15-17 ひどい夜話
さて。サオとエアリスが倒して一山いくらの状態に積み上げられた神殿騎士の死体をどうするか。
本来ならここで埋めてやるのが正しいのかもしれない。だけど神殿騎士たちが装備しているひと揃いの鎧セットは俗にいう新兵器というもので、ほぼチートレベルの画期的なものだ。
そもそも勇者専用に拵えた神器を量産する体制を整えたことで、少なくとも防御力だけは勇者なみのスペックを叩き出すのだから、こんなチートを神聖典教会という陣営のみで独占しているのはよくない。グリモア詠唱法が開発されると力のバランスが大きく傾いてしまうことを危惧して、その秘密を帝国に流したプロスペローの気持ちがなんとなく、1ミリだけ理解できた気がする(ような気がする)。
この神器レプリカ、死体から引っぺがす必要があるのだけど、どうも気が乗らない。
こんなのアリエルは要らないし、身内で欲しがっているのはサオとエアリスだけ。それも引っぺがす必要のない盾だけが欲しいらしい。サオが必要数をストレージに収納したのでもう用は済んだ。
だけどこの装備品はノーデンリヒトの守りに丁度いい。捨てるには惜しい。重量比でも金より高価なミスリルで、しかも魔法がエンチャントされている装備だ、こんないいもの拾っていかない理由はない。
ゾフィーの転移座標拡張とダレリア特殊訓練施設への襲撃を中断し、アリエルたちは深夜だと言うのにノーデンリヒト要塞へ飛んで、徹夜で警戒任務にあたっているノーデンリヒト守備隊長ハティ・スワンズのもとを訪れた。
「ようおっさん。ヒマ?」
深夜にアリエルが訪ねてきて、事もあろうに『ヒマ?』なんて聞かれて、素直にヒマですなんて答えられるわけがない。絶対に何かあると疑ってかかるべきだ。
ハティは露骨に訝りながら不意の来訪者に用件を聞いた。
「うわあ……アリエルかあ……、で? どうしたんよ? こんな時間に。ヤバい事じゃなければヒマ。ヤバいことなら超忙しいからな」
「露骨に嫌な顔したね!」
「してないよ、それは気のせいだ。だけどヒマ? って聞かれてヒマと答えて、いいことがあった試しがないんだ。だいたい面倒なことを押し付けられるだろうが」
「面倒かどうかは別として、これはぜんぜんヤバい話じゃないよ。じゃあ先に興味があるかどうか聞く。興味がなければそれでいい。忘れてくれ」
「お。それならいいな。話だけなら聞くぜ」
「ん。では、改めて聞くけどハティ、神器って知ってる?」
「神聖典教会の秘宝とかいうやつ? 魔法無効、物理無効のチートだろ? でもあれアリエルが燃やしたんじゃなかったけか?」
「そうそう、それなんだけどさ。その神器を教会が量産してて、実は50セットほど手に入ったんだけど……、ノーデンリヒト守備隊の隊長サマが興味ないなら仕方ないな。また王都のオークションにでも出すかなあ」
「あるっ!!!!! それがあったらケガしないんだよな! くれっ、俺にくれっ。実は来年また子どもが生まれるんだ」
「猫耳量産マシーンめ。どんだけ好きなんだ。それしか娯楽ないのか!」
アリエルの記憶が正しければ、ハティに子どもは11人目だ。野郎、とうとう自分の子どもだけでサッカーチームが出来るようになった。
そのうち王国でも作ってしまうんじゃないかってペースで子どもを量産してやがる。
嫁のエララもほとんどずーっと妊婦だろうに……。
