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02-16 俺だけの場所へ

ちょっと短かい閑話。20170809 改訂

20210801 手直し




 アリエルたちは、街道を外れて森の外周、山沿いを通ったので獲物の気配を探りつつ、立ち止まっては狩り、立ち止まっては狩りを続けていると、パシテーの無手での剣技はますます磨きがかかり、射程も伸びたし、精度を上げることにも成功した。アリエルとは真逆の性格だ。


 トライトニアに着くころにはガルグばかり20頭とれた。

 今日は大猟だ。秋口のガルグは脂が乗って美味しい。マローニでも高値がつくだろう。


 トライトニアの集落は当然ながら人っ子一人いなくて、地面には爪のついた足跡がいくつもべたべたと残されていた。残された住民が隠れてないかどうか、獣人たちの斥候が全ての家を見て回ったのだろう。アリエルの生家、ベルセリウスの屋敷に戻ったけれど、まあ、案の定、荒らされていた。


 トライトニアの集落は一軒残らず略奪し尽くされたとみてまず間違いない。むしろ屋敷を焼かれず残っているだけ幸運だったと考えるべきだ。


 屋敷の中を探索してみたところ、金目の物よりも燭台や蜜蝋、ランタンや油脂、装飾用の盾や剣などの実用品が真っ先に持ち去られていることに気が付いた。人族の略奪ならまず金目の物を狙うはずだが、どうやら獣人たちは金目のものに興味がないらしい。爪跡が深く刻まれた足跡と合わせて、ここに獣人たちが来たことは間違いないだろう。


「どう? ここが俺の生まれた家。いまちょっと散らかってるけどね」

「兄さま、この足跡……」


「うん、猫の獣人『カッツェ』の足跡だろうな。パシテー、獣人たちに襲われたら、とにかく防御に徹すること。中には俺よりも速い奴がいるし、スピードに緩急つけてくるからホントやりにくいよ。とにかく身を守ることに専念してね。その間に俺が1人ずつ倒すから」


「うん。………兄さまは魔族こわくないの?」

 パシテーは州を警戒するような仕草をとることがある、不安なのだろう。

 アリエルは、パシテーが不安なら魔族は怖くないと言ってやるべきかと思ったが、パシテーにウソをつく必要もない。


「怖いよ。速い奴も強い奴もいるけどね、ちょっと話せるんじゃないかって奴もいる。魔族も人と一緒なんだよ。名誉とか誇りとか仇とか憎しみとか、魚の小骨みたいに喉に引っかかって、戦いをやめられないんだ」


「人と一緒なの?」

「そうだ。まあ、会ってみればわかるよ」


「………会いたくないの」

「ははは、そうだな、俺も会いたくないな」


 パシテーの不安が少しずつ和らいできたようなので、屋敷から出て裏手にある、鍛治工房へと案内した。建物が見えてくるとパシテーが目を輝かせて驚きの声を上げた。


「あっ、これ師匠の設計なの」

 一目見てこれが師匠の設計だということを看破した。師匠は現場監督で、実際に工事したのはアリエルだ。だからあちこち寸法が狂ってるし、この世界にビー玉があったとするなら、床に落としたらコロコロと転がってしまうぐらいには傾いてるだろう。


「分かるの? さすが弟子だな」

「兄さまも弟子なの」

「ごめん、俺には分からない」


 炉はどうだろう。この建物にも獣人たちが入った痕跡はあるけど、破壊されたようなものはない。

 あいつら行儀がいい。ヒトならむやみやたらとガラスを割ったりするバカがおおい。廃墟にいったら破壊したり落書きしたりするアホがどこにでもいるのに。


「うん、大丈夫。使えそうだ。時間かかるけど、ちょっと待ってて。ここにいると暑いよ」

「いいの、見てる」


 アリエルが水瓶みずがめに魔法で水を張ってから炉にコークスを投入し『ファイアボール』を放り込んで焼き、ふいごを踏んで新鮮な空気を送り込むと、炉内の温度はどんどん上がってくる。


 風の魔法で安定させることができたらふいごもいらないのだけれど。

 この前マローニの鍛治工房で買った工具用の炭素鋼を出して短剣の大きさに切って、パシテー用のダガーをバランス重視で打ち始める。


「うわっ、こ、これは硬いなあ。難しい素材だ……だが」


 叩き伸ばしてから柔らかい鉄鋼を合わせ魔法で限界まで圧力をかけて叩く。

 不要な打撃は一切入れず、必要な場所を必要な数だけ叩く。

 

 作業は難航し、すぐに終わらず、結局この硬い鋼材に手こずったせいで4時間ぐらいかかったので、パシテーは退屈するかと思ったけれど、じっと見ていた。


 今回打った短剣は硬すぎると思ったので、ちょっと念入りに焼きなましを行い、なんとか4振りの短剣を打つことが出来た。研ぎは硬かったけど、砥石を滑るような感覚はなく、なんとか食いついて研げる。たぶんパシテーじゃ手入れできない硬さだ。いくら切れ味が良かろうと、こういうのを出来の悪い刃物というのだろう。手入れが難しいなんて言語道断だ。いま持っている砥石だとこれ以上硬いのは研げないだろうし。


