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番外編:セイクリッドその後1:支えなき心

・ダウンフォール!のわき役にもスポットライトを当てる番外編です。

 セイクリッドその後を2~3話ぐらい。次話はまた来週後半にでも。


 筆頭勇者セイクリッドが剣と盾を捨て、ノーデンリヒトに投降したあとのお話です。

「セイクリッド? 誰だそれ? そんな脇役いまさら言われても……」と思ったアナタにちょっとだけ紹介文を。


・セイクリッド 25歳

 本名 太秦拓也うずまさたくや。盾の勇者として、剣と盾、二振りの神器を使いこなす稀有の才能を持つ筆頭勇者。力、スピード、キレ、技術に加え、25歳の若さにして最終的には状況判断にも優れた最高の勇者との呼び声も高い。かの最強と謳われたキャリバンと同等の力を有する。

 帝国に残してきた側女のアイシャを病で亡くしてしまってから戦う意味を見失っていたが、世話になった先輩のブライや、大勢のエルフたちを開放しノーデンリヒトに逃げ込んだ勇者サガノ(アリエル)たちを見て、己の戦う意味をもう一度見つめなおすと戦うことができなくなり、ノーデンリヒトに投降した。


 セイクリッドとアイシャの話は以下の、第八章あたりに分散してありますので、興味のある方は読んでいただけるとより深く楽しんでいただけます。


第207話 08-23 勇者とは! 2

第208話 08-24 逃げ出した先で(1)

第221話 08-35 【SVEA】 セイクリッドの誤算

第223話 08-37 【SVEA】 マローニの命運

第258話 09-33 色褪せてゆく世界

第277話 10-17 セイクリッドの決断


 アシュガルド帝国第三軍、筆頭勇者という誉れ高い地位にいたセイクリッドは、勇者サガノ(アリエル)たちが軍を脱走し、エルフたちと共にノーデンリヒトの門をくぐって、敵軍の首脳との話し合いに同席したことで考えることあり、戦う意味を失った。


 いや、戦う意味などとっくになかったことに気付かされたのだ。


 守りたい者、愛する者を失った戦士の心はガラスのように繊細で、限りなく細くピンと張り詰めた硬い糸が疲弊したように今にも切れようとしていたのを強靭な意志の力で繋ぎ止めていただけ。



 朝、目が覚めると大きく深呼吸して胸に空気を取り込み、ゆっくりと吐き出す。毎朝、自分が生きていることを確かめるかのように行う目覚めの儀式だ。うんざりするような殺し合いの一日が始まるとき、極限の憂鬱が肩にのしかかり、戦場の粗末な寝床から這い出すことができないなんてこともあった。


 この世界で生まれたスヴェアベルム人の兵士たちは、朝起きるとまず呼吸を確かめ、心臓の鼓動と会話し、今日も生きていることを確認すると女神ジュノーに感謝するというが、セイクリッドは脈打つ鼓動にも、清々しい空気にも、酸素を取り入れて呼吸していることにも、特に感謝などしたことがない。


 セイクリッドが生きている限り、敵の命が奪われるのだ。


 いくさである以上は相手も命を懸けて殺しに来る。

 ボロボロに刃こぼれしたような剣に人生をかけて向かってくる。


 戦士は愛する者たちを守るために剣を抜くのだ。命を懸ける意味を振りかざす、愛深き相手を殺すのだから常に自問自答している。これでいいのか? 自分はこの男たちと戦えるのかと。


 心の中で自らの問いに答えられなくなった時、剣を抜くことができなくなった。


 戦う事が嫌になった。

 覚悟が揺らいでしまうと、もう戦う事なんてできない。


 なまじ死と隣り合わせの生活を続けてきたからか、自らの死についても抵抗なく受け入れることができた。いや、もしかすると異世界人であるセイクリッドが相容れぬ、この世界とのつながりに若干の齟齬を感じたせいなのか。実際に剣を交えて戦っていた戦争の当事者なのに、なんだか自分だけが遠くにいて、この惨たらしい戦場を眺めているような気がした。疎外感にも似た感覚だった。


 あの夜、サガノ(アリエル)たちとシャルナク・ベルセリウスとの会談に同席したことから、これまで戦ってきた敵の姿をはっきり曇りのない眼で見ることができたから、投降したのだ。



 セイクリッドはこれまでノーデンリヒトとの戦いで何人もの戦士を倒していることから、当然死刑になるだろうと思っていた。アイシャの形見のペンダントがさげられなくなったら困るからと、斬首刑以外の死にざまを希望し、自由を標榜するノーデンリヒトの地に、自由を知らずに死んでしまった愛する人のペンダントと共に埋葬してもらうことを条件に投降した。



