて過疎地の魔導学院なんだからまさかこんなに学生が入るなんて考えなかったのだろう、講堂は狭く、もう少ししたら整理券発行しなくちゃいけなくなるほどだ。
講堂の中を見渡すと段差がついていたりとか、前に上下スライド式の黒板があるわけでもなく、普通の高校の教室のような平坦な空間があった。これはディオネの発案なのだろうか、教卓があって壁に黒板が打ち付けられている。マローニの中等部でも黒板はあったけれど、衝立のようなものに張り付けられていたせいか、小さなものだった。ディオネはそんな教壇に立ち、黒板に書いた文字と図柄で精力的に授業を行っていた。逢坂先生を思い出してしまうほどだ。
なにせディオネは文字によって学習の効率を上げようとしている。生徒一人ひとりが教科書を持たず、教員のみが学習指導要領をもって授業を行うスヴェアベルムの学校とは明らかに違う。やはり日本の学習指導のほうがやりやすいと感じているのだろう。もちろんこの方式は魔法の、特に魔法陣など書き文字系の魔法には効果的なのかもしれない。
あのエイラ教授について転移魔法陣を研究し、助教になったってことは、エイラ教授もいっしょに講義やってんのかな? と思って探してみるも、エイラ教授の姿はなかった。
エイラ教授のことがちょっと苦手なアリエルはホッと胸をなでおろすと、黙って授業の内容を聞くことにした。てか、魔導学院の教員連中は揃いも揃って個性が強すぎる。カタリーナが来たことでさらにその傾向は強くなった。あのアドラステアの影が薄ーく感じるほどだ。
ディオネはキャラクター的にはそれほど濃いキャラクターではない。むしろモブキャラと間違えられるんじゃないかってほど地味な印象で目立たない存在だった。
特にアリエルたちと行動を共にするのを好まないので、アリエルたちと同じ一派だということすら忘れている人も多い。ロザリンドなんてディオネの存在は知っているけれど、同じ一派の仲間だということを完全に忘れていると思う、そんな薄いキャラだ。
アリエルがディオネと初めて会ったとき、敵同士だった。ドーラ軍と1000年続いた戦争を終わらせるため、神聖典教会が派遣した勇者パーティの魔導師を担っていた異世界転移者だった。アルカディアから来た者たちがこの世界の空気に混ざって循環する魔気で肺を満たし、体内に取り入れることでマナを生み出すことができるようになる。そしてアルカディア人であるディオネにはチートとも言うべき魔導適性があった。
嵯峨野深月はノーデンリヒト北の砦で、勇者パーティとドーラ軍の戦いの中、常盤美月と再会を果たし、生き残るため勇者キャリバンと戦い、打倒した。
勇者パーティの敗残兵となった小岩井麗美は神聖典教会から離反してでも自らが正しいと信じる道を選び、ノーデンリヒト人となっていまここの教壇に立っている。
どうやらカリストさんの紹介でグレアノット師匠の弟子になったことから自動的にアリエルの妹弟子に収まって無詠唱魔導を教わったこともあり、ベルセリウス派魔導派閥の末席に居ることは確かだ。アリエルたちが日本に帰ってる間もディオネはサオと共に鍛錬を続け、無詠唱で爆破魔法を使えるようにまでなっていて、マローニ、ノーデンリヒト防衛戦では主戦力を張ってた魔導師だ。その証拠に、アリエルたちが帝国に召喚されてきたとき軍の訓練施設では、帝国軍の敵としてしっかり名前が挙がっていた。
ディオネは帝国の敵としてけっこう有名人になるほどノーデンリヒトに貢献しているのに、当のディオネにしてみると戦友であり気の合う仲間だった勇者キャリバンと、弓師フェーベを殺したアリエルたちとはどうしても心の底から打ち解けることができずにいた。だからディオネがアリエルを訪ねてうちに来るなんてことこれまでただの一度もなかったのだ。
