15-20 グレアノットとカタリーナ
謎の組織として未だその実態すら掴めていないというのに、その幹部5人と会って、しかももう潰してしまったという。コーディリアはサオの言動を訝った。
「はい。師匠の顔を見た瞬間、ひと睨みで降参しました。もう奴隷商人グローリアスは実質ぶっ潰れたも同然です。今後は心を入れ替えてサナトスを支持するって言ってましたし」
―― ゲホッ! ゲホゲホッ!
「はああぁぁぁ? なんでだよ? なんで俺が出てくんのさ、関係ないだろ!」
横に座ってるビアンカがむせ返ったサナトスの背中をさすりながら言った。
「トラサルディ兄さんは木剣でひっ叩くだけで簡単に降参するのよ。真剣で殴ってやれば資金も出すって言うわ」
「父さん、母さんを止めてあげて。マジで殺してしまいそうな勢いだから」
「なあアリエル、ちゃんと説明してくれ。話がまったく分からん。ホントまじで分からん」
「グローリアスは奴隷商人だし、それを隠そうともしなかったよ。ただ俺たちとは違う価値観で独自の正義を追い求めているから敵になってるけど、グローリアスの敵は神聖典教会であり、アシュガルド帝国なんだ。どっちもノーデンリヒトにとって敵だよね。だけどシェダール王国が先に帝国に倒されてしまうと共倒れになる危険性が高くなる。だからさ、敵の敵は味方という言葉は、今だけは正しいと思う」
アリエルがグローリアス寄りの発言をするものだからコーディリアも黙っていられない。
つい憎まれ口を叩いてしまう。
「アリエル? あなたエルフの味方してくれてると思ってたけど、いつからそんな汚い政治屋になったの?」
「政治屋とはひどいな。俺に政治をやらせると一発で国が滅ぶよ。それとな、俺がエルフ族の味方というのはちょっと違うぞ、エルフ族が俺たちの味方をしてくれたんだ。エルフ族だけがね。それにな、種族的に温和だし争いも好まない。そんな人柄が好きなんだ、それだけだよ」
「エルフが好き? それだけ?」
コーディリアは眉をひそめて訝った。エルフ族だけがアリエルたちの味方をした? というのはどういう事なのか、すぐには飲み込めず喉に引っかかったのだ。ここは詳しく聞いておきたいところだ。
しかしアリエルはそのことに特には触れず、いまトリトンたちとしている話の筋に戻した。
「そう、それだけだよ。じゃあ父さん、ちゃんと分かるように話をしてくれる人を連れてこようか? 話を聞く価値はあると思うよ、ダリル侵攻を止められないなら、アシュガルド帝国の侵攻も止められないしアルトロンドが財政破綻するのも時間の問題だ。王都プロテウスとアルトロンドいっぺんに取られるよ?」
トリトンはノーデンリヒトの国家元首、つまるところ国のトップなのだから敵を倒す決断をしなくちゃいけないのは当然だけど、その前にノーデンリヒトと国民を守る義務がある。もしアリエルのいった通り、アシュガルド帝国の侵攻があるとして王都プロテウスが倒された場合、ボトランジュもノーデンリヒトも、その巨大な防波堤を失ってしまう。
トリトンが考えている終戦までのプランに王都プロテウスが倒されるという項目はない。
もし万が一にでも王都プロテウスが倒されてしまいでもしたら、兵力100万といわれるアシュガルド帝国とガチのタイマン勝負となり、ボトランジュとノーデンリヒトが無事に勝利する可能性は極めて低くなる。
「うーむ……。ビアンカどうする? 私はアリエルの話に乗ってみるのもいいと考えている。ただし、トラサルディ義兄さんと話した結果、どうしても納得できなければ話は決裂させるが……」
「トラサルディ兄さんは口がうまいの。あなたはきっと一発で丸め込まれるわ」
「んー、別にそれでいいんじゃないか? グローリアスはもう降参してるんだろ? ビアンカの家族と戦わなくて済むなら、私は丸め込まれてもかまわんと思ってる。ただし、エルフたちも、みんなうまく丸め込む必要があるがな」
「じゃあ私は絶対に丸め込まれません。エルフ族を代表して丸め込まれませんからね!」
トリトンがそう言い、ビアンカの表情が和らぐとアリエルはゾフィーに目配せを送った。
