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02-14 ノーデンリヒトへ

20170730 改訂

20210801 手直し




 ノーデンリヒト峠にある領境の関所に近づくと、立哨りっしょうしている兵士がアリエルたちに気付いた。


 どうせ見張りをするのならボトランジュ側なんか放っておいて、ノーデンリヒト側にもっと人員を増やして警戒すべきだと思う。獣人たちはきっと北からくるんだし……。


「おーアリエルくんじゃないかー。いまちょうど飯だぞ……ん、かかかかか、彼女つれてきたの? こんな遠いとこまで? そんなに大事な用なのかい? ももももしかして、隊長にお話があるんですよね。ちょっと待ってて。隊長呼んでくるから」


 関所門番兵士はパシテーを見るや落ち着きを失い始め、表情からは笑みが失われていった。

 門番の反応は非常に愉快なものだった。絶対に何か誤解している。なんだか面白いことになりそうだからアリエルはパシテーと申し合わせ、話の流れに身を任せることにした。



 こちら関所の一室。


「ほ、報告します! たたたた、隊長、アリエルくんがすっごい美人の彼女つれてきてます」

「なななな、なんだと。私3日風呂入ってないぞ。ヤバい。髭も伸び放題だし……ちょっと食堂で待たせて、飯食でも食わせながら時間を稼いどけ」


 先ほどの兵士が再びアリエルの前に立ち『食堂でお待ちください』とか、どこか他人行儀なことを言われて食堂に通された。どうも雰囲気がおかしい。いつもならトリトンがスッと出てくるはずだ。


「おお――、エル坊、でかしたな!」


 食堂に入るとガラテアさんがテーブルにスタンバイしていて、開口一番『でかした!』などという。

 なにをでかしたというのか『でかした』と『しでかした!』 は同じ響きだし、女の子を親の前に連れてきて、その二つの単語は、ほぼ同義だ。


「父さんは? なにしてるの?」

「エル坊が彼女連れてきたってんで、アワ食ってさ、いま風呂入って髭剃ってる頃だな。で、飯くわせて時間稼げとの指示が出てだな、わしが来たというワケ」


「なにやってだか」

 トリトンよりも先にガラテアさんに紹介する羽目になってしまったが仕方ない。普段から風呂にも入らないトリトンが悪いのだ。


「ガラテアさん、パシテーだよ。パシテー、こちらガラテアさん」

「よろしく。ガラテアさん」


「おー、よろしくぅ! エル坊、すっごい美人捕まえたな、わざわざ彼女をこんなところまで見せに来るってことは……?」


「いや、違うんだけどさ、父さんが面白そうだから、流れに乗ろうと思って」

「なんだ違うのか……。だが、さすがエル坊だな。お前はノーデンリヒト守備隊伝統のやり方をよくわかってる」


 ガラテアさんの口がニヤリと歪む。こちとら悪い男の微笑なんか見たくはないというのに。

「兄さまも負けず劣らず悪そうな顔してるの」



----


 キッチンからアリエルの名が呼ばれた。昼食の配膳ができたらしい。

 ノーデンリヒト砦もそうだったけど、守備隊の食事はセルフサービスだ。

 配膳カウンターは深皿にたっぷりとがれたシチューから、ものすごくいい香りを振りまいて湯気が出ている、食欲をそそるいい匂いが……。今日はミートボールシチュー、うまそうだ。


「いただきますねー」

「お嬢ちゃんも、ほら、ほら」

「あ、ありがとうございます。いただきます」


 シチューに大きめのミートボールが2個入ってる。アリエルの感覚だとこの大きさになるとミートボールというよりもハンバーグと言って丁度いい。


 ミートボールはスプーンを立てるとスッと入るぐらい柔らかく、練り込まれた玉ねぎのみじん切りが甘みを出していて、全てのうまみ成分を含んでいる。肉を小さく掬い取って一口食べたパシテーが、スプーンを口に入れたままアリエルを見た。言葉にはならないけれど、見開いた双眸が驚きを伝える。確かにミートボールもうまいが、シチューソースそのものにシェフのこだわりがふんだんに隠されているのだ。