だからこそケガして働けなくなると経済的に大変なのだろう。
「じゃあ人数集めて、ミスリル製だから乱暴に扱うなよ。むちゃくちゃ高いんだからな」
「ミスリルなんてカミさんの指輪も買ってやれねえよ!」
というわけで、砦に居るノーデンリヒト兵たち仮眠してる奴らもまとめて叩き起こしてもらって、25人ほどの兵員と荷車5台をゾフィーのパチンでさっきの神殿騎士たちとの遭遇戦のあったところに戻った。
ぐにゃりと空間が歪んだような気がして、ハティは少しの混乱を覚えた。
空気の温度やにおいまで変わってしまった。こういう時のアリエルはとてもとても手際がいい。
どこか別の場所に連れてこられてしまったらしいことはすぐに理解できた。
「こっちこっち。さあ、運んで」
星空の下、暗闇に目が慣れてくるとうっすらと見えてきた。
うずたかく積み上げられた防具を引っ張り出そうとしたら重い。
どうやら中身が入ってる。
暗闇の中、ハティは露骨にイヤそうな顔をしてみせた。
まさかそんなことになっているなんて聞いてない。
恐る恐るランタンをつけて目の前を照らしてみる……。
積み上げられているのは、死体、死体、死体の山……。死体と目が合うほどすぐ近くに顔があった。
「うわあああああぁっ! 死体じゃねえか!! 死体漁りさせられんのか俺ら……。追剥ぎか? 犯罪だぞこれ。もしかして共犯にされた? もう手遅れか? 手遅れじゃなければ帰りたいのだが……」
「ひどいなあ、違うよ。俺たちがハティにそんなことさせるわけがないだろ? 通りがかりで人が倒れてるのを見つけたんだ。だから兵隊さん、つまりハティに通報したんだぜ? 通報を受けたハティはそこで倒れてる人と、その装備を保護して持ち帰る必要があるだろ?」
「く――っ! ひどいのはお前だアリエル。じゃあ状況を聞くぞ。ここはどこなんだ? こいつら見た感じ神殿騎士だよな? なんでこんなとこで死んでるんだ? うっわ、あっちすげえ、完全に炭になってる」
こんなひどい状況を作り出せる炎術師は……なんて考えなくても分かる話だ。ハティはノーデンリヒト守備隊として、ずっと肩を並べていっしょに戦ってきた。サオだ。サオしかいない。
サオがやったとなると、ハティとしても手助けしてやることにやぶさかでないのだけど、いまのハティは部下を従えている身だ。何も知らない部下を巻き込んで盗賊行為を働いたとなると……。
などと考えていたハティに、アリエルは更に畳みかけた。
それは耳元で悪魔が囁くような、魅力的な言葉だった。
「なあハティ、これは神器のレプリカだ。物理も魔法もどっちにも効く、すさまじい防御力だ。これ着てたらイグニスの炎を受けても平気なんだぜ? 涼しい顔をしてやりすごせる」
「え♪ マジで?」
ハティの顔がほころんだ。
アリエルの思うつぼだった。分かりやすい男だ。
もう一押しすればコロッと落ちる……かな。
「防具だけでそんなにも防御力が高いから、防御魔法はつかわなくていい。防御に関する魔法は障壁もなにもいらない。魔力をぜんぶ強化に回せるから、こんなフル装備つけてるくせに速いんだぜ、フェイスロンドはこいつらに負けたと言って過言ではないほどだ」
「おおおお、すげえな。マジのチート装備なのかこれ」
「そうなんだよ。チートなんだよこれ。マジでズルいよなー。こんなものを敵だけが持ってんだからなー、神殿騎士がこれを着てノーデンリヒトに攻めてきたらどうする? 砦の守備隊は大変だ、真っ先に隊長のハティが殺されるけど……ま、いいか」