『OK』という意味だ。コーディリアもきっと丸め込まれる。
パチンと音がして、ゾフィーとエアリスがこの会食場から消えた。
「ああああっ! 転移魔法っ!」
いちいちゾフィーの転移魔法に驚いてみせるコーディリアはおいといて、アリエルはビアンカに心を落ち着けるよう促した。
「母さん、そんな顔してちゃダメだよ。ヘスティアが見たら怖がるからね」
「ヘスティア? どなたですか? アリエルの新しい友達なの?」
ビアンカのその問いに答えた者はいなかった。しかし、消えてからわずか120秒ほどで再び現れたゾフィーたちの一行がその答えを連れてきた。
ノーデンリヒトは寒いと思ったのだろう、転移して現れたトラサルディの家族はみんな厚着していて、両手に持ちきれないほどのバッグに着替えなどの持ち物を抱えている。アリエルの言った身の回り品を持てるだけ持ってきたのだろう。しかし4人しかいない。お爺ちゃんのスタンリー・センジュが居ない。たぶん丁稚奉公の男が帰って来るのを待つのだろう。ヘスティアはベアーグの縫いぐるみを抱えて不安そうな表情で周囲を見渡してキョロキョロしている。
「ビアンカ!」
最初に声を上げたのはビアンカの母、つまりアリエルとエアリスにはお婆ちゃんにあたる、セラ・センジュだった。
クレシダは超特急でアリエルたちの食事を用意し、ワゴンを押して会食場に入ってきたと思ったらまた客が増えているのを見て、フッと糸が切れたように気を失って倒れた。
「あちゃあ、こんなにもピンポイントで瞬間移動できるとは! 便利なものだな、転移魔法というのは」
トラサルディは独り言のようにそうこぼして眉を掻き、しかめっ面でビアンカにウィンクして見せたあと、オドオドした素振りで上座にいるトリトン・ベルセリウスに向かって深々とお辞儀してみせた。
「食事中でしたかね、いきなりお邪魔して申し訳ない。なにやら問答無用で連れてこられまして……、トラサルディ・センジュです。いやはや、お会いするのはビアンカを嫁に出した日以来ですから、何年振りですかな。まったく、頭の痛いことになってしまって困惑しておるところです。すみません」
トリトンは慌てて立ち上がると遠いところまで連れてこられてしまった義兄を労った。
「トラサルディ義兄さんですか……、ご無沙汰しています。私もたった今あなたの頭痛に負けず劣らず頭の痛い問題を抱え込んだところです。あーほんと、どうするんだアリエル。この状況」
「ああトリトンどの、本当に済まないと思っている。だけどうちの家族はもう朝食を済ませていると言えば、その頭痛、ちょっとだけでも治まらないかね?」
「いえ、まったく。いまそこで倒れてるクレシダの頭痛は和らぐかと思いますが、私の頭痛はひっきりなしにぐわんぐわんです、はい」
「あーやっぱり……。そうだろうね、私も何十年ぶりかでビアンカに会ったというのに、どういう訳か頭がぐわんぐわんしてきたところなんだ。なあビアンカ、久しぶりに会ったんだからハグとかしてみないか?」
「久しぶりですね兄さん。実は私も最近、兄さんの夢をよく見るんです。そう、兄さんの胸に剣を突き刺す夢。正夢になるかもしれないと思ってワクワクしています」
ビアンカの目が笑ってない。相当イラついてるらしい。
もちろんトラサルディはビアンカの機嫌の良し悪しなんて敏感に察知することができる。ビアンカの作り笑いをみた瞬間に青ざめた。
「歓迎してくれているようで嬉しいよビアンカ。だけどハグはやめておくとしよう」
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ビアンカの怒りを鎮めるには気を紛らわせるのが一番だ。
そしてその役割はノーマ・ジーンの娘、ヘスティア・ジーンが立派に果たすこととなった。
ヘスティアは金髪で碧眼。エルフでありながらどこかしらエアリスにも似ているように見えた。
ビアンカも一目見ただけで分かった。ヘスティアは兄トラサルディの娘で、その横にいるノーマ・ジーンが母親であること、そして王都では許されない事実婚状態の異種夫婦であることも。