ベルゲルミルから聞いたことがある。ディオネはあのノーデンリヒト砦での戦いがなかったら、いまのこの状況はどう変わっていただろうかと、今でも悔やんでいると。お互いに目指すものは同じだった。それなのになぜ剣を取って殺し合わねばならなかったのか、今でもわからないと。
アリエルの方も悪いことをしたなんてこれっぽっちも思っちゃいないが、もしかすると他にもなにか、やりようがあったんじゃないかと考えていて、ディオネとはそのまま疎遠になっているといった関係だ。まあ一言でいうとお互いに気まずいのだ。
いまアリエルは若返った日本人、嵯峨野深月の身体で、ディオネの講義を聞いている。正直言って魔法陣に明るくないアリエルにとって授業はいまいち分かりづらいものだったが、やはりゾフィーには分かるのだろう。たぶん、アリエルたち一行の中ではゾフィーが一番真面目にディオネの講義を聞いていた。
一方、真沙希はディオネの姿を見て眉根を寄せて、眉間のしわに人差し指を這わせるという訝りようを見せていた。
真沙希にしてみるとディオネが近所の小岩井麗美ちゃんだと聞いていたけれど、この変わり果てた姿をみて訝らないわけがない。なにせ小岩井麗美ちゃんといえば嵯峨野深月が12歳だったころに通りを挟んで斜め向かいの小岩井さんトコで生まれた赤ちゃんといった印象で、アリエルたちにとって近所でありながら一緒に遊んだ経験もなければ、特に親しかった訳でもない。年が離れすぎていて、顔見知り以上でもなければそれ以下でもなかったのだ。
もちろん真沙希からしても9つ年下ってだけで、嵯峨野深月と大差ない。とはいえ、真沙希が中学、高校ぐらいになるとディオネはランドセル背負って小学校に通いはじめるので、アリエルたちと比べると、どうしても真沙希のほうが親しみがあったし、よく知っているはずなのに、真沙希はディオネを見てそれを小岩井麗美ちゃんとは信じられないようだった。
アリエルの敵として戦った頃のディオネは若かったが今はもう40過ぎだという。そんなに歳をとっただなんて考えてもみなかったが、よくよく考えてみるとアリエルも孫がいるお爺ちゃんなのだ。教壇に立つディオネが同一人物であることを疑う根拠がないのだけど真沙希はどうやらもっと若い麗美ちゃんを想像していたらしく、その姿を見て驚き戸惑っている。
「あれが小岩井さんとこの麗美ちゃんなんだけど……分からないか?」
「んー、いやそんなことよりもさ、ちょっとまって、あれが麗美ちゃん? 間違いないの?」
「ないと思うぞ」
「じゃあ兄ちゃんが前世で死んだのいくつ?」
「20歳ぐらいかな」
「じゃああの麗美ちゃんいくつ?」
「たぶん40過ぎ」
「兄ちゃんが前世アリエル・ベルセリウスとしてクロノスに負けて死んだのが16年前でしょ?」
「頷きたくないな! 負けてねえし、生きてるし……」
アリエルの『負けてない』を敢えて無視し真沙希は話を続ける。
「で、そのアリエル・ベルセリウスは20歳まで生きたから、つまり兄ちゃんが嵯峨野深月としてトラックに轢かれて死んだのは? 16年前よりも更に20年前だから36年前よね?」
「たぶんそんなもんだろうけど? 何だよ、何を聞きたいんだ?」
「じゃあ、40過ぎのあの麗美ちゃん、いつこの世界にきたの?」
「詳しくは聞けばいいと思うけど、タイセーの前世のアーヴァインが召喚されたとき、一緒に来たっていってたな。そのときタイセーは駅前の本屋の社員になってて、ディオネは女子高生? だったはず。だから……ああああっ!!」
アリエルは真沙希が何を訝っているのかを理解した。講義中、一番後ろの立見エリアから突然『ああああっ!』などと声が上がり、不覚にも講堂にいる全員の注目を浴びてしまった。
