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14-28 カタリーナ・ザウワーの半生7:涙雨

クドさ全開でお送りしております。14章クライマックス「カタリーナ・ザウワーの半生」もう少しだけ続きます。

続きは2日後、次は水曜に投稿予定。


「何かの間違いですベルセリウス卿! カタリーナに限ってそんなことをするわけがない」


 カタリーナがいまグランネルジュで何をしているか知らされたフェイスロンダ―ルは真っ向から否定してみせた。それは子どものころからカタリーナという人物の、ひとりを知っているなどとうそぶ浅慮せんりょな男の戯言たわごとだった。



「フェイスロンダ―ル卿……、事実ですよ。そしてこの虐殺はあなたの命令で行われていることです」


「そ、そんなことはない。私はそのような命令をした覚えはない、あなたも聞いていたはずだ……」



 カタリーナは自分の意志で皆殺しにしているのか、それともエナジードレインを制御しきれなくての不可抗力なのか。飛び込んで行って頭ぶん殴って目を覚まさせてやるのもいいが、ダリルの非戦闘員が虐殺にあっているのだとしても、ダリルも同じことをしてきたのだ。実際に街を奪われ、家族を奪われ、仲間を殺されてきたフェイスロンド人にしかその悔しさは分からない。ここがボトランジュやダリルならばアリエルの言葉にも重みがあろう、しかしカタリーナがいま敵性の者を殺し続けているのはグランネルジュ。フェイスロンド領都グランネルジュなのだ。

 カタリーナたちがここを追われ、出てゆく時、どのように悲惨なことがあったのか、アリエルには推して知るべしだ。



 とはいえ1日の猶予を与えておきながらその日の夜に襲撃するなど、ダリルにしてみれば騙し討ちにあったように感じるだろう。まさかフェイスロンダ―ルが反乱を恐れてアリエルとの約定を反故ほごにし、アッサリ手のひらを返してしまうだなんて思ってなかった。


 いまグランネルジュで起こってる虐殺は間違いなくフェイスロンダ―ルの命令なんだ。つい数時間前まで "罪を憎んで人を憎まず" を地でいくような甘い領主だったのに、たった一言の叱咤で悪逆非道の大罪人に仕立て上げるなんてカタリーナも人が悪い。


 ……いやもう人じゃないか。


 だがしかし、カタリーナが殺している者の中に奴隷にされてしまったエルフもいて、きっと大勢が巻き込まれて命を落としている。ノーデンリヒトは奴隷制度の撤廃と救済を旗印に、こんな何千キロも離れた土地の紛争に介入しているし、ヘレーネ将軍たちドーラの軍も、アルデール家の親類を殺された報復と言っちゃいるが、フェアルの村が襲われた事件そのものが魔族排斥と奴隷制度のせいだ。いまカタリーナが罪もないエルフの命を無残に奪っていると知れれば黙っちゃいない。何しろ魔王軍の大半は義勇兵なんだ。義を見てせざるは勇無きなりという建前のもと武装して戦場に出てるんだから。



「ああ、なんだかクソ面倒だ。このままカタリーナ放っておいたら自動でダリルに攻め込んでくんないかな、ルンバみたいにさ」



「アタシのせいなのよ……、アタシの……」


 ただ、何の罪もない、戦う意思も力もない、街に暮らす人を虐殺していると知ったてくてくの落胆っぷりは見ていられなかった。今まさに大勢の人々の命を奪っている魔法は、てくてくから奪った魔法なのだから。


 今のてくてくの気持ちを理解できるのは、きっと人の生活の糧になるよう起動式魔法を考案し、人々に降ろしたジュノーだけなんだと思う。



「なあジュノー、カタリーナの頭吹っ飛ばしたら記憶消せるかな?」


「うーん、ただの闇魔法使いならその手も使えるけど、ああなってしまったら試すのも怖いわね、光の治癒魔法は闇に反作用を起こしてカタリーナを殺してしまうかも。……そうね、もしかすると教会の無属性治癒魔法なら大丈夫よ。きっと」


