15-07 現実主義者が語る理想
挿絵報告です。描いて挟んでおきました。カタリーナさんです。
14-26 カタリーナ・ザウワーの半生5:再誕【挿絵】← お時間が許しましたら見てやってください。
トラサルディは軽薄なうすら笑いをやめ、難しい顔でアリエルに問うた。
いまアリエルが言った『1年でシェダール王国は滅ぶ』という、その読みの真意が知りたい。
「アリエルはそう結論付けたか。私たちもその危険性について考えたことがある、だがわずか1年でというのは早急過ぎないだろうか。その根拠を話してほしいな」
「まず最初に、ダリルはセルダル家が倒れ、後釜に魔王フランシスコが座ることになる。つまりダリルはなくなって、凍らない大地に魔族の国ができる。現ダリル領民が土地を持って逃げられたらいいのだけどね、全ては奪われてしまうだろう」
「エルフたちが土地や財産の全てを奪われた魔族排斥の報復のようなものか」
「たぶんそうなる。魔王フランシスコはいやらしい性格で、自分だけじゃなく、仲間が受けた屈辱も忘れない。やられたことはしっかりやり返すという分かりやすい性格だ。敵と味方の線引きはしっかりしてるからね、魔族排斥の報復で、ダリルに暮らす者たちは全てを失って土地を追われることになる。魔族は奴隷を使役する者も、奴隷という身分を甘んじて受け入れる者も、どちらも嫌うから、ヒト族を奴隷にして女を奪ってやろうなんてこと考えないだろうけど、ダリル領民300万のうち、純粋なヒト族はおよそ200万だと聞いている。では仮に200万の難民が発生するとなると周辺諸国はパニックだ。恐ろしい数の難民が大移動するぞ。王都プロテウス、アルトロンド、そして少し南方諸国へと流れるだろうな。ではここでアルトロンドのダイネーゼ氏に質問だ。参考までに教えて欲しい、まるで洪水のようになだれ込むダリル難民を抱え込んで、アルトロンドはどれだけ戦えるか」
「20万の難民が押し寄せるとしてもだ、いま北方から押し寄せてるドーラとノーデンリヒトの連合軍が10万ならダリル戦での損耗を2万として残り8万。アルトロンドが神兵も併せて全兵力を傾け、王国軍と力を合わせれば押し返せる。王都プロテウスは兵力12万だからといって舐めちゃいけない。プロテウスの強みは経済力だ。多少は備蓄食料を放出したようだが、王都はカネを持っているからいくらでも戦える」
ダイネーゼはまだ言いたいことがあるようだったが、話の途中でトラサルディが割り込む。
「んー、ダイネーゼどのが言わんとしてる事も分からんではないが、王都プロテウスは戦うなんて選択肢を選べないんじゃないかね? たしかにプロテウスの軍は強力だ。ただし陸戦隊のみという条件が付いている。つまりアリエルのように強力な魔導師を敵に回して戦えないんだ。これまで魔法戦闘というものを軽視し過ぎていたせいで、魔導師の運用ではノーデンリヒトにすら遠く及ばない。ノーデンリヒトと帝国にはグリモア詠唱法なんてのがあるらしいじゃないか。アルド派が血眼になってグリモアの完成を急いでるって聞くが、今更って気がするよ。間に合うわけがない。エルフという魔導師向きの種族を追い出すようなことをせず、よき隣人として大切に扱うべきだったんだ、いまのプロテウスは教会と共に沈む泥船だよ。ドラゴンに乗ったアリエルが王都に降り立って、セカ港を消滅させた、あの規模の爆破魔法を使えばそれだけで終わる。王都は必ず魔王フランシスコとの和平を探ってくるだろう。アルトロンドとは共闘しない。プロテウスもアルトロンドもアリエルの参戦で音を立てて崩れる。逆に言えばアリエルが参戦しなければ2年は戦えるだろう」
トラサルディの試算ではアルトロンドはまだ2年は大丈夫じゃないかといった。
それについてダイネーゼは疑問がある。アリエルの戦力も荒唐無稽すぎて理解できないのだ。
「セカ港が消し飛んだという報告は聞いたよ。だが私たちは半信半疑だ。そんな規模の魔法をホイホイ毎日何発も撃てるとしたら瞬く間に世界が滅亡してしまう。子ども向けの神話に出てくるアシュタロスじゃあるまいし。魔王軍に対し王都プロテウスが手出しできないなんてことはないだろう、王国軍には意地がある。四大貴族が他国からの侵略を受けたときには全力を持って防衛するという義務もあるからな」
