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15-15 サオ無双

 サオの全身からユラユラと陽炎かげろうが立ち上がる。

 体温が上昇している? いったい何度あれば陽炎が立つのかは知らない、だけどあれはサオの身体に宿ったイグニスの怒りだ。


 だけど神殿騎士たちはミスリルの鎧に魔法効果を軽減する全属性の耐性魔法をエンチャントしている。

 てくてくのねばっこい闇魔法ですら分解して消し去るほどの耐性魔法だ。20年前、キャリバンと戦った時装備していた物は神器と言われてた、あれは魔法無効、物理無効を謳っていたが、ただひたすら防御力を高めただけのものだった。グランネルジュで戦ってみた感じでは、神器のレプリカといっていい。


 注意すべき問題は、多少の劣化版とは言え神器レプリカを量産する体制が整っているということだ。

 アリエルたちが規格外の力を持っているからこそ、相手が神器レプリカを装備する神殿騎士でも勝てると言うだけの話だ。カタリーナが魔力を暴走させ、命を捨てる思いで意地を見せたというのに、それを容易たやすく対処されてしまったことは記憶に新しい。神殿騎士たちの持っている装備品はそれほどまでに脅威なのだ。


 こんなにも強力な装備品が末端の兵士にまで支給されるようになったらノーデンリヒトは戦うすべがなくなってしまう。ドーラから侵攻してきた魔王軍ですら苦戦どころじゃ済まない。

 相当な資金を装備開発につぎ込んでいるのだろう。工業力とエンチャント技術を独自に進化させてきた神聖典教会しんせいてんきょうかいの技術力には要警戒だ。



「サオ、そいつら魔法がイマイチ効かないぞ? エアリス、物理攻撃もかなり軽減されるから注意な」


「はいっ! 知っています。いまでもたまに悪夢にうなされて目が覚めますから。こいつらあっさり倒して、地獄に落としてやります。そして泣きながら報告すればいいですっ、美人エルフに殺されましたって。……先に地獄で待ってるキャリバンという、クッソ野郎にねっ!」


 ああ……、そういえばサオはキャリバンたちに殺されかけている。嫌いなんだ。


「サオ師匠、カッコイイです!」


「美人エルフ? 私が殺すの?」


「違いますっ! 私のことです、わ・た・し! ゾフィーは手出し無用ですっ! なんですか、何に反応してるんですか! お呼びじゃないですっ、天然っぽく装ってもダメです。美味しいトコに食いつきが良すぎます! ここは私に任せてくださいっ」


 サオはこういう時、だいたいハイペリオンを出して対処してきた。それは悪くない戦術だと思うけど、ずっと門を守るという戦術しかとってこなかったせいで、たぶん攻めるほうの戦い方が分からないんだ。

 これまでマローニやノーデンリヒトでは、強力な勇者たちを相手にしてきたせいか、常に防衛戦を強いられてきた。


 逆にゾフィーは防衛戦が苦手だけど攻撃に特化した一点突破能力があるのだけど……。

 それを手出し無用だとか言って、ゾフィーの参戦を断った。何か狙いがあるのか?


「サオ、お前防御特化だし、神殿騎士も装備品を見たら防御するのに向いてる。それに神殿騎士たちが付けている防具は魔法は威力が効きにくい上に、防御魔法もエンチャされてるから物理攻撃もなかなか通じない。そんなミスリルの重装騎士と拳で戦うのか?」


「今日は私にやらせてください、意地でも勝ちますから」



 ―― ゴオオオァァ……


 そう言ってニヤリと笑うサオの身体、音を立ててあちこちから炎が吹き上がった。イグニスがウォーミングアップを始めたようだ。


 サオのやる気が半端ない。エアリスに何か見せたいのだろう。



「わかった、やってみろ。ただし奴らの装備している神器のサンプルが欲しい、できれば傷をつけずに」


「はいっ! 分かりましたっ。それは私も望むところですっ」


 サオは元気よく返事をしたと思うと、それを号令に、ずらっと並んだ盾の壁へと飛び込んで行った。

 自らを火の玉に変えて。



 ―― ボゥワヒュッ!