エルフを愛していながら、なぜ奴隷商人なんぞという人でなしであり続けようとするのか、その理由を問うてみたが、トラサルディはひとまず『その話はまた後で必ず』ということにして、いまは一刻を争うアルトロンドの状況を鑑みて、近い将来必ずあるアシュガルド帝国の侵攻からいかにして身を守るかということについて話し始めた。
ビアンカは『どうせ男たちは戦うという選択肢しか選べないのだから』と、お婆ちゃんのセラ・センジュとヘスティアの手を引き、会食場を出て暖炉のあるリビングへと向かった。ビアンカもトラサルディ叔父さんに対しては同じような考えのくせによく言う。
せっかくだからエアリスもお婆ちゃんに甘えればいい。実戦を終えたばかりだから心を休める必要がある。こんなとき留守にしているグレイスが不憫だが、センジュ家の人たちはしばらくノーデンリヒトから逃げられないことになっているので、今夜にでもまたグレイスが帰ってきたら顔合わせをすればいい。
というのは建前で、ヘスティアにしろエアリスにしろ、かわいい姪っ子が二人も初対面なのだから、くっつけておくだけでビアンカが怒らないという効果がある。まるでお守りのような存在だ。
あと機嫌を損ねて唇をへの字に結んだコーディリアは意地でもここを動かなさそうなので、レダに二人の孫を連れてビアンカと一緒にリビング行ってろと言ったところ……うちの女ども揃ってゾロゾロ着いて行こうとしやがる。
ジュノーとロザリンドだけじゃなくゾフィーもパシテーもゾロゾロ部屋を出て行こうとする。
トラサルディ叔父さんの話なんか昨夜イヤというほど聞かされてウンザリなのだろう。早々に逃げてしまいたいのは分かる。だけど……。
「はい、ゾフィーは残って。転移魔法してくんないといけないしさ」
「え――っ! 転移魔法陣使ってくださいな」
ゾフィーは不満そうにふくれてみせた。
アリエル的にはカタリーナの椅子を買いに行きたいのだけど、セカまでなら魔法陣でいけるから不便はないとして、どうせ魔導学院に行くならディオネのトコにも顔を出しておきたい。異世界転移の研究をしてるって言うから、きっとゾフィーがいてくれたほうがいい。
ゾフィーは孫たちと過ごすほうがいいと言ったが、そんなことは許されない。ここでまた退屈な話を何時間も聞かされたくないので、早々にパチンしてもらいたいのだ。
「ゾフィーにはちょっと用があるんだ、パシテーもほら師匠んトコ行かなきゃいけないんじゃないか?」
「私がいま師匠に会いに行ったらアルカディア建築のことを質問されて面倒なの。師匠の事だからぜったい鉄筋コンクリートのビルに興味をもつから、師匠が満足するまで話を続けるときっと1週間以上かかるの」
「それは面倒だな……えっとジュノーは? 当然そっちか」
「当然よ、アイシスとハデスのことは私に任せてあなたはゾフィーと行ってらっしゃい!」
「ジュノーがむかつくんですけど……」
「ジュノーも知らない? ディオネ……」
「知らない。興味ない。私ここで子どもたちのおもりしてる!」
結局、ゾフィーだけを残してみんな逃げるように、アイシスとハデスの後についてゾロゾロと行ってしまった。ここのところ立て込んでて戦闘ばっかりしてたから精神が滅入っていたのだろう、女たちはエネルギー補給する必要がある。ラブ注入ってやつだ。心配なのはロザリンドの「高い高い」がマジ高いことぐらいだし、チビどもがケガをしてもジュノーがついてたら問題ないか。
「じゃあ父さんとサナトスはトラサルディ叔父さんと、ノーマ・ジーンの話をよく聞いてて。時間かかるだろうから俺たちセカいったあと魔導学院に顔出してくる」
「うむ。気をつけてな。ホムステッド・カリウル・ゲラーと会わせる約束を忘れんなよ!」
「分かった。んじゃあとでね」
とはいえ、トラサルディ叔父さんの話とノーマ・ジーンの話がそう簡単に終わるわけがない。下手すりゃ会食場でそのままお昼ご飯まで粘ってその後、休憩して午後のお茶タイムを始めようかなんて言い出すかも? ぐらいには時間的余裕を見ておいた方がいい。ならば椅子を買ってきて少し改造してやろうかと意欲が出てきた。
