15-05 グローリアスとの会談(2)緩やかな侵略
アリエルたちが日本に帰ってる間におきた出来事を整理していくうちに、蝕まれゆく王国の姿が浮き彫りになってゆきます。相変わらずクド目の会話回が続きます。次話は土曜か日曜にでも間に合わせるつもりです。
ダウンフォール!ブックマーク1000突破です。ありがとうございます。感謝感激です。
もし商店街でヤンキーに絡まれたら『私のバックには1000人の読者がいるんだぞ! ごらああ』って言ってビビらせたところで走って逃げます。皆様のおかげです。ありがとうございます。
トラサルディ・センジュはアリエルの言動と、表情が曇ったことに気付き、その理由を訝った。
「おかしい? はて、なんの話だろう? 私はアリエルがおかしいといって首をかしげていることが何なのか聞かせて欲しいのだが?」
「んー、ちょっと話の整合性がね。このモヤっとした気持ちが晴れなかったら後でまた改めて話を聞かせてほしいんだけど、いまは話を続けてくれない?」
トラサルディは明らかにアリエルが何か気付いたことを察知した。
「そうか。わかった。あとで教えてくれよ。えっと、どこまで話したかな?」
「おいおい大丈夫か。アルトロンドはサルバトーレ会戦に敗北し、領内は大混乱、そして信頼できる筋からアリエル・ベルセリウスの侵攻があると情報をもらって、予備役まで総動員して引っ張り出し、領内で待ち構えてたっていったろう?」
「ああ、そうだった。ダリルマンディ襲撃の真相を聞いて驚いてしまったんだ。まだボケるトシじゃない。ではその続きを話そう、えーっと、そうだな。アリエル、キミたちはアルトロンドで、帝国のお膝元を揺るがしかねないほど激しい戦闘となった。バラライカ決戦という、今も語り草になっている大規模戦闘だよ。アルトロンドは帝国軍の手を借りて、領内でたった3人の男女を止めるため総力戦を仕掛けたが、アルトロンド軍、神聖典教会の神兵、そして帝国軍を含む神聖女神教団から来た義勇兵あわせて総勢14万もの大軍のうち、驚くべきことに12万の兵が戦死した。12万だぞ? シェダール王国始まって以来の大惨事だ。アルトロンドだけじゃなく、王都プロテウスもその真偽を確かめるため、半年も調査を行ったほど、12万の戦死者が出たなんて信じられなかったんだ。そしてアシュガルド帝国が神聖女神教団を通じて正式な発表をした。どういう発表か知っているだろう? これは15年前の話で、私たちも王都にいてとても残念だと思った。お前のお爺ちゃんとお婆ちゃんは、発表を聞いて泣き崩れたんだぞ」
「俺たちが死んだって話ですね……まさか王都でも心配してくれてる人が居るなんて、その時は考えてもいませんでした」
「そうだ。アリエルはノーデンリヒトで生まれたから親戚も家族も少ないだなんて思っちゃいけない。王都にもセカにも、その身を案じる者は大勢いるんだからね。まあ、アリエルが死んだという情報がもたらされた前後の話だ、王都プロテウスはダリルマンディ襲撃の報告ですら検証中だったのに、まさか12万もの兵士が死ぬような大規模戦闘の報告を受け、確認作業に追われた。とはいえ、戦闘の痕跡は湖になってしまったんだがね。プロテウスはアリエル・ベルセリウスの真実を何一つ調べ上げることなく、死んだという発表を聞いたんだ。アリエルが本当に死んだかどうか、確認したかったのだろうね、シェダール王国では神聖女神教団の発表から実に10年もの長いあいだ様子を見たうえで、ようやく、やっとアリエル・ベルセリウスが本当に死んだと確信を得たんだ。石橋を叩いて渡ると言うが、石橋を叩いて叩いて、壊れなければ他人を乗せて確かめるような慎重さだった。そしてこれまで及び腰だった王都プロテウスもようやく牙を剥き始めた。王都プロテウスがシェダール王国名義で出した公布を知っているかね?」
スヴェアベルムを留守にしていたアリエルも当然それは知っていた。しかし細かいことまでは知らなかった。
「魔族排斥運動を政策にしたように、確定させるような公布だっけ?」
「そうだ。正確には……」
トラサルディは王国が出した公布の内容を分かりやすいよう端折って説明した。
当時のシェダール王国が出した公布、それは魔族の権利を大幅に制限する魔族排斥運動から二歩も三歩も踏み込んだ酷い内容だった。
一つ、シェダール王国ではエルフ族以外の魔族を認めない。
一つ、エルフ族には奴隷以外の身分を与えない。
一つ、魔族の血が少しでも混ざっていると人にあらず。