もちろん黒板に何か筆記していたディオネもアリエルと目が合った。
「黒髪の高校生? そっちの子? はあ? その服、セーラー服よね? ……ええええっ? もしかして真沙希お姉ちゃ……って、すっごく若いわね? ということは?」
ディオネは驚いた。なにしろセーラー服を着ている女の子が講堂にいたのだ。顔にも見覚えがあるし、そのセーラー服にも見覚えがあった。自分の通ってた中学の制服なのだ。懐かしいという感情がまず最初に沸き上がった。
そして前列にいる黒髪の少年が軽く手を挙げて会釈をした。この男が兄弟子なのだということもハッキリと理解した。
「よっ! 久しぶり」
ディオネは上目遣いでジロリとアリエルをひと睨みし、そのあと真沙希とゾフィーを値踏みするように何度か見たあと70人は入っていると思われる満員の学生に向けてアリエルたちを紹介した。
「学生諸君、静粛に。飛び入りのゲストを紹介します」
仮にもここはノーデンリヒト。しかも魔導学院で、ベルセリウス派の魔導派閥の端くれなのだから、ディオネの講義を聞きに来るような奴はだいたいがベルセリウス派について詳よく知っている。セカでも人気者になったような気がしたし、もしかするとこの人気は錯覚じゃなかったのかもしれない。
「ただいま紹介に上がりました、飛びっきりゲストの兄弟子、アリエル・ベルセリウスです」
「「「「「「「 おおおおお――――っ!! 」」」」」」」
喝采が起こった。これまでアリエルの名前は悪名として轟き渡っていた。それがノーデンリヒトに戻って以来というもの、マローニ開放、セカ開放、そして遠くフェイスロンドに渡ってグランネルジュからダリル兵まで追い出してしまった。占領地で屈辱的な暮らしを強いられてきた者たちにとって、アリエル・ベルセリウスの名は英雄と同格なのだ。
しかしディオネは湧き上がり拳を突き上げる学生たちを落ち着かせ、アリエルの『飛びっきり』のボケまで冷淡にスルーして授業のネタにしようと絶妙の絡みを演じて見せる。とはいえたった今まで進めていた転移魔法陣に関する講義をそのまま続けただけなのだが……。
「さて兄弟子どうぞ前へ。真沙希ちゃんもほら、えっとそちらの紅い眼の方はロザリンドさん? にしては優しそうな目をしてらっしゃいますね、ということは別人の方……ですね、失礼しました。皆さん、こちら兄弟子アリエル・ベルセリウスは異世界、アルカディアへ行って戻ってきたとのことです。聞きたいことがたくさんあるでしょう。でもここではシンプルに一つだけ質問しますね。では、兄弟子はアルカディアからどうやって戻ってこられましたか?」
アリエルはディオネの変貌ぶりに少し戸惑った。何しろアリエルの知るディオネの姿は、16年前のままだ。ちょっとミーハーで軽めのOLお姉ちゃんみたいなイメージで固定されてるほうがおかしいと言えばそれまでだが、ちゃんと先生やっていることに少し安心したような気がした。
突然の質問だったので答えに迷ったが、ここに集まっている学生たちはみな転移魔法陣に興味があってディオネの講義を受講しているのだ。兄弟子なんだから妹弟子の手伝いをしてやってもバチは当たらないだろう。
「ん。こっちはロザリンドじゃなくてゾフィーな。アルカディアからこっちに飛ばされた魔法陣は設置型ではないタイプだった。でも転移魔法陣なら……」
魔法陣にはミスリルの含んだ岩盤に描いて地面に固定する設置型と、固定しない非設置型のネストのようなものがある。ネストは精霊魔法なので訳が分からないけれど非設置型のものがあることをアリエルは知っていた。だからこそ、日本から異世界転移してきたとき乗ってきた転移魔法陣の本質を少しだけ理解することができたというわけだ。