 シェフも王国騎士団員であることは間違いないのだが……。


 言葉が出ないパシテーに代って、アリエルが声を上げた。

「うまい。すごいなこれ。でも最前線なのに、こんな手の込んだ料理がうまいってことは、あまり芳しくないってこと?」


 ミートボールシチューを食べただけで、その味をてがかかりに、アリエルはいまの守備隊たちの置かれている状況を看破してしまった。ガラテアもお手上げだ。


「ああ、まあ、要するに何もすることがなくてヒマなんだ」


 ガラテアさんは呆れた表情で何もすることがないと言うけど、まだ撤退してきて何日も経ってない。

 あんな命からがらの悲惨な戦闘を生き残ったのだから、少し休んで、すり減ってしまった精神と、傷つき疲れた肉体の両方を少しずつ元に戻してゆく必要があるというのは頷けるのだが。


 どうせヒマなんだったら……という訳で、アリエルなりの考えを提案してみた。


「とりあえず2班に分かれて、半分ずつみんな里帰りする。教会の軍が来た時には、何事もなかったかのように関所を守ってるふりをする。万が一にも魔族がここの関所まで攻めてくるなんてことはないと思うけれど、この関所の防御力じゃエーギルに攻められたら全員で守っても半日持たずに落ちるし、たぶん皆殺しにされるから、もし攻めて来たら逃げるが勝ち。それでボトランジュへの侵攻を許すようなことになったら、モタモタしている教会が悪いってことにしちゃおう」


 ガラテアは自慢の整えられた髭をさすりながらアリエルの提案に耳を傾けた。我ながらとても理にかなっているとは思ったが、そう簡単な話でもない。


「んー、それが出来たらいいんだがな。俺たちは多くの仲間の亡骸を葬ることもせず逃げてきたからな、常に身体を動かして、何も考えるヒマがないほど忙しいぐらいが丁度いいんだ。今はな」


 王国騎士である以上、倒れた仲間の亡骸を置いたまま、里帰りなどできないのだという。

 アリエルはそれを聞いてまた小さなため息が出た。やっぱ騎士なんて窮屈な生き方はしたくない。


「マローニはどんな感じなんだ?」

 どんな感じというのは、ここにくるはずの補充と援軍の部隊の件だろう。


「マローニは完全に遠い異国の出来事って感じかな。まったく誰も気にも留めてないよ。こんな近くで戦争してるってのにね」


 戦争を終わらせるには教会から対魔族戦闘スペシャリストの助け必要で、シャルナク代表はこちらもいま打診しているところなんだそうだ。だから関所まで撤退したのならもう援軍を出す意味もないとかで、援軍の話も立ち消えになってしまってる。シャルナクさんはそれなりに頑張ってくれてたけど、教会に援軍を出した時点でボトランジュ領軍はサポートに回ることになったらしい。教会の影響力の強さに驚いたというのが、率直な感想だった。


「さてと、ごちそうさま。うまかった」

「うん、おいしい」

「パシテーはゆっくり食べていいよ」

 パシテーは食べるのが遅い。と言うか、料理を少しずつ口に運んでは、よく噛んで味わってから食べるから食事に時間がかかる。対してアリエルは飲み込める大きさに咀嚼そしゃくしたらすぐにゴックンと飲み込んでしまう丸呑み癖があって、食事はだいたいいつもガツガツいっちゃうという悪い癖がある。


 前世でもカレーは飲み物だった。多少大きめのミートボールが入ってるぐらいのシチューなら、ジョッキで出されても一気に飲み干してやる自信がある。



----


 ガタン! バタン! と大きな音がした。立て付けの悪いドアが開いてトリトンが現れた。

 髪も乾かしていない、やけにサッパリした出で立ちだ。アゴの下あたりにいくつか切り傷が見える。慌ててヒゲ剃ろうとして切ったのだろう。


「お、アリエル、どうしたんだ?」

「白々しいな父さん」


「いや、遅くなって悪かった。飯はうまかったか?」

「すげえうまかった。ごちそうさま」


 トリトンがあからさまにすっごいキメ顔をつくったと思ったら、その視線の先にはパシテーがいて、パシテーのほうはというと、その顔にどう応えたらいいか分からないといった困惑の表情を見せ始めた。


