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15-14 ひとつの嘘

 アリエルたちは王都のセンジュ商会からゾフィーのパチン!でグローリアス幹部4人と会ったビューラック近郊に飛ぶと、ゾフィーと共に荒野を駆け抜け、まずは神聖典教会しんせいてんきょうかいの訓練施設があるダレリアへと向かった。ゾフィーはアリエル全速力のスケイト、時速およそ300キロで飛ばすのに、ただ浮遊するような形でついていく。飛んでいる訳でも、浮かんでいるわけでもない。目に見える範囲の瞬間移動を1秒間に何度も繰り返すことで、地面に落ちることもなく、アリエルのスケイトにも難なくついて行ける。見た目に、ただフワフワと空中に浮かびながら、まるで糸で引かれる風船のように移動しているが、その実、けっこうすごい魔法を使っている。


「スケイトを練習したほうが楽だと思うけど?」

「私はこれで十分に楽なの。ところであなた……」


 ゾフィーは少し不満そうな顔をみせて、何か言いたそうにしている。


「ん? どうした?」


「あなた、この世界を救おうとか、ガラにもないこと考えてるのかな?」


「んー、なんでだろうな、俺が動くと衛兵とか軍とか、権力者が立ち塞がるんだ、権力って、自分たちよりも強い力を許さないからね、スヴェアベルムに来てからずっと、ルーの言ったのが正しいなら約16000年、何も変わってない。俺たちの存在そのものが権力者にとって邪魔なんだ。だから俺を邪魔だと思ってる権力者をみんなぶっ飛ばして、この世界を更地にしてもいいと思ってるだけだよ。世界を救おうだなんて、そんな傲慢なこと考えてないさ」


「そうなの? この程度の国、簡単に取れると思うんだけど?」


「国王はもうやった。ダメだった。俺はどうやら国王なんてのには向いてなかった。それはゾフィー、おまえがよく知ってるだろう?」


「ふーん。でもわたしは、アマルテア国王だったベルフェゴールのことが好きになって結婚したのよ? そこを忘れないでね」


「また国王になれってこと? いまさら?」


「んーと、私はね、あなたがどこの国にも受け入れられずに、こうやって、アウトローとして旅を続けてるのがちょっと不満かな。国民を守るために最前線で戦い続けたあたなはカッコよかったし、誰がなんと言おうと、私は誇りに思ってる。サナトスやその子供たちの未来も、あなた次第じゃないのかな」


「買い被らないでほしいな、この世界を滅ぼすようなことになってもいいなら簡単だけど、世界は脆いんだ」


「じゃあそうね、小さくてもいいから家を建てて、必要ならば風車も建てて、のんびりした暮らしに戻れたらいいなと、私はそう思っています。そう言えばあなた、麦と大豆を育てるのが上手だったじゃありませんか。私にも教えてくださいな」


「ノーデンリヒトやマローニあたりなら、きっと畑を耕してても怒られないとは思うけど、俺たちの目的はこの世界にはないからな。でも、分かったよ。戦いが終わったらそうしよう、そうだな、滅びてしまったザナドゥへ帰る方法でも考えながら、のんびりまったり、畑でも耕そうか」


「はい。わかりました。じゃあセクロスは? ルナが"私にやらせろ"って言うのだけど、ルナじゃあ負けないにしても勝つことも難しいでしょうね、決め手に欠けるわ。時空魔法使いには時空魔法使いをぶつけないと」


「ゾフィーが? いや、違うな。クロノスにはロザリンドをぶつけようと思ってるだろ」


「だってロザリン天才だもの。さすがルビスの末裔よね、頑張って修行したらきっと私抜かれちゃう」


「マジで? どれぐらいの修行で抜かれそう?」


「1000年ぐらい??」


「それ抜かれないって意味だからね! まあ、たとえばクロノスをロザリンドに任せるとする、じゃあゾフィーはどうするのさ? ネストで休んどくか?」


「うふふ、冗談。わたしはテルスと決着をつけます」


「んー?」


「あなたテルスを見たでしょ?」

「見た。ゾフィーも見たよな」


「仮面の下の素顔、初めて見ました。でも知らない顔だった。いまも同じ顔だとは限らないのよね?」

「そうだな」


「気配覚えたでしょ? そしてルーはテルスがこの世界に来てるって言ってた。なら必ず私たちと戦いになるわね……、うふふっ、楽しみだわ」


 ゾフィーは笑っているようで、その実、目が笑っていなかった。

 最強の敵との戦いを前にしてニヤリと笑ってみせた。それは戦神としての横顔だった。16000年もの間、ずーっと異次元空間に閉じ込められていたのだから相当恨みもあろう。


