14-26 カタリーナ・ザウワーの半生5:再誕【挿絵】
クドさ全開でお送りしております。14章クライマックス「カタリーナ・ザウワーの半生」もうちょっとだけ続きます。続きは2日後、土曜に投稿予定。
作中「ナルゲンの町」が出てきます。どこだそれ? 知らんぞ! と思われる方多いと思います。
第159話 07-14「領境のさびれた町」を今一度読み直していただければ、あー、そんなこともあったっけ? と思い出していただけると思います。
20181223 挿絵入れました。カタリーナさんです。仕上げが荒くて申し訳ないです。
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一方、こちら狭い廊下をはさんでドアに隔てられたアリエルたちの居室では、いち早くただならぬ気配を感じたゾフィーがジュノーと真沙希に注意を促す。
「テックの声? おかしい……何か尋常でないモノの気配がするわね」
「はああ? てくてくが連れ込んだあの女が何かしたの? エアリスに何かあったら大変だわ……」
ゾフィーの声のトーンがいつもと違うことで異常事態を察し、てくてくの部屋が気になったのだろう、ドアを開けようとしたジュノーを真沙希が制止する。
「ジュノー! ドアに近付いちゃダメ! 何かいるっ!」
「えっ?」
―― バン!
爆発的に膨張する闇がドアを破ってゾフィーたちのくつろぐ居室になだれ込む。
刹那、爆風に飛ばされたかのように飛び込んできたてくてくとエアリスに障壁を展開し、落ち着いて受け止める真沙希と、瞬時に最適な対処法を選んだゾフィーの指がパチンと乾いた音を鳴らした。
窓のない部屋の中からは伺い知れなかったが、ネストの外ではどっぷりと日が暮れ、篝火が焚かれていた。てくてくの姿が18~20歳ぐらいに見えるということは、深夜0時前後ということ。
アリエルの影に位置するネストを形成する魔法陣が激しく光ったかと思うとゾフィーをはじめ、ジュノーだけじゃなく真沙希も勢いよく放物線を描いて飛び出すと、少し遅れてエアリスも、そのエアリスを預けていたてくてくも、まるで吹き飛ばされたかのような無様な格好で回転しながら、ひときわ高く打ち上げられて出てきた。
アリエルは思った。
女三人寄れば姦しいというが、五人いると打ち上げ花火のように飛び出してくるのかと。
「なんだなんだ、お前らもうちょっと静かに……、ほらロザリンドのお母さんが来てるんだからもうちょっとお淑やかに……ああ、フェイスロンダ―ル卿、ちょっとしたトラブルがあったようですが、心配いらないと思いますから、どうか落ち着いて……」
アリエルはベラールの街から強化魔法で走ってきた獣人の精鋭たちと、魔王軍を離反したロザリンドに代わり、将軍の代理を務めるヘレーネ・アルデールが戦場に到着したことで、いまフェイスロンダ―ルとの挨拶に立ち会う傍ら、取り敢えず明日の朝からどうするかという事を話し合っている最中だった。
疲れてへとへとになってる獣人たちはその辺に転がって夜空を仰いでる。部活でとんでもないシゴキを受けた1年坊のように。
アリエルが "やれやれ……" と少し困った表情で家族のみっともない姿をうまく取り繕おうとした、その時である、ネストから間欠泉のように "ズババババ" と音を立てて、激しい闇が勢いよく噴き出した。
熱湯が湯気に変化するように闇が瘴気となり空気に溶けながら広がってゆく。
闇は火山が噴火したかのような、おびただしい量の"暗がり"となり空気を汚染しながらと同化することで空を覆いはじめた。
夜空にさんざめく星々の光は地表まで届かなくなり、アリエルのネストから未だ噴き出すのをやめない闇は近くにいる者の顔すら判別できないほど暗い夜を連れてきた。周囲に居て体を休めていたフェイスロンド兵たちは、そのことごとくがうろたえ、腰を抜かす者までいる始末、夜目の利く獣人たちこそ恥ずかしい声を上げることはなかったが、戦慄の空気が辺りに充満すると、少し眉根を寄せてこめかみに血管を浮かせたまま微笑むヘレーネが、まずはアリエルに説明を求めた。
「なんですか? アレ」
人差し指を立てたまま空をさすヘレーネの目が笑ってない。
アリエルは少し口ごもりながら、いましがたネストから飛び出してきた者たちの方に視線をやると、とてもとても申し訳なさそうな顔で "やっちまった" 感満載の凹み具合を見せながらがっくりと肩を落としてぺたんと座り込んでいる てくてくと目が合った。
わるさをしたのがバレて怒られるのを待つ子犬のような表情だ。
目が合うや否やサッと目をそらし、明後日の地面を見ている。
なるほど。
……なるほど。
…………なるほど、そういうことか。
アリエルはてくてくがまた意地の悪いことをやろうとして、結果 "やらかした" のだと理解した。