「いくらなんでも頭吹っ飛ばして再生なんかできないぞ? 教会の治癒魔法は……」


「じゃあ手詰まり。どっちにしても私たちが介入するようなことじゃないわ。ま、私のワンピースを暖炉に吹き飛ばしてくれた礼はするけどね」



「アタシが止めてくるのよ……」


 闇に対して闇が出たところで、グランネルジュの被害が大きくなるだけだ。


 気乗りはしないけど、てくてくの悲しむ顔は見ていられない。


 アリエルが戦う理由はそれだけで十分だった。



「ゾフィー、ジュノー、ロザリンド、パシテー。ここは任せた。てくてくはエアリスについてやってくれ。ネストから出ないようにな」


「はい。わかりました。あなたに限って心配ないとは思うけど、情けをかけて目を曇らせるようなことのないようにね」


「ああ、わかってる」



「私のワンピースのカタキよろしく」

「私の靴もコゲたからね」


「わかってるよ」




「兄さま、カタリーナは泣いているの……」


 アリエルは知っている。いまカタリーナは心の中で泣きじゃくりながら人を殺している。


 パシテーはカタリーナが泣いているからどうしろとは言わなかった。

 アリエルの方も、何も答えなかった。



「マスター、アタシの不手際なの。カタリーナは悪くないのよ」


「ん。分かってるよ。それにな、てくてく、お前も悪くない」



 てくてくがネストに入ったのを確認すると、心配そうな面持ちのフェイスロンダ―ルを一瞥するでもなく横をすり抜け、暗雲の立ち込めるグランネルジュに向かう。




----


 グランネルジュの門を飛び越え、向こう側に降り立ったアリエルはストレージからLEDライトを取り出し、あたりを照らす。まるっきり気配の消えてしまったゴーストタウンだったが、折り重なるように倒れた兵士たちが門の裏や、通りにあふれている。


 いや、わずかに息のある者も、中にはいるか……。


 テンペストが同時に展開されているものと思っていたが、グランネルジュの中は驚くほど静かで、風に揺れる木の葉の擦れるサラサラという音も聞こえない。


 道端でただ眠っているように安らかな表情で倒れている者もいるが、奥に行くに従い、異変を感じたのだろう、剣を抜いている者が多くいて、やがて死体の表情は苦悶に歪みはじめる。


 カタリーナの気配は南の方に移動していて、上空に暗雲の立ち込めることで位置を如実に示している。アリエルに言わせると、まだまだ未熟者だ。



 門から遠い居住区の方に移動すると、足りないと言われていた荷車に夜通しで積み込み作業をしていたのだろう、この深夜だと言うのに通りに出て、引っ越しの荷物を荷車に積み込む作業をしていたであろう者たちが倒れている。姿を見るに商人など一般の市民。武装もしていなければ、自らの身を守るための魔法も使えないような者だ。中には一緒に連れて帰ろうとしたのか、エルフも倒れている。エルフは開放して置いて行けと言ったはずなのだが……。



 アリエルはストレージの中から黒い棒状のものを取り出すと、この音のない街で、バコッという無粋な音を立てて、いま取り出したものを開いた。


 ボタンを押すことでバネの力を解放するジャンプ傘と呼ばれる、日本人なら誰もが使った事のある、ごく普通の傘だった。


 アリエルはカタリーナが近いことを察して、傘をさした。


 同時にポツポツと雨が降り始め、すぐにザーザーと騒がしい音を立てる本降りになった。

 グランネルジュ天気予報があるとすれば、グランネルジュ市街地だけに降る局地的豪雨といったもので、これはアリエルの水魔法、手のひら一杯の水を得るセノーテを広範囲かつ大規模に使ったものだ。


