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14-25 カタリーナ・ザウワーの半生4:悔恨

クドさ全開でお送りしております。14章クライマックス「カタリーナ・ザウワーの半生」まだ続きます。

なので続きは2日後、木曜に投稿予定。

ちょっぴり可哀想なお話です。

精霊テック? どんな奴だっけ? 忘れたな! という読者さまにはぜひ、ダウンフォール!67話(第三章)「大精霊テック」1~7をもう一度読んでいただき、テックのことを思い出していただければと思います。



「エアリス、ちょっとマズいのよ。アタシから離れて、部屋ネストから出ていくの! はやく!」


 エアリスはてくてくを触媒としてカタリーナの記憶を脳裏に焼き付け、マナの取り出し口である蛇口フォーセットが壊れたまま調節して見せたのをしっかりと追体験していた。まるで自分の事のように、まるでエアリス自身の肉体を瘴気に変化させるかのように仮想現実の世界に入り込んでいて、1秒の時間すら離れるのは惜しいと感じる。


 てくてくの居室はすでに黒いすすのような瘴気が充満していて、一刻の猶予もない。

 目を覚まさないエアリスを思いっきりブン投げるてくてくと、その背後に迫る闇の触手……。



 普段なら闇の精霊に夜挑むということがどれほど愚かな行為なのか、容易に知らしめることができたはず。カタリーナなどという "なりたて" の初心者に不覚をとるようなことはない。だが今はエアリスが目を覚まさないことで最初から不利な状況に追い込まれていた。エアリスを逃がすことを最優先にするてくてくは、大きな隙を見せながらも闇を噴出する幼子おさなごのような瘴気に向けて警告を発した。



「アタシに夜挑むバカは誰かしら?」


 自らの不手際も加わり、追い込まれたことでプライドを傷つけられた。

 てくてくも戦闘モードに移行し、カタリーナの放つ瘴気のように、なんとも未熟なサラサラとした粘度の低いものではなく、これこそ本物であると、誇らしげにどこまでも暗い、艶のある真の闇を放出すると大波のように襲い掛かり、一気にカタリーナを飲み込んだ。


 あっけない、人などいつもこの程度の撫でるような攻撃で動きを止める。

 てくてくは勝ち誇ったようにフンと鼻を鳴らすと、カタリーナを飲み込んだ瘴気を足もとに戻した。



 だが、そこに倒れているはずのカタリーナの姿がなかった。


 左右を確認しても、背後を振り返ってみても、忽然と消えてしまったように、どこにもいなかった。



 極限の緊張感のなか注意深く辺りを索敵しながら触手を防御の型に変化させて360度、全方向からの攻撃に備えていると、いまエアリスを放り出したドアから聞き慣れた声が聞こえた。




「ここに精霊テックが居ると聞いたんだが……お前がそうなんだろ?」


 ハッとして振り返るとそこには風に揺れる収穫前の麦畑を連想する柔らかな金髪と、どこまでも高く、抜けるような青空を思わせる瞳で、てくてくに和やかな眼差しを送る人物が立っていた。


 1000年の孤独に心を閉ざしていた てくてくを温かく受け入れてくれた、アリエル・ベルセリウス、その人だ。



「な……、マスター? 何を言ってるのよ?……」


「面倒クサそうだなおい、俺はお前を使役しようなんて考えてないよ。ただ聞きたいことがあるだけなんだ」



 てくてくは瞬きすら忘れて自らの手を足を交互に見た。確認せねばならないことがあったのだ。


 肌は薄翠うすみどり色で、エルフの少女「アリエル」の死体に憑依する前の姿。風の大精霊テックの姿そのままで、そこにあった。


 "もしや" と思って反射的に振り返った方向には、氷漬けになっている少女の姿がそこに……。


 間違えるはずがない、1000年を過ごし見慣れた岩肌、暗くひんやりと淀む空気が漂う。ここは、ドルメイ山頂近くの洞窟。

 アリエル・ベルセリウスが最悪のドラゴン、ミッドガルドを倒して洞窟の奥にあったテックの霊廟を訪れた日の記憶だ。



「ウソ……、なぜなのよ?」



 カタリーナなどという初心者の小娘に、記憶への侵入を許してしまった。てくてく一生の不覚だった。


 半歩、また半歩と後ずさりするてくてくを追い詰めるアリエル・ベルセリウス。

 いつの間にか左手に日本刀を持っていて、てくてくに敵意のこもった視線を送りながら、ゆっくりとルーティーンを組み立てる。アリエル、いや嵯峨野深月さがのみつきが見よう見まねで繰り返していた剣を構える前の"きまりごと"だ。



