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15-03 トラサルディ・センジュ

 トラサルディはアリエルとエアリスを交互に見返して、やれやれ面倒なことになったなと言わんばかりの表情を作ってみせた。表情から真意が窺えない。相当なタヌキオヤジと見た。

 だがトラサルディにしてもさすがにこの場でアリエルたちと出会ってしまうのは最悪だった。



「エアリスには嫌われてしまってね、私は幼い頃から溺愛しているのだが、どうにも片思いのようだ。ときにアリエル坊、アルカディアから戻ってきたとか、転生したとか聞いたのだが、噂は本当なのかい? 探らせた報告を受けるたびに驚くべき内容で、何を信じればいいやらわからんのだ」


「雑談する気はありませんよ……トラサルディ叔父さん。まったく、あなたの存在がどれだけ母の立場を危うくしているか分かってるんですか」


「知ったことではないよアリエル坊。私は私の正義を行っているだけだ。立場が違えば己の信じる正義も真逆のものになる……、なんてこと、よくあるだろうに」



 トラサルディは奴隷商人であることを正義と言った。このセリフが出たという、ただそれだけでもはや、アリエルとは言葉が通じないのかもしれない。


 アリエルとトラサルディが話していると、先ほどから少女のような悲鳴をあげていた男たちが、牢馬車から次々と降りてきた。どう見ても傭兵団の護衛としか思えないマッチョが2人と、あとアリエルを睨みつけてる元気のある肝が据わっていそうなのが2人、あとの者はどうやら落ち着きがない。ハイペリオンに追われたのだから当たり前なのだろうけど、怯えている。


 アリエルは護衛のマッチョ男ですら気後れするような場所に連れてこられて尚、眼光鋭くアリエルを睨みつける気合の入った二人のことが気になった。


 睨み返した男が俯き加減に周囲を訝るように見渡したあと、トラサルディに問う。


「センジュ会長、どういうことか説明していただきたいのですが?」


「ああ、紹介が遅れて申し訳なかった。こちらアリエル・ベルセリウス。有名人だから当然知っておられるでしょう? アリエル坊、こちらダリルマンディのエレノワ騎士伯だ。挨拶を」


「俺の知ってるエレノワって男は死んだはずだけど?」

「ベルセリウス……、そうか。これはこれは父が生前大層世話になったらしいな」


「父? ああ、なんだ息子もそんな下級貴族の称号をカネで買ったのか。それいったいいくらすんのよ?」


「ぐっ……この。センジュ会長! いますぐ説明していただきたい。あなたとベルセリウスとはどのような関係であるのか!」


「どのような関係もないですよ。アリエルは私の、妹の子です。私の可愛い甥っ子ということになりますね」


「何と! ベルセリウス家にゆかりが? まさか、私たちを騙していたのか!」


「まさか! センジュ商会は誠実さをモットーにしています。騙したなどと人聞きの悪いことを言わないでいただきたい。誤解です。誰も聞かなかったから言わなかったまでのこと。商売をやっていると身内と争うことなんて珍しくないでしょう? ダイネーゼ氏は知っておられましたよね?当然」


 話を振られたダイネーゼは視線をそらしバリバリと頭を掻いてみせた。

 知ってはいたが、自分を共犯にするな……とでも言いたげに。


 トラサルディ・センジュという男、まさかこれほど悪びれもせず、いけしゃあしゃあとまあ、そんなことを言えるものだと、アリエルは素直に感心した。


「ささ、皆さんもどうか前へ。大丈夫、噛み付いたりしませんから……。アリエル坊、こちらがアムルタ王国の産業大臣ヒッコリー氏で、こちらはアルトロンドで一番の商家、ダイネーゼ氏だ。和気あいあいと握手を交わす雰囲気ではなさそうだが、一応名前だけでも紹介しておくよ」


 鋭い眼光でアリエルを睨みつけていたもう一人の男が、アルトロンドのダイネーゼといって、こちらも奴隷商人だという。もうひとり、女みたいに泣きそうな声を出していたのがアムルタ王国の役人。この場で自己紹介しようなんて輩は誰一人としていない。後ろで小さくなっている男たちは、奴隷商人にくっついてきたオマケの付き人か秘書なのだろう。


 この4人、グローリアスの幹部だとすると全員が人身売買の総元締めだ。その首に賞金が掛けられていないだけで、当然ノーデンリヒトと政策的に敵対しているので指名手配犯と同等。このままゾフィーのパチンでノーデンリヒトに連行すればアッサリ形がつく。


「あー、そうですか。分かりました。では、全員の身柄を拘束し、ノーデンリヒトまで連行しますがそれでよろしいですね」


「ちょっと待とうか、アリエル坊」

「そのアリエル坊っていうの、やめてもらえます? 普通にアリエルでいいんで」


「おおっと、そうだったな。実年齢というものを失念していたよ。では改めてアリエル、ここにいる私以外の者全員を、何事もなかったように解放してもらいたい。もちろん虫のいい話だということは承知している」


