14-27 カタリーナ・ザウワーの半生6:虐殺
今回は息抜きです。軽ーいノリなのでご安心ください。
通常の2話分(8000文字以上)というボリュームをひっさげて、クドクドお送りします。14章クライマックス「カタリーナ・ザウワーの半生」もうちょっと続くことになりました。続きは2日後、月曜に投稿予定。
作中「赤いドレスを買ってやる」と約束したというエピソードがあります。
なんだそりゃ? いつそんな約束をしたんだ? と思う方、多いと思います、もしお忘れであれば、
第241話 09-16「弟王エンデュミオン」を今一度読み直していただければ、あー、あったな! と思い出していただけると思います。
ダークミストは身体を瘴気に変化させる精霊魔法のはずなんだが、いまカタリーナ微細粒子になっていたように見えた。風に乗って霧のように気体と同化する魔法だ。要するに瘴気と同じものだから見た目に大した変化はない。だがその実、瘴気に身体を溶かして気体に混ざるのだから剣で斬るなどといった物理的な攻撃を受け付けなくなる。ロザリンドのようなガチ剣士が不利なのはダークミストのせいだ。相手する側からすると煙を相手にしてるようなものだ。さらには空を飛んで移動することも可能になるから厄介なことこの上ない。
エナジードレインは瘴気の触手をつくってそれを人の身体に触れさせることで、対象者からマナと生命を同時に体外へと流出させるという、いともたやすくヒトの命を無傷のまま奪ってしまう邪法で、これは範囲化など難しい技術の必要なしに被害が広範囲に及ぶ。エナジードレインの怖いところは、強化魔法、防御魔法がまるで防御効果を見せないところで、これを防ぐためには耐闇障壁が必要になる。しかし耐闇障壁の魔法はとっくに失われていて現代に伝わっていない。殺意を持って市街地で使うと、普通の人にはまず防ぐことができないことから大惨事になる危険性が高い。エナジードレインは危険な魔法だからこそ、殆どの場合、てくてくは瘴気にエナジードレインを乗せず、睡眠の魔法を乗せて使うんだ。
空気よりも重い瘴気が混ざる闇使いの風魔法は大した脅威にはならないと高を括っていたが、そう言われてみればネストから飛び出したのには強い空気圧を感じたし、空を覆う瘴気が渦を作って雷鳴を呼び竜巻のように姿を変えたのは高位の風魔法テンペストだ。カタリーナのマナが薄く密度が低いとすれば瘴気になっても水のように地面を流れない。もしカタリーナが闇使いになった上で風魔法を扱えるとしたらダークミストとエナジードレインは最悪の組み合わせだ。
カタリーナは気が遠くなるほどの時間をかけて積み上げた老獪な魔導の知識と、それを操る技術を奪った。記憶に侵入してただそれを盗み見ると言う方法で。
「カタリーナさん、うまくやったと思ってるでしょ?」
「ええそうね、200年どんなに頑張っても得られなかった力が、こうもたやすくわが手に入るとは思ってもみなかった。ちょっとだけ盗賊の気持ちが分かったかも……ん? んんん? そこにいるのは?」
カタリーナが窺うのはアリエルが捕虜にしたホムステッド・ゲラー司祭枢機卿だ。
あの司祭枢機卿が即席で作られた石の牢獄に捕らえられている。さっきまでフェイスロンドの戦士や、まだ動ける余裕のある獣人たちのいい見世物になっていた珍獣のようなオッサンだ。
カタリーナがずいっと一歩踏み出すと、アリエルはすぐさま闇の行く手に立ちふさがり、接近を阻んだ。
「邪魔をするな。あの男をよこせ」
「断る」
「あなたにその男の価値が分かるとは思えない、私に殺させろ」
「だから断るって言ってんだろ、分からず屋さんか?」
チリチリと産毛の逆立つような極度の緊張感に晒され続けたせいか、まず最初にフェイスロンダ―ルの側近を務める護衛の兵士が夕方食ったものを盛大に吐き出した。
ちなみにこの横隔膜を圧し潰すほどの威圧感はゾフィーから出ている。この兵士はきっと指一本でも動かしたら真っ二つにされる幻でも見たのだろう。
そう考えるとフェイスロンダ―ル卿は思っていたよりもずっと威圧に耐えている……か。
