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15-10 ノーマ・ジーン(1)烙印

挿絵を描いて挟んでおいたので、報告します。

07-25 決戦!バラライカ(3)【挿絵】←(キュベレー)

10-09 自由への門【挿絵】←(風景)

いつになったらアリエルたちの挿絵を描くのか!と問われると『そのうち必ず』と答えましょう。


「サオもエアリスたちと一緒に行ってくるか?」

「私は師匠と一緒にここで敵の姿を見極めたいです」


 ヘスティアとエアリスを居間から送り出すと、ちょうど開けたドアからお茶のポットと人数分のティーカップを伏せたワゴンを押して、さっきのハーフエルフの女性が入れ替わりに入ってきた。

 


「どうぞ、ソファーが足りません……ね、すみません、椅子を……」

「お構いなく。俺たちは立ち話に慣れてますから。いい香りですね、お茶は立ったままいただこうと思っていますが、行儀が悪いですかね?」


 慣れた手つきでポットからティーカップにお茶を注いで、ソファーテーブルに並べるハーフエルフの女性。この人がヘスティアの母親だろう。普通のヒト族の女性が着る普段着だ。エルフ女性の好むマキシ丈のワンピースではない。


 アリエルはティーカップを受け取ると、まずは立ち上る湯気から香りを楽しんで、それを口に運ぶ。


「んっ。いい香りですね」

 トラサルディ秘蔵の茶葉なのだろう、とても上品な香りのするいいお茶だったことを伝えると、トラサルディは出会ってから最高のドヤ顔をしてみせた。


「そうだ。それは南方茶葉でアムルタのデイドラ産なんだ。デイドラ産は渋みが少なくて薫り高い。帝国のイーストカナル産と双璧をなす名産品なのだが……うんちくを述べるのはまたの機会にして、紹介するよ。こちら、ノーマ・ジーン。いつかこんな世の中が終わったら妻になってくれると約束した女性だ。そして……」


 王都ではエルフとの結婚は認められていないので、事実婚として一緒に生活しているという。

 ノーマ・ジーンはハーフエルフだが、左手を胸に添え、膝を折り曲げて頭を下げるという、典型的なヒト族女性のするお辞儀をしてみせた。


「初めまして。アリエル・ベルセリウス。私がグローリアス創始者にしてグローリアス最高幹部、そしてグローリアス代表、ノーマ・ジーンです。この人がこんなにも早く約束を守ってくれたことに驚いています」


「勝手口でお会いしたときから、そうなんじゃないかと思っていたところでした。ところで興味本位で聞いていいですか? 約束を守った? とはどういう事なのでしょう?」


「あなたに会わせてくれるという約束です。『そのうち必ずな』と、そう答えられてしまうと、だいたいは後回しにされてしまって、忘れたころに有耶無耶うやむやにしてしまうんですよ、このひと」


 なるほど、トラサルディ・センジュは事実婚状態にあるノーマ・ジーンとの約束と、アリエルとの約束を同時に守ったということだ。あの奴隷商人の3人を見逃してやった代償が、まさかこんなにも安いものだとは思ってなかった。もしかするとあそこで捕えたグリーリアス幹部の4人全員をノーデンリヒトに連行していたとしても、ここに来ればノーマ・ジーンと会えたのではないかと、そういうことだ。


「師匠っ! ビアンカのお兄さん、交渉術がすごいです!」

「いや、ほとんど詐欺師の手口だこれは。せっかく感心してたのに、通り越して呆れてしまう」


 こちらにも奴隷の烙印が押されているだろうハーフエルフがグローリアスの代表だとは、まったく予想してなかったわけでもないので、少し驚いただけだった。しかしここまでやられると『してやられた』と感心していたものが『騙された』に変わる一歩手前だ。



「もう少し驚くかと思ったのだが、そうでもなかったかな? ……。びっくりさせてやろうと思っていたわけではないが、少しも驚いた顔をされないと少し寂しいな」


 あまり驚かなかった理由は気配を読んでいたからだ。

 トラサルディはグローリアスのボスと会わせると言ってこの商家にアリエルを招いた。しかしこの商家には、捕えて一緒にきたトラサルディを除けば、お爺ちゃんお婆ちゃんの夫婦、そしてクォーターエルフのヘスティアと、この人、ノーマ・ジーン。気配を4つしか感じなかった。ヘスティアを除外すると残りは3人。話の出来そうな人は、アリエルからすると祖父にあたるスタンリー・センジュと、あと一人、この美しいハーフエルフの女性だけという。ならば選択肢は二択だった。予め2人にターゲットを絞っているのだからどちらかがグローリアスのボスだと言われても、たいした驚きがなかったわけだ。