「よくねえよ! よくねえってば! 分かった。分かったってもう。…… オラぁ! 全員よく聞け! 通報のあった遭難者を発見、だがしかし遅かったようだ、遺体と遺品を荷車に積み込め! 帰るぞ!」
「「「「「「「 ハッ!! 」」」」」」
「なあアリエル、こいつらどうしたのさ? ……ああ、やめとこう聞きたくない。ここがどこなのかも聞きたくない。何も考えるな、何もだ。粛々と仕事をこなそう……」
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ハティたちが倒れた神殿騎士たちと装備品を根こそぎ奪って荷車に乗せたところでノーデンリヒトに戻ってきた。要塞の裏側の広いところでいま遺体を荷車から下ろして、並べているところだ。
「隊長、報告書のほう、どうしますか! 場所と状況が分かりません!!」
「ああ、アリエルが通報したって書いとけ。それで上は察してくれるはずだ」
「了解しました。えっと、あのー、ハティ隊長、そのー、アリー教授とエイラ教授に報告しなくちゃいけないのですが、それもしなくていいですかねえ……」
「あー、それがあったか。うっわーめんどくせえな……」
こういう魔道具を接収したら、すぐさまノーデンリヒト魔導学院にいるアリー教授とエイラ教授に報告しなくちゃいけないという決まりがあるらしい。
そしてその報告は深夜だろうが寝てようがお構いなしの最優先とされる。
ノーデンリヒト要塞からトライトニアは転移魔法陣が繋がっているので論理的距離で隣のようなものだ。
伝令を役の若い兵士がこの世の終わりみたいな顔をしている。
その理由はよくわかる。誰もこんな夜更けにあの二人の教授になんか会いたくないだろうし、酒飲んでクダ巻いてるダフニスが怖いというのもあるのだろう。
だがしかし、こっちにはそのアリー教授にもダフニスにも強い最強のキャラクターがいる。
「アリー教授とエイラ教授に報告すればいいんだな? じゃあこっち、アリー教授のほうは行ってやるよ。ロザリンドが行けば絶対に文句言われないから大丈夫だし。そっちはエイラ教授に報告頼むわ」
「お、アリエルすまん。あの二人の教授はみんなちょっと苦手なんだ、アリー教授の家は……ああ、あそこをこういって、そこだそこ。ベアーグサイズの家だから間違うことはないと思うぜ」
アリー教授はいまダフニスと同棲中で、トライトニアのわりといいトコに家を建てて住んでいるらしい。
ベアーグサイズの家に住んでるってことは同棲してるってことかな。あのぬいぐるみ野郎そういえばアリー教授に求婚してたからもうそのまま結婚してもよさそうなのにな。
「ダフニスのバカが寝てるなら私が叩き起こしてやりますっ!」
「サオおまえ寝間着で出てくんなって。もう寝てろ、今日は疲れただろ?」
「寝起きドッキリは大好物ですっ。ふはははは、ロザリィ、あのバカに冷水カプセルぶっかけるですよ」
「あははは、いいねサオ。なんか懐かしい流れになってきた!」
ダフニスあいつロザリンドだけじゃなくサオにも虐められてたのか……。ほんと気の毒だ。
「ねえあなた? いいの?」
「ああ、やっちゃって。どっちにせよダフニスは今夜安眠できなさそうだ」
「はーい。それじゃあ飛びますからねー」
―― パチン!
