15-11 ノーマ・ジーン(2)グローリアス 【挿絵】
2019年はじまりました。
今年もよろしくお願いします。
挿絵はゾフィーなんですが、縮小しまくった上にJPEG圧縮で顔殆ど見えなくなってしまいました。
場所は異世界ザナドゥにある小国のアマルテア。ベルフェゴールと新婚ホヤホヤだった頃をイメージしていますが、服やキャンプ道具などは現代日本で手に入るものです。なので、本編キャラが、本編に出てくる異世界でキャンプしていますが、この挿絵と本編の内容とはまったく関係ないものです。
アリエルがノーマ・ジーンに問うと、まるでそう問われることが分かっていたかのようにトラサルディが横から口を挟み、解説を始めた。予め用意していた台詞を読み上げるかのように。
「シェダール王国での奴隷制度の制定は、アシュガルド帝国から約20年遅れ、南方諸国ではいくつかの国ですでに奴隷制度が制定されていた。わが国ではいまから30年ほど前に、アルトロンドから始まった。では、なぜアルトロンドから始まったかわかるかね?」
「神聖典教会の主導じゃなかったっけかな」
「すこし違う。神聖典教会が主導したのは魔族排斥運動、魔族排斥政策までなんだ。魔族排斥というのは、教会がスローガンにしている『エルフはヒトにあらず』というアレだ。端的に説明するとこの国に住んでいる魔族から人権を取り上げて、動物や家畜と同じく何の権利も与えず、この国から、領地から、追い出すことを目的としていた。人種差別から始まったことなんだが、じゃあなぜ教会なんていう聖職に就くものがそんな差別的なことを始めたのかと言うと、もとはと言えばヒト族の女性がエルフに愛する男性を奪われるという事案がとても多く発生したからなんだ。『ヒト女性の権利を守ること』が当初の目的だった」
「聞いたことあるな。あー、誰だっけか。アルトロンドの将校が言ってた気がする……」
「神聖典教会はその影響力を如何なく発揮し、まずは総本山のあるアルトロンドは議会で侃侃諤諤の議論が戦わされた。とにかくエルフ族の女性は、スマートな体型を維持したまま、その美しさを200年ぐらい維持することができる。対してヒト族の女性がエルフ女性と張り合えるのは長くとも20年。子どもを産むことができる期間も同じく10倍ぐらいの差がある。さらに言うと、エルフ族の女性は、いちど愛した男性との愛を貫く傾向にある。つまりだな、いったんヒト族の男と結ばれると、美しい容姿を維持したまま、男が老いて死ぬまで愛し続ける。だからエルフ族の女性を側室に迎える家が多かったんだ。だけど、女性が40歳、50歳と歳を重ねていくにしたがって、夫はエルフの側室にばかり愛情を傾けるようになる」
「分からんでもないが、その夫がクソなんだよそれは」
「分からんでもないって何?! 何が分からんでもないか言ってみなさい。いまここで」
「まあまあ、ジュノーはいちいち噛みつかないの」
「ゾフィーはエルフだからって勝ち誇った顔してるよね……」
「ふふふふ、師匠っ! 私もジュノーから一本取った気分ですっ」
「……さっきからサオのくせに生意気……」
「ケンカするなって! 俺が悪かった。訂正するよ、それはその夫がクソなんだ」
「アリエル、綺麗な奥さんがたくさん居るってことは苦労も多いんだな、私はノーマだけを一生愛するよ」
「えらいの……」
「そんなこと言ってポイント稼いでもノーデンリヒトに連行するのは変わらないからね! この話は終わり、とっとと話を先に進めて欲しいな!」