ここまで話して『ゾフィーに聞け』と喉まで出かかって、やっぱりやめておいた。
ゾフィーが人にものを教えたとして、それを理解できる人の傾向も分かっている。こっちの身内でもゾフィーの時空魔法はストレージ魔法の利便性のよさからゾフィーは人気だが、時空魔法を教わって理解しつつあるのはロザリンドとサオだけ。
つまるところ、時空魔法を理詰めで理解しようとするジュノーとパシテーにとっては非常に理解しがたい魔法ということになるし、ロザリンドやサオにとっては感覚で何となく使えてしまう。
つまり時空魔法は秀才に向かない。天才向きの魔法技術だ。ディオネのように構築式を黒板にびっしり書き記すような理詰めの秀才肌にはいまいち理解しがたい魔法のはずなのだが、黒板に描かれた構築式をみたゾフィーが珍しく初対面の人に微笑みかけた。ゾフィーはアストラル体になって精霊たちを集めたりしてサナトスたちを守ってくれていた。だからディオネのこともこっちの身内だという事ぐらい知っている。
「へえ、起動式をもとにマナを使って魔法陣を構築したのね。ジュノーが見たら驚くわよ、だってジュノーは魔気で動作する魔法陣をマナで動くよう神代文字を人体に対応させるために起動式を考えたのよ? その起動式をまた魔法陣に転用するなんて発想がすごいわ」
「それってすごいのか? 一周まわって戻ってるじゃないか。トゲアリトゲナシトゲトゲみたいだ」
「トゲトゲ?」
「すまん、ソコに食いつかれたら説明が長くなるから、ゾフィーは学生たちには何がすごいのかを説明してくれたら助かる」
「ふうん、すごいわよ。だって普通に起動式を地面に描いただけじゃ目から入ってしまって普通に魔法が起動してしまうもの。起動式を入力しておいてそれを目で見ても起動させず、マナで書いた魔法陣のほうで起動させてしまうのだからね」
「いや、普通の人は術式を入れないとダメだし、グリモアに書かないと網膜に転写できないんだけどな。そんな事故を起こすのはきっと、無詠唱で魔導発動するような人だけだ」
「そうよ、だからすごいの。この魔法陣は術式入力しないと起動しないように安全装置として、あらかじめトリガーが設定されているわ。私の魔法陣があなたのマナを判別して起動するのと同じ発想の技術の初歩ね、それをマナだけで完結させているところがすごい。これなら魔気が薄くて魔法陣の効果が出にくいような場所でも使えるわよこれ」
最初こそアリエルもマナ魔法陣のその進化の方向性を見誤り、トゲアリトゲナシトゲトゲのようになってしまった構築式を見て『何だこりゃ使えないな』と思ったが、よくよく考えてみたらどうやらそうでもない。
「ああ、なるほど、マナで作った魔法陣を起動することができたら……」
アリエルより早く、言葉を重ねるよう魔沙希が反応し応えた。
「魔気がほとんどないアルカディアでも魔法陣が使えるってことよね?」
スヴェアベルムでは魔気と呼ばれる、普通に空気中に存在する当たり前のような物質、何だか分からないけどマジックパワーの源みたいなものをエネルギーとして魔法陣が動作するが、アルカディアの空気中には魔気がほとんど存在しない。だから設置型魔法装置としての魔法陣が残っていたとしてもうまく動作しないし、ジュノーがキュベレーから受け継いだオートマトン『コッペリア』も魔気をエネルギーとして動作するので、仮に日本にコッペリアを持ち込んだとしても動かないのだが……。
逆に言えばコッペリアをマナで動かす事も可能ってことだし、それに……。