一つ、シェダール王国にあって純血人族以外は、人としての権利を有しない。
以上の四項に分けられる。
「族」が何を表しているのかという話になるのだが、種族と訳すのが通例らしい。
「何か質問があるかね?」
「質問どころか、ムチャクチャだよこれ。思いっ切り矛盾してる。フェイスロンド領主がエルフの血を引いてるじゃないか。フェイスロンダ―ル家は四大貴族だよ? それを認めないだの奴隷だの……王都は狂ったとしか思えないよね」
「そうなんだ。仮にも四大貴族であるフェイスロンダ―ル家のことを知った上で人ではないとした内容、これはシェダール王国が神聖典教会を通じて出した布告なんだよ。教会は小さな礼拝施設を含めると全国に1200か所あるからね、その大きな影響力と、女神ジュノーの信者を使って、自分たちの都合のいいように拡大解釈し、内容を改変したんだ。だからフェイスロンド領主、フェイドオール・フェイスロンダールがエルフの血を引いている事をこれっぽっちも考慮してない。神聖典教会にとって、四大貴族を名乗ったとて、エルフの血が混ざっているフェイスロンダ―ル家の嫡男など、その辺の犬と同等なんだ」
「フェイスロンダ―ル卿が教会を襲撃させて治癒魔法を奪った理由がなんとなくわかった気がするよ。じゃあ、その後の王都プロテウスの対応は?」
「王都プロテウスよりもフェイスロンド領主、フェイスロンダール家のほうが反応は早かったな。明瞭に王国を批判することはなかったが、神聖典教会の横暴を許さず、王国民のための政治をしてくれと陳情したんだ。もちろん王都プロテウスは神聖典教会に公布の間違いを指摘して、改めて訂正するようにという指導をした。たったそれだけだがね……そのあとは知ってるだろう? 王都プロテウスはノーデンリヒト領を治めていたトリトン・ベルセリウスから領地を没収し、それをアルトロンドのガルベス卿に与えると公布したんだ。つまりトリトンは貴族の称号を剥奪され、領地を没収されたされたということだ。ちなみに元老院議会の決定事項など公布物はすべて神聖典教会の掲示板に張り出されるという形で公布される」
「こっちの決定には教会の拡大解釈なんて入ってなさそうだね」
「うむ。入り込む余地がないようだ。何から何までウソばっかりだとさすがに信徒も騙し切れないだろうね。もちろんセカでもトリトン失脚は大ニュースになったんだが……。アルトロンドがノーデンリヒトに行くためには必ずボトランジュを通る必要がある。アルトロンド領主ガルディア・ガルベス卿はせっかく国王からいただいた領地へ行くのに、犬猿の仲であるベルセリウス家の領地を通してもらわなきゃいけなかったんだ。そしてベルセリウス家は通行を許さなかった。王都プロテウスはさらに、ノーデンリヒトを明け渡そうとしないトリトンを盗賊頭と認定し、討伐命令を下した。ボトランジュが王都を敵に回してしまった経緯というのはこういう事さ。アルトロンドは国王から拝領した領地に行こうとしただけなのに、武力を持ってそれを阻止されたんだ。これは王国の法に照らし合わせて考えると、明らかにアルトロンドのほうに分がある話だよ」
「なるほどね、それで回りみんなを敵に回してしまったんだな。でもさ、じゃあなんでセカにアシュガルド帝国軍がいたのさ? セカ侵攻には帝国軍も関わってたと聞いたけど?」
「帝国軍は当初、国の正規軍としてではなく義勇軍として、あくまでバラライカ決戦で甚大な被害を出したアルトロンドに協力すると言う形で兵を貸与していたのだが、いま言ったセカ通行のトラブルで大勢の犠牲者を出してしまってね。アシュガルド帝国が自らの国旗を掲げて進軍して来るのに時間はかからなかった。要するに報復だよこれは。アルトロンドと帝国の連合軍に攻められたセカはよく戦ったと思うけど、王都プロテウスが参戦した途端にバタバタと崩れていった。帝国の目的はセカ港だった。水軍の巨大基地として、セカ港がどうしても欲しかったんだ」
アリエルはスヴェアベルムに戻って帝国軍にいた頃、たしかジェミナル河流域の全てを支配していると聞いたことがあった。セカ港、ノルドセカからジェミナル河の北岸をすべてだ。
「確か帝国軍はマローニからノーデンリヒトまでの500キロにもわたる高原と穀倉地帯の全てを奪うのに成功してたよね? でもそんなこと、よくシェダール王国は黙ってたね」