 もっとも6:4ぐらいの割合で、ボスはお爺ちゃんのスタンリー・センジュというオチなのかな?と思っていたから、少し驚いたという。ただそれだけの事だ。


「少しは驚きましたよ。そんな事よりも、まさか叔父さんに奥さんと娘さんが居たことのほうが驚いたよ……しかもエルフとか」


「秘密にしているわけじゃないのだけどね。アリエルもほら、美しい女性たちを紹介してやってくれないか、奥さんはロザリンドさんと言ったよね。そこまではジュリエッタから聞いてるんだ」


「それがですね、離れ離れになっていた妻と合流することができたので。いまはこんな大所帯です。


「その若さで重婚とは……、まったく羨ましいな」


「では遅くなったけど紹介します。こちらゾフィー。現代では正室といいますが、言い方はあまり気にしていません。ただ順番通りじゃないといけないのは女たちの性分なのですが……」


 アリエルはノーマが何か言いたそうにしているのに気付いたので、話を先回りすることにした。

「ああ、何を聞きたいかはわかります。ヒト族の目には違和感ぐらいしか感じないでしょうけど、エルフの目には明らかに違って見えるんですよね。そう、ゾフィーはダークエルフの生き残りです」


「ゾフィー・カサブランカです。この人の最初の妻ですが、最後のダークエルフ、ロンサム・ゾフィーと揶揄して呼ばれることもあります。トラサルディさんは叔父様にあたるそうですね、どうぞよしなに」


 絶滅種のゾフィーについてあれこれ聞かれるのは時間を取られて面倒だ。ここは、立て続けに、たたみ込むように紹介を終えた方がいい。次に紹介するのは……。


「で、こっちがジュノー。俺の3番目の妻なんだけど、トラサルディさんたちと同じで、教会のことを嫌ってて、いつかそのうちぶっ潰すらしいです」


「ジュノー・カーリナです」


 ジュノーはとても言葉少なに、名前だけを言った。よろしくお願いしますなどというへりくだったような態度はおくびにもださない。そのお辞儀の仕方がとても古い、王族にのみ許されたものだった。跪かず、頭を下げることはない。ただ、両手を胸に添えて手のひらを隠し、目を伏せるだけ。一般人ならいざ知らず、トラサルディは知っている。さすがに返礼するのに跪いたりはしなかったが、挨拶を受けたトラサルディは顔を引き攣らせる以外になにもできなかった。


「いまのは、誤解されるかもしれないよ?」

「誤解されないようにしたつもりですよ。私はソスピタ王朝から分家されたカーリナ家の者です。教会とは無関係です、まったく、これっぽっちも関係ありません。私の名を騙るなんてハッキリ言って迷惑です。もし教会が私を指して女神だと言うならキッパリとお断りした上で全てを焼き払い、最初からなかったことにします」


「ソ……ソスピタ? ソスピタと言ったのか?」

 トラサルディがソスピタに食いついた。さっきヘスティアとすれ違いざまに起動した治癒魔法のことを言っておかなきゃいけないので、ソスピタの事には触れないでもらおう。


「なあジュノー、おまえさっきの消しただろ?」

「なに? 悪いの?」


 ジュノーの機嫌が悪い。

 これは、トラサルディとノーマに"すまないけど"という言葉を使っただけで怒られるかもしれない。


「あー、いまチラッと見えたヘスティアの烙印、ジュノーが消したそうです。トラサルディさん、ヘスティアはたった今奴隷の身分から解放され、あなたの所有物ではなくなりました。たとえそれが形だけの見せかけであろうとも、ジュノーは許さないと、そういう意味です。だからと言って烙印を押し直すのも許しませんから……、たぶん今後のことを考えると、王都で暮らすよりは一家全員揃ってノーデンリヒトに来ていただいた方がいいかもしれません」


 まさかの全員逮捕宣言を受けて開いた口がふさがらなくなってしまって、もう言葉も出ないセンジュ家の面々に対して、ジュノーは何も言葉をかけてやることはなかった。

 なかったのに……。


「……っ、何人なんぴとたりとも!! ですっ!」


「サオは黙ってて!!」



「サオ、ひとのキメ台詞を取るのは重罪だぞ?」

「師匠すみません。絶対言うと思ってたのに言わなかったから、つい……」



「……もう言わない! 絶対言わないんだからね!」


「まあまあジュノー、機嫌を直せって。はい、話の腰が折られそうなので続けますね。こっちがロザリンドです、20年ぐらい前だっけか? 結婚したのは。実は4番目になっちゃったけど我慢してもらってる。最近ちょっと光の加減で眼の奥が赤く反射したりするようになった、もとドーラのお姫様で、魔王フランシスコの妹なんだ」