「虫がいいと知りながら開放してもらえると思っている、その根拠を先に出して欲しいですね。似たようなやり取りを警備してる傭兵たちとしてたんで、半ば飽きてます。もう駆け引きとかそう言うのけっこう面倒だと感じるもので」


「まあまあ、急いでもいいことはないぞ? 麦が実る前に収穫しても食えないだろう? 落ち着いて、まずは人の話を聞け。そうだな、じゃあ……、グローリアスの幹部4人が、どういった理由で、こんな辺境の地で密会していたかと、そこから説明しなくちゃいけない。少し長くなるが、かまわないかね?」


「構いませんよ。それは知りたいと思っていたことです。個人的に、ものすごく興味がありますから」


「よし。ではまず、我々は商人だということを念頭に置いてほしい。政治家でもなければ領主のような貴族でもなく、ましてや軍人でもない。ま、騎士伯という称号を持った人はいるがその点についてもあまり虐めないでやってくれないか。ダリルでは豪商のような大きな商売をしている者に騎士伯という称号を暴利で売り付けるんだ。その称号がなければ重税を課されるという仕組みになっていてね。エレノワ卿もそんな薄っぺらい紙切れ一枚の称号など欲しくて買ったわけではないのだから。おーっと、話が逸れてしまうから戻そう。さっきも言った通り、我々は商人であり、現実主義者リアリストだ。現実を見て最良の手を打つことを旨としている。浅はかなダリル領主のように復讐に目を曇らせることなく、愚かなフェイスロンド領主のように、理想ばかりを追い求めたりもしない。またボトランジュのように勝ち目のないいくさを前にして、自ら滅びの道を選ぶなどということもしない。何度も言うが、我々は現実を見ている」


「ボトランジュ領主のアルビオレックス・ベルセリウスは立派な男だと思うけど? センジュ家では親戚筋にあたるベルセリウス家も愚かだと言うのか?」


「んー、本人を前にしていうのは憚られるが、まず事の起こりから説明せねばなるまいな。いま起こっているこの悲劇の、おおもとの原因は何だと理解している?」


「うーん、神聖典教会しんせいてんきょうかいとケンカした俺が悪いって言いたいのだろうね」


「まあそれもあるが、原因というのはもっと前の話だ。1000年前、ノーデンリヒトからフォーマルハウト率いるエルフの盗賊団がボトランジュ北部の村々を襲って略奪の限りを尽くしたことに端を発する。そして当時のボトランジュ領主、タイタン・ベルセリウスが軍を率いてそれを打倒し、ノーデンリヒトをめぐって以後1000年もの間、騒乱が続いたんだ。その間、神聖典教会は、その時代を代表する勇者を繰り出して、ノーデンリヒトで戦った。1000年もの長きにわたって戦いを続けてきた神聖典教会が得た教訓は、女神ジュノーを信仰しない魔族とは相容れないという、たったそれだけなんだ。女神ジュノーの子である我々ヒト族とは言葉が通じても、心は通じ合えないという認識だね。いま起こっている悲劇はエルフ族の最長老、爆炎のフォーマルハウトが原因なんだ。しかしトリトンは我が義弟ながらよく戦争を終わらせてくれたと思うよ……その点については尊敬に値する。偉人として歴史に名を残すほどの快挙だ」


「で、次はどうせ俺が出てくるんだよね?」


「そうだな。ビアンカは13歳という若さでベルセリウス家に嫁いだ。センジュ家では大騒ぎにになったさ、何しろベルセリウス家はシェダール王国を代表する四大貴族の一つで、ボトランジュ領は人口が最も多く、セカの経済規模は王都プロテウスと肩を並べるほどだ。五男坊であれトリトン・ベルセリウスと恋愛結婚すると聞いたときは、センジュ商会だけでなく、王都ダレンシア区の者たちみんなが祝福したさ。だけど、トリトンがあのノーデンリヒトなどという北の地に厄介払いで飛ばされ、ビアンカの子で私の甥にあたるアリエルは王都サムウェイ区で王国騎士と乱闘騒ぎを起こし、死者25名、重軽傷者合わせて100余名という大事件を起こして指名手配された。……おっと、別に責めようなんて意図はないからね、話を続けていいかい?」