「んー、相変わらず手厳しいな。……えっと、アルトロンドは魔族排斥運動の初期段階として、エルフとの結婚を規制する法案が通ったんだ。だけどそれまで結婚してた人に別れろとも言えないし、ハーフエルフ、クォーターエルフはヒト族として戸籍の登録があったからハーフとは結婚できた。結婚できないだけで恋愛は自由だったものだから、最初からこんな法案は骨抜きになることが分かっていたんだ。ヒト女性の権利を守ることが出来なかった教会から、声の大きな奴らが急速に力を伸ばしてきた。それがヒト族至上主義者といわれる急進派だ。元々からして差別者だからな、そもそもが女性の声に耳を傾けようなんて奴らじゃないんだが、教会の主導権を握るため女性救済のスローガンを掲げて出てきた。エルフ族の台頭はヒト族という種族そのものの危機であり、エルフ族の侵略はすでに始まっているなどと言って不安を煽ったんだ。そして恋愛も混血も禁止しようと言い出した。奴らは狡猾だった。女性を守ろう、ヒト族を守ろう、アルトロンドを守ろう、シェダール王国を守ろう……。守る守ると耳に触りのいい言葉を使って、エルフ族へ攻撃と迫害を始めたんだ」
「なるほどね、それをやったのが、ホムステッド・カリウル・ゲラーって男だね」
「よく知ってるね。そいつは私たちグローリアスの最重要指名手配リスト最上位に名前が書かれているからね、もし見かけることがあったらぜひその首を取って、私の墓に供えてくれ。はははっ」
ホムステッド・カリウル・ゲラーは16年ぐらいまえ、サルバトーレ会戦でアリエルが倒したアウグスティヌスとかいう神殿騎士団長の後釜に座った教会の偉い人だ。司祭枢機卿と言うからには教皇のすぐ下ぐらいの地位のはず。神殿騎士団長なんて名誉職にわざわざなりたかったわけがない。
教会を守護する神殿騎士団と、女神の敵である異端者を打倒す神兵を動かす最高権力を持ってなにを狙っていたのか、もう一度ホムステッド・ゲラーの尋問をする必要があるようだ。
アリエルはトラサルディに、ゲラーはすでに捕えてると言いかけたが、首を取って墓に供えろとまで言われると喉から出かかった言葉を飲み込んでしまった。トラサルディは商人だ。ホムステッド・ゲラーがいくら敵対していたとしても首を差し出せとは言いすぎだ。こいつはまだ何かある。
「主義者たちの運動は着実に効果を上げ、アルトロンドでは魔族排斥がとても厳しいものとなった。もとからごく少数派だったエルフ族は人権が奪われてしまった。すでにヒト族として戸籍があったハーフもクォーターも、戸籍そのものが抹消された。名前を消されたんだ。アルトロンドのエルフは、居ないことになってしまった。エルフは家も土地も財産もすべて没収されて、外に放り出されたんだ」
アリエルはパシテーをそっと見た。
パシテーは黙って目を伏せて話に聞き入っている。パシテーが見てきた地獄を、いまトラサルディが語っているのだ。
アリエルはパシテーが語ろうとしなかった過去を、トラサルディの話で知ることが出来た。
パシテーが家名を奪われた経緯が分かった。姓を名乗ることができなかったという、その理由も。
だがしかしここでひとつ疑問が出てきた。
魔族排斥と奴隷制度は利益相反しないかということだ。魔族排斥を訴え、この国から魔族を排除してしまおうという教会側の主張と、国内にずっと魔族をとどめておき、混血児が生まれることを否定しない奴隷制度とは根っこの部分で噛み合わない。
「ちょっとまって、じゃあ教会は奴隷制には反対だったってこと?」
「そうだね、教会は奴隷制に反対だった。理由はまた混血児が生まれて、せっかく厳しくした魔族排斥がまた骨抜きになるかもしれないからなんだけど……、当時のアルトロンドでは女性の権利を守るというスローガンが強すぎて、反対しようものならいつまでも若いエルフ女を抱きたいだけの男なんてレッテルを貼られて批判されるから表立って反対することも出来ない空気だったんだ」
「じゃあどうやって奴隷制が始まったのさ?」
「その前に、酷い話をしなくちゃいけないのだが……、アルトロンドで魔族排斥を受けたエルフたちがどうなったか、分かるかい?」