ゾフィーのパチンでセカに飛んだアリエルたちは家具屋に顔を出して、体重100キロの婆ちゃんが乗っても大丈夫という重戦車みたいなロッキングチェアを見つけそれを購入した。黒く塗っただけで魔王の椅子より威厳がでそうなデザインだった。こんな掘り出し物を見つけたので早速ノーデンリヒトの工房に持ち込み足を切ってスキー板のようなソリ形状にするのはいいとしても、狭いところで小回りが利くよう切り詰めて全長を短くすることも忘れない。上下の角度はゆったり座ってる感を出すため、やや前上がりで、背もたれを緩やかに設定し、そのまま移動するのに前が見えにくくならないギリギリのラインに決めた。
足が不自由なカタリーナは車いすのように足を乗せるステップがないと不便なのでこれもつけてやった。ブランケットを膝にかけたまま移動するのにも邪魔にならないよう、ブランケットが風で飛ばされるのを防ぐような風防も付けたし下に巻き込んだりしないようガードもつけた。耐風障壁をちゃんとしていれば時速100キロぐらいまでならブランケットが飛ばないように仕上げたつもりだ。
背もたれの角度調節はちょっと加工が面倒なので今回は見送ることにしたが、いかにもといった手作り感を出さず、いっぱしの家具の雰囲気を出しながらカタリーナのための椅子は完成した。
実はそのカタリーナやディオネのいるノーデンリヒト魔導学院はアリエルの実家からすぐ近くにある。
ノーデンリヒトは急速に発展しつつあるとはいえ、それでもまだ発展途上だ。独立国家の首都であるとはいえ街の規模もまだマローニレベル、都というにはまだまだ寂しい。アリエルの実家、ベルセリウス家の屋敷を中心に村が町に、町が街へと発展してゆくのだから重要な政府機関や学校などはだいたい中央に集中することになる。魔導学院もその例に漏れない。
完成した椅子を[ストレージ]に収納してノーデンリヒト魔導学院に向かった。
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アリエルはノーデンリヒト魔導学院に着くと受付に声をかけ、真っ先に学長室に挨拶に向かった。
セカの魔導学院では教授室へ伝声管が繋がっていたけれどノーデンリヒト魔導学院はコストダウンしたのだろう、伝声管などという最新設備はついてなかったが、受付でベルセリウスの名を出すとすんなり通してもらえた。
学長室の扉の前に立つ。扉の高さは240センチサイズになっている。これはロザリンドが魔人族だったころツノの先まで気にすることなく、ぎりぎり頭を打たなかったというベルセリウス家の屋敷が基準になっている。セカの魔導学院は背が高くとも建物の規格として扉の高さ200センチあれば事足りたが、ノーデンリヒトではそうはいかない。さすがにベアーグLサイズのひとなら頭を打つけれど、この高さなら魔王フランシスコが頭上に気を付けなくとも普通にしてればツノをぶつけることもないだろう。扉を開けて通るとき魔王に頭を下げさせるなんてことがあったらハリメデさんが顔真っ赤にして怒り出すので、万が一にも魔王が訪れるんじゃないか?って建物には出入口240センチの高さは絶対に必要だ。
コンコン。
重厚なドアノッカーを鳴らすと中から「入れ」と聞こえてきた。グレアノット師匠の声だ。
重いドアは断熱仕様になっていて暖房の効率を上げる。ギィィィという立て付けの悪さもなく、音もなくスッと開いた。
「ノーデンリヒト魔導学院学長就任おめでとうございまっす!」
アリエルは学長室に招かれるや否やまずは挨拶をした。ゾフィーもスッと目を伏せる。
部屋には大きめの社長机のようなサイドボード付きの机の上がむちゃくちゃ散らかっている。学長室がそのまま師匠の研究室になっているかのようだ。
ソファーにものすっごく斜めになって、エロく横たわっているのがカタリーナ。暴走させる前は厳格なグランネルジュ魔導学院の学長さま!って感じだったのが、外見が変わってしまったことでそのまんま衣服まで広く胸と背中の空いたエロスを意識したものになっているし……いや、ちょっとまて。
……カタリーナの服? に見える黒のドレス……、あれは瘴気だ。
まさかすっ裸に真っ暗な瘴気を纏っているだけなのか?