「やっと紹介してもらえました、ロザリンドです。教会の手配書では鹿の獣人みたいな絵でしたが、本物はこんな感じです。よろしく……って、私の目、そんなに赤くなってきた? 戻りつつあるの?」


「兄さまの髪も生え際から茶髪になってきてるの。きっと金髪に戻りつつあるの」

 パシテーだけは見た目にあまり変化がないのだけど……。


「はい、この子が婚約者のパシテーで、あとついでにサオも。ネストの中にはアルカディアからついてきた妹の真沙希まさきがいるけどこういう席は苦手らしいです。あと精霊のてくてくはグローリアスだけじゃなく奴隷商人は全員が敵だと考えています、暴れたら手に負えないんで出てこないよう言いました。精霊はエルフを見守る神様?みたいなものだから……」


「師匠っ、私の紹介がひどいですっ」


「サオさんのお噂はかねがね。ノーデンリヒト戦争での活躍はこの国に轟き渡っています。てくてくさんは、風の精霊さまですよね。わたしも子どものころから好きだった絵本に出てくるテックと会ってみたかったのだけど、嫌われてしまっては仕方がないですね……」


 お転婆エルフのアリエルと、ドジな風の精霊テックの出てくる絵本はこの世界じゃあメジャーすぎて誰もが知っている話だけど、当のテックはドジな精霊と言われて大層不満があるらしい。


 てくてくは否定してるけど、けっこうドジだというのは間違いない。つい先日もカタリーナに重大な魔法をいくつも盗まれると言う大ドジを踏んで、約3万もの死者を出す大災害を起こしたことは記憶に新しい。てくてくのキメ台詞は『やられたのよっ!』だと言われても納得だ。


 一通りの紹介を終えると、一夫多妻の件にはお婆ちゃんが言及した。

「おほう、アリエルは3人も奥さんがいるのだね。えっと、ゾフィーさんと、ジュノーさんと、ロザリンドさん。忘れないようにメモしとかないと……」


 アリエルは説明不足なのを一つ付け加えた。2番目の妻にキュベレーがいて、敢えて死んだとはいわず、訳あっていまは離れて暮らしていると言った。


「家族が離れ離れになるのは辛いですね、どういう事情か、私には知る由もありませんが、また仲直りでもして一緒に暮らせるようになったら紹介してくださいな。さてと、私はそろそろ寝室に行った方が話もはかどるのだろうね、ノーデンリヒトには私たちも一緒に行けばいいのかね? どれぐらい遠かったのかなあ、話が決まったらまた呼びに来ておくれよ」


 キュベレーとはケンカして別居していると思われてしまったらしい。お婆ちゃんにあたるセラ・センジュは難しい話になることを嫌い、お茶の入ったティーカップを持ったまま、寝室へ向かった。


 センジュ家はアリエルのベルセリウス家とは直系の親戚筋だ。これから起こるであろう家族内での揉め事を見たくはないのだろう。正直、アリエルだって見たくはない。

 ここにグローリアスの代表がいないなら、ビアンカに突き出しておしまいにしたかった。

 もう夜更けだ、話は簡潔に済ませたい。


 アリエルはセラが部屋を出ていくのを確認すると、余計な雑談を介さず、まず最初から話の本題に斬り込んだ。


「ノーマ・ジーンさん。ちなみに、あなたにも烙印が?」

「はい、でもこれは、わたしの意思です」


「グローリアスのボスがまさかエルフ女性だとはね。間違いないの? スケープゴートじゃなくて、本当にグローリアスのボスなの?」


「ボスと言われたのは初めてですね。創始者であり代表ですからボスかと問われればその通りですとしか答えられないのだけど……。スケープゴートなどではありません。グローリアスは私の意思です」


「もういちど確認のために聞くよ? トラサルディ叔父さんは奥さんいなかったよね? ヘスティアは叔父さんの娘でしょ? じゃあノーマさんは奥さんということになりますよね?」


「時代がそれを許してはくれませんでした。どんなに愛していても、いまのこの世界で、わたしはモノでしかありません。なので私の烙印は消さず、このままにしておいて欲しいです。こんな形であっても、私はこの人のものでありたいと思っていますから」


 アリエルは大きな溜息と共に、これを聞きに来たのだと言う問いを、誤解しようのないほど簡潔に、ノーマ・ジーンにぶつけた。


「なんで?」


「それはエルフの私が"なんで?"奴隷商人なんかやっているのか? という問いですか?」


「そうです」


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