「俺はテルスを許さないよ。ゾフィーを何万年も……」


「うーんと、それがね、あの空間って……時間の感覚がなかったのよ」


 ストレージの中は時間の流れる速度がこっちとはずいぶん違う。

 確か日本でストップウォッチやビデオカメラの録画ボタンを押したまま1年間放置して出したりなどした結果、1年でわずかに2秒しか進んでいなかった。


 そう、日本での1年がストレージ内ではたったの2秒だ。つまり、我々のいる世界と比べると時間の進み方は1576万8000分の1ということだから、相対性理論が正しいとするなら、ネストの正体は、ほぼ光速で移動する空間ということになる。熱いスープや、焼きたてのステーキが冷めないのも、きっと単純に時間の流れが遅すぎるせいだ。


 ネストの中を竜宮城だと仮定する。

 1分間居たとすると、こっちの世界では30年たってる。

 10分いると300年という、とんでもない場所だ。


 こっちはゾフィーが居なくて、16000年もの長い間ずっと探し続けたというのに。


「ちょっと待て、1年が2秒……ってことは……」



 アリエルは、スケイトで爆走するのを急ブレーキで停止すると、頭から??? とクエスチョンマークがたくさん出ているゾフィーが「何? どうしたの? ねえベル?」なんて言ってるのを放置して、ネストに向き直ってジュノーを呼んだ。


「ジュノー聞いてる?」


 ネストの魔法陣が鈍く光を放ち、スーッと音もなくジュノーが出てきた。不機嫌そうに腕組みしている、外の会話は聞こえてましたという顔だ。


「言いたいことは何となくわかるけど、念のため聞くわ」


「ルーが言うには、あれから16400年ぐらいなんだそうだ。1年を2秒で換算するとゾフィーはどれだけ寝てたことになるんだ?」


「9時間ね」


「はああああ? ちょうどいい睡眠時間じゃん! なにそれ、俺がとジュノーがどんだけ心配したと思ってんだ! 世界中くまなく探し回ったわ! それなのに、それなのに、9時間寝てただけとか……ないわー」


 ゾフィーは両手を組んで頭上に高々と伸び上がり、関節と背骨をグイグイと伸ばすストレッチ運動をはじめた。


 アリエルとジュノーは16400年、靴底と心を擦り減らしながら、行方不明になったゾフィーを必死で探してたのに、ゾフィーの中ではたったの9時間しか経過してなかったという……。


「んー? 睡眠時間は足りてるわよ?」


「ほぼ死んでたけどね、治癒させたらお肌ツヤツヤだったわね、そういえば。私もいま言われるまで気付かなかったわ。ゾフィーってば、私たちがどれだけ心配したか……本当に腹たつでしょ? いっぺんぶん殴ってやらないと気が済まないんだけどさ」


「ああ、なんかもうマジで腹立ってきたけど、殴るのはやめとこう、な」


「そうよね、ゾフィー腹立つよね。でもそれは横に置いといて、ちょっと話聞かせて欲しいのよね……」


 ジュノーは少し落ち着きなく、周囲が気にしだした。キョロキョロしながら辺りを見渡している。


「どうしたジュノー? なんでそんな神妙な顔してんのさ?」


 急に身だしなみが気になったのか、部屋着のシャツのシワをちゃんと伸ばし、髪を手櫛でかき上げて耳にかけた。


「質問が2つあるんだけど、いいかな?」


「ん。どうぞ」



「じゃあ、まず1つめ。テルスの顔いつ見たの?」


 そういえばゾフィーが口を滑らせてた!