「魔気のない日本に大規模な転移魔法陣が現れた理由がなんとなくわかったところだよディオネ、だけど黒板に描かれた魔法陣は転移魔法陣をコピーしてそのまんまマナ転用しようとしてるよな。努力は認めるが、これ動作しないだろ? 珍しく俺を訪ねてきてくれたって言うからちょっと嬉しくなったのに会いたかった理由って、こんなことなのか?」
「これだけじゃないけどね、そうよ。兄弟子を頼ろうとした理由の一つはこれ。講義の一環としてここで質問させてもらってもいいかな?」
「どうぞ。お金の相談以外ならだいたい聞いてやれるからな」
「ありがとネ。んーっと、エイラ教授と私はノーデンリヒトからセカへ飛んで、マローニだけじゃなくフェイスロンドまで各地に設置された、マナで起動するほうの転移魔法陣から浮かび上がる構築式を読み取って微妙な違いを見つけ出し、魔法陣のどの部分を変えれば行き先が変わるのかなど詳細な調査をしたの。エイラ教授は寝る間も惜しんでヘロヘロになりながら魔法陣を解析し、一定の成果を得た。そして私たちの研究は次の段階、つまり転移魔法陣のコピーを試みたの。何度も失敗したわ、コンマミリ単位で大きさまでコピーしたのに動かなかった。コピーは完璧だったはずなの。ミスリルの岩盤が手に入らなかったから、グリモア魔導書に使うマナ親和性の高い素材まで使った。それなのに動作しなかった。エイラ教授は『魔法スキル』が原因だと結論付けたのだけど……」
ディオネとエイラ教授はもうすでに最初の段階をクリアし、いまレベル2ぐらいにいるということだし、アリエルもまさかあのエイラ教授がこんなに早くその結論にたどり着くとは思わなかった。
アリエルも驚いてパチパチと小さく拍手しながらも、困り顔の妹弟子に助け舟を出してやることにした。
「すごいな、そこまでたどり着くのにたった数週間か。それだけで称賛に値するよ。そう、魔法陣はコピーしただけじゃ動かない。じゃないと魔法陣を書くだけで転移魔法なんて最高難度の魔法が誰にだって簡単に使えてしまうし、極端な話をすると魔法陣をハンコにして押すだけで大きな魔法が使えてしまうからね」
「んー、言われてみればそうよね、そんな甘い話じゃないってことは思い知ったわ」
「そう、そんな甘い話じゃないんだ。少しでも魔導を学んでいれば分かる事だ、そうだろ? ここは魔導学院なんだろう? さあ学生たちも頭を働かせて考えろ。歴史から推理しろ、昔のスヴェアベルムでは『ひと』が魔法を使う事なんてできなかったんだ。ただ火を起こす[トーチ]という魔法が使えなかったがために、冬には大勢の人が命を落とした。今では考えられないことだが、昔のスヴェアベルム、特にユーノー大陸北部では寒さによって凍死するひとが後を絶たなかったんだ。それを何とかしようとジュノーは起動式魔導を考えだした。この世界でジュノーが女神として崇められている理由は、こんな北の大地で人々が生きていくのに少しでも助けになればと考え、起動式魔導を開発し、それを人々に広めたからだろ?」
「そうね、兄弟子はあの光の女神ジュノーとも行動を共にしてるって聞いたけど? 本当なの?」
「ジュノーの話と魔法陣の話、どっちを聞きたいんだ?」
「女神になんて興味ないわ。だから当然、魔法陣」
「ん。じゃあ続けるぞ? ジュノーの起動式魔導はもともと『魔法陣』を構築する神代文字をベースに開発された。魔気をエネルギーにして魔法を行使する魔法陣から、マナを使って魔法を行使する起動式を作り出したんだ。ここに集まった学生の中には転移魔法陣を使ったことがある人も多いだろ? もちろん魔法陣の起動を初めて見た者も多いと思うが、浮かび上がる神代文字を見て、起動式に似ていると思わなかった者はいないはずだ。そうだろ?」