ネストから噴き出したカタリーナの瘴気に驚いて尻もちをついただけだ。
「ゾフィー抑えて。大丈夫だから。サオは爆裂をしまえ! こんなとこで爆破する気じゃないだろうな」
「うー、せっかく師匠のマネして転移魔法でうまく爆裂を隠したのに見破られました……」
サオは天才だけど、ほんと残念な天才だ。
もう転移魔法を使って爆破魔法の入ったカプセルを離れた場所に瞬間移動させる技を身につけている。だがしかし、覚えたての転移魔法をいきなり実戦投入するもんだから命中精度がガバガバすぎて狙った的を平気で数メートル外してやがる。カタリーナの背中に転移させればいいけど、それをフェイスロンダ―ル卿の足元にそんなデカい爆裂を埋めて隠すなんてアホとしか言いようがない。起爆させようものなら周囲全てが吹っ飛んでフェイスロンダ―ル卿を中心に大穴が空く代物だ。ロザリンドは全裸になるぐらいで済むだろうが、そうなったときロザリンドの怒りを買ったサオが素っ裸に剥かれることを何もわかっちゃいない。
しかしながら小難しいことは何も考えず、とりあえず爆発させれば何とかなると思っているあたり、この師匠にしてこの弟子ありといったところだ。まったくもって性格まで似ている。
少し険悪になりつつある空気のなか、アリエルはゾフィーとサオに戦闘の構えを解けと言った。
「ベルセリウス卿? あの……」
さっきのカタリーナの言いよう……、まるで騙しているように聞こえたのだろうか、フェイスロンダ―ルがアリエルになにか説明を求めようとしたとき、すぐ横にある暗闇の塊からカタリーナが言葉を被せた。
「あなたの意思で決定を撤回するのですフェイスロンダ―ル! さもなければ兵士たちに不満が広がり、平和な世を手に入れたとしても必ずや禍根を残すことになります。ホムステッド・ゲラーもこの場で処刑し、グランネルジュ攻防戦で命を落とした同胞たちへの手向けにしなければ、最悪の場合、反乱が起こりますよ!」
「は? 反乱んん? なんでそんなことになるんだ? えっと、どうしよう……、カタリーナは気を失っていたから知らないだろうが、神殿騎士団長はベルセリウス卿の捕虜だし、武装解除したダリル兵たちはもう帰してしまった。グランネルジュにいる」
「ゲラーの事も含めて、全てを撤回すると言ってください。今すぐに。反乱が起こってもいいのですか!」
「分かった、分かったよカタリーナ。撤回する。だがしかし……」
「よくぞ言いました、あなたの決定を支持し、カタリーナは今より領主フェイスロンダ―ルの命により力を行使します……。それとベルセリウス! 領主フェイドオール・フェイスロンダ―ルの命により、ゲラーの身柄は後でもらい受けるからな、首を綺麗に洗っておくように……、言っておけ」
それは厳格な言葉だった。しかしアリエルには夜に立つ暗闇が舌なめずりしたように感じた。
いままで目の間にあった暗い異物は音もなく崩れて煙のように変化すると、瘴気がものすごい勢いで天に昇り、グランネルジュと戦場を隔てる防護壁を飛び越えて向こう側へと渡って行った。
間違いない、風の魔法だ。
アリエルはその場に居ながらカタリーナの気配を追跡しグランネルジュの様子を窺った。
大きな音も、断末魔の叫び声も聞こえることはなかったが、確実に気配が消えてゆくのは分かった。
ホムステッド・ゲラーを奪うと言うのだから戦闘になることも考慮して戦力を分析しておく必要がある。アリエルは日本から持ってきたデジタル時計の表示を見ながら消えてゆく気配を数えていた。
カタリーナがグランネルジュに飛び込んで、一人目の気配が消えるのを確認してから60秒の間に200ほどの命が奪われた。カタリーナの魔法規模から考えるとずいぶんと遅い。てくてくが本気を出したとしたら瘴気の範囲にいた者は全員が瞬時に命を奪われるのに……。
おかしい。カタリーナはエナジードレインを使っているというのに、わざわざ敵の命を奪うのに時間をかけている。苦しませて殺しているのか? まさか……敵兵は11000もいるのに?