 いましがたカタリーナが使ったテンペストの低気圧が上空に湿った空気を呼び寄せていたことで、容易に雨を降らせることができた。



 いまここで起きている悲劇に流れた涙のように、雨はザーッと音を立てて、石畳を踊る水しぶきとなる。淀んだ空気を洗い、磨き上げ、街に充満していた瘴気は、とりわけ不純物として地面に落ち、水路を流れる。



 広範囲に広がっていた瘴気は、まるでもともと一つだったことを思い出したかのようにゆっくりと、通りの中心へと集まり始めた。

 それは呆れるほどゆっくりとしたスピードだった。



 カタリーナはこのとき、ドブの中を流れたとしても逃げるべきだったのかもしれない。



 傘をさしたまま、篝火ひとつない街の中で、深夜に闇の使い手と対峙するアリエル。

 カタリーナは広範囲に広げていた瘴気に水を含み、重く重く引きずりながらも、ようやく一つの身体に戻ることに成功した。覚えたての闇魔法、いきなりこのような弱点を突かれる形となり、焦りを隠せないままアリエルの前に姿を現す。


 ダークミストは雨に濡れると起動しない。

 遥か遠い過去、己の身に闇を纏った事のあるアリエルの知識だった。


「くっ……まさかこのような弱点があろうとはな……、今日は本当に得難い日だ……」


「カタリーナさん、あんた瘴気に触れた者を選んで殺せないんだろ? そんな未熟な技で、何時間もかけて皆殺しにする気か?」



「ベルセリウスよ、あなたも見ただろう? ……、フェイドオール・フェイスロンダ―ル、あれはただ優しいだけの甘え子だ。頭の中はお花畑で、年がら年中、蝶々と戯れてる。非情な決定ができるような子じゃないんだ」


 寂しそうな表情で教え子の不出来を語るカタリーナに、アリエルは身も蓋もない言葉で応えた。



「そうだな、俺の目には領主たる資質がないように見えるがね?」


「同感だよ。だがな、世の中が平和でさえあったなら、フェイスロンダ―ルは理想に満ちた世界を約束してくれる。こんな時代に生まれてしまった事が不運なだけなんだ、もしフェイスロンドが平和だったならフェイスロンダ―ルは素晴らしい領主として私たちを導いてくれたろう。だから私たちの生活を踏みにじる者は滅んでしまえばいい」



「そんなご大層な理想のおかげで、攫われて奴隷にされてしまったエルフたちも同時に大勢殺してるじゃないか。カタリーナさん、フェイスロンダ―ル卿の理想を実現したいなら殺す者と殺さない者は明確に分けるべきだ。皆殺し? それじゃあドーラから来た義勇兵たちはフェイスロンドを助けるために命を張れない。本気でフェイスロンドのためを思うなら反乱が起こってもいい、あの脳ミソお花畑領主の首をすげ替えることだ。この事態を起こしてしまったのも、いまこうやってあんたが殺したくもないエルフたちを殺しているのも、全てはフェイスロンダ―ルが愚かなせいだ。違うかい?」



「……あの愚かな男は……、私の教え子なんだ。私の教えたまま、正しい政治を行い理想の世界を実現してくれていた。フェイスロンドはエルフたちの楽園になるはずだった!! 私は元に戻す。ダリルなどがこの地に土足で踏み入れてくる前の世界にな」



「言いたいことは分かるけど、カタリーナさん、あんたの力じゃ無理だ」



「確かにそうだな、私の技量では闇の力を器用に操ることはできないよ。だがしかし、私が悪魔と言われようと、フェイスロンダ―ルを英雄にしてやれば問題ない」



「残念ながらあの男は英雄にはなれない。なぜなら甘いからだ。そして弱い。非情かもしれないが、歴史では勝者のみが英雄、敗者は殺戮者だ。歴史が常に正しいだなんて、本気で思ってるわけじゃないだろう? どんなに崇高な理念を持って戦ったとしても、負けてしまえばクソだ。この世界の歴史も書き換えられた。子どもに読み聞かせる絵本ですら、勝者が正義、敗者を悪とする英雄譚になるというのに」