闇が溜まり雲となりつつある空を見上げたゾフィーと真沙希の目がすわる。
少し膝に余裕を持たせて立つ、武道で言うところの猫足立ちの構えだ。自然体でありながら急に矢が飛んでくるといった奇襲にも対応できる基本の姿勢でいつ戦闘が始まってもいいように準備している。
なるほど、あれは敵性の何かだ。
とはいえ、アリエルにはもう何が何だか分からないなんてことは1ミリもなく、だいたいのことは分かっていた。そう、だいたい、なにがどうなって、いまこうなっているのかということは理解している。
ジュノーもかなり警戒していて、周囲にピリピリした空気を放っている。
そういえばジュノーはさっきネストに入るときのんびりするからもう呼ばないでねと言った。
確かにもう、外出するような恰好ではない。のんびりする以外に何もできないような、身も蓋もない格好だ。具体的に言うと、ピンクのホットパンツの尻に猫の肉球のアップリケが付いてなければカッコいい猫足立ちなのだろうが、尻に肉球のアップリケを付けておいて猫足立ちもないもんだ。まったく。
アリエルが、さてどうしたものかと頭を掻きながら、フェイスロンダ―ル卿にどう説明しようかと考えていたのだが、フェイスロンダール卿のほうが狼狽を隠せない様子。
「ななななな、何が起こっているのですかベルセリウス卿! まるで世界の終りがくるような、不安感が掻き立てられます。いまは重要な会議の場ですから、人を脅かすようなことは控えていただきたい」
ビビりすぎだ。尻もちをついた情けない格好でガタガタと震えながら空を指さしている。
ここはフェイスロンド領の領都グランネルジュ、この土地の長である領主がそんな情けない姿を見せているのには理由があった。いま目の前で起こっている異変。
空を覆う闇の雲というか霧のようなものがゆっくり回転し始めると大きく渦を巻き、所々で赤く落雷するようなものが見えた。アリエルはそれを見て、なんだかとても不吉なことが起こるような予感しかしなかった。空を埋め尽くさんとするこの闇に見覚えがあったのだ。
遥かな過去、神話に語られる時代、アリエルがまだアシュタロスと呼ばれていたころ、規模こそ違えど自らが纏っていた闇と起源を同じくするものだった。
ゾフィーの行方が分からず、転生してこない世界で、アリエルとジュノーの転生体は、まだ幼子であったにも拘わらず、大切なものを取り戻すため、勝ち目のない戦いを繰り広げていた。
この世界でも最強と謳われる天上人、十二柱の神々と戦わざるを得なかった、かなわぬ力を無理矢理にでも高めてクロノスたちのような、強大な敵に対抗するため、瘴気をまとい、闇に身をゆだね、自らの魔力を極限にまで高めるのに止むを得なかった。そうするしかなかったのだ。
闇に魅入られ、足を踏み入れる者は決まって力なきもの、弱きものだ。
カタリーナを見つめるゾフィーの眼差しは厳しいものだった。
アリエルは目を背け、ジュノーをチラッと見た。
ジュノーはこんなカタリーナを見て、まるで自らを映す鏡のように感じ、目をそらしたままアリエルに悲しげな顔で目配せを返す。
カタリーナは破壊神アシュタロスと呼ばれ、蔑まれたアリエルと同じ選択をしたのだ。
空を見上げると渦を巻く闇の霧が成長し、漏斗状の竜巻を下ろしつつある。
怪しげな、真っ暗な異物がトンと音を立てて地面に降りると、こちらに向かって歩いてくる姿は見えないが、焚かれた篝火がフッ、フッと、ひとつずつ消えていくことで接近するものの存在が分かるような、なんとも粋な演出になった。
アリエルには見えなくとも気配で分かる。ジュノーの目にはハッキリと輪郭が見てとれる。カタリーナは間違いなくそこに居て、いまアリエルの傍ら、腰を抜かして座り込んでいるフェイスロンダ―ルのすぐ目の前に立っている。
フェイスロンダ―ルには暗すぎて何がそこに立っているのかすら分からないだろう。
アリエルは何も見えていないフェイスロンダ―ルに心強い味方の帰還を知らせてやることにした。
「フェイスロンダ―ル卿、たったいまカタリーナさんが戻りましたよ」
カタリーナだと聞いたフェイスロンダ―ルはキョロキョロと辺りを見回して、見慣れたカタリーナの姿を探した。だけど常人の目ではこの暗さに慣れたとしても光の反射を嫌う闇の化身の姿を捉えることはできない。
「カタリーナ? どこだ? 姿を見せてくれ、そんな意地悪をしないで、いまドーラからアルデール将軍たち先遣隊が到着してな、私はカタリーナを紹介しなくちゃいけない……」
闇はかすれたような、そして落胆したような声で力なく応えた。
「ごめんねフェイスロンダ―ル。ただいま戻りました。だけど、見ないでほしい。人前には出られなくなってしまったのです」
フェイスロンダールは無遠慮に、不躾に問うた。