アリエルは学生たちに問うた。もちろん心当たりがあると言う顔をしている。固唾をのんで見守る真剣な眼差しがアリエルに向けられた。
そうだ、皆それを考えていた。転移魔法陣に乗ることで、普段自分たちが何気なく当たり前のように使っている魔法と、太古のロストマギカである転移魔法陣の共通点を見出していたのだ。
「ではここで問題だ。じゃあ魔法陣なんて魔法技術が既に確立していたにも関わらず、なぜジュノーは起動式を開発しなくちゃいけなかったのか? その理由を答えよ。うーん、せっかくだからアリシアさんに答えてもらおうかな」
突然名指しされ戸惑ったアリシアだったが、さすが魔導学院の学生である。一歩前に進み出て自信たっぷりに答えた。
「魔法陣を使うためには、魔法が使えるという前提が必要だったから? ということでしょうか」
「ピンポーン! 正解です。あとでディオネに言って単位をプレゼントしてあげよう。その通りだよ、魔法陣をつくる人にはその魔法に対応した技術があらかじめ必要なんだ。一例を挙げると、うーん、そうだな。転移魔法を使えない俺は、転移魔法陣を作ることができない。ただそれだけの簡単な話なんだ。エイラ教授やディオネが正確にコピーした転移魔法陣が動作しなかった原因に『魔法スキル』を挙げたのは本質をしっかりと見抜いてるということだ。だからこそ魔法陣の構築式をマナ仕様に作り変えた方が近道になるかもしれないと思ったんだろ? そしてそれはアルカディアから転移魔法陣で攫われてきたディオネ、お前の発想だ。アルカディアでは魔気が薄すぎて魔法陣を起動するほどの魔法力を得られないんだ。つまり人の体内にあるマナを使わなければあんな大規模な魔法陣が動作するはずがなく、マナを使った魔法陣というのも成立するはずだと、そう思ったんだろ?」
「さすが私の兄弟子です。そうですよ私はマナ仕様の魔法陣を構築し、焚火程度の小さな火を起こすことに成功しました。たったこれだけのことで来期には教授になりそうなんですよ? まだ何の役にも立たないのに。おかしいぐらいに早い出世です」
そういってディオネは少し自嘲ぎみの笑顔を見せた。
アリエルも、そしてディオネも言わないし、きっと真沙希もゾフィーも気付いているだろう。
「そうだな、先おめ?って言っておこうか?」
こうしてアリエルたちは、ディオネの考えたトゲアリトゲナシトゲトゲのような魔法陣が有効利用できることに気づいた。この技術があればアルカディアでも魔法陣が使える。
「はい、ありがとうございます。では、皆さん今日の講義はここまでです。兄弟子と、真沙希ちゃんと、えっとゾフィーさんでしたっけ、すみませんまだちょっと話があるのでいっしょに研究室へお願いします」
アシュガルド帝国で5年おきに催される勇者召喚の儀。
帝国側にある転移魔法陣を起動するために、大量の魔導結晶が消費される。では、日本側にある転移魔法陣を起動するエネルギーはなんだ? そんなもの、言わずとも知れている。マナだ。
日本に転移魔法陣があるわけじゃなく、帝国側からの操作で日本側にゲートを開くという方式だ。
では誰のマナを使ったのか?
学生たちがたくさんいる講堂では話せない。
当然、ディオネはもうこの解にたどり着いているという事だ。
帝国に異世界転移してきたとき、アリエルたちはクラスメイトのうち8人の命が失われた。
当時のアリエルはどうせまた世界が巻き戻ったら生き返るのだからとあまり気にも留めなかったが、ジュノーは確かに訝っていた。
8人の死は明らかな不審死だった。
アシュガルド帝国は、魔導の心得も何もないような、素人同然の日本人から強制的にマナを吸い出して、向こう側の転移魔法陣を展開しているということだ。




