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15-18 記憶喪失

 アリエルたちはダフニスの家から出て前の通りでアリー教授を待った。

 しばらくするとダフニスはロザリンドに殴られて右の瞼を大きく腫らしたまま出てきて、無言でアリエルを睨みつけている。この目は『なんでロザリィを止めなかったんだ』と責めてる目だ。


 いつもはずっと喋ってんじゃないか?ってぐらい饒舌なアリー教授はダフニスの巨体にコソコソ隠れるよう、ずっと俯いたまま誰とも目を合わせず、サササッと音もたてずに歩いて転移魔法陣のあるベルセリウス家の方へ、そそくさと向かう。猫なんだからもともと足音が聞こえないのだけど、今夜のアリー教授は気配消しに気合が入っている。


 もちろん『こんばんは』の挨拶もない。まあ、挨拶は済ませたようなものだが……。


 あれは事故だとしか言いようのない最悪のタイミングだった。

 ダフニスにしてみれば、まぐわってる最中ベッドルームに踏み込まれ、木刀で殴られたというのに不機嫌にならない方がおかしい。襲撃されたようなものだ。


 だけど当の襲撃者であるロザリンドとサオは逆ギレして思いっきり怒ってる。

 自分たちが悪いなんてことソッコーで棚の上に放り投げてしまって、見たくないものを見せられたことに怒っている。こんな不条理があっていいものか……。


 まあ、こいつらはいい。だけどアリー教授だけは気の毒だ。アリエルの目にもアリー教授の形のいい尻が目に焼き付いていて、尻尾がなかったらいろんなところが丸見えになっていたところだ。

 逆に言うと、尻尾があったからこそモザイク処理までは必要のない、エアリスにもギリギリセーフな映像が記憶に残っただけだ

 アリー教授は魂が抜けたように肩を落としている。よほどショックだったのだろう。少し涙目になってるようにも見えた。




「師匠っ! ダフニスの野獣やじゅうを殺すべきです。あのバカ、まさかアリー教授にあんな酷いことをするなんて、見損ないました。幼馴染だからこそ許せません。死刑ですっ」


「は? ちょっと、サオ?」


 サオは拳を握り締めて、わなわなと震えている。頬が赤くなっているのはあんなものを見せられたからだろう。だが問題はそこじゃない。そこじゃなくて……。


「なあサオ? ダフニスがアリー教授に? なんだって?」


「師匠は見なかったんですか? 変態行為ですっ。うああああ、考えただけで気持ち悪いです。アリー教授は身体が小さくて、力が弱いんです。それを裸にしてあんなことするなんて卑劣です!」


「まて。ダフニスとアリー教授は婚約者同士なんだけど?」

「婚約者だからと言って、していいことと悪いことがあります。ダフニスは一線を超えました。死刑です」



 サオが生娘きむすめなのは知ってたけど、あっち関係の知識もゼロなのか……。


 そういえば思春期になったころには立派な戦士として過ごしたものだから、女の子同士でそんなエッチな話をしながらキャピキャピ盛り上がることがなかったのだろう。


 さすがに見かねてロザリンドが……。

「ねえサオ、あれはその、違うのよ? えーっと、何て言えばいいのかなあ。ダフニスとアリー教授はその……」


「ロザリィ? なんかロザリィらしくないですね。回りくどいです。ダフニスの変態野郎は何をしてたんですかっ?」


「えええっ、だってほら、何て言えばいいのかな。赤ちゃんつくろうとしてたというか……、ただ愛し合ってただけというか……」


「ロザリィ? 何が言いたいの? 師匠っ! ロザリィの奥歯に何か大きなものが挟まってます。何を言ってるのか分かりません。師匠が教えてくださいっ!」


「ええええええっ! それは、まあ、そうだな。俺が教えてやることについて異論はないのだが……、仕方がないなあ、えーっと、何から教えてやろうかなあ……」


「全部ですっ! 全部私に教えてくださいっ」


 どう教えてやろうかということよりも、ベッドで教えてやった方がいいだろうと思ったその時だった。

 スーッと音もなくネストから不機嫌丸出しのジュノーが出てきて、アリエルに向けて手を差し出した。


「私のモーニングスターを」


 モーニングスター、それはアリエルの記憶を消すのに使っていたジュノーの物理武器として最強の鈍器だ。ジュノーはこれを使ってサオの記憶を消そうと、そう言ってる。


 今のシェダール王国の一夫多妻ではどうか知らないが、アリエルたちのハーレムは16000年前のルールがまかり通っている。いちばん最初の嫁が一番偉いちばんエラい! というのがそのルールだった。力がどうだとか、誰が一番強くて、誰が若くて、誰が一番エロいだとか関係なく、ゾフィーが一番偉いちばんエラいのだ。


