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14-30 カタリーナ・ザウワーの人生:前編

すみません、また1万字超えになったので2つに分けました。

次話は火曜か水曜に、14章完結、カタリーナ・ザウワーの人生:後編投稿予定です。


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 グランネルジュの中央通りで気を失って倒れていたカタリーナが、アリエルたちに保護されて気が付いたときにはもう てくてく時計では10歳程度、つまり朝の10時ごろだ。


 逆襲が成功したことであれほど勝ち誇っていたてくてくもカタリーナが死なず生きて帰ってきたことで、えらく機嫌がよくなった。アリエルがグランネルジュに向かい、カタリーナと対峙する前、カタリーナは泣いていると訴えたパシテーも睡眠不足なのに機嫌が悪いということもなく、ネストを修理するのに資材が必要だとかでゾフィーのパチンでどこか飛んで行ってしまった。二人ともカタリーナの事が心配だったのかもしれないし、もしかすると生きて帰ってきたことでホッとしたのかもしれない。


 カタリーナはジュノーから身体的に完璧な治療を受け、てくてくからはマナの修正治療を受けたが、片方の足の神経接続が切れていて動かないらしい。ジュノーの見立てによると身体のほうは正常とのこと。足を動かせない原因は脳に闇の影響が残っているせいなのだとか。ジュノーの力で闇を消し去ることはできるが記憶障害になってしまうという危険性をはらむ。


 ジュノーはカタリーナに症状を説明したうえで、足に障害が残るが現在の記憶を残すか、それとも幾分か記憶を失うが五体満足に歩行できるよう脳からの神経接続を戻すかという究極の選択を突き付けた。


 カタリーナは数秒も考えることなく迷わず不自由な体を引きずってでも、己のしてしまったことを忘れるなどという安易な逃げ道を拒んだ。困難なリハビリを何年も続ける根気があれば、あるいは健常者と同じ生活に戻れるかもしれないが、いまのところは歩行するのも松葉杖のような補助器具が必要だ。


 障害が残ることになったが、命に別状はなさそうだ。では魔力マナの方はというと、てくてくの見立てによると以前のようにはいかないが、ある程度は魔法も使えるらしい。カタリーナは仮にも土魔法の権威なのだからすぐ無詠唱にも慣れて魔法を使いこなせるだろう。


 カタリーナは神話戦争当時のアシュタロスについて記憶を覗き、終焉にくる炎という最悪の魔法をその肉体に宿すことに成功したが、結局、起動することも出来ずその身を焼いただけという結果に終わった。

 明け方に激しく炎上するカタリーナを助けたのはジュノーだった。マナが瘴気に変わって全てが出尽くし、命が燃え尽きるギリギリを狙って光と闇がケンカしないように治癒させたのはさすがジュノーといったところ。ジュノーでなければ救えなかった命だ。


 カタリーナはマナの希薄さゆえに命を燃やし尽くすこともなく、その目から光を失うこともなかった。

 結果的に命が助かり、足に障害が残る程度で済んだのは幸運だったと言えよう。だが、このどす黒い血管の浮き出た青白い肌のまま、恐らくは一生、思うように動かぬ身体を引きずって生きていかねばならない。見た目の変化は人々の見る目をも変える。これは容姿が美しくて当たり前とされてきたエルフ族にとって、誰にでも一目見ただけで分かる屈辱を抱えて生きよということだ。


 しかしそれもジュノーは「ファンデーションでいくらでもごまかせるわよ。美魔女を舐めちゃダメ」というのだから、まあ、見た目の問題も解決できるということだ。



 ところでいまカタリーナは、日本からもってきた黒いクマのプリントされたブランケットを裸体に巻き付けただけ……、という、なんともおかしなファッションで冷たい石畳の上に座らされている。


 カタリーナは昨夜、てくてくの部屋でダークミストとして身体を瘴気に変化させた時点で衣服が外れ裸だったので、倒れている姿がもうあられもない姿だったことからジュノーとサオが大騒ぎしてアリエルを遠ざけ、ブランケットをかけてやったというわけだ。


 もともと着ていたローブとジャケットはテンペストと下手くそな爆破魔法に晒されほぼ破壊されてしまった てくてくのベッドの上に残されていたが、神殿騎士どもの槍に貫かれて穴だらけの血だらけになっているので、もうダメになってしまったのだが……、