 アリエルが言う、書き換えられた歴史というのは、教会の焚書により古文書を全て焼き捨て、200年より以前の歴史が書き換えられてしまったことだ。それにより、エルフを始めとするヒト族以外の偉人が成し遂げた偉業を全て"なかったこと"にしてしまい、ヒト族こそがこの世界で最も尊い種族だとした。

 ガンディーナの戦神ゾフィーの名が人々から忘れ去られようとしているのもそのせいだ。


 しかしカタリーナはアリエルに言われた言葉を少し勘違いし、違った意味に受け取った。

 破壊神と呼ばれたアシュタロスが十二柱の神々に戦いを挑み、何度も倒された神話戦争のことを言ってるのだと思った。カタリーナですら身近に書き換えられた歴史をそう認識してはいなかったのだ。


「はははは……、確かにそうだったな不死の王よ。おまえも戦いに敗れ破壊神と罵られた悲劇の王だった」


「いや、俺のことじゃないからね! ただ一つ確かなことはカタリーナさん、このまま続けると、あんたは負けて、命令を下したフェイスロンダ―ル卿はいつか近い将来、処刑されるってことだ。あの愚かな男が英雄になるなんてこと、天地がひっくりかえってもありはしない。シェダール王国は衰退著しく、四つの大貴族を従えるような、かつての力はない。この世界で生き残るためにはもう独立するしかないんだ。そしてフェイスロンダ―ルには王となる資質がない。そうなるともう、この土地はいずれ王国かドーラか、この戦いの勝者に都合のいい支配者が治めることになる。俺にはそんな未来しか見えないがね? なぜそんなことも分からない?」



 カタリーナの表情は伺い知れなかったが、恐らく苦虫を噛み潰したような苦悶の表情をしていたのだろう。表情の変化は言葉に現れた。


「……なればそうならぬため、私に力を与えよ」


「イヤだね」


 アリエルの異様な気配を察したカタリーナは、この場にいることを拒み、間合いを広くとるためバックステップで後退しようとした。



―― ドスドスッ!



 アリエルのストレージから転移した刀剣が下がろうとするカタリーナの足を甲から刺し貫く。



 カタリーナは咄嗟に闇に姿を変え、この場を逃れようとしたのだ。

 しかしそれも叶わず、いま足を石畳に縫い付けられ、カタリーナは苦悶の声を漏らす。



「ぐあああぁぁぁぁ!」


 いつかロザリンドがサナトスと立ち会ったときに見せたのと同じだ。水の精霊アプサラスの精霊防御を破り、左拳でボディブローを撃ち込んだ。精霊の防御はネストを作って自らの身体を隠しているに過ぎず、そのような子供だましは時空魔法を理解する者には通用しない。逃れたネストごと座標を重ね、裏に隠された身体を貫けばいいだけの話だ。


 降りしきる雨の中、カタリーナは傘をさしたまま一歩も動かず自らを追い詰めたアリエルに、まだ負けないとでも言わんばかりに挑発してみせた。



「くっ、こんな事をせずとも私は逃げぬよ破壊神! むしろおまえを捕らえて逃がさぬ! さあ魔法を見せろ、全てを燃やし尽くし、この世界を灰にした最強最悪の魔法があるだろう!! アレを私に見せろ! さあ、さあ!」


 水に濡れてから動きにキレのない闇の触手をアリエルに向けて威嚇し、実は背後から襲うのが本命の攻撃だった。カタリーナはアリエルの記憶に侵入し、破壊神と呼ばれるに値するほど強力な力の秘密を探り出そうと試みる。これこそがカタリーナの目的だった。



「へー、てくてくの記憶にそんなことまであったとは誤算だったな……。でも強欲は時として我が身を滅ぼすことになるよ?」


「もとより承知、今更我が身可愛さに逃れるとでも思うてか。なれば絶望を見せてみよ。この私にな!」


 アリエルは背後から襲う闇に飲まれた。



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