「ところでこちらの美しい方は?……」

「ああ、紹介は後でするよ。でも……それよりさ」


「なんだ? どうした? 何かあったのか……」

「落ち着いて聞いてほしいんだけどさ、父さん、実は……俺に妹ができたんだ」


「な、なんだと……、ビアンカにか。……、ちょっとまて、10か月前だよな、私は確かに砦にずっと入り浸ってはいたが……何もなかったとは言えない……」


「アリエル、妹は、金髪で碧眼なんだろ?……なあ」

「いや、それが……、とび色の瞳に、髪はブルネットなんだ」


「なんだと……、ビアンカが、うそだ、まさか……。頭がクラクラする……、ビアンカ、まさか、まさか――」


「兄さま、悪ふざけが過ぎるの」

「いいんだよ、母さんを寂しがらせる父さんが悪い」


「へ?……、兄さま? どゆこと?」


「初めまして。パシテーといいます。勘当され姓を奪われた身なので姓は名乗れません。グレアノット師匠に師事しておりましたが、このたび兄弟子のアリエルさんに預けられました」


 トリトンの焦った顔がどんどん困惑の色を深めてゆき、数秒後にパッとなにか閃いたような、清々しい顔になった。


「ああ、アリエル。妹ってこの人のことか? あーもう、おまえなあ………、寿命が20年縮んだぞ。もう世界が滅んでもいいと思ったわ」

「じゃあ母さんに会いに行ってやるべきだよ。父さん」


「いや、面目ない、取り乱してしまって申し訳ない。初めまして、パシテーさん。私はトリトン・ベルセリウス。トリトンと呼んでください。今は領地をもたない没落した貴族で、くだらない悪戯を考えるバカ息子の父親です。……アリエル、パシテーさんはちゃんとうちで生活してるのか?」


「うん、ベルセリウス家の別邸に居候させてもらってる」


「ああ、それならいい。思う存分いっしょに居てやってください。私は訳あってここを離れることはできないが、パシテーさん、あなたがアリエルの妹になってくれるのなら私は大歓迎です」


「はい、よろしくお願いします。トリトンさん」

「母さんに手紙を書いてやってね。母さん寂しがってるから」


「はっはっは、トリトン、エル坊は最高だ。ビアンカ、まさか、まさか――。だってよー」

「おま、ガラテア、ちくしょう。あ、そういえば私が領都セカに行った時だから、去年の今頃だったか、お前んトコのバリウスと会ったんだが………、今ごろ、金髪碧眼の子を産んでるぜ。私に似て色男のな」