 さて、もうダメなのは服だけではない。



 カタリーナは今もフェイスロンダ―ル卿の前で、力なくうなだれた格好で地面に伏せている。その傍ら、昨夜の騒動を止めた者としてアリエルたちが立ち会う形だ。カタリーナは支えになり補助してくれる者なしに、平坦な土地にただ立っていることもできず、アリエルの手を離すとすぐに石畳の上、へたり込んでしまった。いまカタリーナは裸体にブランケットを巻いただけという屈辱的な姿のまま、昨夜起こした大量虐殺について責任を追及されているところだ。


 いつになく落ち着きのないフェイスロンダ―ルは、時折親指の爪を噛む姿を見せながら、右に左に歩き回っては、昨夜の失敗について不満を漏らしていた。


「まったく、カタリーナらしくもない。どういうことだ、大惨事ではないか、いったい何をどうまかり間違えばこのような結果になるんだ……」


 フェイスロンダ―ルの苛立ちは推して知るべしといったところ。

 その場その場で自分にとって最良の選択をしたつもりが、そのひとつひとつ全てで裏目に出た格好になり、結果この大惨事が引き起こされたのだ。


 フェイスロンダ―ルは兵士に募る不満を解消し、近い将来訪れるであろう反乱を未然に防ぐため、それだけを考えてカタリーナに言われるまま決定を取り消した。反乱、フェイスロンド人同士で殺し合うなど、そんな不幸なことがあってはいけないのだから。


 もちろん決定を取り消したからといって、民間人を殺してこいなどと命じた事実はない。しかし、決定を取り消して戦闘を再開させたのは紛れもなくフェイスロンダ―ルだった。



 カタリーナは永遠に終わらないのではないかと思えるフェイスロンダ―ルの小言を、地面に臥したまま、ただ聞いていた。あの虐殺はカタリーナの技量が足りず、闇魔法をうまく使いこなせなかったせいで起こった惨事だった。いくらなんでもあれが単なる事故だったとは言い難いが、カタリーナの力を過信してグランネルジュに立て籠もるダリル軍の対応に当たらせたフェイスロンダ―ルの責任も重大だ。そこんとこ正直に言って許しを請えばよかったのだろう。


 しかしカタリーナは自らの行いについて、一言たりとも弁明することはなかった。



 カタリーナは昨夜、グランネルジュに飛び込んだあと、ダリルと南方諸国の陣に突貫し、約10000の兵を殺した。殺し損ねた残り1000の兵士は、ここでもフェイスロンダ―ルの甘さが助けた。


 フェイスロンド兵が救助し、治癒魔法を使っているのを放っておくことも出来ず、こちら陣営からもジュノーや真沙希まさきが治癒を手伝い、いまようやくひと段落ついたところらしい。

 二人もカタリーナのことは気になるのだろう、少し離れたところで話の推移を見守っている。


 ダリル兵たちの惨状は報告にあった通り、ほぼ壊滅に近い状況だが、ダリルからの移民や奴隷として連れてこられたエルフたちのほう、生きているか死んでいるのかすら分からない。


 こちらは家にこもりっきりの状態で死んでいる者が多く、次々と運び出される犠牲者はどんどん増えるばかりでどこまで増えるのか想像もつかない。カタリーナが倒れていた地点から計算するという大まかな被害試算では、武器を持たぬ5万の移民たちのうち、およそ1万8000が犠牲になったのではないかと報告があったばかりだ。グランネルジュはいま大通りと広場が野戦病院になっていて、生命を吸い取られ命を失うところギリギリの線で生き延びた者たちの治療が続けられている。



 昨夜、カタリーナに壊滅されられて幸運にも命を奪われなかったダリル軍の防衛隊に所属する将校は、武装解除させられた上で今回起こった不幸な事故の説明をすると言う事でフェイスロンダ―ルの前に出されたのだが、どうにも怒りが収まらない。


 話を聞いたところダリル軍は約束の期限までにグランネルジュを明け渡すため、夜を徹して撤退の準備をしていたと言うのだ。そんなところに奇襲されたのだから納得のいく話ではない。



「フェイスロンダ―ル卿。あなたはそれでも大貴族か! 貴族を名乗るなら正々堂々、正面から殺しにくればよかろう! 昨夜のような騙し討ちを伴った奇襲攻撃など、私は30年も軍属にいて聞いたことがない。フェイスロンダ―ル家には恥という概念がないと見える」