「ダイネーゼどのも、セカで祭りをやるからといって、まさか半年も休戦するとは思わなかっただろう? しかもだ、アシュガルド帝国と王都プロテウスが揃って休戦に同意するなんてこと誰も考えてなかった。アルトロンドにとっては渡りに船だったろうが、愚かなダリルは侵攻をつづけた。こんな状況を狙って作り出したのだとしたらノーデンリヒトには恐ろしい知恵者がいるな。あの休戦案はだれが考え出したんだ?」
それについてはアリエルも同感だった。王都プロテウスが休戦していて、ダリルと南方諸国のみが戦うことになったことは幸運だった。おかげでノーデンリヒトが戦うことはなくなり、表面上はダリル方面一本に絞れた。しかも戦うのはドーラ軍であってノーデンリヒトは通行を許したに過ぎない。ノーデンリヒトは一つも損することなく利を得た。この件は詳しく説明してやりたいところだが、詳しく説明すると事の起こりがサオとレダがケンカしたことだということを言わなきゃいけない。エルフ族最強を決めるための祭だ。そんなものゾフィーに決まってるんだから、わざわざ人気のある二人が揃って負けなくてもいい。
「身内の恥をさらすようなことになるから詳しく説明したくないんだけど、ダリル侵攻は魔王フランシスコ率いるアルデール家の宿願だった。ダリルは何も知らずにエルダーに住むエルフを襲ったわけじゃなく、ドーラの王族の親戚を守る近衛兵を殺害してまで村を滅ぼしてる。この時点でもうドーラとダリルは戦火が開かれてるんだ。現魔王は次期魔王になるサナトスと比べてこの国での実績も低いし人気も負けてるからね、魔王の座を譲るにしてもその前に何か偉業を達成しておく必要があると考えるのは自然なことだと思うけど……さあどうするかな、魔王を引き留めて侵攻を遅らせるには相応の理由が必要になるけど、思いつかないな。きっと予定通り、来週にはもう戦闘が始まるんじゃないか? 早ければ10日後にダリルマンディ陥落の報が聞ける」
「アリエルはダリル戦に参戦しないのかい?」
「魔王フランシスコの実績を横から奪うようなことをやると煩い人が多いからね、俺は戦闘にはオブザーバーで見物しながら、エースフィルの首を取る段になってから口を出すだけだよ」
「じゃあ王都とアルトロンドはどう対応するんだ?」
「何か勘違いしてるよね? 俺はノーデンリヒトからの援軍としてフェイスロンド戦線に出たけど、基本的にどこの軍にも属してないからね。王都プロテウスもアルトロンドも敵対して戦おうなんて思ってないよ。教会や神殿騎士は別だけどね。サナトスたちノーデンリヒト陣営にとって有利になるよう動いてるってだけの話。王都ではアルビオレックス爺ちゃんをプロテウス城に移動させたみたいだし、実はアルトロンドにも身内になる人がいるんで、滅んでもらっては困る。ガルディア・ガルベスは失脚してほしいけどね。だけどさ、それにしても試算が甘くない? アルトロンドが2年ももつわけがないよ。俺は4~5カ月で干上がると見てる」
「4~5か月とは早すぎる。まだ休戦中ではないか。まさか休戦中に?」
「さっきアルトロンドに20万といったね? それが甘い。俺はもっとも多くの難民がアルトロンドに押し寄せてると考えてる。こちらの試算ではおよそ80万から100万の難民がアルトロンドに向かう。逆に、アムルタ方面には殆ど向かわない。アルトロンド方面へ難民を追い立てることで魔王フランシスコはアルトロンドを攻める必要なく、ただ領境線を守っているだけでアルトロンドはどんどん消耗していく。さっき聞いた経済状況が正しいとすれば難民80万で、5か月。戦闘しないんだから休戦もクソもない。休戦の終わる来年の春にはもうアルトロンドは干上がっていてもう戦えなくなってるよ」
「……っ! 魔王フランシスコは難民を使って休戦中にアルトロンドを潰す気か! まさに外道ではないか」
「別に魔王じゃなくても、潰す気がなくても自然とそうなる。外道だというのは否定しないがね。アルトロンドが1年ももつわけがない。今のうちに計算してみて。80万の難民がアルトロンドになだれ込んだらどうなるか。財政が破綻状態だからといって難民に食料が回らなければ難民の暴徒化と、村々を襲っての略奪を防げないだろうね。南のアムルタや南方諸国も休戦には同意してないよね? ダリルが負けたあと、じゃあアムルタが魔王軍と戦えますか? ってことになるんだけど絶対に無理。簡単に負ける。そこでアシュガルド帝国が動く。アルトロンドが大混乱になっているところを狙って難民支援のためだとか何とか称して帝国軍は大量の援助物資を担いでくるだろうな。その時王都プロテウスは、負けたダリルを占領した魔王軍の頭を抑えるため兵を総動員して魔王軍と睨み合う必要があるから、押し寄せてくる難民の相手をするだけで精一杯だ。北ではボトランジュに警戒しなくちゃいけない。大混乱に陥った王都プロテウスの東側の最も手薄なアルトロンド側からアシュガルド帝国皇帝直下の第一軍が、一気にプロテウス城に攻め込むというシナリオを考えたんだけど、どうだろう? その兵力は30~60万と推定する」