 そして二番目に偉いのがキュベレーだけど、キュベレーは死んでしまって現在不在ということで二番は欠番。よって自動的に三番のジュノーが実質二番になってる。

 そのことについて、アリエルが口を出すことはできない。女たちは完全に独立した縦社会であり、アリエルはまったく、これっぽっちも関係がないというスタンスだ。


 一番エラいのはゾフィーで間違いない。だけどいちいち口が酸っぱくなるほどガミガミとうるさく言う役目はどうやらジュノーが担っているようだ。昔はジュノーがいまのサオみたいな立ち位置で、ゾフィーは当時のベルフェゴールにべたべたとくっつくジュノーを引きはがすのに苦慮していたはずなんだが。


 序列が最下位だったジュノーも、下に3人が新たに入ってきたことで、嫁いびり役を満喫している。

 誰が一番嬉しそうかというと、ジュノーが喜んでいる気がしてならない。


サオの序列はパシテーの下で6番目の最下位。つまり、少し前までのジュノーと同じ立ち位置なのだ。それをあまりよく理解してないサオは、ジュノーに突っかかってはシバかれるというバカの一つ覚えを続けている。


 たぶんサオの中ではお姉ちゃんが増えたように思ってるし、ジュノーもサオ可愛さ余ってお互い、嬉しさのあまり、はしゃぎすぎてやりすぎているのだろう。


 ……と、前向きに理解しておくとする。


「ちゃんと加減できるのか? いまの記憶だけだぞ?」

「たぶん大丈夫。失敗してもできるまでやり直すから」


 下手すると何十回も頭吹き飛ばされる羽目になるのか!


 アリエルが渋ーい顔をしながらもストレージからジュノーの手にモーニングスターを出してやると、次の瞬間、ジュノーは無表情のまま、手に馴染んだ鈍器を大きく振りかぶった。


 サオはこれから何が起こるのか理解してないので、頭からクエスチョンマークが???3つぐらい出てる。


 ボクッ!と鈍い音がして、頭部の一部が飛び散った。まさかそんなことになるとは思わず驚愕するアリエルの傍ら……サオは膝から崩れ落ちた。


 後頭部がべっこりと凹んでいてアリエルですら正視に耐えない……。

 後ろから殴られたのに鼻血出てるし、白目剥いてるし……。


 目やら瞳孔やら口やらいろんなところが開いたままピクリとも動けないダフニスと「ぴぎゃあ……」と小さく悲鳴を上げてダフニスに抱き着いてガクガクと震えだすアリー教授の姿がそこにあった。


 たった今、見るからにひどいモーニングスターなんて鈍器で思いっきり頭を殴られて、たぶん脳の一部がビチャっとどこかに飛んだのだ。



 しかし何事もなかったかのようにサオは起き上がった。

 擬音で表現すると『むくっ!』とか『ひょこっ』という感じで、いま吹き飛ばされた後頭部をバリバリと掻きながら立ち上がったのだ。


「んっ? あれっ? 転んだみたいですっ……テヘペロッ。ああっ、いつのまにかダフニスがいます。 ゾフィーがパチン! したんですねっ。せっかく冷水を浴びせてやろうかと思ったのに……」


 などと言いながら、さっきまで自分の手にあったはずの冷水入りカプセルがないことにまた???と頭にクエスチョンマークを出すサオを見て、ダフニスは信じられないといった表情でジュノーに感謝の気持ちを伝えた。


「うおおっ、女神ジュノーとは記憶を消す魔法まで使うのか! 助かった、恩に着る。ついでにロザリィと兄弟きょうだいの記憶も何とかならないか?」


「あなたの為ではありません。これは私の許可なく、いらんことを教わろうとしたサオに対する罰です」


「くっそ! じゃあ兄弟きょうだい、いまからロザリィとやれ! まぐわってるところを俺にみせろ! それでチャラにしてやる」


「アホか! イヤだよ断る!」

「はあああああ?? こっ……この変態熊! ぶっ殺す。想像もするなよ、頭を真っ白にしとけエログマ」


 アリエルは今にも刀を抜こうとする勢いのロザリンドを止めた。

「ロザリンドストップ。サオつれてネストに入ってて。ジュノー頼むわ、この二人の記憶けしてやって」


「はいはい。どうせそうなると思った。常盤ロザリンドに貸しひとつだからね」


「あー、その手があったね、じゃあお願い貸しといて。ダフニスのバカは治さなくていいけどね」



「うわ、ちょ! まて……」


―― ボカッ!