「いや、そう責めるばかりでは何も解決しない。あれは悲しい事故だった。貴殿らダリル軍も女を誘拐しておるではないか、恥を理由に批判される筋合いはない」


「ああ、確かにそう言われると耳が痛い。我らダリル軍の中には奴隷狩りの認可を得た奴隷商が傭兵団を率い、最前線で女を奪うものがおることも確かだ。その行いは非道に映るだろう。だがしかし我らは違う。ダリル領に併合したグランネルジュを守り、ここに暮らす5万もの人々を守護するために来た正規軍である。ここで門を守り戦うのは誇り高きダリル軍の精鋭たちだ。奴隷狩りなどただ一人としておらん。それを卑劣にもあのような汚らわしい騙し討ちでよくもやってくれたな」



「奴隷狩りが居なくとも、誇り高き軍が毒矢を使うのか? それでよくも誇りなどと……」


「確かに我らダリル軍が貴殿らに対し毒を使った。だがしかしそもそもの原因はフェイスロンドが教会から治癒魔法を奪ったからであろう。教会は我がダリル領の再三の要求にも治癒の魔法を解放しなかった。毒の使用はダリルからではなく教会側から王都へと申請が出され、承認を得ておる。国王のお墨付きあっての使用だ。我々が毒を使うことを批判するということは、国王の決定を批判するのと同じであるぞ。加えて聞くが、フェイスロンドが卑劣にも教会から盗んだ治癒魔法、あれは国王から承認されたものなのか! お聞かせ願いたい!」


「私が国王さまを批判するなどあるものか。治癒魔法はフェイスロンドが生き延びるため、私が教会から奪わせ、そして私が承認した。治癒魔法は全ての人に解放されるべき魔法だ」


「生き延びるためであれば誇りを捨ててルールも曲げる。平気で盗みを働き、そして戦う力のない者を殺した。よいですかフェイスロンダ―ル卿、我らダリル守備隊は、ここに暮らす5万の移民を説得しました。そして約束通り今日の夕暮れ前にはここを放棄し、出てゆく準備をしていたのだ。騙し討ちにしてまで文民ぶんみんを無残に殺さねばならなかった、その理由を納得できるように説明願いたい」


 怒りの収まらないダリル将校と責任追及を逃れようとするフェイスロンダ―ル。

 これではお互いを罵り合うだけの口喧嘩だ。お前が悪い、いやお前も悪いと言い合って昨夜の虐殺の責任をなすり付けあってるにすぎない。

 戦争をしているのだからお互いに言い分があるだろうに……。だが、フェイスロンダ―ル卿のほうが旗色悪しといったところか。確かに騙し討ちだったしこの将校が怒る理由も分かる。



「ああっ……、あれは事故だと言っておるではないか」


「あれが事故だと? あれを事故だと言うならどのようなことが起こっても事故の一言で説明できるということだな? ふざけないでいただきたい。我らは先に撤退した神殿騎士団の副隊長から本日夕刻までに出ていくよう猶予をいただいた。その約束をしたのはどの口か!」



 フェイスロンダ―ル卿の火消しが追いつかず、ダリル将校の怒りが飛び火した。

 アリエルは怒りの治まらないダリル将校の問いに答えてやることにした。



「あー、それは俺だ」


 小さく手を挙げて、ヒラヒラと指で羽ばたいてみせるアリエルに、ダリル将校は怪訝そうな表情で不機嫌な声を浴びせかけた。


「先ほどから気になっておったのだが、貴方きほうはどなたか?」


「アリエル・ベルセリウス。ノーデンリヒト人で、ここへはボトランジュからの援軍としてきた」


「またれよ。確認のため、いま一度名をお聞きしたい。私の耳にはアリエル・ベルセリウスどのと聞こえたが、間違いないか?」


「あんたらダリルの者なら誰もが知っての通り、俺は殺戮者ジェノサイダーだ。その点については弁明するつもりはない。わざわざ聞き直さなくともあんたの耳はおかしくない、先代のダリル領主ヘスロー・セルダルを殺したアリエル・ベルセリウスだよ。間違いなくね。話を前に進めたいからその件、いまはそのことに触れないでほしいのだが? 構わないかな」


「よかろう。しかしその顔、しかと目に焼き付けたぞ。して、いかなる経緯いきさつあって約束をたがえたのか説明していただきたい」


「それがなあ……、それもこれもフェイスロンダ―ル卿が自らの意志で、全てを撤回したことが原因だ。だから今日の夕方までに撤退する約束は反故ほごにされ、俺たちが捕虜として捕まえた神殿騎士団長の、誰だっけか、なんとかゲラーの身柄もあやふやなものとなっている。まあ、誰に何と言われようが、捕虜の身柄を渡す気はサラサラないがね」