「実質、マローニを支配してたのは王国軍だからね、帝国軍は補給基地として使わせてもらってたというほうが正しいんじゃないかな。ただ、帝国軍は大規模な水軍を持っているからね、セカ港はどうしてもほしかったんだと思うよ。帝国の軍艦が停泊できるほど大きな港はセカとノルドセカしかなかったというのが帝国軍の言い分だったはずだが、んー、それも単なる口実だろうね。問題はセカ陥落より前か後、タイミングは分からないが、私たちの耳に入ってきたのはセカ陥落から数か月してからだったが、ノーデンリヒトが独立国家を宣言したんだ。これがいけなかった。シェダール王国の庇護から外れたポッと出の小国が逃亡奴隷を次々と受け入れたりするもんだから、政策的には帝国と敵対するだろ? そんな小国を野放しにするような帝国主義がどこにあるのかと逆に聞きたいね。ノーデンリヒトは帝国の格好の標的にされたんだ」
トラサルディの話を聞いていたアリエルはまた少し黙り込んでしまった。
少しの間だけとはいえ帝国軍にいたのだから、ある程度なら分からないでもない。
ノーデンリヒトを攻めていたのも、セカに駐留していたのもアシュガルド帝国の第三軍。弟王エンデュミオンが率いる軍隊だ。
アリエルたちが召喚されてきて教わった座学の知識が役に立つ。
アシュガルド帝国軍は全兵力で100万。うち半分の50万が皇帝直下の第一軍。
30万は第二軍、そしてアリエルたちが所属していた第三軍は予備役も含めると20万。
エンデュミオンはボトランジュとノーデンリヒトで第三軍の戦力をかなり浪費してしまった。
アリエルの知らないところでどれだけ浪費したかは分からないが、ノーデンリヒト要塞前と、マローニとセカ港ごと吹っ飛ばしたのを合わせると10万近い。アリエルたちが日本にいた頃サオたちが戦った敵はそれが王国軍なのかアルトロンド軍なのか、それとも帝国軍なのか、サオ自身まったく区別してなかったらしく、どれだけ死んだかは分からない。ざっと10万で計算したとしても、帝国第三軍はいまもう勢力が半分になってしまったということだ。
アリエルたちをスヴェアベルムに運んだ勇者召喚がこれまでにない大規模なものだったと聞いたが、もしかすると軍の立て直しが急務だったのかもしれない。
それに弟王エンデュミオンは、クーデターを計画していて、アリエルという不確定要素を抱え込もうとまでしている。エンデュミオンは焦ってると考えるべきだ……としても。
第一軍と第二軍はピクリとも動きを見せない。これも不気味だ。
「どうしたアリエル? また難しい顔になったな?」
「んー、帝国軍って第一軍から第三軍まであって、みんな別々の動きしてるんだなと思ってさ」
「そうだな、ボトランジュとノーデンリヒトの派兵したのは実質第三軍だけだった。だが、いまアルトロンドに貸し出されている神聖典教会の神兵は、第一軍から出ている7万の義勇兵だ。最高司令官が違うんだから別々の動きをしているのは自然だと思うがね?」
兵士の又貸し? まさか、神聖典教会の神兵は帝国軍第一軍だとは思ってなかった。つい先日のグランネルジュ前の戦闘でも何千かは神兵が混ざっていた。奴ら帝国軍だった。
だとすれば、フェイスロンドとダリルの情勢まで、とっくに皇帝の耳に入ってると考えるべきだ。
しかし教会は派遣会社みたいなことをしてると突っ込み入れてやりたくなったけれど、第一軍は皇帝コンスタンティノーブルの直属だ。つまり、プロスペローの配下ということになる。
第一軍から7万も出ているとなると不審感しかない。
「ダイネーゼさんに聞きたい。アルトロンド領軍っていまどれぐらい居るの? 神兵とか借りものは除いてさ、生え抜きのアルトロンド兵はどれぐらいの数になるのさ?」
「アルトロンド軍の規模かね? 衛兵含まず領軍だけだと3万8000と言ったところだ。誰かさんとの戦闘で壊滅的な被害を被ったからな、アレがなければアルトロンドはここまで傾いてなかった」
結構ヤバいんじゃないかと思った。
これじゃあアルトロンドは帝国の胸先三寸で奪われてしまう。
「ダイネーゼどの、アルトロンドの相手はたった3人の男女だった。ダリルマンディ襲撃の報告を聞いたガルベス卿が自分も殺されるんじゃないかと怯えて14万も出して総力戦で負けたくせに、そんな皮肉のような言い方はどうかと思うよ。アリエルたちが帰ってきて、あなたもいま内心じゃあ喜んでるところだろうに……。ノーデンリヒトから帰宅を知らせるドアチャイムのように再び大爆発が起こったと聞いてガッツポーズしただろう? というわけだ、ここにいる四人は、とても残念なことに全員がアリエルの敵だが、帰ってくるのを心待ちにしていた。おかえり、よくぞ戻ってきてくれた。だが帰りが遅い、あと5、6年早く帰っていればこんなことにはならなかった」