「フニャア……」


  ―― ゲスッ!




----


 記憶を覗くのは闇の魔法で、てくてくが。

 他人の記憶に便乗して世界記憶アカシックレコードを再生するのは時空魔法でゾフィーが。

 そして鈍器モーニングスターで頭を殴りつけ、記憶を飛ばした後に何事もなかったかのように治癒してしまう記憶喪失の技法はジュノーにしかできない魔法技術だった。


 ジュノーの記憶喪失術を『魔法』と言ってしまっていいのか分からないが、物理攻撃と魔法を組み合わせた高等技術であることには変わりない。現にダフニスもアリー教授も、何事もなかったかのように起き上がったのだから。




 こちらノーデンリヒト要塞。

ジュノーの記憶喪失魔法(?)がキマり元気いっぱいで転移してきたアリー教授がいつものようにけたたましく仕切りはじめ、遺体を並べる作業をしている男たちに指示を与えている。アリー教授が来たからには守備隊長のハティは少し離れて事の推移を見守ったほうがいい。近くに居たら何かとばっちりを食らってしまうことになるのだから。


「はいはい! 素手で触れちゃダメよダメ! ちゃんと手袋して。指紋ついても拭き取れないんだからね! そっちほら、死体から引っぺがして。早く迅速に。血がしみ込んだらイヤでしょうが! サボってるやつはこのヘルムに死体の血を注いで頭にかぶせてやるからニャ!」


 サボってるも何も、いまここで死体を並べ直してる兵士たちのだいたいが非番で、宿舎で寝てるところを叩き起こされて死体あさりさせられてるのに……。



「アッハーン! うっとりするニャ。これが神器なのネ! なんという魔力量……すごいニャ。ミスリルにエンチャントされた魔力の量が半端なくイイ……。教会はこんなものを量産しているの? 素晴らしい技術だニャ。私たちも負けてらんないってのに、こんな時にエイラはまだ来ないの? 早く呼んでくるニャ! あのバカ、男と寝てたりしたら裸のままケツ蹴とばして連れてきたらいいのニャ!」


「アリー教授、こんな夜更けにそれは……、いくら何でも気の毒でしょ」


「何を言うかと思えば、アリエル・ベルセリウスともあろう者がこれの重大性を理解できてニャイの? 神聖典教会しんせいてんきょうかいが何千年もかけて培ってきた秘術なのニャ! 秘匿され続けてきた秘法が使われているの。それが目の前にあって、手に触れられるなんて、こんな幸運に恵まれるなんて考えてなかったニャ、この非常時に遅れてくるなんて研究者失格だニャ! 噂では教会から王都魔導学院に重大要件が運び込まれてアルド派が極秘でなにか作業してるらしいし、後れを取るわけにはいかないのニャ。エイラ最近男が出来てしっぽりしけこんでるのよね……。こんどまぐわってるところに踏み込んでやろうかしら」


 王都魔導学院は確かに今てんやわんやの大騒ぎかもしれない。アリー教授の言う重大要件というのは、きっと折れた聖剣グラムの再生だろう。グリモア詠唱法で明らかに後れを取っているから王都は必死だし、ノーデンリヒトは虎の子のグリモア詠唱法をアシュガルド帝国に盗まれてから新しい技術を欲している。


 鹵獲ろかくした神器には致命的な弱点があるけど、その弱点を克服すればいいだけの話だ。

 足もとだけ違う素材にするとかで対応できると思ったけど、どうやら素人考えじゃあ考えが及ばないほど難しい代物らしい。ここらへんはグレアノット師匠か、アリー/エイラの両教授に任せておけばなんとかなるだろう。


 そこはまあ置いといても!