「フェイスロンダ―ル卿、今の証言に相違ないか。我らダリル軍は移民の生き残りを一人残らず、全員を連れて出てゆこう。約束したからには、出てゆく。これは相手が何の恨みもない人であっても命令ひとつで殺さねばならない軍人たる矜持きょうじである。極限の殺し合いをする間柄であるからこそ、そちらにも矜持をもって戦っていただきたかった。もちろんこの件は必ずや外交ルートを通じて王都に報告され、元老院議会で議題に上がり、貴殿のその大貴族としてのお立場も揺らぐことになりましょうぞ」



「いや、これは命令を無視して飛び込んで行った、一人の魔導師が起こした、いわば事故である。みよ、現にその者はこの場に捕らえておるではないか。グランネルジュが落ち着いたら軍法会議にかけられ、相応の罰を受けるだろう。フェイスロンダ―ル家は決して大貴族の道を外れることはない」


「ほう、そこな化け物の責任だと……、単独で起こした事故であると、そう申されるか。ならば卑劣にも騙し討ちで奇襲し、およそ3万もの被害を出したその化け物をはりつけにしてダリルマンディに持ち帰ってもよろしいか。我らも大本営に戻ったあと、敗残兵としてノコノコ逃げ帰った理由を上に報告せねばならぬ。守るべき民をただ殺され、まさか黙って手ぶらで帰れとは言わんでありましょうな」



「ぐっ……そ、それは……」


「まさかこのような醜い化け物をかばい立てすると言うのか……、ほう、この化け物が我らの手に渡っては困ると? そういう事か? もしや何らかの陰謀があるのではないか? 昨夜の騙し討ちは最初から貴殿がこの化け物に命令して行われた計画的な襲撃だったのではないか!?」



 ダリルの将校に追い込まれ、責任の追及を躱すことができなくなったフェイスロンダ―ルは、意識的にカタリーナから目をそらし、使ってはいけない言葉で、冷たく突き放した。



「いや、その者は、フェイスロンド軍とはなんら関係のないものだ……。好きにするがいい」


 昨夜の虐殺の件で、フェイスロンダ―ルは自らの命令だということを否定した。

 いや、最初からそんな命令などしていないと。あの虐殺は命令を無視したカタリーナの責任だという。



 アリエルはその言葉を聞いて何も言えなくなくなってしまった。

 カタリーナはもう立ち上がることも出来ず、ただ地面に倒れていて、なけなしの腕力をつかって懸命に身体を起こし、フェイスロンダ―ルのこんなにも酷い言葉を正面から聞こうと苦心している。


 カタリーナのしてしまったことは、もう許されることではないのかもしれない。でも、これまでフェイスロンドの事だけを考え、悪魔と呼ばれようとフェイスロンダ―ルが英雄になればそれでいいとまで言ってのけた恩人に向かって、その言葉はあまりにも惨い仕打ちだ。


 この男は英雄になることなんて出来ない。

 いくら理想を掲げようと、見えているのは自分の事だけだ。自分の立場を危うくするならば、カタリーナさえ切り捨てるという非情さを持ち合わせている。



 怒りの収まらないダリル将校は、この事件を起こしたカナリーナを大罪人としてはりつけにし、ダリルマンディまで連れて行くと言う。つまり、ダリルで拷問されたあと殺されるという意味だ。アリエルは磔刑たっけいむごたらしさをよく知っている。


 フェイスロンダ―ルは、カタリーナの頬を伝う涙にすら気づかず、こんなにも酷い判決を言い渡したのだ。


 それなのにカタリーナはそれを受け入れる言葉で応えた。


「はい。すべては憎しみに駆られた私が独断でやったこと。命令などありませんでした。この闇にやつれた身体、もはや歩くことも叶いませぬ。どこへなりと連れて行ってください。どのような処分が待っていたとしても、甘んじて受けましょう……」