いや、違う……、分かったぞ。カタリーナはマナの密度が足りないんだ。
風の精霊テックですらマナが瘴気に変貌すると重く地面を流れるように変質してしまい、風の魔法をうまく使えなくなった。使えたとしてもごく限られた時間、限られた威力だ。これは上質な濃いマナが瘴気に変わったとき、空気より重くなり、地面を流れる水のように変化したせいでうまく風を操ることができないってことだ。
「てくてく、カタリーナはどうだった? 暴走さえしなければいい風使いになれたんじゃないか?」
「カタリーナのマナはとっても綺麗なの……でもとても軽く儚くて繊細なのよ。強い魔法は使えないけど、彼女の放出するマナの量は侮れないの。磨けば光る器を持っているのよさ、きっと涼やかな風を連れてくる、いい使い手になれたはずなのよ」
カタリーナは土魔法に適性がなかったんだ。そんな薄いマナでよくもまあ土魔法の権威になるまで頑張ったもんだと感心する。並大抵の努力じゃ満足に岩を浮かせることも出来ないだろうに。
グランネルジュ魔導学院の学長で土魔法の権威というから、勝手に勘違いしていたんだ。
カタリーナのマナは一流の魔導師として考えられないほど劣っている。瘴気に変質したとしても、もともとの密度が薄いから地面に流れるほどの質量を持たない。普通のヒトなら魔導師になることすら諦めてしまうような希薄なマナを、放出量でカバーするといった力技で教授まで上り詰めた……、まったく、血を吐くような鍛錬を繰り返した結果なのだろうな。
てくてくにはパシテーがマナを暴走させたときと同程度の、生命維持のために必要なことを頼んだつもりだったのだけど、まさかこれほどの魔女になってしまうとは思わなかった。
60秒で200の兵を倒す実力ともなると、ダリル兵と南方諸国の連合軍、皆殺しにするつもりだとしても、単純計算で1時間あれば足りる。闇魔法に向かないマナ特性だからといって風も使いこなすとなると侮れないが、時間的猶予が1時間もあればこちらもいろいろと対策することができる。
ホムステッド・ゲラーの命なんぞ、正直どうだっていいが、一方的に取り決めを反故にして、ゲラーの身柄をよこせなんて言われて、はいそうですか、どうぞどうぞなんて言うつもりはない。
逆にカタリーナがグランネルジュに攻め込んだいま、ここでのほほんと突っ立ってるフェイスロンダ―ルを人質に取ってやろうかと思うほどだ。
万が一に備えておくか。
「サオ、エアリスの様子はどうだ?」
「真沙希ちゃんの手を借りて、いま目を覚ましたところです。これからてくてくに障害が出てないか診てもらおうかと!」
「エアリスはしばらく休ませておいたほうがいいよ兄ちゃん」
いつの間にかパシテーがネストに入っていたらしく、いまスッと出てきた。
肩をいからせてる? パシテーがプンスコ怒ってるのは珍しいな。
「兄さま……、私のソファーにコーヒーこぼれてるの。部屋がムチャクチャなの! 片づけるのが大変なの、お気に入りのマグカップもお茶を淹れる急須も壊れてるの! カタリーナのバカほんと腹立つの」
ソファーというのは、パシテーのお気に入りだったゴロ寝ソファーのことだ。ちなみにこのソファーは日本に居たころ大型家具店に行って、ちょっと高いのを無理して買ったという経緯がある。
何しろスヴェアベルムの家具職人が作る高級ソファーは高価な素材と、装飾品で見た目に豪華なだけで、その実、背もたれ部分が木でできていたりする。座り心地重視のものでも座面はバネ式だ。低反発ウレタンを始めとする新素材ではアルカディア製にかなうものじゃない。ゴロ寝ソファーはパシテーの宝物の一つだった。
ネストの中でテンペストが吹き荒れたのだから被害は甚大だろう、マグカップも急須も残念なことに陶器だ。わざわざ入って見なくてもバラバラになっていることぐらい分かる。むしろ目に浮かぶようだ。
