15-06 グローリアスとの会談(3)帝国の狙い
クドめの会話進行です。これまでの物語で世界がどう動いてこうなったかという説明回でもありますが、物語は動きます。会話回は書くのが楽なので次話も比較的すぐ上がると思います。
カタリーナさんの挿絵を描いて差し込んでおきましたので報告をば。
14-26 カタリーナ・ザウワーの半生5:再誕【挿絵】← お時間が許しましたら見てやってください。
「……それは……、由々しき事態ではあるが、帝国軍がアルトロンドに対し "緩やかな侵略" を仕掛けているのは、我々も気付いていた」
「そうなの? アルトロンドってアシュガルド帝国とそこそこ友好関係だよね? 俺がエルドユーノってトコにいた頃は、アルトロンドの商人が頻繁に行き来してたし、表で帝国と仲良くしてるように見えたけど、あれもなにかカムフラージュのようなことしてたのかな」
「カムフラージュなどしておらんよ。帝国軍はまだ表立って行動する時期じゃないと思っているだけだろうね。これは各陣営の政治と経済が複雑に絡み合うややこしい問題だ。説明はセンジュ会長にお願いする、アルトロンドの情勢を語ったのみではきっと理解してもらえない」
「ん? アリエルはエルドユーノに居たことがあるのか? どれぐらいいたんだ?」
「1カ月とか、それぐらいだけどね」
「そうだったか。帝国の情報が欲しかったのだが1カ月ぐらいだと重要なことまでは分からんな。こっち陣営の政治と経済か……、そうだな。では最初に滅ぼされそうなダリルの話からでいいだろうか?」
「なんだその言い方は! ほかにいくらでも言い方があるだろうに」
「ああ、すますまんエレノワ騎士伯。失礼した。では取り急ぎ……、前領主、つまり父親がアリエルとの決闘に敗れたのに暗殺されたなどと誤った情報が流れているのに、それを訂正しようともしない現ダリル領主、エースフィル・セルダル卿の話をしよう」
「今日はいつになく手厳しいなセンジュ会長。皮肉にも切れ味が鋭い。有名人の甥っ子と会えて機嫌がいいと見えるな」
「会ってみたかった甥っ子にやっと会えたと思ったら逮捕されて今にも連行されてしまいそうなんだ。そこまで機嫌がいいわけじゃないよ。だけど不思議とわくわくしている。だからついでにセルダル家のことは悪く言わせてもらう。つまりだ、セルダル卿はエルダー大森林も含めて、ダリル領の何十倍もある広大なフェイスロンド領を我が物にすべく全軍を持って北上……。侵攻したんだ。その理由付けがまた、なんともくだらない。神聖典教会が王国名義で出した布告どおりの対応でな、領主がエルフの血を引いてることを指して、フェイスロンド領主はヒトにあらずというアレだ。エースフィル・セルダルは敬虔な女神教徒なのかい? 日曜日は朝から家族そろって礼拝に出かける? 女神像に跪いて祈りでも捧げているというのかね?」
「いや、そんなことはないな。ただ、ベルセリウス卿に父親が殺されたことで、同じくベルセリウス家と敵対している神聖典教会と手を組んだのだろう。ベルセリウス卿の言った通り父を殺したのが親衛隊だったならレイヴン傭兵団はセルダル家と敵対することになるのだが……相手が四大貴族となると反逆罪になってしまうな……」
「敵対などせずともよいよ、セルダル家はもうダメだ。放っておいても滅ぶ。フェイスロンド侵攻も、あの時はまだアリエルが死んだと思っていたからな、驕るエースフィル・セルダルはまさか大爆発と共にアリエル・ベルセリウスが帰ってくるなど、爪の先もほども思わずに、非道の限りを尽くした。グランネルジュ陥落の折は酷かった。エルフたちは年端の行かぬ少女であっても兵士たちの慰み物にされてしまったし、捕えた領主の側室と子どもを門に吊るすなど、そもそもヒトのやることではなかろう。エルフはヒトにあらずなどと言って侵攻しておきながら、ダリル軍の行いこそがヒトとしていかがなものか問いたい」
「待った! エアリスに聞かせたくない。その話はR15だから!」
「あああああっ、これはいけない。エアリスには聞かせられないな。すまんな今のは忘れておくれ。この話を纏めるとだな、エレノワ騎士伯には気の毒だと思うが、ダリルは滅んでくれたほうが我々にとって益になる。もっとも、ダリルはベルセリウス家ゆかりの者を殺害したとも聞いた。それは親戚筋であるセンジュ家にとっても悲しい出来事だからね」
「その通りだ。まあ、滅ぼされそうなのはダリルだけではないがね。なあダイネーゼどの。ベルセリウス卿の話を聞くと、アルトロンドも前の敵ばかりにかまけていられないのではないかね? 後ろからアシュガルド帝国にグサッと刺し殺されそうな情勢ではないか」
「やれやれ……、エレノワどのも本当に人が悪いですな。同じく滅びに瀕した者同士なのだ。傷を舐め合ってもいいと思うのだがね、確かにエレノワ騎士伯の言った通りだ。16年前に12万もの戦死者を出して、その遺族年金やら戦死者補償金やらでアルトロンドは財政が大きく傾いた。その後のセカ侵攻、マローニ侵攻にも資金難でカネも兵士も出せなかったんだ」