「いや、まぐわってるところに踏み込んじゃ悪いでしょ……」

「フフフ、かまわないニャ! エイラのケツぐらいならいくら見てもタダなのニャ」


 ドヤ顔を決めて牙がキラーンと光ったアリー教授。まぐわってるところに踏み込まれて、生のケツを見られて、さっきまでこの世の終わりみたいな顔をしてたなんて信じられないほど元気だ。ジュノーの記憶喪失術は見ているととても心配になるけれど、その効果の方は絶大だった。素晴らしい。


 ここまで両極端なことされると てくてくに頼んで最前列の塩被しおかぶりでまぐわいシーンを見たロザリンドの記憶を再生して見せてやりたいものだが……、いまのアリー教授の話を聞いていると、ベッドシーンに踏み込んだ罪悪感なんてキレイに吹き飛んで、悪い気分じゃなくなってしまった。



「さてと、俺らそろそろ帰るわ。朝まではベルセリウス家のほうにいるから何かあったら声かけてくれ」

「あいよっ、分かったニャ。ああっ、そういえばあなたたち、ディオネ助教授とは会ったニャ?」


「ディオネ? 会ってないな……てか、ディオネが助教授になってるのか。ベルゲルミルは教員になったって言ってたんだが、まあ助教授も教員のうちか。んで? ディオネがどうしたって?」


「ディオネ助教授があなたを訪ねてベルセリウス家に行ったはずニャのよねぇ……。あのコ、あなたの妹弟子いもうとでしなのよね? ベルセリウス派ニャのに、なぜあなたたちと行動を共にしないのかニャ? 炎術と爆破魔法を無詠唱で使うから戦場魔導師として一流ニャのに、あのエイラ教授と一緒に転移魔法陣について研究していて、畑違いの転移魔法陣の研究で助教授になったのよ……」


「転移魔法陣? あー、なるほど。俺に用事があるわけじゃなくて、ゾフィーに用があるってことかな? たしかコーディリアもエイラ教授の研究生だったはずなのに、何も聞いてないな」


「そんなことは本人から聞けばいいニャ、暇だったらエイラのバカを連れてきてほしいニャ」

「イヤだよ、男と一緒にいるかもしれないなら断る。ネタが被る危険性があるからな」


 忘れてしまいそうだが、ディオネはアルカディアの日本人で、嵯峨野深月アリエル常盤美月ロザリンドの家と道を挟んで斜め前に住んでた近所の小岩井さんだ。ただ、年齢がかなり年下だったことから交流はなかったが……。そういえば手紙を預かっていても、小岩井さんトコに麗美ディオネが生まれてこなかったのだから渡せていないし、その報告もできていない。


「ネタって何のコトかにゃあ?」

「あー、こっちの話だ。アリー教授は知らない方がいい話でもあるからね。ディオネは魔導学院の宿舎にいるのか?」


「そうニャ! フェイスロンドからの客員教授としてカタリーナも来たし、今やノーデンリヒト魔導学院は王都魔導学院よりも確実にレベルが上ニャ。アルドの悔しそうな顔が目に浮かぶわぁ……ホントいい気味ニャ」


 アルドというのは王都魔導学院の学長で、炎術の権威。で、この国最大の魔導派閥をもつアルド派を率いる魔導師だ。カタリーナが失脚してから王国最強の名を欲しいままにしているらしい。

 いつかサオをけしかけてやろう。サオは狂犬みたいに噛みつくだろうけど。


 そんなことよりも、ディオネがうちを訪ねてきたなんて、これまで一度もなかったことだ。

 ディオネは何だかんだ言ってアリエルたちと一線を画してきた。同じグレアノット師匠の弟子であり、アリエルが預った妹弟子でもあったが、仲間をアリエルたちに殺された敵だったという過去もある。


 それなのにサオやポリデウケス先生たちと一緒になって、ノーデンリヒトを守るため、もともと所属していた帝国軍と戦ってくれた戦友でもある。


 敵なのか味方なのかと聞かれたら、敵でも味方でもなく同門の妹弟子いもうとでしだと答える。そんな関係だ。


 そういえばカタリーナに車椅子つくってやる約束したし、グレアノット師匠が学長になったお祝いを持っていかなきゃいけないし。


 ディオネも転移魔法陣の研究をしてるってことは、日本に帰りたいのだろう。きっと。

 もしかしたら新発見があるかもしれないから、明日にでも魔導学院に顔だそう。



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