 トリトン自信たっぷりの告白にガラテアの顔色がみるみる青ざめていく。

「ト、トリトン、マジか、いつ行ったんだ……、いつの間に」


「ガラテアさん、信じたらダメだよ。去年はマローニにすら行ってないよ。ずっと砦だったじゃないか」


「だましやがったな」

「騙さないほうが良かったような口ぶりだな」


「えーっと、父さんがガラテアさんの奥さんと寝た?……って、母さんに言えばいいんだね?」

「バカ、アリエル。お前はどっちの味方だ」


「エル坊、言ってやれ言ってやれ。いいね、耳を澄ましてみるがいい、ビアンカが剣を研ぐ音が聞こえてくるぜ」

「ああ、参った参った。私の負けだ。ビアンカにそんなこと言ったらマジで面倒だ」


「パシテー、何も聞かないほうがいい。ここの人たちは下品なんだ」

「楽しそうなの」


「エル坊、トリトンがそのうちな、もう一人妹つくってくれるってよ。期待してな」

「期待してるよ。父さん」

「アリエル、お前も言うようになったな。この野郎め」


 トリトンの視線がアリエルに向いた。ここにいる男の中でまだ酷い目に遭ってないのはアリエルだけだ。トリトンは椅子に座ったまま、パシテーに向き合った。


「パシテーさん、アリエルはこう見えて、結構シスコンじゃないかと私は睨んでるんだ」

 トリトンの反撃が始まった……アリエルはまさかそんなところから自分に矛先が向いてくるとは思っていなかったから、これは寝耳に水だった。


「な、何いうんだよ父さん、ちょっと」


「アリエルは、ついこの間までビアンカのおっぱいに顔をうずめて離れなかったからね。マザコンが終わった反動で、きっと重度のシスコンをこじらせてるんじゃないかって予想してる」


 トリトンはチラッとアリエルを流し見て、そのとき一瞬、ニヤリと口角をゆがめた。

 さっきやられた分の仕返しする気満々の顔だ。このまま5分でも長くここに座っていたら、その分アリエルの黒歴史が暴露されてしまうだろう。早々に退散する方が得策だ。


「そろそろ出かけようか」

「話聞きたいの」

「ダメ。わがまま言ったら放っていくからね」


「う、トリトンさん、面白そうなお話ですが、すぐに行かなきゃいけないようです。またお話聞かせてください」


「えーーアリエル、もうちょっと待ってろよ、母さんに手紙書けっていったのにな」


 引き留める……だ……と……。


「じゃあ、トライトニアに行ってくる。それまでに手紙書いといてくれたらいいよ」


 マローニにいる避難民たちはトライトニアの集落のことが気になっている人が多い。

 せっかく手に入れた土地なんだから、当然だ。せっかくノーデンリヒトまで来たんだから、集落がどうなっているのか見て、報告してやりたいと思っている。


 だけどトライトニア辺りまで行くと言ったらガラテアさんが心配だと言う。集落があるのだからいつ人が来るかもしれない、獣人たちにとっても集落は重要拠点なんだ。


「大丈夫だよ、エーギルは女の子を殺さないし、エーギル以外なら俺が何とかする。それにパッと見こんなだけど、パシテーは強いよ。俺、生まれて初めて骨折られたし」


「なに? エル坊の骨を折った? 相当のモンだな。どこを折られたんだ?」

「鎖骨を2か所」


「鎖骨ってアリエルお前………、よく見ると歯形がついてんじゃねえかオイィ!」

「わはは、エル坊お前、何しようとして噛まれたんだお前。こりゃ傑作だ」


 トリトンは頭を抱えた。あれは『うちのバカ息子は妹に何をしようとしたんだ?』……って顔だ。

 ガラテアさんは腹を抱えて転げまわってる。ひとがケガしたのがそんなにも面白いらしい。


「ガラテアさん、俺だから咄嗟に身体を捻って鎖骨で受けられたんだ。俺じゃなければ首を食いちぎられてたよ………、立合ってみる? ブルネットの猛獣と」


 さあっと血の気の引く音がしたか、しなかったか。

 ガラテアはみるみる青ざめていった。

「い、いや、遠慮しとこう」

「兄さまひどいの。私はそんな怖いことしませんから」


 パシテーはちょっと不機嫌そうな顔で食器を下げにいった。

 改めて周囲を見渡すと、この男所帯で女の子が食堂にいるもんだから、見物人の数が凄い。全員見に来てるんじゃないのってぐらいに集まってきてる。守備隊の兵士がヒマだってのは本当だったらしい。


「んじゃ、業務にも影響してるみたいだし、ちょっと肉とりがてらトライトニアの様子見てくるよ」


 パシテーはぺこりと頭を下げて「シチューごちそうさまでした」と言うと、『スケイト』と防御と、そして強化魔法を同時に展開した。昨日今日覚えたばかりなのにもうそこまで熟練している。パシテーの才能は想像以上だった。


 峠の関所を北に越えるともうここはノーデンリヒト。


 豊かな大自然に包まれたアリエルの生まれ故郷、そして今は魔族たちが支配する地だ。



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