「アルトロンドで? 家名も人権も財産も、なにもかも奪われて放り出されたんだよね?……、ボトランジュに逃れてきた子がいたのは知ってる」
「何事もなくボトランジュに逃れることができたのなら、その人は幸運だったね。アルトロンドで全てを奪われたエルフたちは通りにあふれた。住む家を失ったんだ。当時のアルトロンドは治安が悪くてね、街を一歩でも出ると盗賊や追剥のような連中がいるからエルフたちは街を出ることが出来なかった。手持ちの小銭はすぐ底をつく。じゃあどうやって食べ物を買っていたかと言うと……、体を売ったんだ。場末の、通りの暗がりや、酒場の裏路地などで、生きるために、その日たべるパンを買う、たった数ブロンのお金を稼ぐために、エルフの女性たちは体を売った。衛兵は教会の息がかかっているからね、風紀の乱れを嫌い、エルフたちは街から追放されていったんだ」
「当時のアルトロンドの人口は? 200万ぐらいだった? エルフ人口は4%以上いたよねたしか? 追放されたエルフたちは? どこへ行ったのさ、フェイスロンド? エルダーは遠いよね」
「当時のエルフ人口はアルトロンドで4%と少し、9万人ものエルフが人権を奪われ、手に持って行けないような不動産は没収された。エルフは人じゃないんだ。人権がない。これは法の外にいるアリエルと同じ、アウトローだよ。法に縛られないと言うと聞こえはいいけど、法によって守られないということ、これは力を持たない普通のエルフにとって重大なことだ。パンひとつ盗んだだけで、その場で殺されても文句は言えない。衛兵も法が適用できないから罰することが出来ない。だから体を売ることをやめさせられない。やめさせるためには殺すか、追い出すかってことになる。街を追われたエルフは誰のモノでもなかった。捕まえて売れば金になると考える奴が出てくるのは自然なことなんだ。エルフは片っ端から捕えられ、すぐ隣のアシュガルド帝国へと売られていった。とても安い金額でだ」
パシテーの見てきた地獄は思っていたよりもずっと過酷なものだった。
「話を聞いてるだけで気分が悪くなってきたよ」
「グローリアスの目的を説明するための前説で挫けないでほしいな。イヤだろうけど聞いてくれ。アルトロンドにエルフの居場所を残すためには、奴隷制度を制定するしかなかった。奴隷制度さえ制定されれば、少なくともだ、ヒトとエルフはまた一緒に暮らすことが出来るからね」
「その時もう王都でも魔族排斥が進んでいて、ダリルも後を追う形で追従する構えだったってことね」
「ああ、魔族排斥は神聖典教会が起こした世界的な流れだったからね、私たちのような商人がいくら頑張ったところで止めることなんてできなかった。その頃の私はノーマのことを愛していて、こっそり付き合い始めた頃だった。何とかしたいとは思ったが、時代の流れに抗う術はなかった」
「んー? なんでこっそり? 当時はまだ王都で魔族排斥が始まったばかりじゃないの?」
「仕方ないだろ? 当時ノーマはまだうちの使用人だった。私はセンジュ商会の跡取り息子。使用人に手を出したりすると、その地位を利用して手籠めにした……とか噂されるんだぞ? 世間の目が厳しかったんだ。だけど魔族排斥はそんな噂よりいくらも厄介だ、世間の目とか、そんな次元の話じゃない。だから私はアルトロンドの豪商ダイネーゼ商会と連絡をとった。実はダイネーゼのやつも奥さんはエルフでな、娘さんが生まれたばかりだった。私たちには時間がなかったんだ。すぐにでも奴隷制を認めさせなきゃいけないので、アルトロンドの評議会議員にカネをばらまいた。端的に言うと賄賂ってやつだ。必要なだけ、ありったけバラ撒いたさ。そして奴隷制を認めさせると、すぐさま買取り価格を吊り上げた。帝国に売られていったアルトロンド出身のエルフを買い戻すためだ。どんどん値段が上がっていったよ。だがそれが悪かったかもしれない。私たちの失敗は、売られていったエルフを買い戻すため、値段に糸目をつけなかったことだ。当時のアルトロンドはシェダール王国の中で最も治安が悪く、盗賊たちが跋扈する荒れた土地だった。それが奴隷制が始まってから盗賊たちが合法的に奴隷狩りをするだけで大儲けするようになったから、一般の旅人や商人が街道を歩いていても襲われることがなくなった。莫大な金銭が動くことからバブル景気が続いたんだ」