「マスター、やめて……。アタシなのよ! マスター!」


 てくてくの懇願する声など耳に入らないとでも言いたげに、ルーティーンを止めることなく、流れるようなスムースさで上段の構えに移行するとアリエルは小さな声で囁いた。


「てくてく、おまえ美月に化けて俺を斬ったよな。お前には愛する者に斬られる痛みが分からないだろう? どんなに傷ついたか分からないだろう? おまえには人間の心なんてないからな」



 ……っ。


「マスター、アタシ……」



「おまえなんか嫌いだ! 消えてしまえ!」



 その言葉はてくてくの心を深くえぐった。

 もう何を言えばいいのか分からない、混乱してしまって、マスターという、ただ一つの言葉も出ない。


 理由は分からない。だけど体中の水分を絞り出すかのように、ぶわっと涙が噴き出した。


 あの日、無抵抗のアリエルを死ぬ寸前にまで追い込んで、心と体を深く傷つけた。

 あの日から心に引っかかる罪の意識、慙愧ざんきの念を利用され、胸を深くえぐられたのだ。



 アリエルが踏み込んで、殺意のこもった剣を振り下ろそうとする刹那、てくてくは目を閉じてうつむいた。



 凶刃がてくてくの頭部を斬り裂かんとするとき、てくてくはこの窮地をいかに切り抜けるだとか、目の前で殺意をみなぎらせる幻影をいかにして倒すかなど、そんな些末なことは少しも頭になかった。。


 ただ、あるじアリエル・ベルセリウスとの美しい思い出に浸っていた。



----


 1000年前に死んで以来ずっと氷漬けになって保存されていた少女の身体に憑依したとき、まるで不意打ちのように心に突き刺さった言葉……。


 

「ああ、テックお前いい女になったな」



 テックは顔が火照るのを感じ、ハッとしてアリエルの顔を見た。

 照れ隠しだったのだろう、反射的に出た言葉は少し生意気だったかもしれない。


「イイ女は生まれつきなのよ」


 しかし、そういって頭をなでるアリエルの笑顔は、精霊テックにとって掛け替えのないものとなった。



 場面はスライドショーのように移り変わる。

 ノーデンリヒトの工房、アリエルがミスリルの指輪を打ってくれたときのことも、寄せては返すさざ波のように、優しい思い出として てくてくの脳裏をかすめる。


 アリエルがてくてくに掛けた言葉だ。


「そうか、俺のこと好きでいてくれたんだな。キミのことを忘れるなんてことないよ。命が尽きるまで俺についてきてくれるって約束したじゃないか……」



 約束……。



 そう、てくてくはアリエルに約束したのだ。



「約束!! アタシ、約束したのよ!」



 カッと目を見開き、眼前にいる者を敵と認識した。たとえそれが涙にかすむあるじの幻影だとしてもだ。



 凶刃は薄翠うすみどり色の髪を無残に斬り裂く。

 幻影は振るう刀に明確な殺意を込め、てくてくに向けて何の躊躇ためらいもなく振り下ろした。



 ぶわっ……。



 アリエルの斬撃はてくてくの身体を真っ二つに斬り裂いた。袈裟斬りにされた てくてくは身体が闇に変化し、焼けたタールのように地面に溶け落ちる。


 これは精霊の持つ特有の防御魔法だ。

 てくてくは身体を闇に変化させることで物理攻撃を無効化し、攻撃を躱したあとすぐさまアリエルの背後へと移動、音もなく立ち上がり、刹那、展開された太い触手は首を狙う。



 視界の外からの攻撃にもアリエルは反応した。

 まるで てくてくのやろうとしていることを予め知っているかのような動作で前に飛ぶと、勢いのまま身体をよじり、かろうじてではあったが刀で防いだ。



―― キィィン!


 だが攻撃を防いだ代償に刀は弾き飛ばされ、どこか闇の彼方へと消えてしまった。


 丸腰になって地べたに倒れた幻影は、ゴム人形のような柔軟さで、関節を逆に曲げるのも厭わず、ゆっくり、ゆっくり起き上がると、これまで見たことがないほど醜い顔でわらって見せた。


 まるで狂人のそれだ、正気の沙汰とは思えないほどに。



「くくくく……、くはははははははははは!」


 バリバリと頭を掻きむしり、頬を伝う鮮血と見まごうばかりの血の涙。耳まで裂けたと比喩表現するのが丁度いいと感じるほど面妖に、唇を歪めて歓喜する。


 やがて肌は青白く、どんどん血の気が引いてゆき、血管が黒く、どこまでも黒く浮き上がると、アリエルに化けていたカタリーナが姿を戻した。



 てくてくは目の前で正体を現した化け物の嗤う顔に、ニヤリと勝ち誇ったような微笑びしょうで応えると、次の瞬間には足元が爆発したかのようなスピードで闇の触手を8本同時に飛び出させた。


