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14-17 間に合った援軍

2023 1212 ちょっと加筆

 まさか女神の降臨に立ち会うなど思いもよらず、呆然自失のまま空を見上げるディッセンバー・ガスの傍ら、ちょっと息を切らしたような吐息を耳にした。


「ふぅ……、ジュノーに負けたわ。でも私が2番」



 振り返ってみるとそこには長身の女性が細身の剣を携えて立っていた。いつ現れたのか、どこから現れたのか。すでに剣は抜いたあとで、ゆっくりと鞘に戻すところだ。



 ディッセンバー・ガスは軽いめまいを感じ、故郷の記憶を幻視する。


 とても貧しい鉱山労働者の家に生まれたが、父親と同じ道を選ぶことはなかった。その腕っぷしの強さを買われ実力主義で知られるダリル軍に入隊したときのこと。


 入隊が決まり駐留地へ向かう前夜、祝いと称し両親が奮発して鹿の肉を食べさせてくれた。

 領都ダリルマンディのダンスホールで、踊れもしないのに見栄を張って女の子を誘い、逆にステップを教わることになり、恥をかくことになったが結果的に親しくなれたこと。


 死の間際に見ると言われる記憶の再生、それも長くは続かなかった。


 手柄を貪欲に求め、いかんなくその力を発揮し、若くして戦士長になるまで出世を果たしたが、敵将フェイドオール・フェイスロンダ―ルを今一歩のところまで追い詰めたグランネルジュ北門の戦いで、急速に意識が遠のいてゆくのを感じた。


 ディッセンバー・ガスは自らがどのような死に方をしたのかすら知覚することができない。誰に殺されたのかも……。


 いや、しっかり前を見ていたとしても疾風迅雷の剣撃を知覚できたかどうか。



―― チン。



 鍔鳴りの音が聞こえたのを合図に、ディッセンバー・ガスの腹からビチャッと音を立てて臓物が零れ落ちた。往生際の悪い男は零れだしたはらわたを手繰り寄せようとするけれど……。


 もうその腕すらない。


「ひあ……」


 何か言おうとしたのか、視界はごろりと反転すると自らのはらわたの中に頭部を顔面から落とし、膝から崩れた。



 そしてこの静寂は、突然の激しい衝撃波によって掻き消される。




―― ドッ! ドゥオオオオオオォォォンンンン!


     ドドドオオオォォォンンン!! ドガッ! ドドドオオンン!



  ズウゥゥンンンン!



          ………………キーン……



 敵軍の後方、弓兵や魔導兵たちが多くいるエリアが絨毯爆撃にでも遭ったかのように次々と爆破されてゆく。


 今の今まで死の淵に立っていたフェイドオール・フェイスロンダ―ルが見たものは、まるで絵空事のような光景だった。鼓膜をやられ、爆破がもたらした埃を頭からかぶっても、運命すらねじ伏せる強力な力に目を奪われていた。



 風が巻いて埃っぽい戦場の空気が一気に晴れてゆくと、風を纏った黒髪の少年が姿を現した。


「フェイスロンダ―ル卿、遅くなって悪かった! ジュノーは治癒を、ロザリンドは……、ああもう飛び込んで行ったか」


「近くにいる人はとっくに治癒したわ。死んでるように見えても、まだギリギリ生きてることが多いから念のため倒れてる人が居たら連れてきて! 一刻を争うわ、急いで!」


 一瞬、耳がやられて何を言われたのか咄嗟のことで分からなかったが、絶望的だった戦況に現れただけでひっくり返すことができる戦闘力……、言わずと知れたアリエル・ベルセリウスだ。


「ゾフィーは敵の迎撃を、パシテーはジュノーと負傷者の救助お願い。あと真沙希まさきはフェイスロンダ―ル卿を守って」


「はいっ、迎撃ですね、わかりました」

「わかったの」

「はいはい。でもゾフィーが迎撃で出るのに私の出番ないと思うよ? 兄ちゃんは何をするのさ」



「俺は敵の親玉をとっ捕まえてさっさと終わらそうと思ってるけど……ってかジュノー頑張りすぎ、めっちゃ草はえてるし、、、うっわ……もしかして敵も回復してる? 」


 そういわれて真沙希まさきも周囲を見渡してお手上げのポーズを見せた。

 ジュノーの治癒フィールドは頭上に出る光の輪っかが広がった範囲で効果があり、ジュノーが頑張りすぎて過剰に放出された治癒の魔力は植物を急激に生長させることがある。つまりすぐそこにある草丈の高い円形のフィールドはジュノーが張り切った結果である。明確に敵だと判断したディッセンバー・ガス以外の者は、とりあえず敵味方の区別なく全員回復してしまったということ。


「難しい事いわないでよ! 私が着いたときには乱戦だったの! 誰が敵か味方かなんて分からないし……、敵の額に『敵』って書いとくとか、敵味方を赤い防具と青い防具で色分けするとかしてくれないと分からないし!」


 フェイドオール・フェイスロンダ―ルは、援軍に来てくれたアリエルたちに礼を言うのも忘れ、まずは自分の危機に身を投げ出して救ってくれた妻の無事を確かめ、強く抱きしめた。


 もう言葉も何もなかった。失ったと思った妻のぬくもりが己が手に戻ったのだ。

 嗚咽するまま、心から溢れ出す涙を拭うこともせず、強く強く妻を抱きしめた。

 