「エルフたちの不幸と引き換えに、ひとは治安のいい、豊かな社会を手に入れた。それが証明されたからこそダリルも王都プロテウスも奴隷制度に向かっていったんだんだな」
「その通りだ。特にダリルではセルダル家が魔族排斥にも奴隷制に猛反対していたのだが、教会が魔族排斥の意思を持っていたし、景気が良くなるうえに、治安まで良くなるというのだから、ダリルのセルダル家には教会を通じてかなり圧力がかけられたらしい」
「そこで疑問なんだ。教会はいつから奴隷制に賛成することになったのさ? 魔族排斥が骨抜きになってもいいなんて誰も考えてないよね? 顔に刃物傷をつけて商品価値をなくしてしまったエルフを治癒してたのも教会じゃないか。それもおかしい」
「カネだよ。カネ。さっき出てきた、ホムステッド・カリウル・ゲラー。商品の傷消しは奴のアルバイトだったのさ。ゲラーは教会の急進派で、ヒト族至上主義者だが信仰よりも権力を欲していた司祭枢機卿という地位も、私たち奴隷商人から流れた裏金で成り上がったようなものだ」
「なんだよそれ、自分たちがカネを渡して立派な悪人に育てたのに、力を持ちすぎて邪魔になったってことだよねそれ」
「耳が痛いな。だが簡単に説明するとその通りだ。ホムステッド・ゲラーは司祭枢機卿という教皇に次ぐ地位を手に入れただけじゃなく、神殿騎士団長という地位を手に入れた。どういうことか分かるかい? 神聖典教会は今やアルトロンドを飛び越えて、王都プロテウスに匹敵する力を持ってている。そして次の教皇は、ホムステッド・カリウル・ゲラーに間違いない。奴はヒト族至上主義者だ、一本筋の通った筋金入りの人種差別者だ。ヒト族のために、ヒト族だけでこの世界を回していこうなどという理想を平気で語る。奴が教会トップになったら私たちの計画は破綻する」
「だけどさ、それならグローリアスなんて秘密結社いらなかったんじゃないの? 奴隷商人なんてどこにでもいたってことだろう?」
「いや当時はまだいろんな法整備をしなくちゃいけなかった、奴隷制だけじゃ不十分なんだよ。買われていったエルフがどうなってたかと言うと、少なくない数の女性が娼館に売られていったし、娼館で生まれた子どもが8人に一人しか生まれない男の子だったら悲惨だ、娼婦として使えないからね、酷い時には子どもは取り上げられて生ゴミといっしょに捨てられたりもしたんだ。当時はまだグローリアスなんて名前はなかった。ただ奴隷商人の商工会議所として、アルトロンドではダイネーゼ商会が、王都では私たちセンジュ商会が議会にカネをばらまいて、エルフに売春させることを禁じる法案を通したんだ。男の子が生まれてもグローリアスは買い取った。じゃないと捨てられてしまうからね」
「やばいなあ、それも口がうまいってやつなのか? 叔父さんの話を聞いてると、血も涙もない奴隷商人が、一転して正しいことをしてるように錯覚してしまいそうだよ」
「とんでもない。奴隷制度を始めさせたのは私たちだ。奴隷制度が引き起こした全ての悲劇は私たちの責任だよ。そして奴隷政策はアルトロンドの最もカネを産みだす基幹産業となった。それが誤算だったんだ。私たちグローリアスよりも、領主ガルベス家が稼ぎまくった。20万もの領兵を雇い入れてボトランジュと戦争できた理由がそれだ。そんな折だよ、アリエルが彗星のごとく現れたのは。サルバトーレでアルトロンド軍を抜いて、ダリルでは当時のレイヴン傭兵団を壊滅させた。あの時のアルトロンド軍はアリエルを討伐するなんて言って出征したけど、その実、目的はボトランジュ北部での奴隷狩りだ。アリエルは私たちの敵である教会を敵に回して、真っ向から戦い、そして次々と打ち倒した。ノルドセカでは攫われたエルフを解放したとも聞いたよ」