奴隷商人の総元締めの4人が帰りを待ち望んでいたという。アリエルはいま感じている気味の悪さを前面に押し出したような、露骨にイヤそうな顔を作って、トラサルディの言葉に応えた。
「こんなに気分の悪い『おかえり』を言われたのは初めてだ。ただいま、と言っておけばいいのかな。じゃあさっきの、話の整合性のところでちょっと腑に落ちないところがあった話なんだけどさ、そこんとこ先に確かめておきたいのだけど。いいかな?」
「ん。むしろ望むところだ。疑問があるならいくらでも聞いて欲しい」
「いま疑問に思ったことは2つ。もしかすると1つに繋がるかもしれないんだけど、まずひとつめ、ダリルマンディ襲撃の報告をエールドレイクに持ち込んだのは誰なんだ? 斥候の話だとするなら間違いが多い。自分の目で見たことを報告したら俺が一方的に大暴れして領主を暗殺したなんてことにならないはずだし、ダリル軍が捻じ曲げて流した情報にしては、奴らの恥になるところが多すぎる。普通は自分たちの責任を転嫁する方向に情報を改変するだろ? じゃあ誰がそんな情報を流した? 情報を捻じ曲げたことで利益を得たのは誰だ?」
「言われてみればそうだな、ダイネーゼどの、アリエルはあなたに問うている」
「……、調べてみないと分からないが……、心当たりはある。ベルセリウス卿、あなたは2つ疑問があるといったね、ではもう一つの疑問を聞かせてもらえないだろうか」
「わかった。じゃあまず身内の恥をさらすようだが、ベルセリウス家にとても近しい者が帝国と内通していたということが分かっている。さっき情報提供者に心当たりがあると言った、その人物のことだ」
「聞いております。ではその人とアルトロンドに何が?」
「さっき、俺たちが襲撃するという情報をアルトロンドに与えて、アルトロンドは陸路を警戒して、帝国軍は船に乗って遡上するのを警戒していたと言ってたね?」
「ああ、そうだ。アシュガルド帝国軍も西方面軍としてジェミナル河流域と、遡上してくる船を片っ端から臨検して警戒に当たっていたという。船なら帝国軍がひどい目にあった。だが陸路を守っていたアルトロンドが運悪く貧乏くじを引かされたのだろう?」
「違うよ。その内通者は、俺たちが陸路を行くことを知ってたんだ」
「どういうことか詳しく!」
「アルトロンドに侵入したとき、俺たち3人の中には土魔法の権威がいた。土魔法使いというのは水上では役立たずでね、陸路で行けるのにわざわざ船に乗って移動するなんてことは絶対にない。船上で襲われたら子どもと同じなんだからね、こればっかりは断言するよ、船に乗らなくていいなら、多少危険でも絶対に陸路を行く。そしてその内通者は、当然だけどそのことを予め知っていたんだ」
「でも泳げない訳じゃないの!」
だれもパシテーが泳げないなんて思ってないのだけど!
「まあ、船に乗りたくないのが誰かってことは分かっただろうけど、帝国軍は俺たち3人が陸路を行くことを知っていた。相手はこっちの使う魔法の情報を知ってるから、街道を避けて[スケイト]で湿地帯を難なく滑っていくのも分かってた。そして14万のアルトロンド兵はみんな帝国軍の指揮下にあった。光モールス信号なんて使って通信してたんだから地雷を避けて迂回することもできたはずなのに、今考えると、わざわざ皆殺しになるよう誘導されたとしか思えないし……」
「光モールス信号とは? いったい?」
「手旗信号を進化させたような通信法かなあ。光の点滅で文字などの情報をやり取りする技術なんだけど、光モールス信号を使うと遠く離れた陣と陣で通信することが出来るんだよ。書簡を持って早馬を飛ばす通信兵なら1時間かかるところ、見晴らしのいい平原で晴れた夜だと7キロぐらい離れててもリアルタイムで通信可能だからね。アルカディアの古い通信技術なんだけど、アシュガルド帝国軍はこれを使いこなしてる。興味があるならこんど教えるけど?」
「本当かアリエル。それは戦争が変わる技術ではないか」
「俺たちもわざわざ死にに来るようなアルトロンド軍の動きに応戦しながら勇者10人が待ち構える陣に誘導されたけどね、いま思えばお互いに迂闊だったと思うよ。ダリルマンディ襲撃の情報を歪めて伝えたのも帝国の仕業だとすると、アルトロンドは俺たちを相手にしながら、その実、帝国にしてやられたってことだ。ご愁傷様だな」