 誰かに話せば自分勝手だと言われるかもしれないが、それは "けじめ" だった。


 しかし言い渡されたのは難民キャンプで雑用業務1年間という、なんとも軽い刑だった。

 帝国なら正式な裁判なんて受けさせてもらうこともなく、その場で死刑確定なのに、ノーデンリヒトってところは本当に戦争を戦ってる気があるのかと逆に聞かせてほしいと思ったものだ。


 難民キャンプに送られる際も、牢馬車ではなく、手枷も足枷もせず、ただそこに座ってろと言われて荷車に乗せられ、その荷車を引くのは馬じゃなくて牛。ノーデンリヒトをゆっくりと物見遊山しているのでは? と錯覚してしまうほどだった。


 1年間、武器の携行を禁じられたのだけど、最低限、生きていくのに必要なナイフは携行してもいいなど、この国の刑法はどこかおかしい。これほどまでに命の価値が低く、生きるということの意味すら希薄なこの世界で、どこか日本っぽい倫理観を感じるのは気のせいじゃないのだろう。


 難民キャンプは牛車に揺られて2時間と少し。

 体感でトライトニアから10キロ余り東に向かうと、小さな集落が見えてきた。難民キャンプというからテント村のようになっているかと思いきや、しっかりとした土魔法建築で建てられた宿舎になっていた。


 ここに元から居た難民に加え、サガノたちが連れてきたおよそ100人が加わって、いまは150人ほどのエルフたちが共同生活を送っている。


 セイクリッドがここで何をするかというと、その難民であるエルフの少女たちのお世話をしろということらしい。まあ、これまで人の扱いをせず、モノとして扱ってきたエルフの下について雑用係をして、変に凝り固まったプライドを捨てて反省しろという事なのだろうが、もともとセイクリッドはエルフをモノとして扱ったことはない。


 差別感情を持たないセイクリッドは難民たちに受け入れられ、すぐに溶け込むと、腕力に自信があったせいか、主に荒れた土地の開墾など、力仕事に従事するようになった。




 雑用をしろと言われるなら、別に苦も無くやってのけよう。だけど死んでしまったアイシャを今でも愛している。だからエルフの女の子を見ていると、その屈託のない笑顔がアイシャのそれと重なって、まるで胸に剣を突き刺されたような痛みに襲われ、時に立ち尽くし、時に涙がこぼれた。


 何が軽い刑なものか、まさかこれほど強力に精神を攻撃してくるものだとは思っていなかった。ブライのバカ野郎が考えたにしては、なるほど、酷い刑罰だと思って妙に納得した。



 ここでは身柄を拘束されているわけでなし、刑務官がいるわけでもなし。ただ難民キャンプ施設のスタッフとして仕事をさせられているだけだ。逃げ出そうと思えば簡単に逃げ出すことが出来る。特に監視されているというふうにも感じない。


 だがしかし魂の鎖に繋がれたように、こんな四方八方開けっ広げの監獄に閉じ込められて逃げ出すこともできない。きっとセイクリッドを良く知らない者が見ると軽すぎる刑罰だと思われるかもしれない。可愛い女の子たちに囲まれて、いい汗をかける軽労働、日本に例えてみると夏季限定、海の家の住み込みバイトのようなものだと、そう見られているのかもしれない。



 ここのエルフたちの大半は、あの日サガノたちが幌馬車で連れて来た難民だ。

 遥か西の果てエルダー大森林に居て30日程度でノーデンリヒトに着いたと言う。帝国で習った地政学ではゆうに4か月、日数にして120日はかかる計算なのだが、逆に30日も歩けばエルダーに帰れると思ってる子が多くて困っている。セイクリッドには西の地の果てから北の果てに来たということをうまく説明できないのがもどかしい。


 ここのエルフたちは肉親を殺され、村を焼かれて攫われた子ばかりなのだろう。

 それなのにみんな明るく、その魅惑的な目はしっかりと前を見ていて、自分の足を地につけて生活の基盤を築き、こんな北の果てに逃れても、ここでしぶとく生きようとしている。全てを失って流れてきたような難民だというのに、その心は、戦う意味を失っても剣に縋った戦士のそれより強い。


 心の折れたまま戦っていた、どこかの筆頭勇者に、もっと早く見せてやりたかった景色だ。



 かと思えば深夜に抜け出す娘に気付いて後を追うと、丘にある大きな木の下で誰にも見られないよう、人知れず泣いている子が居たりもする。隠れてこっそり見ていて、いたたまれない気持ちになる。


 セイクリッドは難民たちと触れ合い、難民たちの生活を支える仕事に、いつしか生き甲斐を感じるようになっていた。




 ある日、畑仕事の休憩に汗をぬぐっていると、一緒に畑の世話をしているエルフの少女、ランカがセイクリッドのペンダントに目を付けた。


 ランカは遠いフェイスロンドの地、エルダー出身のエルフで16歳なんだそうだ。父親のことも母親のことも話そうとしない強い子だ。



「ねえセイク、がんかけてるんですか? なに? 思い人?」


 願掛け? ……。心当たりのないことを言われたので雑談がてら話を聞いてみたら、この木彫りの羽根?を模したペンダントトップは、エルフが願掛けで作るアミュレットなんだそうだ。