 それはカタリーナの決意を示す、強い言葉だった。

 しかし後半は涙に震えて、すぐ傍らに立っていたアリエルでさえ、うまく聞き取ることができないほど、それはそれは……、か細い言葉だった。



「よかろう。ならばその化け物は我が軍の戦利品とさせていただく。副長! 我が陣に連れて行け、そして磔台はりつけだいの準備を急ぐのだ」


「はっ!」



 副長と呼ばれたダリル兵は鋼鉄製の小手ガントレットでカタリーナの細い腕を無理やりひねりあげた。その流れるような手際よさにアリエルは少し訝った。

 さっきまでの批判はひとまず置いといて、この件、いまは立ち上がることすらできない女を殺すことで、ひとまず手打ちにしようと、そういうことだ。


 なんのことはない、このダリル将校は移民を守り切れず、戦闘に巻き込み大勢死なせてしまったことを、そしてフェイスロンダ―ルは自らが約定を反故にする決定を下した結果そのものの全ての責任を、カタリーナひとりの、こんなにも小さな肩に背負わせるという、最低の落としどころを選んだのだ。


 アリエルはこの事態を止めようともしないフェイスロンダ―ルに苛立ちを隠せず、腕を掴まれるまま、抵抗もできないカタリーナを引きずってゆこうとする兵士のガントレットを掴んだ。



「待てよオイ!」


「いーや待たぬよベルセリウス! これはたったいま身柄を貰い受けた重罪人である。3万もの罪なき同胞が殺されたのだ。この化け物に対する生殺与奪の権はたったいまフェイスロンダ―ル卿から我らが譲り受けた。貴様も聞いておったであろう」



「フェイスロンダ―ル卿! 今の決定を取り消せ!」


 フェイスロンダ―ルはアリエルの恫喝をまるで聞こえないような素振りで躱すと、身体を起こすことも出来ないカタリーナの姿など、もう見たくないとでも言いたげに踵を返し、背を向けた。


 アリエルは黙っていられなかった。フェイスロンダ―ルが愚かなことはこれまでも再三にわたって言い続けてきたことだが、まさかここまでとは思ってなかったのだ。


 どうせならグランネルジュに飛び込んで行ったカタリーナの殺戮が功を奏し、皆殺しにできていればその責任を咎められることもなかったろう。目撃者が居なければどうにでも誤魔化しの利く事案だ。6万死のうが10万死のうが、歴史には何も残らない。だがしかし、アリエルが止めに入ったことで、結果カタリーナは窮地に立たされることとなった。



「フェイスロンダ―ル卿きいてくれ。カタリーナさんはあんたを英雄にすると言ったんだ、そこまで思ってくれる相手に、よくもぞんな仕打ちができるな! いいから黙って撤回しろ、あんたのそのクチで、ダリルを滅ぼすために行かせたって言えよ!」



 アリエルの怒声にもひるまず、カタリーナを見ようともしないフェイスロンダ―ルは、立ち止まると一言、


「すまぬ……」


 小さな声でそう言って、この場を離れようとした。



「この野郎!!」


 珍しく激高するアリエルの声がグランネルジュに響いたのと同時に、カタリーナを連行しようとするダリル兵の手を、逆にひねり上げた。さっきこの男がカタリーナにしたのと同じように、鋼鉄のガントレットがミシミシと音を立て歪むほどの握力でだ。


 男が手を離すと、無造作に突き飛ばし、プレートメイルはガチャガチャと音を立てて地面を転がり、アリエルはカタリーナを庇うよう間に割って入った。


 ジュノーが、ロザリンドが、サオが横並びに立ちふさがる。


 カタリーナは渡さないという意思表示だ。


 今にも昨夜の戦闘の続きが始まる。誰もがそう考え、身構えたところに、思わぬ横槍がはいった。


「間に合ったの! 兄さま」


「おおおっ、アリエル! いったい何事じゃ、まったく。朝からまだパンも食うておらんというに、パシテーが来ての。カタリーナの一大事じゃからはようせいとせっつくもんで、こんな部屋着のまま連れてこられてしもうたのじゃが……、落ち着け、まずは落ち着いてその爆破魔法をしまうんじゃ。何でもかんでも爆破魔法でボッカンすりゃええと思いおって、こんなとこで爆破なんぞしたらオオゴトになるでの……。おや? もしかしてお主、カタリーナかの?」



 サオが "やーいザマア見ろ" みたいな顔してるのは後でシゴキ倒してやるとして、足元でうなだれるカタリーナがその声にハッとして振り返ったところに立っていたのは、ゾフィーの転移魔法でグランネルジュまで連れてこられたのは、誰隠そうアリエルとパシテーの師、ソンフィールド・グレアノットだった。


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