 これはエナジードレインを乗せた触手で、触れただけで相手の命を奪うものだ。


 あるじの姿であれほど醜くわらうなど、てくてくに許す道理はない。



 カタリーナは為す術もなく、闇の触手を高質化させた先端に、全身をあっけなく貫かれた。


 首、胸、右の二の腕、左の脇腹、腰、右の太ももに左のふくらはぎ……。


 時間差で一瞬遅れて眉間を突き刺した。



 眼球がぐるんとひっくり返り、白目をむいても全身を串刺しにされ、倒れることも出来ないカタリーナは、嗤った表情を変えないまま黒い煙のような瘴気に姿を変えると、急速に空気と混ざってゆく。


 てくてくはまた幻を相手にしていたのかと一瞬辺りを警戒したが、すぐに理解した。


 目の前にある瘴気の煙こそがカタリーナだ。

 たった今てくてくが見せた精霊魔法をヒトの身でありながら見て学び、それを瞬時に理解、構築し、闇に姿を変えてみせたのだ。


 これは精霊防御と言われる精霊の魔法、姿を属性に変えることができる。イグニスの力を借りたサオが炎に変わるのも、アプサラスと同化したサナトスが水に変化して物理的攻撃を受け付けないのも、同じ魔法の効果だ。



 てくてくは舐めていたのだ。

 マナの寵愛を受けしエルフ族の中でも天才と謳われた女傑のなんたるかをいやおうでも知らされた。


 アリエルに預けられたときは綺麗なマナをした子だと思った。ちょっと気に入ったからお節介ついでに、強力な闇使いになるよう手伝いをしてやろうと思ったのがあだとなり、いま見過ごすことのできない強敵として目の前に存在する。


 3000年の長きを生きた魔法の専門家、てくてくの見たところカタリーナの瘴気は練り込み不足で薄い。闇魔法使いとして大した使い手になれるとは思えない。しかし学習速度と本質を見抜く目だけは恐ろしい才能を持っている。


 ならばこの天才にいいものを見せてやろう。


 てくてくは目にもの見せてやるとでも言いたげに、らしくない大声を張り上げた。



「テンペスト!」


 嵐を呼び雷鳴の轟く風の最上位魔法の一つ、テンペスト。てくてくは無詠唱魔法に言霊ことだまを乗せた。本来、魔法の起動に言霊を乗せるのは、魔法の威力を最大限に高めるためだ。しかし今は別の狙いがあった。



 言霊の乗った "テンペスト" は。すぐさま起動すると瞬時にてくてくを中心に風が渦を巻いた。

 実に1000年ぶりだったが、過去、常に共にあった風はてくてくを裏切らない。最初から威力にも効果時間にも期待していなかったのだから、全てを吹き飛ばすほどじゃなくとも、相手の動きを止めるだけでいい。


 かつて てくてくは、風の精霊テックと呼ばれていた。

 昔取った杵柄きねづかというものもある。いま闇の精霊などという薄暗いものに変化してしまったが、風の魔法なら誰にも負けないスペシャリストだ。



 目も開けられない突風の中、両手で顔を防御しながら薄目を開けてテンペストを盗むカタリーナ。てくてくが"テンペスト"などとカタリーナの耳によく響くよう言霊を乗せたのは、これからテンペストを使うからどうぞ盗んでくださいと、そういう意味で叫んだのだ。


 魔導師の性質を逆手に取った見事な作戦だった。

 カタリーナは周囲が見えず、テンペストの魔法を解析し盗むまでのわずかな間、動きを止めていたせいで、手ひどい不意打ちを受けることとなる。




―― ドバン! ドバババッ!!



 爆破魔法だ。


 火の魔法など使ったことのないてくてくが、風のカプセルにただマナを詰め込んで圧縮しただけのもの。

 爆破魔法が光を発しなかったのは手のひらの上で爆破魔法を繰り出すとき、闇を絡めて光源を遮断し、光が漏れないよう、巧妙に隠したせいだ。瘴気の混ざったテンペストにより視界不良だったこともあろう。


 てくてくが即興の見よう見まねで作り出した爆破魔法は、カタリーナに気付かれることなく顔面に飛来し、不意打ちとなって起爆した。


 それは爆破魔法などと言うのは恥ずかしいほど小さな爆発だった。

 しかしカタリーナのすぐ目の前を爆破することで、顔面をバットか何か、堅い木でできた鈍器を振りかぶり思いっきりぶん殴ってやる程度のダメージは与えたつもりだ。


 それを5発! 5発撃ち込んでやった。


 吹き飛ばされ、もんどり打ったところをテンペストの暴風に攫われるカタリーナに、てくてくは腕組みをしたまま、ドヤ顔を決めて吐き捨てた。



「アタシに夜挑むなんて……生意気なのよ!!」


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