「えええっ、ちょっとまって、ハンガーにかけてた私のワンピースは?」
「ちょ、私そう言えば壊れた靴を選ぶのに3足出してたんだった!!」
てくてくを見ると成人女性だ。つまり0時前後だから、そろそろパシテーはウトウトし始めるか、寝かせてしまわないと不機嫌イライラタイムに突入する。
ジュノーとロザリンドも慌ててネストへ入っていった。ワンピースも靴も無事であることを祈ろう。
「パシテー、客間はどうなってる? 使えそうか?」
「てくてくの部屋はダメなの。でも、真沙希ちゃんとエアリスの部屋はドアが閉まってたから大丈夫そう。奇跡的にクローゼットに入ってた私の服は無事だったの」
真沙希の普段着はこっち来てから買ったものばかりだから最悪買いなおせばいいだけなんだけど、ジュノーはワンピースに拘りがあるからな。クローゼットが無事でよかった。
「サオ、エアリスは部屋で休ませて、お前はついててやれ。アマンダも一緒にほら」
「はいっ、師匠も気を付けて!」
「私だけ安全なところに隠れているなんてことできませんから」
アマンダがキリッとしてそんなことを言ってのけた。さっきまで死体の山を見て泣いてたくせに、身内の兵士が見てるだけでそんなにも精悍な顔つきになるものか。
闇の攻撃から広範囲を守るためには……、気が進まないけどやっぱ、耐闇障壁を使ってもらったほうがいい。こっそりイシターに来てもらおう。たしかシャルナクさんと一緒にセカにいるはずだ……。
「ゾフィーすまん、ちょっとジュノーに内緒でパチンして迎えにいってほしい人が……」
「へー、私に内緒で? その話、私の前じゃできないってこと? 興味あるわね、どうぞ、私に内緒の話、今ここでしなさいな」
間髪入れずに背後からジュノーの声がした。えらく不機嫌そうだ……。
まさかもう出てきたのか……。
「いや、えっと、あの……」
「ねえ、もしかして……、耐闇障壁が欲しいとか考えてない?」
バレた。
「えっ? 俺にはジュノーが何を言ってるのか分からないな」
「へー、そう? 私ちょっとだけ心当たりあるんだよね。耐闇障壁の強力なやつを張れるクソ女に」
イシターに来てもらって障壁張ってもらおうと思ったけど、ジュノーとイシターがケンカになるなら、来てもらわないほうがナンボも平和だ。ヘタするとグランネルジュが消し飛ぶ。カタリーナのほうがよっぽどやりやすい。
「ゾフィーごめん、気のせいだった。忘れてくれ」
といってお茶を濁したのに、ジュノーは目の前に何やら、焼け焦げた布? のようなものを差し出した。
「ねえ、見てよこれ! これこれ! 私のお気に入りのワンピースが吹き飛ばされて暖炉で燃えてた!! ねえ、新しいの買って」
今それを言えば断れないと知ってて、敢えていま言う。ジュノーはそういう畳み込みをしてくる女だ。
だがしかし、ここはノーといって断らないと、普段ロザリンドのお下がりを着てるゾフィーが便乗して来るのは明らかだし、ロザリンドに至ってはさっきジュノーを贔屓してるとか不満を言ってた。ここでジュノーに負けたら全員分買わされる羽目になる。
まったく、資金としてアテにしてたミッドガルドを寄付させられてからというもの、まったく仕事もせずに9人分の食い扶持を維持していかなくちゃならなくて、そのうち約2名はプロレスラー並みのカロリーを消費するので食事量も半端ないんだ。今回の件は不幸な事故だったということで話を〆よう。
「ああ、これは事故……」
「赤いドレスも買ってくれるって言ったのに、まだ買ってもらってない」
「私にも買ってくれるって言った! 黒のビロード生地の、背中が空いた大人っぽいのがいいな」
「兄さま! 私もオーダーメイドで一着欲しいの。今度はブレザーがいいの」
ぐはっ!
赤いドレス? なんだっけそれ? ああ、そういえば帝国の訓練施設に居たころ、エンデュミオンとかいうクソ皇族がきたとき口を滑らせたんだった!