アリエルは目のやり場に困ってチラッとゾフィーを見ると、案の定ゾフィーも意識的に目をそらしてる。裸なんだこのひと! 師匠はカタリーナが裸なのに気が付いてないのか……。それとも知ってて裸の女をソファーにあんなエロくはべらせているのか……。
「あー、かまわんかまわん。ワシもめでたいだなんて思っておらんから祝いなど不要じゃ。ただ自分の研究にまわせる予算が自分で決められる立場になったでの。グリモアを進化させようと思うておるところじゃ。そんなことよりもパシテーはどうした? 今日はおらんのか?」
カタリーナが裸なのに構わんのか! いや、突っ込めない。突っ込みたいけど突っ込めない。
「パシテーはちょっと用があって今日はこられないのですが? なにか?」
「実はの、アルカディアの建築物についていろいろ聞きたいことがあったのじゃが……。ブライやらエラントの話で『超高層びるじんぐ』というのがあると聞いたのでの、おぬしの同級生、浅井という女子にきいてみたら地上600メートル超えとかいう建造物まであるらしいではないか。そんなファンタジーな話はおいそれと信じられんかったからの、パシテーに確かめたかったのじゃが……」
「師匠、どっちかというとファンタジーはこっち側の世界なんですが……はい、分かりました。パシテーには言っておきます。それからえっと、これカタリーナさんにプレゼントです」
学長室にドスンと出した重めの椅子。ブランケットも特別サービスだ。風防もかっこよく決まっていて、遊園地にあるジェットコースターの一番前の席みたいなデザインになっている。
「へえ、気が利くね破壊神ベルセリウスくん。これを私に?」
「はい。でも目のやり場に困ります。俺はギリ見えませんけど、うちの身内には見える人が居るので……」
「あはは、下着は付けているから安心してくれていい。本当は寒いはずなんだろうけど、身体が火照って仕方ないんだ。この歳になって子どもを生んでしまいそうなほどにな」
「カタリーナ!いらんことを言うでない! 変な誤解をされてしまうではないか」
「変な誤解って何のこと? グレアノット、そのトシで純情クンなのか? 中等部の子どもみたいなことを言ってるな。私のことを幸せにしてくれるって言ったくせに……」
「ふむう……アリエル、この話は聞かなかったことにしてくれんかの?」
「分かりました。パシテーにだけこっそり話します」
「ところでこれはどういうものなのかな? ソリ? のように見えるのだけど」
「じゃあ使い方を説明……いや、カタリーナさんなら説明は不要ですね、質問があったらその都度、わからないところを聞いてください」
「説明不要? いや、説明してくれないとキミらの使う魔法は……」
「カタリーナさんは深淵に触れた。魔法を使うのに起動式なんてもういらないでしょ?」
「いや、それがよく覚えてなくてね、あれから私もいろいろ頑張って試してるんだが……、闇魔法のうち一部だけは起動式を知らないからそのまま使えるんだけど、もともと起動式で使ってた魔法は起動式を省略できないんだよ。なにかコツのようなものがあるなら教えてほしい。グレアノットの開発したグリモアも素晴らしい技術だが、もうちょっとで手が届きそうなんだ」
「ほう、カタリーナお主、わしの弟子に教えを乞うつもりかの? プライドというものはないのかの!? ちなみにわしは弟子に教えを乞うたことなどただの一度もありゃせんからの!」
「破壊神の師匠が何を言うか! そもそもあの日、あなたが私を連れて行ってくれてれば私は最初から幸せだった! 私の200年を返せこのアホグレアノット」
「何を言うかこの強情っぱりが。教授職をひけらかして平の研究員じゃったわしをバカにしておったくせによく言う……ぱっと見かわいいと思わせておいて実は性格が悪かったせいじゃよ」
「キーっ! 腹立つわグレアノットのアホ! 私はもうこんな姿になってしまったんだ、恥も外聞もあったもんじゃないからね! アリエル・ベルセリウス! はやく無詠唱のコツを教えろ。本物の魔女になってやる、あなたの望む通りのね!」