「俺の記憶のページなあ、てくてくが言うには重複してたりバラバラになってるらしくてさ、ヘタに奥を覗き込むと帰ってこられなくなるかもしれないそうなんだけど……。だからさ、ついこの前カタリーナが俺の記憶をピンポイントで狙ってくるの分かってたから、カタリーナをしおりがわりに挟んで、てくてくの記憶操作にゾフィーの時空魔法が乗るかちょっと試してみたんだ」


「ふうん、テルスの顔が分かる記憶って、いつのこと?」


「エデンだ。俺たちがエル・ジャヌールのトウカで生まれたときの記憶を再生して、カタリーナをメルクリウスに投影したんだけど……、ほらゾフィーが生まれてこなくて探しまくってたときの」


「何言ってるか良く分かんないんだけど……、危険を伴う魔法実験だからカタリーナを使ったということは分かったわ。でもあなたはテルスの顔を知らないわよね? あなたの記憶でどうやってテルスの顔を見たの?」


「カタリーナを俺の記憶の中のメルクリウスに投影すると、メルクリウスの見たもの聞いたことはカタリーナが追体験することになるから、俺たちはそれを覗き見してただけだよ」


「……簡単に言わないでよ! 世界記憶アカシックレコードを読んだってことよねそれ!」


「文字だったら読めるだろうけど、ゾフィーの魔法は過去に起こった特定の座標での時間の再生だから、直接読み出せないんだ。ひとに投影して、その場にいて体験した人の目を通して、実際に見る必要がある。それでだ、てくてくが言うには、俺じゃない普通のひとは記憶の齟齬そごがないから安全らしい。だから、ノーデンリヒトに捕えてるホムステッド・カリウル・ゲラーの記憶でやってみようとしたんだけど、うまく行かなかったよ。まあ、配役を変更するぐらいかな。安全にできたのは……」


「ノーマ・ジーンね。でも彼女をそんな事に使ったの? ひどい。こんどは自分の叔母にあたるひとを他人の記憶に押し込んだのね? ほんと人でなしだわ。でも、アカシックレコードを読めるようになったらある意味無敵よね。この時間軸で過去にあったすべての出来事を再生することが出来るんでしょ? 陰謀や嘘、暗殺なんか意味がなくなる。あなたの浮気も、すべて白日の下に晒されるわ」


「浮気はしてないからな」

「あなたに供述は求めてません。そのうち私が納得するまで調べるからいいわよ。そんなことより、アカシックレコードを読めるのね?」


「い、いや……俺もそう思ってたんだけど、なかなかに難しいことが分かった。覗く記憶を持つ人が一般人レベルなら、その人の脳がてくてくの強い闇魔法に耐えられないから高位の魔導師か、もしくは闇耐性を持っている必要がある。もう一人のほう、記憶投影する側に一般人を使おうとしても、こんどはゾフィーが読み込んだアカシックレコードを受け入れるだけのキャパシティが足りないんだ。だから使用はかなり限定的になるね。カタリーナクラスなら、ってトコだ」


「そっか。ふうん…………。よく分からないけど使える場面は限られるってことね。で、テルスってどんな顔してたの? ねえ、ブスだった?」


「普通」

「普通よね」


「もうブスでいいじゃんそれ」


「身長160ぐらい。太ってもなく痩せてもない。茶髪の、美人でもブスでもない普通オブ普通の、特徴のない女だった。言い換えれば地味かな。化粧もしてないスッピンだったし、それも大戦時の記憶だからね、いまも転生して生きてるとしたら同じ入れ物に入ってるとは限らないよ。ヘリオスの作品だしな」


「そっかー。ねえ、デジカメとか持ち込めないの? ネストの中にビデオカメラもあったわよね? だってさ、私にてくてくの闇魔法が効かないから見られないのよ……あっ、そういえば真沙希まさきちゃんもテルスの顔知ってるのよね!」