     ……バババッ



 巨大な火球が空から降り注ぐ。ここが市街地や森の中だったら大火災になってしまうほどの熱量だ。

 密集隊形で盾を並べ、ここから先、一切の進入を許さないという頑固なまでの布陣で臨む神殿騎士たちは、盾を構えたままサオをぐるっと囲んで全方向から攻撃できるよう流動的に動くセオリー通りの戦闘になってきた。


 しかしサオの背後にはアリエルたちがいる。神殿騎士たちはサオを取り囲むことで無防備な背中を曝すことになるのを嫌った。アリエルが腕組みして見ているという、ただそれだけのことで自由に動けないのだ。


 イグニスの炎は想定していたよりも大きなものだった。

 しかし神殿騎士たちのもつ神器レプリカに触れただけで、炎は急速に鎮火してゆく。

 マナの燃焼が阻害され、炎が消えてゆくそのスピードにサオは驚いた。


 では燃焼によってもたらされた温度上昇はどうか。


『イグニス、鎧や盾の表面温度はどう?』

『ダメ。あの盾に触れたらマナの炎が消えてしまう。高位の水魔法で耐火障壁されてるみたいなのよさ』


「なるほど、ならば……」


 半円を囲まれた状態でサオはこれ見よがしに両手のひらを胸の前に差し出し、二つの[爆裂]を練り上げた。

 眩いばかりに光を放つ爆破魔法はこの暗闇に幻想的な姿を映し出した。サオはまるで光を纏って降りてきた女神さながら、神殿騎士たちは息を飲み、次に襲ってくるであろう衝撃波に身構えた。



「へー、サオやるわね」


 感嘆の声を出したのはゾフィーだった。


 サオはゾフィーに教わったストレージの魔法を使える。いまもサオのストレージには予め作っておいた爆破魔法がいくつも収納されているから、本来なら目の前でこれ見よがしに爆破魔法を練り上げるなんてことをせずとも、転移魔法を使えばいいはずだ。もちろんサオはまだその転移魔法が拙くて、狙った場所を平気で数メートル外すというノーコンなのだが、数メートル狙いを外したところで爆破してしまえば結果オーライなのが爆破魔法の素晴らしいところだ。


 それなのに転移魔法を使おうとしない。むしろアリエルには爆裂を隠せと言われたところなのにだ。


 その狙いはおよそ伺い知れる。

 神殿騎士たちに防御姿勢を取らせ、動きを封じたということだ。



 ―― ドウォ! ドオオオオォォンンン!!


 前ばかりに気を取られていた神殿騎士たちが吹き飛んだ。不意に背後と足元が爆発したのだ。

 サオが手のひらに練り上げたのはフェイク。イグニスが作った、ただ灯りをともすだけの魔法だった。


 さすがの神器レプリカを装備する神殿騎士も足元の地面が爆発したのだからその衝撃波をすべて吸収することが出来ず、サオのすぐ近くまで吹き飛ばされた者は立ち上がることすらできなくなった。相当なダメージを受けたようだが……あの距離であの規模の爆破魔法を直撃したのに、まだ生きている。

 ここは素直に神器レプリカ鎧の防御力を褒めてやるべきだ。


 サオはしてやったりという顔で倒れた神殿騎士のところまでゆっくり歩み寄ると、まずはその装備品に触れてみた。


「おのれ!!」


 騎士のひとりが声を上げて倒れた仲間をかばおうと駆け寄り、サオに向けて剣を振りかぶる。

 しかしそれは大型魚に捕食されるイワシの群れから1尾だけ離れたのと同じだ。仲間を助けるどころか、防御の陣形を崩したい者の思うつぼだった。



 ―― ッキィンンン!


 夜空に木霊したのはサオを襲った神殿騎士の剣をエアリスが受け止めた剣戟の打ち鳴らされた音だ。

 同時にエアリスの膝蹴りが鳩尾みぞおちに入っている。


 防具がなければ一撃でやられていたであろう神殿騎士は、跳ね返された勢いのまま、ヨロヨロと隊列に戻ってすぐに腹を抑えて膝をついた。


「サオ師匠、物理の方は少し通ります」

「魔法はほとんど通りませんから注意して、物理で攻撃を組み立てましょう」


「はいっ!」


 そう言うと、倒れた神殿騎士の持つ、神器レプリカの盾がフワリと浮き上がった。

 サオは倒れた騎士から盾を奪ったのだ。


 こんどはジュノーが驚いた声を出した。サオの戦術がよほど見事だったのだろう。


「やるわね、サオのくせに生意気だわ」


 ジュノーの顔を見ると悔しそうな言葉とは裏腹に、素直に感心したという表情だった。


 忘れがちだが、サオはもともとから盾術という、ドーラに伝わる拳闘術の中でも珍しく防御に特化した武術を使う。拳闘術の流派の一つだから、戦う時は剣を使わず盾と拳だけを使う。


 アリエルが作った2枚の鋼鉄の盾は、"ノーデンリヒト鎮守の盾"と銘が入っていて、毎日繰り返される戦闘で、襲い来る勇者や帝国軍たちと戦いボロボロになってしまったことから、今はもう使われず、いまやノーデンリヒト要塞の門に記念碑として表札のように掲げられているので、サオはアリエルたちと合流してから盾を持ってない。