「ええ? アルトロンドはセカの南東部、サルバトーレ方面一帯を占拠してたけど?」
「そうだよ。アルトロンドが兵を動かすたびに消費される莫大な費用の大半はアシュガルド帝国が拠出してる。つまり借金してるんだ。そしてセカの南東部市街地を占拠していたアルトロンド軍の半数以上は教会から借りた神兵という名の帝国軍人だった。アルトロンドはセカ南東部の支配権を帝国に売り渡すことで借金返済を目論んでたようだが……当てが外れてしまったようだね。もはや借金を返す術がないのだ。それに加えてだな、もし今の話の通りだとするならアルトロンドが経済的に破綻状態にあるのも帝国の謀略なのだろう? 返済期限に金を返せないとどうなることやら……」
「返済期限なんて関係ないよ。アルトロンドの金庫がすっからかんで、帝国の財布がないと息もできないところまで追い詰められてることが問題なんだよ! アルトロンドははもう死に体じゃないか」
「私の愛したアルトロンドはもうないな。滅びを待つのならアルトロンドの草原で、草笛でも吹きながら女の膝枕で迎えたいものだ」
「膝枕はまだもうちょっと我慢してくれ。ここでようやく私たち、グローリアスの話になるんだが……。アリエルはグローリアスのことをどれぐらい知っているか、まずは聞かせてもらって構わないかな?」
「グローリアスはノーデンリヒトが追ってる人身売買組織の中では最大規模なのかな。奴隷商人たちの商工会議所みたいなものだと理解してる。ビアンカの実家が裏でグローリアスと取引きしてるんじゃないか? って言われてたから、かなり慎重になってたことは確かだけどね、まさか構成員だったとは……呆れてモノも言えないよ」
「なるほど。その情報はジュリエッタだな。あいつ口が軽いなあ。だがその答えだとせいぜい30点といったところだな。グローリアスは確かに奴隷商人の商工会議所だが、それはあくまで表向きだ」
「いやあ、それなんだけどさ。調べてみたら相当に怪しいんだ。ジュリエッタさんに聞いた話なんだけどさ、奴隷を扱う商人ならグローリアスという商工会議所のことをみんな知ってるのに、その構成員に誰が居るのか?を聞くと、誰も知らないという謎の組織らしい。そもそも創始者の名前がわからない、運営している母体も分からないという。裏でなにかご禁制の品を扱ったり、密輸したりなんていうことを平気でやってそうなイメージだよ。影の犯罪組織みたいな、そんな印象だったんだけどね、センジュ商会が調べても正体が分からなかった理由がわかったよ」
「ほう、やはりそんな印象を持っていたのか。ならばそうだな、50点といったところか」
「影の犯罪組織と言ったら点数が増えたね。あと俺が理解してない半分が気になるんだけど」
「影の犯罪組織というのはやめてほしいな、どうせなら秘密結社とでも言い換えて欲しい。さっきの話の中で、アシュガルド帝国と、神聖女神教団は大悪魔アリエル・ベルセリウスの討伐に成功したと発表した。これが16年ほど前のことだ。アリエルが死んだという情報を受けて、私たちはこれまで水面下で準備していた計画を表に出すことにした。まあ、準備不足は否めなかったがね、グローリアス、栄光という意味の言葉を組織の名に採用した。グローリアスは私が始めたんだ」
重大な告白だった。
ビアンカの実家、センジュ商会を率いるトラサルディ・センジュがグローリアスの創始者だと言った。
ノーデンリヒトではその正体すら分からなくて、あちこち手をまわして探している奴隷商人の総元締めだ。
アリエルは少し落ち着きを失った。
全身のあちこちから湧き出してくるような苛立ちを隠せない。
「トラサルディ叔父さんが? センジュ商会の本店がまさかグローリアスの創始者? まさか、嘘だと言って欲しいな。ノーデンリヒトは国家創立の骨子に人魔共存を掲げてるんだよ? ヒト族もエルフ族も、獣人も魔人も、法の下に平等を約束してる。だからノーデンリヒトは、奴隷制度のある国や地域を敵性と定めて、人権を奪われてしまった魔族を難民として受け入れてるんだ。ノーデンリヒトが敵対するもの中には、アシュガルド帝国やアルトロンドのような明確に分かりやすいものだけじゃなく、神聖典教会の差別的な教義そのものや、グローリアスのような奴隷商人も当然含まれている。身内だからと言って見逃せないんだよ。それを? なに? 奴隷制度が大嫌いでぶっ潰しまくってる俺が居なくなったからグローリアスが立ち上がったってこと? すっごく印象が悪いよそれ。いまイラっとしたし」
「それはお互い様じゃないか。たったいま私は、アリエル、キミの肉親だと言う事が幹部連中みなにバレてしまった。後でどんな追及をされるかわからない状況に陥ったからね。ここはチャラってことにしてくれないか?」
「チャラにするかどうかは母さんが決めることだよ……」