真沙希まさきはお前と同じ光の権能もちだし記憶の中にデジカメ持ち込むのはゾフィーのチートでも無理でしょ。それはもう念写だよ、魔法じゃなくてオカルトの領分だ」


「あちゃあ、それは残念ね。こんど真沙希まさきちゃんに似顔絵描いてもらおう……。じゃあ質問2つ目いい?」


「いいよ。どうぞ」


「なんでこんなとこで突っ立って話してるの?」


 ジュノーはいま自分たちの立っている地面を指さして、今更そんなことを言った。


 そう、今更だ。


 ここはグランネルジュから王都サムウェイ区へと続く割と広い街道で、日本で言うと国道に相当する整備された道だ。軍隊を動かすには荷車など物資も必要なことからこの道は外せない。


 そしていまアリエルの周囲には、慌てて戦闘態勢をとる神殿騎士団たちが盾や剣を構えてフォーメーションを組み、戦闘の陣を作り終わろうかとしているところだった。


 スケイトで高速移動していたアリエルたちが急ブレーキをかけて、こんな夜だというのにキャンプもせず、グランネルジュから一心不乱に撤退する最中の神殿騎士団の、その鼻先に降りて行軍を止めていたということだ。もしアリエルたちに見つからなければ、あと2日ぐらいで王都サムウェイ区にある神殿騎士団本部に辿り着けただろう。


 もちろんさっきからずーっと大慌てで武装して隊列を組みなおしたりしているのを横目でチラチラ見ながらジュノーと雑談していたわけだが、その理由はと言うと、神殿騎士どもがしっかり隊列を組むのを待ってあげていたという、それだけのことだ。相手に準備させてやらないと落ち着いて話もできないし、奇襲気味に襲い掛かって卑怯者と言われるのもなんだか悔しい。


「実はその、ホムステッド・カリウル・ゲラーの記憶を覗いてみたら、こいつらの嘘が発覚したんだ。いやあ、見事に騙されたよ、10の真実の中に1つだけ嘘を混ぜるなんてね、俺はその嘘を見抜けなかった。感心したよ、なあ、ハンス・ワトキンス!」


 グランネルジュの戦いで捕虜にした神殿騎士の副隊長ハンス・ワトキンスは、尋問されたとき、いったいどうやってマナを暴走させたエルフの魔導師と訓練できたのか、そんなことは知らないと答えた。


 だけどホムステッド・カリウル・ゲラーの記憶にはしっかりと残されていたのだ。

 神殿騎士こいつらがどんなことをして、エルフの魔導師を暴走にまで追い込んでいたか。捕虜になって尋問されたとき正直に話すとその場で縛り首にされていても仕方がないほど非道な行いだった。嘘を吐いたのは単純に命を守りたかったのだろう。


 アリエルはその嘘を責めようなどと、これっぽっちも思っちゃいないかった。

 ただ、次に戦場で会うようなことがあったら、念入りにぶっ殺して差し上げようと思っていただけだ。


 だけど偶然にもバッタリと出会ってしまい、ただ街道のど真ん中で女と立ち話をしていただけなのに、向こうから勝手に戦場を作り出してくれた。


 願ってもない、とても都合のいい展開だ。乗らない手はない。



 アリエルが名を呼んだハンス・ワトキンスの返事はなかった、その代わりと言っては何だが、別の男が構えた盾の後ろから答えた。


「ワトキンス副隊長は貴殿らから拷問を受け、いまだ荷車から降りられぬ。貴殿のその口で結ばれた約束により我らは帰らせていただくことになったのだが、約束をたがえるというのか? 大悪魔どの」


「ああ、そうだ。気が変わったんだ」


 アリエルがそう言うと、ネストからスーッと人影が2つ出てきた。

 

 指をボキボキ鳴らす仕草をしながら一つも鳴ってないのはサオ。

 無言でソードベルトを腰に巻いて、無詠唱で強化魔法の展開を完了したエアリスだ。


「サオ、指が鳴ってないぞ」

「本当に指がポキッって鳴ったら痛いじゃないですか! 指をポキポキ鳴らすとかマゾ女です」


「ロザリンドは絶対サディストだぞ?」


 そういえば神殿騎士こいつら帰すと言ったらサオは不満そうだった。それを今からぶっ飛ばすと聞いて、勇んで出てきたのだろう。エアリスも強化魔法のノリがすさまじくキレてる。


「私は師匠ほど甘くありませんからねっ! 神殿騎士は消毒ですっ!」


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