「確かにそんなこともあったね、だけどそれがグローリアスとどうつながるのさ?」
「ノーマはあの悪名高い女神の敵、アリエル・ベルセリウスがビアンカの子だと聞くと大喜びだったよ。アリエルが居てくれたらもう奴隷制度なんかなくしてしまえると言ったんだ。私たちももう、奴隷商人なんかやらなくてもいい、廃業して、奴隷を解放して、またエルフとヒトが隠れなくても、ちゃんと愛し合える世の中になると、そう思ったんだ……だが、帝国に攻め込もうとしたアリエルは討伐されたと聞かされ、アシュガルド帝国と、神聖典教会の力を目の当たりにしながら、私たちは戦わねばならなかった。ちなみに私の力はご存知の通り、こんなにも無力だ、剣を持っては妹にすら敵わない非力さでありながら、強大な敵と戦わねばならなかった。神聖典教会を倒さねば魔族排斥を見直すことはできない。魔族排斥を終わらせなければ、奴隷制度も廃止することはできない。私たちはこの国で一つの計画を実行することにした。それがグローリアス計画だ」
「なんだ、そういうことかー。俺が居なくなったからグローリアスを立ち上げたという理由がやっとわかった、ちゃんと順序立てて言わないと、最初に聞いたときは邪魔者が居なくなったからグローリアスができたんだと思って、すっごく印象悪かったよ」
「んー? でもそれってベルがアテにならなかったってことよね?」
「はいそこ! ゾフィー、私語は禁止。いま大切な話をしてるんだからね! はい、間髪いれずに計画とやらを詳しく。雑談するヒマを与えないように」
「わかりました。わたしがグローリアスの創始者であり、代表です。では、ここから先、わたしから説明してもいいですか? アリエル・ベルセリウス」
トラサルディ・センジュがいまのいままで、時間をかけて奴隷商人の秘密結社グローリアス設立までの経緯を語った。グローリアスの目的は代表である、ノーマ・ジーンが語るという。
アリエルが無言のまま、手のひらで "どうぞ" と促すと、ノーマ・ジーンはゆっくりと、ひとつひとつ思い出しながら、どこか懐かしむようでいて、とても悲しそうな表情で話し始めた。
低い、地の底から響いてくるような、低い声……。
雰囲気が変わった。
センジュ家の居間にいながら、風もないのに空気の匂いも変わったように感じる。
ノーマ・ジーンが、その本性を現したのだ。
これまでの、センジュ商会に仕えるエルフの奴隷ではない、真逆の印象。
これまで長い間、悪を行使してきたものにしか出し得ない、禍々しいオーラを纏った悪女のような、そんな印象だった。
ノーマ・ジーンは語った。
ゆっくりと、言葉を選びながら、この場にいるもの全てに向けて、分け隔てなく自らの正義を語ってみせた。
アリエルは、ただ黙ってその話に耳を傾ける。
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アリエル・ベルセリウス……。あなたには力がある。それに比べて、わたしは、とても、とても無力だ。
アリエル・ベルセリウス……。あなたには億の敵を向こうに回したとしても、立ち向かう力がある。
だけどわたしは、腰に剣を下げたたった一人の衛兵ににすら逆らえない。
どんなに欲しても、どんなに憧れても、どんなに泣いて、どんなに叫んでも、あなたのような力は得られなかった。
力なきものが力あるものに勝利して、子どもらに明るい未来をのこしてやろうと言うのだ。
やり方を選んでいては無理だ。
わたしたち力なき商人が世界を変えるため、グローリアスは立ったのだ。