あれほど饒舌だったトラサルディですら言葉を失った。
いまアリエルが言ったことは頭の中で組み立てた、ただの想像だった。だが各陣営でこうなることは最悪の事態として当然頭の片隅にあったことだ。だが10年後、20年後にもしかすると……という仮定の話だった。現実に王都プロテウスはそう簡単にいく相手じゃないと考えていたのだ。
「そ、その作戦の根拠は?」
「ん? いまが大チャンスだからね、俺が帝国側の人間ならそうする。アルトロンドも王都プロテウスもタダで手に入る。その後、あの優柔不断なフェイスロンダ―ル卿を圧力と懐柔で飼いならして魔王フランシスコの新ダリルとボトランジュを分断させ続けておいて、どちらでもやりやすい方から先に潰して、返す刀でもう片方も潰して、最後にフェイスロンダ―ルを殺せばいい。晴れてアシュガルド帝国が大陸制覇だ。新ダリルのほうは国家としての土台が出来上がってないし、ボトランジュとノーデンリヒトは魔王軍と合流してダリル攻めに行った義勇兵たちが戻れないと相当きつい。空き家と大差ないからね、こっちも侵攻すればタダ同然で手に入る。こうなるとゾフィーの転移魔法陣も動作を止めておかないとトライトニアのベルセリウス家の隣の広場に毎朝一個大隊ぐらい送り込まれることになるんだけど……、な? 簡単だろ? こんなチャンス4000年の間、一度もなかったんじゃないの?」
風が吹いたら桶屋が儲かるという理屈で言うと、ダリルがコケたらアシュガルド帝国が儲かるということだ。そしてこのドミノ倒しは残念ながらもう始まっている。
「ベルセリウス卿! わたしはアムルタから南方諸国の方面へ30~50万ほどのダリル難民が流れると予想している。あるいはもっとだ。難民が南方諸国に流れないという、その根拠を聞かせてもらってもいいかな」
「んー、言っていいのかな。ああ、どうせ止められないな、うん。じゃあ言ってしまおう、それは魔王フランシスコがアムルタを攻めるからだ」
ダリル難民が南方に行かない理由を言うと、アムルタの役人だと言うヒッコリー氏が大声を上げた。そりゃあ驚くだろう。
「なあああっ、なんですとおおぉぉ? なぜそうなるのかお聞かせ願いたい。アムルタは確かに古くから奴隷制度を施行していますが、魔王軍と敵対しようなどと考えたことすらありませぬ」
「そもそもアムルタ王国も南方諸国も休戦協定には同意してないし、グランネルジュには南方諸国連合の旗が立ってたぞ? 一度はアムルタも魔王軍と戦火を開いた。ならば大義名分も立つ。アムルタ王国はもう少し危機感を覚えるべきだ。魔王フランシスコがダリルに侵攻した理由を知らないわけではないのだろう?」
「たしかフェイスロンドに住んでいた親類縁者をダリル軍が殺したとからと」
「そうだ。それが大義名分だ。そのフェイスロンドに住んでた親類というのが、もともとアムルタ出身で、奴隷狩りに襲われて、酷い目に遭わされたんだよ。だから家族が離れ離れになろうともエルダーの森に逃げたんだ。さっきも言ったように、魔王フランシスコは魔王の位をサナトスに譲る前に偉業を達成しておきたい。後の世に何もしなかった愚王だったと伝えられたくないからね、誰も成し得なかった覇業を遂げた偉大な魔王だったという証にアムルタも攻められる。ダリルが落ちてアムルタが無事で済むとは思わないほうがいい。対応を間違えるとアムルタは滅ぼされ、レダの故郷は魔族にとって住みやすい土地になってしまうぞ」
「なっ、何ということ! そのような情報、アムルタでは誰も知りません。レダ? というのはどういった方なのでしょうか? その情報の真偽を確かめるにはいかがすれば……」