 これは帝国軍の辞令でマローニ攻略に出るとき、不器用なアイシャが危なっかしい手つきで作ってくれた、羽根なのか三日月なのかバナナなのか分からない、とても出来の悪いお守りだった。だがしかし、いまはもうこのペンダントこそがアイシャの形見になってしまった。死なば一緒に葬ってほしい願う程に、セイクリッドが心のり所にしていたものだった。


 ランカによると、ペンダントトップは形がその願いを表していて、三角形なら3人の事。たとえば夫婦と子どもの間の願い事。主に子どもが首からぶら下げていることが多いらしい。なるほど、そう言われてみればエルフの子どもは三角、四角のペンダントをしているのを見たことがある。


 四角形や菱形なら家族の願い事などに使われ、大勢の、たとえば一族や村全体の願い事は丸型でこしらえる。

 二人のこと、恋人の事なんかは角が足りないので、空を渡って願いが届くようにと羽の形に彫り込むらしい。


「ねえねえ? 何お願いしたの? 見ていい?」


 ランカが見せろ見せろとうるさいので、セイクリッドが首から外して手渡すと、ランカは裏も表もジロジロと精査して僅かな隙間を見つけた。


 さすがは森育ちといったところか。不器用なアイシャとはぜんぜん違う、とても器用な手つきでナイフの刃先を隙間に差し込み、羽根のペンダントトップは……パカッと割れて2枚になった。新しい発見だった。どうやら薄い板を2枚張り合わせて作られていたようだ。


 まさかそんな仕掛けになってるなんて考えもしなかったセイクリッド。ランカのおかげで一つ賢くなった。


 分かたれた2枚の木片にはエルフ文字が書かれてあってセイクリッドには読めなかったが、ランカに読んでもらったところ、一枚には『どうか無事に帰ってきますように』という意味の文字が書かれているらしい。思い人、つまりセイクリッド本人の無事を祈るお守りとしてはご利益があった。


 もう一枚のほうは、


「これ、私は読んじゃダメだ。真名しんめいが書いてあるよ」


「俺には読めないんだ、頼むよ」


「えっと、タクヤ、アイセル・ルーテシア……。二人は永遠に、って書いてある。えっと、アイセル・ルーテシアはきっとエルフの女性名で、タクヤ? が男性名だとしたらこの二人は夫婦か婚約者かな? 」


「タクヤは俺の名だよ」

 そしてアイセル・ルーテシアはアイシャの真名しんめいだ。


「え――っ!! なんでさ! エルフの奥さんいるなんて聞いてないよ? どこにいるの?」


「ここだよ。ここ」


 セイクリッドは自分の胸を指さした。

 するとランカは誠に申し訳ないとでもいうような表情になった。


「心の恋人? なーんだ、振られちゃったのか……。それはそれは、残念な話でした……」


「ずっと家を空けるようなダメ男だったからなぁ。急いで帰ったけど間に合わなかった。俺は置いてかれたんだよ」


 そうだ、セイクリッドはアイシャが病に倒れたという手紙を読むと、居ても立ってもいられず、管理官の止めるのも振り切り軍規に違反してでも国へ帰ったが、間に合わず、遺体も残っていなかった。帝国ではエルフは"モノ"だから埋葬もゴミのように、他のエルフと一緒にまとめて燃やされる。遺骨は混ざった状態で埋められたあとだ。セイクリッドに遺されたのはこの出来の悪いペンダントと、そして心に残った笑顔の思い出だけだった。



「うっわ。セイク最低。でもこんなとこで畑耕してないで、追いかけなくていいの?」


「追いかけてここに辿り着いたのさ」

「え? 誰? だれなの? こっそり教えて、絶対誰にも言わないから」


「来る途中に、いろいろ道を間違えてな。迷ったり転んだりして、ここに来るのが遅くなっちまったから……」


「もしかして……、もう他のひととくっついてたの? あちゃあ、ゴメンそりゃ聞けないわ。でもさ、元気だしなよ。実はね、内緒なんだけどさ、セイクってここじゃけっこう人気あるんだよ? 顔は悪くないんだからさ。もうちょっと強かったりしたらモテるかもしれないよ? やっぱ男は剣ぐらい使えるようにならないとダメなんだからね」


「剣か……。どうかな。俺はもう争い事はこりごりなんだ」

「ごめんセイク……、そうだね、私たちもみんなそう思ってるよ」


 セイクリッドの気持ちは揺らいでいた。

 もう剣をとって戦うことはないと思っていた。次に剣を突きつけられたら貫かれて死を選ぼうとまで思ったこともある。


 だけど今はこの子たちの笑顔を守りたい。この子たちが安心して暮らせるように。

 そう思うようになっていた。


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