「ねえあなた、私の事はあと。カタリーナを……」


 フェイスロンダ―ルは徐々に回復しつつある耳をあてにせず、妻の唇から『カタリーナ』という名を読み取った。


 そうだ、カタリーナの亡骸を奪われそうになったのを奪い返そうと前に出たところでダリル兵に阻まれたのだった。


 カタリーナを探す視線の先、目に飛び込んできたのは、倒れていたカタリーナがようやく身を起こそうとしているところだった。どうやら治癒の魔法が間に合ってくれたらしい。


 カタリーナを奪おうとした神殿騎士たちは、跪いたままの姿勢を崩さず武器を手放している。

 武装解除だ。神殿騎士たちはもう戦う意思がないことを示した。もっとも、武器を持って立っているような者は老若男女問わず、すれ違いざまロザリンドが刀の錆びにしてしまったが。


 フェイスロンダ―ルは思いのほかダメージもなく、すぐ身体を動かせたことに困惑しながらも、カタリーナのそばに駆け寄った。


「カタリーナ! 治癒が間に合ってよかった、援軍が来てくれたよ」


「かはっ……」


 咳き込むカタリーナが血を吐く。血の涙も止まらない。肉体の傷は治癒しても、魔力の暴走は止まらない。いずれにしてももう助からない。命を長らえたことにより、人として死ねることだけがせめてもの救いだと、フェイスロンダ―ルはそう思った。


 そんなフェイスロンダ―ルの顔が相当に情けなく見えたのだろう、カタリーナは力なく笑ってみせる。


「ああ、フェイドオール……あなた本当に剣も魔法もまるでダメなのね、いつもいつも負けてばかり。本当にダメな教え子。でもね、きょうのあなたは…、ゲホッゲホッ……。ちょっとだけ、カッコよかったわ……」


「すまない。私に力がないばっかりに無理をさせてしまった、私が弱いばっかりに……」


「気にしないで、実はあなたの腕の中で死んでゆくのも悪くない気分です……、生徒としては落第点しかやれないけど……、男としては、満点でしたよ、フェイド……」


「カタリーナ! カタリーナ!!」



 悲痛な叫びが木霊する……。

 カタリーナの身体から力が抜け、ゆっくりと目を閉じようとしていたとき、後ろから覗き込むものがいた。



「んっ? カタリーナ暴走してるの?」


 ジュノーのフィールドから外れた負傷者を救助していたパシテーがカタリーナの異変に気付いたのだ。


「ああそうだ、カタリーナはもう長くない」


「これぐらい平気なの。気合でどうにでもなるの」


「気合? そんな精神論でどうにかなるような……」



「兄さまー!」


 敵の親玉を捕まえてくるといって敵陣深くに飛び込んで行ったアリエルだったが、その役目をロザリンドに奪われ、ガッカリしながら戻ってきたところパシテーに呼び止められた。


「ん? どうした」


「カタリーナが暴走して死ぬって男の胸で甘えてるの」

「わははは、死ぬわけないじゃん。それとももうちょっと甘えとく?」



 いまわきわにそんなことを言われて黙って死ぬようなカタリーナではない。

 歯を食いしばってでも薄れそうな意識を引き戻す。


「こ、この……グレアノットの弟子めが、無茶を言う……」


「ほら気合で持ちなおしたの」

「おーいてくてく! ……? あれ? てくてく?」


 影をゲシゲシ踏んで、てくてくが出てくるのを催促するアリエル。

 もしかすると寝てるのかも? と思い始めた頃、影から青い光で魔法陣が立ち上がると不機嫌そうな表情を隠そうともせず、寝ぐせの髪のまま面倒くさそうに出てきた。


「アタシ寝てたのよ! 何なのよ本当にもう、まだ太陽がでてるじゃないのよさ。日焼けしたらマスターのせいなのよ」


「寝てるとこすまん、実はカタリーナさんが魔力を暴走させて、男の胸で死にたいらしい」

「すっごい甘えた声出してるの」


「……くっ、この、死ねない! この拳でグレアノットの弟子どもを殴るまで死ねない……」

「そうそれ、気合なの!」


 まるでカタリーナを見下すかのように冷たい目で値踏みする闇の精霊は、いやらしく口角をゆがめ、ニヤリと嘲笑わらいながら、まるで誘惑するように優しく語り掛けた。


「ふうん、死ぬの? そんな男の胸でいいのよさ? でもアナタには選べる選択肢がもう一つあるのよ? 力が欲しかったからマナを暴走させたのではなくて?」


「ゲホッ……、せ、精霊さま……わたっ、ちからが、私はチカラが欲し……」


 力なく手を伸ばすカタリーナの手を取ろうともせず、てくてくは続けた。


「それが闇の力でも? 魔導学院の先生はもうできないのよ? 弟子たちもきっと離れていく」

「欲しい……」


「アナタも絶望の淵に立ったのネ……、そこから深淵を覗き込んだ? 何が見えたのよ?」

「……ガハッ! ゲフッ! ……やみ、私は闇に手を伸ばした……」


「闇はアナタにどう接してくれたのよ?」


「……暖かく、優しく私を抱いてくれた……」


「うふふっ、アナタ後悔するのよ?」

「後悔など毎日、数えきれないほどしてきた」


「ふふふふ……アハハハハ、その意気やよし、なれば闇はアナタとともにあろう……」


 てくてくは妙に機嫌が良くなり、足元から闇の瘴気を触手として立ち上げると、フェイスロンダ―ル卿の腕でうなだれていたカタリーナに巻き付け強引に奪い取った。



「マスターほどじゃないににせよこの子、心に暗ーい闇を抱えてるのよ。いい夜の眷属になるわ、しばらくアタシの部屋で預かるのよ」



「分かった分かった。せっかくの感動シーンが台無しだよ」


 てくてくは唇を歪めたまま心配して手を伸ばすフェイスロンダ―ルを一瞥いちべつもせず闇にカタリーナを抱きながらネストに沈んでいった。


2023 1212 少し手直し


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