「ええっ? なになに? ねえあなた、この3人にだけ? 私なんてずーっとあなたの妻なのに、ドレスなんて買ってもらったことない……。寂しいわ、ねえあなた……私の事なんてもう1番じゃないの?」
「分かりました。全員の分を買いましょう。ここ終わったらまっすぐ王都に向かってオーダーメイドで仕上げてもらうことにします。それでいいよね?」
「うん! 決まり。でもドレスだけじゃ着れないわ。ドレスに合うハイヒールと、私の髪に映えるイヤリングと、ネックレスやブレスレットも……」
「もちろん全部買うに決まってるけど、貴金属アクセサリーは俺が彫金セットで作るから自作で勘弁してほしいな」
出費がどかんと増えた! 小さな事故だったはずなのに、藪蛇が大事故起こした気分だよホント。
だけど貴金属なら持ってる。この世界で最も高価な貴金属に分類される純ミスリルが15キロだ。
ルーに元素変換で作ってもらったんだけど、その純度は99.99%より100%に近いらしいからな。
「へー、そういえばあなた鍛治できたのね……忘れてたわ」
「ジュノーがいましてる指輪は俺が作ったってこともう忘れたのか」
ジュノーってば酷い。そんなこと忘れるわけがないのに、ロザリンドとタイセーにだけ刀打って、パシテーは七つの大罪をモチーフにした短剣と槍を作ったのに、自分ひとりだけ何も作ってもらえなかった事をまだ根に持ってるらしい。短剣とかなら打ってもよかったけど、リクエストが鈍器だったし、鈍器のなかでも特に凶悪なトゲ付きのモーニングスターを作れって言われてもな、あれってどう装備するのさ? 腰にぶらさげたら歩くたびにトゲがグサグサ刺さるし、転びでもしたら大ごとだ。だからと言ってあんな重量物をずっと右手に持って歩くわけにもいかない。あんなの持ってるだけで町では衛兵に囲まれて逮捕されてしまう。
あんな玉コロ、鞘にも入らないし。振り回す以前の問題だよ。
「わー、ハイヒールかあ、私ハイヒールなんて履いたことないんだけど大丈夫かな!」
まずいな。ロザリンドはヒールなんて履いたことないんだ。29センチだと15センチとか18センチぐらいの高さになるんじゃないの? 絶対あちこちで頭ぶつける未来しか見えない。
それにロザリンドの足に合うハイヒールなんてぜったいサイズないからオーダーメイド確定だこれ。
高くつくぞ……こりゃ……。
「ついでに靴も打ってもらったらどう? あなたの好きな鋼鉄でさ。いいなあロザリンド、鉄の似合う女って憧れるわー」
「へへー、北斗は私のために打ってくれた、私専用の刀なんだ。温かい気持ちが伝わってくるからね、ジュノーには分からないだろうけど」
「なああああっ! アリエルぅ――ロザリンドが私に自慢するの、私だけあなたの愛情のこもった剣をもらってないの」
「え――っ、なになに? いいなあ、私の剣なんか敵の使ってたやつ奪ってそのままなのに……」
「はい! わかりました。ジュノーには何か考えるからさ、ゾフィーには切れ味なんて関係ないと思うけど、しっかりよく斬れる両手剣を打ちます。だからもうこの話の流れを変えてお願い! ほんと助けて。もうこの話はおしまい。いいね、じゃあロザリンドはお義母さんたちを少し下げて、先遣隊のひとたちはこっちに」
「ねえ、何が始まるのかな? あのヤバいのと戦うことになるのかな? 悪だくみなんかしてるからだよホント」
「違うからね、変な誤解されるようなこと言わないでほし…………えっ?」
……っ! マジか。
アリエルはハッとして振り返り、篝火が消えて真っ暗になったグランネルジュを遠目から見つめた。
気配に注視していたせいか、グランネルジュの中で何が起こっているのか、外に居ながら手に取るように分かる。
「どうしたの? なにが?」
アリエルの急を告げる声を聞くとロザリンドは不安を露わにした。ここが戦場になると、母も先頭に立って戦わざるを得ないのだ。それがダリル兵なら心配など微塵もないが、いましがた飛び込んで行った得体の知れない闇の塊だとすると危険な香りしかしない。
……っ!
皆の注目を集める中、アリエルはこわばった声で答えた。
「皆殺しだ……。兵士だけじゃない、移民たち、女も、子供も……」
カタリーナはグランネルジュに居る生命を無差別に奪っている。軍属だけでなく非戦闘員も、我々がダリルの手から助け出さねばならないエルフたちも。
フェイスロンド軍の戦う矜持すら忘れて、いまグランネルジュでは大虐殺が繰り広げられている。