アリエルたちは転移魔法陣を使わずにゾフィーのパチン! でトライトニアに飛んだ。
「えーっと、ダフニスの野郎けっこう中心地に家もってやがる……」
あと20年もすると地価がむちゃくちゃ上がりそうなところ。つまり、ベルセリウスの屋敷から30メートルも離れていない一等地だ。
さてと、てくてくはネストの中だ、時刻を知るために てくてくを呼び出して時計代わりに使ったら不機嫌マッハになるから推測で済ませるけど、時刻はもうとっくに日付が変わってるはず。こんな時間だろうが寝てようが何があろうが最優先で報告せよというのだから、行かなくちゃならない。
ダフニスの家の前に整列したアリエルたち一行。
アリエルが気配を探ってみると、確かにいる。寝てるんだ。
だけどどうもその気配が絡み合っておかしなことになってる。
これはマズい、とてもまずい。非常にまずい。
邪魔をしてはいけない時間だきっと。
「サオ、エアリスはどうしてる?」
「自分の部屋に戻って寝たと思いますけど? エアリス呼びましょうか?」
「いや、ダメだ。絶対にダメだからな。寝かせておいてやろうや」
エアリスが居たらきっとアウトだ。
ここは慎重に……。
―― コンコン……。
小さくノックしてみた。そりゃあまあ邪魔しちゃ悪いし。
当然だけど返事がない。
だがそれでいい。
ノックしたけど居なかったと言える。
それで十分だ。
「なあ、ロザリンド。今夜はもう帰ろうか、やっぱ出直そう」
「ダフニス居るんだろ? なら叩き起こす。私が訪ねてきたってのに寝てるなんて許さないからな」
いや、あの……、ちがう。
―― ドンドンドンドン!
「オラ!ダフニス寝たふりしてんじゃないよ!」
予告なく夜中に他人の家を訪れ、起きてこないもんだからドアが壊れそうなほどノックしていたが、それでも出てこないので
―― ドバン!!
ロザリンドがダフニスの家のドアを蹴破ってしまった。
冷水カプセルの魔法を大事そうにもって我先に急ぐ悪魔のような顔のサオと、ツカツカと早足で奥の部屋に向かうロザリンドのあとについて、申し訳なさそうに寝室に入ったアリエル……。
ああ……、すまんダフニス。
やっぱり二人は裸で抱き合ってる真っ最中で、そのベッドシーンに踏み込んだロザリンドとサオ。
ちなみに騎乗位だった。
ロザリンドはドン引きで固まった。サオは急に真っ赤になって頭から湯気が出てる。イグニスの影響か! 温度計のように耳の根元から先っぽまで徐々にぎゅーんと赤くなってゆくのが見えた。
ベッドで横になっているダフニスも、ダフニスに跨る形で乗っかってるアリー教授も、秘宝館の蝋人形のように固まっている。
動けないのだ。ピクリとも動けない。
いまアリー教授がこの場から動くと、ダフニスの大変なものが露わになってしまう。
動けないというよりも、動いたら負け。だるまさんが転んだ状態なのだ。
この状況と緊張感に耐えられず、絹を裂くような悲鳴を上げたのは意外にもサオだった。
「キャアアアアアァァァァァァ!!! 変態熊っ! 爆発してしまえっ!」
サオの悲鳴を聞いてロザリンドも我に返った!
「私に何を見せてんだこのエログマ!! 死ねや!」
ムチャクチャな理屈だが、いつものロザリンドの平常運転だからべつに酷くもない(はずだ)。
「はああああ? ちょ、ちょおおおおおおおおっ」
などと叫ぶことしかできないダフニス。
身動きすることもできず、ただこれから起こる運命を受け入れるしかなかった。
好むと好まざると。
―― ゲスッ!
ロザリンドがストレージから木刀を出して無造作にぶん殴った! 頭をだ。
「サオ!!! ストップスト―――ップ! 爆裂をしまえ!! おまえ冷水浴びせるっていってなかったか! なんで爆裂置いてんだよ。殺す気か! おいダフニス、生きてるか? 返事しろって。アリー教授、服を着て。大丈夫ですか? 気を失っていませんか? いま全裸ですよ? まぐわってるところお邪魔して済みません、教会の神器が手に入ったのでハティからの伝言で呼びに来たのですがあ……」
「…… …… ……」
アリー教授が動かない……。
「アリー教授? 聞こえてますかー? 早く服を着てください。ハティが呼んでますー」
「…… …… ……」
アリー教授が動かない……。
まぐわってるところに踏み込まれたことで意識が飛んでるんだきっと。
「なあ、外で待っててやろうよ。俺たちがここに居ることでアリー教授動けないんだしさ……」