「アンタらさっきまでノロケ話してなかったっけ!? 子どもができるかもしれないたら何たら……」
「気の迷いよ。ホント一時の気の迷い。おかげさまで目が覚めたわ、こんなクソジジイの子なんて絶対産まないし」
「もうそこまで仲よくなってんの? 師匠?」
「カタリーナお主ちょっとは黙っておれ」
「いいから早く無詠唱を教えなさい! このジジイを一瞬で超えてやるんだからね」
「ひとをジジイ扱いするもんじゃないでの。あまりトシかわらんじゃろうが」
さっさと教えてディオネのトコ行こう。この二人、アリー教授とエイラ教授コンビよりも疲れる。どうせまたすぐに仲直りするのだろうけど。
「しゃあない、じゃあ乗って見せるから、よく目を凝らして見て。流れが見えるはずだ」
「流れ?……」
アリエルはまず自分が椅子に座り、スケイトを起動すると重厚な無垢材をつかった木の椅子がふわっと浮かんだ。ソリのような板の四方には穴があけられていて、そこにカプセルを詰めることで常に自分の頭の中に座標があり、角度や水平が分かると言う仕組みについても分かりやすいよう大げさに示した。
浮かんだまま方向転換させてやると、カタリーナはソファーから身を乗り出して杖を握った。
立ち上がろうとするが補助が必要なようだ。
グレアノットがそっと手を差し出すと、その手をギュッと強く握りヨロヨロと足を引きずりながら近づいてきた。そして床面と椅子の浮かんでる部分を凝視する。さすがカタリーナだ。まずはスケイトを見抜いた。
「むむむっ、なるほどマナの流れがなんとなく、なんとなくだが見える。説明不要とはそういう意味だったか、それは土魔法なのだな。土魔法なら私は負けるわけにはいかない。四スミの穴にハメ込んだのは風なんだろ? ファイアボールにファイアを詰めないボールみたいなものだな。なるほど、理解した。これを練習すれば歩くのに杖がいらなくなる……ということか。怠けているといっぺんに歩けなくなりそうだ」
「リハビリを続けながらでいいんじゃないかな? 足が動くようになると椅子なしで滑ることができるからね。あとこの椅子は大型なんだ。ギュウギュウに詰めたら二人乗りできる。どっちかというと外を移動するのに使う小型の馬車みたいなものだと思ってもらえればいいかもね。室内で使うならもっと小回りの利く小さな椅子でもいいかも」
「あははは、ありがとう。グレアノットと二人乗りしてみるよ。いま私はここで客員教授として教会から奪った治癒魔法を希望者に講義しているのでな、事故ったときは実演させてやるとしよう」
「わ、わしは骨が弱くなっておるでな! 手加減してくれんと本気で死んでしまう気がするんじゃが!」
「私の横はイヤなの?」
「ケガをするのが嫌だと言っておる」
「私の横に乗るとケガをするって意味なのかな? それは」
「ケガしないなら治癒魔法の生徒たちに実演させる必要もなかろう?」
「事故が起こるかもしれないじゃないのさ?」
「なら事故を起こさないようになったら乗せてもらおうかの」
「グレアノットは本当に冷たいな、一蓮托生という言葉があるじゃないか」
「やっぱりケガをさせる気じゃ、この魔女め……」
「魔女が好きだっていったくせに」
「…… ……むう。これはいかんの、アリエル、今日のところはもうええから帰ってくれんかの。お主がおるとわしが不利になる」
「師匠、見た感じではやられっぱなしで勝ち目なさそうです。諦めた方がいいですよ」
「お主までそんなことをいうのか」
「はいはい、今日のところは退散しますよっと。俺はこのあとディオネんとこ顔出しますんで。カタリーナさん、師匠と仲よくね」
「そうね、私らは200年前からずっとこんな感じで仲がいいんだよ」
この二人の相手をするのはかなりしんどいことが分かった。
次はから師匠に用のある時はパシテーに任せることにする。