「何を? どういうことだカタリーナ、お前にはたくさんの弟子たちを導いていく責任があるだろう? そんなことを言っては……」
カタリーナは何も言わずに、少し長い間をとった。
アリエルには表情が窺い知れなかったが、やがて一言だけ「手を……」といった。
フェイスロンダ―ルは言われるまま闇に手を伸ばすと、その手を取って地べたに情けなく腰を抜かしているのを強引に引き立てられた。
「しゃんとしなさいフェイスロンダ―ル。あなたは領主、フェイスロンドを代表する長なのですよ」
「あ、ああ。そ、そうだったねカタリーナ」
無事といっていいかどうかは分からないが、カタリーナが健在でいまこうして目の前に現れたことにより、フェイスロンダ―ルはおどおどした態度をみせなくなった。確か年齢にして50はいってたはずだが、この男、まだまだ初等部に通う児童なみに成長する伸びしろが残されているらしい。
ネストの中でいったいどんな経緯あってこんな闇の魔女になってしまったのかと、てくてくを座らせて小一時間ぐらい問い詰めてやりたい欲求に駆られながらも、てくてくの様子が少しおかしいことに気付いたアリエルは事も無げに闇へと変貌してしまったカタリーナの事には敢えて触れず、ただ無事で戻ったとして話の続きをすることにした。
つまり、今現在、グランネルジュ北門の向こう側に展開している多くのダリル兵たちの問題だ。神殿騎士たちは早々に帰って報告しなければならないこともあるのだろう、暗くなる前にグランネルジュ東門から数百の行列で王都のほうへ帰って行ったようだが、ダリルの兵が撤退した気配はない。
グランネルジュには依然として11000のダリル軍守備隊と、5万の移民が息をひそめている。
数字が正しいかどうか分からないが、そのうち約5000がエルフの奴隷だという話もある。何にせよ敵の中には非戦闘員が含まれている上に救わねばならない同胞までもバラバラに存在するのだ。
アリエルの爆破魔法やハイペリオンのブレスなどで一気に薙ぎ払うという戦術は使えない。
……などと、何事もなかったかのように話を続けようとするアリエルにドーラの将軍ヘレーネ・アルデールも黙ってごまかされてやることはできず、不満そうな眼差しをアリエルに送り、生返事ひとつしなかった。普通ならどんなに重要な会議をしていたのだとしても、カタリーナの変貌っぷりに何か説明があってもよさそうなものだが、そこを敢えて何一つ触れることなく話を進めようとしていることに不満がある。
蚊帳の外に置かれようとしているヘレーネ・アルデールをよそに、闇の奥底で話を聞いていたカタリーナが割って入った。
倒されて気を失っていたせいで、戦闘後の経緯をまるで知らないカタリーナは、ここでいま初めてフェイスロンダ―ルの決定を聞いて、残念とばかりにこぼした。
「フェイスロンダ―ル、あなたの決定には従います。ですがそれでは我が軍の戦士たちには立つ瀬がないではありませんか。領主たるもの、自らの責任で悪を行う勇気も必要なのです」
カタリーナはフェイスロンダールに覚悟を求めた。しかし、フェイスロンダールは間違った。
「いやそれは、ベルセリウス卿に任せたのだが……」
「……なっ。アリエル・ベルセリウス……、いや、死と再生を永久に繰り返す不死の王よ、あなたほどの化け物がそのような甘いことを許せばどうなるか、知らぬ訳でもあるまいに!」
食って掛かるように声を荒げたカタリーナの吐き出したその言葉にアリエルは少し驚いた。せっかくロザリンドに問い詰められながらも打っておいた布石が使えなくなったのはいいとしてもだ。
そのようなことを知っているということは、てくてくが話したか、それとも、てくてくが見たアリエルの過去の記憶を、間接的にてくてくを介して覗き見たということだ。
「化け物とは酷い言われようで涙が出そうだ。こんなとき普通は "お前が言いうな" って言うんだぜ?……、でもなんでそんなことまで知ってんのさ? てくてく! どういうことだ? 弁解してみろ」
「マスター、ごめんなのよ。失敗したの。エアリスがカタリーナの魔導に魅入られててアタシの声が聞こえなくて、助けるのに……隙をつかれたのよ」
「記憶に侵入されて覗かれたのか、なにやってんだか。まったく! お前らしくないな」
「失敗したの、一生の不覚なのよ……」
憔悴する てくてくにアリエルは最も重大なことを問うた。
魔導師の記憶というものがどういったものか。
「魔法は! 何を奪われた?」
「風魔法のテンペストと、闇の魔法はダークミスト、あとエナジードレインを……ちょっと……、ほんのちょっとだけ……なのよ」
てくてくは泣きそうな顔をしながら、ゆびでちょっとのサインを作って見せた。
しかしアリエルは騙せない。
「おま! よりによってそんな厄介なもんばっかり!」
「うううっ……ごめんなのよ……」