「レダは次期魔王になることが決まったサナトスの正室でルビスを二人も産んだ宝腹として確固たる地位を固めている、名前ぐらい覚えておいて損はないよ。アムルタ南部にファンって町があるだろう? そこから更に南に下った山岳地帯にエドという、いまはもうあるかないか分からないけど寂れた山村があった。分からなければ土地のエルフたちに聞けばいい、イグニスの神殿のある村だ」
「ファンなら知っております。分かりました。なれば私も無事にとは言いません、この両腕を失ったとて、この情報をすぐさまアムルタへ持ち帰りとうございます。わたくしは商人ではありません、アムルタ王国の役人にございます。国が敗れたとてどこへたりとも逃げること叶いませんゆえ、命乞いをさせていただきとうございます」
「私もだ。ベルセリウス卿、悪いが命乞いをさせていただくよ。ダリル滅亡の憂き目にあうのは仕方がないとしても、アシュガルド帝国は我らグローリアスの目的とは相容れぬ存在である。敵対してはいるが、ここは我らを解放していただきたい」
「私も命乞いするとしよう。ここまで来て教会の自由にしてなるものか。アリエル・ベルセリウス。あなたの家族を思う正義は美しい。だが我々もまた胸に理想の楔打ち込んで独自に動いている。グローリアスの理念を理解してくれとは言わぬし、どうせ相容れぬであろう、あなたとは生涯に渡って敵対する運命にあろうとも、ここは命乞いをさせていただきたい。もしそれが許されるならば事が成った暁には、誓って自らの足で死刑台を上がろう。グローリアスの理想は常に我らとともにあるのだ」
グローリアスの理想などに興味はない。テロリストじゃなくても理想を掲げるような奴はだいたいが独善的で、他人の迷惑なんて考えない。だがダイネーゼは怒りに任せて口を滑らせた。
いまの話ではダリルが負けると難民がアルトロンドに押し寄せ、どさくさに紛れて帝国軍が襲ってくるということだった。それがどういう訳か、教会の自由にさせてなるものかといった。
アリエルは腕組みをしながらここにいる面々を舐めるように眺めたあと、ひとつ気付いたことを問うてみた。
「……グローリアスって教会と敵対してるの?」
ダイネーゼの表情が曇った。エレノワはダイネーゼを責めるような視線を突き刺す。
そしてトラサルディ・センジュはやれやれといった表情でアリエルに言った。
「いまのは聞かなかったことにしてくれないかね? 頼むよ……」
「いーや。両の耳でしかと聞いたからね。じゃあ条件を一つ追加だ。そこんとこ詳しく、ちゃんと話してくれたらそっちの条件を飲もう」
グローリアス幹部4人がみんなで顔を見合わせながら、目くばせで小さく首を振る仕草で落ち着いた。
仕方ない……ということなのだろう。
「ふむ。これは公然の秘密ということで口外無用でお願いしたいのだが?」
「当然。おれは口が堅いよ?」
「ならば話そう。そうだ」
……。
……。
……。
「それだけ!? ちょっと、他に何かあるでしょ? だって教会はエルフの奴隷制を推進するのに最も強い原動力になってるでしょうが! あんたらとは利益の共同体じゃん。なんで敵対してるのさ」
「グローリアスのトップと話せば教えてくれるさ。私たちがペラペラと話していいことじゃない。約束は守ってもらうからな。ノーデンリヒトに連行されるのは私ひとりだ」
「うそつけ! さっきまでどんだけペラペラしゃべってんだってぐらい饒舌だったくせに、教会と敵対してるかどうか聞いただけで突然口をつぐむなんて怪しいよね。現実主義者だとか言ってたくせに命乞いの段になって理想とか言い出すしさ」
「とんでもない。それは違うよアリエル。いま言った理想という言葉は目的と言い換えてもいい。ただ私たちの言う理想は夢でも幻でもない。現実にもう手が届きそうなところにあるのだよ。だがその理想の実現には教会が邪魔なのだ。アシュガルド帝国が邪魔なのだ。だからこその命乞いなのだよ。私たちは全力で帝国軍を阻止する。神聖典教会も神聖女神教団も、現在の教義を廃止させ、300年前の焚書以前の教義に戻していただく! アリエルはどうするのかね? 私たちグローリアスの理念を理解してくれとは言わない。だから説明もしない。私たちは私たちだし、アリエルとは敵対している身だ、共に手を取り合って帝国の脅威と戦おうだなんて言うつもりはない。だが敵の敵は味方という言葉もあって、それは時に正しい」
「何言ってんのさ、あんたら揃いも揃って神聖典教会と敵対してたのか。だから秘密結社なんだ。卑劣な奴隷商人で居続ける理由を知りたいのだけど?」