「あー、そこ突っ込んでくることは分かってたし、いいよ」


「神聖典教会は、ボトランジュの要請で、近年二度もノーデンリヒトに神殿騎士たちを派遣している。アリエルが重大犯罪の容疑者となったあとにもだ。まったく、どのツラ下げて言ったか知らないが、ベルセリウス家はアリエルのことを棚に上げてノーデンリヒト領がドーラの侵攻により奪われたから、神殿騎士たちを出せと要求した。魔族の侵攻に際して、教会が戦力を出すというのは何代も前のボトランジュ領主と神聖典教会の盟約だった。つまりベルセリウス家はアリエルのことで教会と敵対していようがいまいが、何百年も前の約束を守れと迫ったんだ。教会としてもアリエル・ベルセリウスは憎いがノーデンリヒトに暮らす人々の暮らしを取り戻すためとして、あくまで人道的に勇者キャリバン率いる、神殿騎士団を派遣したのさ。その結果は言わなくても知っているね?」


 ロザリンドがよそ見しながら頭をバリバリと掻き始めた。

 サオも明後日あさっての方を見ながらエアリスとなにか雑談している。どうやら二人とも痛いところを突かれて、話には入ってくる気がないらしい。つまりアリエルは孤立し、援護してくれる者は誰もいないということだ。


「俺は間違ったことをしたつもりはないぜ?」


「ああそうだ。アリエル、奥さんはロザリンドさんといったかな。そちらの大きなかただね、初めまして。アリエルのしたことは間違いじゃない。愛する者を助けるために戦う。それは正義そのものだ。だがな、神聖典教会はどうだ? ノーデンリヒトの危機に対し、救援の要請を受けて虎の子の勇者と神殿騎士団の最精鋭部隊を出したというのに、ベルセリウス家の嫡男であるアリエル、キミがそれを相手にして逆に打ち倒してしまった。教会の立場からすると、立つ瀬がないだろう? いったい何をするために北の果てまで行ったのか。間違った事じゃないとは言ったが、それはそれは頭の痛い問題なんだ。当然、教会はボトランジュに対し、アリエル・ベルセリウスの身柄を引き渡すよう再三要求したんだ。理解できるよね? それをボトランジュ側は突っぱねた。なぜだかわかるかい?」


「話を聞いてたら頭痛がしてきたけど……それは家訓だと聞いたよ」


「その通り、ベルセリウス家の家訓は、一族、とりわけ家族は手と手を取り合って、お互いに助け合うように定められている。だからアリエルがどんな犯罪を犯そうと、教会関係者を何人殺そうと、ベルセリウス家は身柄の引き渡しに応じなかった。これがそもそもの間違いのもとなんだ」


 さっきから拳を握りしめて、いま口を出すかと思っていたエアリスが、とうとう我慢できなくなったのか、初手から怒っているような剣幕で食ってかかるように割って入った。


「いーえ叔父さま、それは違います。ベルセリウス家は悪くありません。悪いのはアシュガルド帝国と、帝国の圧力に屈した王国ですからね。アルトロンドのガルベス家はボトランジュの仇敵です。必ずや打ち滅ぼしますから」


 エアリスがガルベス家を批判する理由は、帝国とアルトロンドの侵攻からセカを守るため自ら剣を取って戦った、ボトランジュ領主の息子3人、シャルナクさんやトリトンの兄弟、長男エメロード、三男エリオット、四男ゲイリーがアルトロンド軍に殺されてしまったせいだろう。シェダール王国の慣習では、貴族同士の争いなら、勝敗が決して指揮する者を捕らえても、それが貴族であったなら殺すようなことはしない。敵軍の将を人質として有効活用するか、それとも見せしめにして殺すかという判断基準は、アシュガルド帝国軍の価値観だ。


「エアリスは黙って聞いていなさい。ベルセリウス家の間違いは、まず家族こそが第一、家族を守ることが何よりも優先すると言う "家訓" そのものなんだ。さっき、アリエルはボトランジュ領主、アルビオレックスのことを立派な男と言った。たしかに立派な男だし、素晴らしい父親だと言えよう。私も個人的にはアルビオレックス卿のことを尊敬している。……しかしだ! 400万ボトランジュの民を導くリーダーとしては愚劣極まりない。アリエルという個人をかばい立てし、ノーデンリヒトのトリトンが王国に反旗を翻しても、ベルセリウス家はシェダール王国に属する大貴族としての務めを全うしなかった。王国も堪忍袋の緒が切れて軍を派遣し、セカを攻める帝国やアルトロンド軍と連合する形で参戦したんだ。その結果はどうだ? 何十万もの人が死んで、セカで暮らしていたエルフたちはことごとく帝国に奪われてしまったではないか。いいかい?、家族が第一なんて考え方は、一般の家庭、つまり我々のような下々の家でこそ言っていいことなんだ。仮にも大貴族が家訓にするべきことじゃない。ベルセリウス家ほどの大貴族だったら、領民が第一、領民の生活を守ることを最優先にする! それぐらい当たり前だ」


 エアリスはまだ不満があるらしく、黙ってなさいと諫められても聞かず、トラサルディを無視してアリエルに訴えた。


「伯父さまは口がうまいんです! ぜったい言いくるめられますから話を聞いてはいけません。母さんもそう言ってました!」


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