「ちょ、ちょっと待って。ビアンカは苦手だ。あいつはちょっと言い負かしただけで木剣を持ち出して私を叩くんだ。まったく、センジュ家の女は揃いも揃って苛烈で困る……」
「で? その秘密結社グローリアスのトップがあなただと、そういうオチですか? 利益を追求する商人に、何のために? と聞いてもいいかな。何しろ話を聞いているとカネのためだけにこんな大掛かりな事やってるとは思えないんだ」
「おおおっ! そうだよアリエル。さすがビアンカの息子だ。そう、私たちグローリアスの目的はカネじゃない。だけど一つ間違いを指摘させてもらうと私は組織のナンバー2だ。さて、ここでまた話はいちばん最初に戻る。ここにいる私以外の者を全員、何事もなかったように開放してほしいと言ったろう? 虫がいいと知りながら開放してもらえると思っているその根拠のひとつが私だ。捕えてノーデンリヒトに連行するなら、私ひとりで十分だろう、他の3人など私の首に比べたら軽いぞ? もし私の願いを聞き入れてくれるなら、グローリアスのボスに会わせると約束しよう。さっきの"何のために?"という質問にもきっと答えてくれるだろうね。もしこの条件が受け入れられないなら永遠にナシだ。私たちのような末端の幹部が捕まるだけで、グローリアスは今よりさらに地下に潜る。私は殺されたとしてもボスの情報は売らない。どうだろう? 悪い話じゃないと思うがね」
「ふうん、幹部4人がこんな辺鄙なトコでコソコソ会ってた理由をまだ聞いてないけど?」
「まだわからんのか? ぶっちゃけて言うと敗戦後の身の振り方について話し合ってたんだ。アリエルたちだけなら抵抗する兵士が爆死するだけだろうが、ドーラから魔王軍が実際に侵攻している。ノーデンリヒトやボトランジュの義勇兵も合流して10万もの大軍でね、こいつはいけない。いけないを通り越して最悪だ。想定外の事態だよ……。気の毒な話だが、ダリルは敗北するだけじゃすまない。その点について、エレノワ騎士伯も異論はないと思うが?」
「ああ、その通りだ。ダリル領主セルダル家は戦に敗れ、ダリル領は失われるだろうな。では300万ダリル領民をどうするつもりだ? 勝利するであろうベルセリウス卿の意見を聞かせて欲しいな」
アリエルはハッとした。
いまこうやって奴隷商人グローリアスの幹部と話していると、利益というものの重さを考えすぎて、人間性が希薄に感じているところだ。まるで人間味を感じない。組織というのはそういうものだと言ってしまえばそれまでだが、それは組織も国も同じだった。
そうだ。国家であっても、国益というものは最優先にされて然りだ。
ではアシュガルド帝国の国益とは何だったのか? そう考えた時、プロスペローの顔が浮かんだ。
プロスペローは帝国軍で英雄アザゼルと名乗っている。
皇帝コンスタンティノーブル直下の第一軍にいる。そんな男がなぜノーデンリヒト陣営にいながら、のらりくらりと帝国軍との交渉なんかしてたのか。
他の男を愛してしまった元妻のことを未練タラタラまだ引きずっているのかとも思ったし、ノーデンリヒトを攻撃してアリエルの家族を傷つけるようなことがあったら、世界を滅ぼさない理由がなくなるからだとも思っていた。
だが、セカを攻めていたのも、ノーデンリヒトを攻めていたのも帝国軍第三軍、これは弟王エンデュミオンの兵だ。そしてエンデュミオンはクーデターを計画している。
もしクーデターを起こそうとしていることを、プロスペローが、もっと言えば、皇帝コンスタンティノーブルが知っていたとすればどうだろう。弟であってもクーデターを起こしてしまえば処刑するほかない。
クーデターを未然に防止するためにはどうする? 力を削ぎ落すのが常套手段だ。
皇帝コンスタンティノーブルを武力で追い落とす算段をしていたのに、帝国軍第三軍は16年前のバラライカ決戦で10人の勇者を失い、ノーデンリヒト攻略に出さされ、そして兵力を根こそぎ奪われている。
クーデターを計画してるエンデュミオンの力を削ぎ落すための策略だとするなら、これはプロスペローが考えたことに違いない。ボトランジュの戦力も、ノーデンリヒトの屋台骨もすべてを知る立場にあって、マローニの無血開門でも、プロスペローが第三軍と交渉してノーデンリヒトに引かせたのだ。
だとすると、プロスペローはアリエルが考えていたよりもずっと打算的な男だった。
プロスペローが帝国軍第三軍のクーデターを阻止するため、力を削ぎ落したのだとすると、アシュガルド帝国は面倒な国内問題が一段落し、帝国軍第一軍は満を持して動き始める。
分かっていたはずなのに、なぜそれに今まで気が付かなかったのか。いまこうやって、各陣営の話を整理して聞くまでは帝国の国益にまで気が回らなかっただけだ。少し考えれば分かる事だった。
アリエルは頭の中で、様々な情報を整理しながら組み立て、その結論だけを簡潔に言った。
「マズいな、シェダール王国は1年で滅ぶ」