「まだつかつけてないけど試してみて。つかでバランス調節しよう。鞘は武器屋に行って職人にあつらえてもらって、4本差せるベルトも注文しような」

「ありがとう兄さま」

 パシテーが鼻歌を歌いながら、なんか浮かれてる様子だ。べつにスキップしているわけでもないのに歩く足音がウキウキ鳴ってるように、少し早足で工房を出ると、修練場に出て3本の短剣を操っている。いや、しっかりと3本扱えてるじゃないか。


 「パシテー、2本目研げたよー」

 というと、たったいま研ぎあがった短剣はアリエルの手から離れてそのままスッと飛んでいった。もうそんな横着をし始めたみたいだ。


 3本目が研ぎ上がったので、一応報告したら、すっ飛んでいったと思うと、そのままパシテーの周りを高速で周回し始め、複雑な動きで乱舞している。最初にあげた2本と合わせて、いま5本の短剣がパシテーの周辺を回っている。


「マジか? 5本なんてよく回るな」

「話しかけないで。集中しないと難しいの」


 最後の1本が研ぎあがり、コークスの火も落ちて冷めてきたので『ストレージ』に突っ込んでおいた。

 鍛錬場に出てみるともうあたりは真っ暗に日が落ちていたのだけど、この暗い中、5本の短剣が見事に舞っている(ようだ)。いや、実はこの暗さに加え、目にも留まらないスピードでヒュンヒュンと風切り音がするから分かるだけ。見えているわけじゃあない。


「パシテーこれ、最後の1本」

「あ、兄さまありがとう。でもこれ以上は無理なの」

「5本操ってるのか?」


「暗いと精度がグダグダになってしまうの」

 バッと外套を翻して2本を鞘に仕舞い、残りの3本は逆回しのムービーのようにパシテーの手に戻った。


「おお、カッコいいな」

 ミリ単位の精度を出すなんて、自分だったらきっと1本でも無理だ。


「精度が必要なのは今攻撃しようする短剣と今まさに防御するって瞬間ぐらいなの」

「他をアバウトに制御しながら、精度出す短剣を切り替えつつ攻撃と防御をするのか?」


「さすが兄さま」

「できないよ。ぜんぜんさすがじゃないし……でもさパシテー、目だけを頼りに制御してるの? 視界の外とか、背後に回り込んでる短剣とか、どうやってんの?」


「視界の外に出たら感覚かな。グダグダなの」

「じゃあいまのは5本分全部目で見て制御してたの? 集中力途切れない?」

「疲れたらダメになるの」


 パシテーは短剣が後ろにあると見えないからグダグダになる。視界の外に出ると正確な位置を知ることができないという。じゃあ見えない物の正確な位置を把握する魔法があれば、今よりもずっと楽に、正確な操作ができるということだ。


 ってことは、もしかすると……。

「ひとつアイデアがあるから街に戻ってから試してみようか」

「アイデア?」


「うん、疲れなくてあんまり集中力のいらない方法。4本丸ごと全部制御できるかも」

「え? 本当なの? そんなことができるの?」


「やってみないと分からないさ」


「短剣の重さとかどうだった? バランスは?」

「ん。いい感じ。ちょっと薄くなったけど重さは変わらないし。バランスは軽い目のグリップを付けてくれたらいい感じだと思うの」


「わかった。じゃあシースもグリップもない4本は危ないからね、預かっとくよ」

「うん、ありがと」


「今夜は新月でいい夜風だから、上いってみるか?」

「うん」


 『上』とは、アリエルの工房の煙突を兼ねた物見の塔のことだ。

 ノーデンリヒトは短い夏が終わりもう秋。涼しい夜風も当たりすぎると毒になるほど冷たい。

 パタパタ……、と小走りに階段を駆け上がるパシテー。飛べるくせに階段は苦手らしい。


 屋上に出ると急激に空が開けた。


「わぁ…………」

「ノーデンリヒトの夜はね、綺麗なんだ」


「星が降ってくる。ねえ、兄さま、師匠が兄さまに聞けって言ってたの。星の世界の話。お主にはわからんだろうがの。って言われちゃったけど」


「うーん、この世界の星は1つも名前を知らないんだよなあ。この夜の星はね、ひとつひとつがぜんぶ太陽なんだ。小さく輝いているあの星は、実は気が遠くなるほど遠い。光の速さで何千年もかかるほど遠くて、いま見えてる星の姿は、実は何千年も前の姿かもしれないんだよ。今もね、向こうの星から、きっと誰かが、この世界のお日様を見ているかもしれなくて、そして……、俺の故郷ふるさとも、きっとこの空のどこかにあるはず。だから俺は、夜になったらいつも星空を見上げるんだ」


「私も行くの。絶対」

「うん、そうだな。ここ、いいだろ。冬はシーンと静まり返ってて、空気が澄んでるから、星が綺麗なんだぜ」


「うん、ここ好き」

「じゃあ思う存分星を眺めよう。星が流れるまで見ててもいいな」


 パシテーと二人、この物見塔のてっぺんで寝そべって、視界の全てを星空に、届きそうで届かない空に向かって手を伸ばす。全く想像を絶するほどの遠さに気が遠くなり始めた頃、無粋な気配が近づいてきた。


「ああっ、パシテー気配消して。って……、無理かー。北のほうから5人近付いてくる。たぶん魔族だ。距離500メートル。砦から来たんだな。とっとと逃げよう。ちょっと急いで。……くっそ、たぶんコークスをくべた煙が目立ったんだろうな。まさか見に来るほど暇なのかよ」



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