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14-15 カタリーナの見た深淵

挿絵を一枚描いたので、挟んでおきました。

第290話 十章サイドストーリー 翼あるもの 前編 です。お暇でしたらご覧ください。



 カタリーナは毒矢を受けて引きずり戻されるとき、迫りくる神殿騎士の腕に、みな純白の腕章がされているのを見た。白銀の鎧に純白の腕章。それは何者にも染まらない純血の証、神殿騎士団長ホムステッド・ゲラー司祭枢機卿カーディナル・ビショップの御旗だ。



「奴が来ているのか……奴があああああぁぁ!」

「学長、ひとまずは引いてください! 毒の治療をしなくては」



 カタリーナは肩に毒矢を受けたものをすぐさま解毒魔法で中和させ、ひどい倦怠感のなか戦線に復帰しようと弟子たちの手を振り払った。


「学長! まだ動かないでください。まだ完全に毒が消えたわけではありません」


「うるさい! つべこべ言わず毒を消してみせろ。あそこには神殿騎士団長、ホムステッド・ゲラーがいる。やっと巡ってきたチャンスなんだ。奴を倒さねばエルフに未来はない!」



 カタリーナがこれほどまで怨念を燃やすホムステッド・ゲラーという男、神殿騎士団長でありながら神聖典教会の司祭枢機卿カーディナル・ビショップという非常に高い地位にいる。


 純血主義を説いて魔族排斥運動まぞくはいせきうんどうを盛り上げ、この国に奴隷制度をもたらしたことで、結果論ではあるがこの国に莫大な富をもたらした魔族の仇敵だ。


 そのようなVIPが剣林弾雨の降り注ぐこんな戦場にノコノコ出ているなど考えられない。

 奴に魔法が届く千載一遇のチャンスだ。この機を逃してはもう二度とまみえることすら叶わない。


 カタリーナの心は逸る。気持ちばかりが先走る。魔法が届かないなら、頸動脈を噛みちぎってやりたいほど憎んでいる相手が、この戦場に出ている。


 命を捨てても倒さねばならない敵が目の前にいる。




 対して神殿騎士団長の出陣に背中を押された神殿騎士たちの士気は高い。魔族の王が軍を率いて来るまでの前哨戦を準備運動のごとく身体を温めているにすぎない。



 戦闘は弓の間合いから剣の間合いへと移り変わり、乱戦となっている。

 重装備の神殿騎士の構える盾の後ろに隠れていたダリルの戦士たちが一斉に飛び出してきた。

 強化魔法を極限まで高めた純粋な戦士が、この日のために研ぎあげた剣の切れ味を見せつける。



 圧倒的だった。


 次々と倒されてゆくフェイスロンドの戦士たち。カタリーナは倒れてゆく仲間を見ながら、力なくヨロヨロと立ち上がった。


 おぼつかない指を走らせて土魔法の起動式を書いても、足元に落ちている小石すら浮かばない。

 250年もの間、研鑽を積み、磨き上げてきた土の魔法、最も信頼しているカタリーナのチカラが、この肝心なときに裏切ったのだ。


 魔力マナは残っていてもその頭脳がハッキリしない状況では魔法は使えなかった。


 治癒魔法で疲弊しきっているというのに、圧倒的不利な近接戦闘で次々と倒されてゆく弟子たちを見ながら、カタリーナは無力な自分を呪った。



 もし自分にアリエル・ベルセリウスのような、全てを吹き飛ばす力があれば、運命を変えられるのに。


 もし自分が大悪魔と呼ばれるに相応しい力を持つ魔導師であったなら、滅びなど否定してやるのに。



 カタリーナが人前で涙を見せたのは、いつだったか、遠い昔、グレアノットと対戦した模擬戦に敗れたとき以来だが、自分を師と仰ぐ弟子たちの前で情けなくも悔し涙を流したのは初めての経験だ。プライドもへったくれもなかった、力ない女であるが故、泣くことしかできなかったのだ。



 ……。



 力が欲しい。



 力が。



 ヨロヨロと歩くカタリーナの身体から、黒い……、湯気のようなものが見えた。


 陽炎のように。


 やがてそれは煙のように濃くなり、やがて全てを飲み込む闇の瘴気しょうきへと変貌する。




 異様な雰囲気を察したフェイスロンダールが大声を張り上げた。


「カタリーナ!よせ! おい誰かカタリーナを止めろ!!」


 マナが暴走し始めている。これは魔導師にとって最大の禁忌だった。マナとともに命を放出することで、わずかばかりの時間、大きな力を得ることができるという。この境地に至ることができた魔導師も稀だが、もはや人としての死すら捨ててしまうに等しい。



 カタリーナの怒りに呼応するように空気が振動し始めた。



―― ゴゴゴゴゴゴ……。



 カタリーナからあふれ出した瘴気地面に落ちるとまるでスポンジが水を含むように吸収される。

 振動が大きくなってきた。グラグラと地面が揺れ始める。



「カタリーナ! カタリーナああああぁぁ!」


 カタリーナは自分の名を呼ぶ声が悲痛な叫びに変わっているのを察して、ほんの少しだけ振り返ると、もうもうと煙る瘴気の中から、とても優しそうな眼差しを向けていた。血の涙を流しながら。そんな、いい表情で微笑んで見せた。


 魔力を暴走させ、血の涙を流している。体中の毛穴からマナと生命を流出させるのに耐えられなくなった毛細血管が破れ始めている。


 カタリーナは命を捨て、身体を壊す代償に、ほんのわずかな時間だけ、強力な魔法を使う闇の魔女となった。


 めぼしい重量物の転がっていない原野でカタリーナが選んだものは地面だった。闇は地表に瘴気を含ませると、一気に地殻表層をめくりあげ、まるで重力に逆らうかのように空中に向かって崩れてゆく。


 土も岩も、樹木や草花さえもいっしょくたに吹き上げながら敵陣に向かって瘴気が放たれた。

 これはいつかパシテーが魔力を暴走させ勇者キャリバンの陣に飛び込んでいったときと同じ現象だ。


 押しつぶされそうな重圧に負けず、ヨロヨロとたたらを踏みながら前へ前へと加速する闇の魔女は、巨大な地面そのものを空中に持ち上げたまま敵陣へと走る。


 意識があるのだろうか、何度も躓いて転びそうになりながら、そのたび膝に喝を入れては走りだし、敵陣に飛び込んで行った。


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