アリエル・ベルセリウス。
あなたが居なくなったこの国は、どれだけ考えても未来は薄暗いものでしかなかった。
セカは陥落し、ノーデンリヒトには帝国軍が押し寄せた。
もう一刻の猶予もなかった。
わたしたちは同胞に価値をつけて、商品として売る貿易を始めた。後戻りできないと知りながら、同胞を売ったのだ。
愛玩奴隷。悪く言えば人身売買、よく言えば拒否権のない見合いを斡旋するようなものだ。多くの同胞がそうやって、この土地でかりそめの平安を得ることになった。ある者は安堵したが、多くの者の恨みを買っていることも自覚している。
どれほどの涙が流れようと、どれほど胸を引き裂く悲劇があろうと、わたしたちは人身売買の手を緩めることはなかった。
わたしたちも、きっと、もうすでに、心は死んでしまったのだろう。
そんな折、ノーデンリヒトからあなたの帰還を知らせる爆発音が聞こえてきた。
その音は世界中を震撼させるほどの音量で鳴り響いた。
あなたはその強力すぎる力ゆえ、敵に血を流させ、命を殺す。
敵が何千、何万いて、大地を血で染めても、殺し尽くして勝利するだろう。
わたしは無力であるため、同胞に涙を流させ、心を殺す。
これまで何千、何万もの同胞を売って、心を殺してきた。
あなたの、その家族への愛、そして子供たちの未来を思って振るわれた正義。それは美しい。誰もが胸に誇れるものだ。
だがあなたは殺しすぎる。あなたの正義は万死に値する。
わたしの愛も、あなたと同じ、トラサルディとヘスティアと。そして家族への愛だ。
わたしは無力であるため、同胞を売った。エルフもヒトもない。差別もない、愛する人をただ愛するという、あたりまえの、ひとの営みを取り戻すため、同胞を売った。
グローリアスの目的がききたいと言いましたね。
目的はひとつ。
人類を一つの種族とするのだ。
……そして、わたしの正義もまた、万死に値する。
アリエル・ベルセリウス。あなたは全てを成し遂げたらどうするつもりですか? 何十万、何百万殺しても英雄でいられるつもりですか?
いまや、エルフの人口は30年前の20倍以上になった。シェダール王国で奴隷として暮らすエルフの数はもう、純血のヒト族に迫りつつあります。やがてエルフの血を引くものが国政に参加するでしょう、やがてエルフの血を引くものが自治体の長となるでしょう。第二、第三のフェイドオール・フェイスロンダ―ルが生まれ、それが当たり前となるのです。
エルフの血を引くものが、差別されることなく、愛する人をただ愛することができる、あたりまえの暮らしや、自由や、普通に暮らすという、ひとの営みを取り戻すでしょう。
人類は一つの種族となるのです。
エルフとひとの隔たりである、種族の壁を取り払い、文字通り、身も心もひとつになる。
そのとき、無力なわたしは、ようやく役目を終えます。
同胞を売って、一族の尊厳を奪い続けたグローリアスの代表、ノーマ・ジーンは、卑劣な魔女として裁かれましょう。
アリエル・ベルセリウス。あなたの力を目の当たりにし、民衆は歓喜するだろう。その姿は英雄と呼ばれるにふさわしい。
わたしノーマ・ジーンは、自立し、ようやく力を持った同胞の手で磔にされ、火あぶりにされるのがふさわしい。
アリエル・ベルセリウス。あなたは光だ。敗れ、虐げられてきた民の希望を体現したものだ。
だがしかし、暗闇を照らし、ひとを導く柔らかな灯りにはなりえない。
ノーマ・ジーン亡きあと、グローリアスは、次代の魔王、サナトス・ベルセリウスを支持する。
彼こそがこの世界に灯った祈りの光だ。みなの願いそのものだ。
彼こそが世界を導くものだ。
グローリアスは、サナトス・ベルセリウスをこの世界の王にしてみせる。それが為されたとき、我らは勝利する。
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