 サオはいま最も得意な盾の性能テストをしながら、これはいい物だと確信した上でそれを奪ったのだ。


 しかし神器は使用者の意思がどうであれ、マナの効果すべてを遮断する。サオが盾を浮かべるのはパシテーの剣舞と同じ土魔法だ、神器は魔法で浮かべられないはずだ。いや、浮かべる前に手で触れていた。触れてみてどうなるのかも確認したということだ。



「お! サオ、それ土魔法で操れるのか?」

「はいっ。神殿騎士こいつらの防具は魔法の効果を消します。だけど使用者本人は強化魔法つかってるじゃないですか。防具の裏側にはエンチャントしてません。そこにツケ込むスキがあります。へへへー、やっぱ思った通りです、私この盾が欲しかったんですよー」


 ゾフィーとジュノーが感心した理由が分かった。いまアリエルも開いた口が塞がらないほど呆気に取られて感心しているところだ。サオがゾフィーにやらせたくない理由がわかった。神殿騎士たちの装備している物理も魔法も大幅に軽減すると言う超高性能な盾を、自分の魔法と打撃で強度テストした上で奪いたかったと、そういうことだ。


 サオは16年もの間、ずっと帝国軍の攻撃に曝される最前線にいて、門を守る防人として、守備隊の司令塔として戦った、その経験が強さとして現れている。


 交渉事など、話し合いをさせるとポンコツすぎて任せられないが、荒事になるとめっぽう強い。

 まるでヤクザか番長だ。神殿騎士たちとは積み重ねてきた戦闘の経験が違う。踏み越えてきた修羅場の数が違う。くぐり抜けてきた死線の濃度が違う。


 その百戦錬磨の戦士サオが、恐らくこの国でも最強の一角を担うであろう神殿騎士たちの行列を襲って、身ぐるみ剥がすという。最強の追剥おいはぎとなった。

 いままで亜人と蔑んで、いいようになぶってきたエルフの子女に、こうも容易たやすく蹂躙されるのだ。気の毒だなんてこれっぽっちも思わないばかりか、清々しくもある。

 神殿騎士こいつらにしても、こんな恐ろしい盗賊エルフに襲われるなど、考えてもいなかったろう。



「んー、敵がフルプレートで物理のほうが通りやすいならモーニングスターがいいわよね、こんどサオに教えてあげよ」


「ダメ。ジュノーにモーニングスターは渡さない。てくてくの見立てでは、俺の記憶が順不同でバラバラになってるのは何度も何度も頭吹き飛ばされて記憶喪失になったからかもしれないって」


「男のくせに細かいわね……私だって鈍器メイスの扱いにはちょっと自信があるのよ?」



 雑談している間もサオたちの戦闘は続いていた。


 エアリスは一歩下がった位置からサオを補助しながら、サオが初めて見せる盾術というものを見て学ぶ。


 サオは土魔法で操る盾で敵を打つシールドバッシュという体当たり技を変幻自在に行いながら、防御すると言う大前提も崩さない。盾の隙間から突いてくる槍を滑らせていなし防御するとこんどは槍の出てきた隙間に割り込ませてコジ開ける。盾をめくられ顔を曝した神殿騎士が突っ立っているなら、面体を上げて無防備な身体を内側から焼くし、殴りかかってこようものなら拳闘術の技術のみで地面に投げる。その技術はダフニスが手も足も出なかっただけでなく、鍛練中に不意打ちを狙って背後から襲ったサナトスですら次の瞬間には頭から地面に突き刺さっているというほどキレがいい。


 神殿騎士どもが渾身の力で殴り掛かったところで、重心を支配するサオの敵ではない。


 サオの盾術は、神殿騎士たちの使う技術とは方向性が違う。

 騎士の盾技術は、大きく重い盾をもって敵の攻撃を受け止める防御だ。盾が重いので剣や槍の攻撃などは軽く受け止めることが出来る。目の前に重い壁を立てるのと同じ考え方だ。


 しかしサオの盾術は違う、敵の攻撃を浅い角度で受けて弾くことを旨としている。

 体重の軽いエルフの女性が両手剣の重い攻撃を受けても、それを弾いて攻撃の方向を変えるだけだ。そうすることによって攻撃を受け、それを防御してなおすぐさま反撃が可能になる。普通なら動きを妨げないサイズ、つまり小型のバックラー盾を使うのが盾術師のセオリーだがサオは土魔法で盾を浮遊させるので、大型の盾を使うデメリットは視界が悪いことぐらいだ。



 3枚、4枚と、サオの戦利品である神器レプリカの盾が増えてゆき、戦闘開始当初は不利だった防御力も攻撃するその手数でも圧倒するようになった。サオの前に盾が6枚浮かんだ頃にはもう、神殿騎士など赤子の手をひねるように、簡単な相手になっていた。


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