14-11 王都プロテウスの出会い
永遠のはるか ☆彡 空のかなた
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サイコサスペンスホラー、お暇ならどうぞ。(注:不快な表現あり。ホラーですし。夏ですから)
「ってか、こんな情報どこから仕入れたのさ? 俺たちもう報酬支払えないよ?」
「守銭奴みたいに言うな。これは私が個人的に仕入れてきた情報だから売ろうだなんて思ってないわっ。っても実家筋に頼んで調べてもらったんだけどね、私も領主には無事に戻ってきてほしいと思ってるからさ」
「そっか、ありがとう。神殿騎士団の牢屋に入れられてるよりはきっと王城に移送された方がマシなんだろ? 少しだけ安心したよ。これ、そのままシャルナクさんに渡していい?」
「ああ、そのつもりだ。トリトン義兄さんのほうも安心させてやってくれ」
ジュリエッタに礼を言ってオークション会場を出たアリエルたちはオークション参加者の馬車でごった返す通りを避け、露店の多い裏路地へと向かった。何のことはない、女たちに甘いものでもご馳走してやった方が今後の受けがいいということで、アリエルなりに気を遣って屋台を物色するためだった。
ゾフィーやサオは目立つので今日ずっとネストに入ってもらってるから、甘いものを選ぶのはジュノーとロザリンドの役目だ。
今日は人出があるということで、狭い通りの両脇に所狭しと屋台が並んでいて、まるで縁日の出店を思い出させるような、そんな風景だった。
「お兄さん、通りを案内するよ。お酒も甘食も、B級グルメもなんでもござれ。その気があるならエッチな店でも……」
小綺麗な白いダブダブの服をきた金髪の女の子だ。骨格が細くて小顔、年の頃は14、5歳といったところか。とにかく清潔感があって、言葉には誠実さが感じられる。アリエルは一目見ただけで好感を持ってしまった。
屈託なく微笑む少女は髪を頭のてっぺんで縛っていて、玉ネギのようにも見える。目はパッチリで瞳の色は薄いブルー。まつ毛が長くて少し離れた場所からでも瞬きするのが分かるほど。
それぐらい目が大きいのに顔は可愛いと言うより美形。
少しジュノーの視線が気になる。
王都プロテウスのこのあたりの街区はそこそこ裕福な人たちが住んでいる地区だし、この世界の洗濯石鹸には汚れを落とす限界が低い。こんなにも白いワンピースの服を着せるなんて貧乏人の発想では考えられない。こんな子が風俗店の客引きをするなんてことも同様に。
「へー、いい度胸してるわこの子、女連れにエッチな店を薦める? そのくたびれた玉ねぎみたいな頭、引っこ抜いてやろうかしら」
ジュノーもあの頭を見て玉ねぎと言った! やっぱ玉ねぎにしか見えないんだ。
じゃあジュノーに引っこ抜かれる前に助け舟を出してやるとするか。
「あちゃー残念だ。俺今日は女連れでさ、実は何か旨いもんがあればと思って屋台を見に来たんだけど。今日は何? 何かの祝い事かい?」
「おおっと、兄ちゃん旅行者か? オークション参加者には見えないけどな、それかアレだろ? ドラゴンを一目見たくて来た人だろ」
「お見通しだったか。その通りだ、俺たちは旅行者というよりはサムウェイの大教会に参拝に来た巡礼者だよ。だけどドラゴンが来るって言うからさ。寄り道なんだ」
「おおっと、そうだったのか。ここは月に一度、南方諸国出身の者たちが自慢の郷土料理を披露する屋台村なんだ。今日は大盛況で300の屋台が出てるからね、ひとりで旨い屋台を探すなんて無理だよ。慣れた案内人がいれば別だけどね?」
「そうかー、じゃあB級グルメの穴場と甘食の露店をいくつか案内してくれたらうれしいな。案内料はいくらだい?」
女の子は元気に20ブロン! と言った。日本円換算で2000円だ。300からの屋台が立ち並ぶ混雑した通りを案内しようとすると1時間はかかるだろう、それを客引きとして20ブロンってことは、たぶんこの子の今日の稼ぎが20ブロンなんだ。
アリエルは20ブロンを快く前金で支払い、屋台を案内してもらうことにした。
「よっしゃ決まり! ワタシはビリーっていうんだ。今後もご贔屓に頼むよ」
「ああ、俺はえーっと、ミツキって言うんだ、よろしくな」
まあアリエル・ベルセリウスと名乗って衛兵がスッ飛んで来ても困る。
嵯峨野深月と名乗っておくほうが穏便に済むだろう。
アリエルが20ブロン、ビリーの手のひらの上にのせると、受け取った小銭を無造作にポケットにしまい、小走りで先に先にと進んでゆく。
すこし行っては立ち止まり、後ろを振り向いてはアリエルたちに屋台の説明をはじめた。
「こっちだ、まずはここ、オックスオイスターの屋台なB級グルメにしておくのがもったいないほどうまいんだぜ? おすすめの食べ方は貝の上に岩塩をパラパラっと一つまみ振ってから一気に行く。熱いから猫舌の人には注意だけどな。こっちのは鉄板の上で卵と千切りにしたキャブツを合わせて焼くドンペーってんだけど、モウの肉を乗せるかガルグの肉を乗せるかによって味がガラッと違う。どっちもうまいけどワタシ的には脂の乗ったガルグドンペーのほうをお勧めするよ」
オックスオイスターというのは小さめの牡蠣で、これがどうやら淡水産らしい。
淡水産の牡蠣と聞くと、水源地から遠い王都まで運んでくるのにちょっといたむんじゃないかと要らぬ心配をしてしまう。もちろんアリエルは毒が効かない体質だから腐敗菌の出す毒素ぐらいへっちゃらなんだけど、ジュノーが寝込んだら大変だ。
というわけでビリーお勧めのドンペー焼きを買ってみることにした。
「おおお、うめえ! こりゃいけるわ」
「でしょー? でもこのキャブツって野菜が南方諸国産なんだよね、ダリルあたりまでならギリギリ作れるかな? えっと、じゃあ次これどうだ」
アリエルは自分ばっかり食べるのも悪いし、せっかくだから案内してくれるビリーも一緒に食べようと、お勧めされる屋台グルメを振舞った。
ビリーのほうも本当に美味しい屋台を知っていて、焼きそばのような生パスタや、ハンバーガーのような形でありながら白身の焼き魚をサンドしてタルタルソースのような白いクリームソースでいただく料理などを紹介してくれた。
もちろんお土産という名目でお持ち帰り用に包んでもらったものは、誰にも見られないようにコソコソとネストに沈めていったので、ネストの中ではサオたちがB級グルメを楽しんでいる。
「こっち、数ある甘食屋の中でも、ここの甘食が絶品なんだ。見た目はカリカリの砂糖菓子だけど、まあ騙されたと思って一つ食べてみなよ。驚くかもよ?」
甘食と言われたからにはスイーツの一種なんだろうけど、白い泡状にこねた小麦粉? のようなものをお玉ですくって型に流し込むタイプの菓子だ。これは鯛焼きや大判焼のようなものだと思った。だがしかしビリーに勧められるまま一つを手に取ってみるとその軽さに驚いた。まるで空気だ。中身が入っているのかどうかも怪しい。毒見ついでという事で口に入れてみると、まずカリッという歯ごたえの次に、サワっと舌の上で溶ける食感。口の中に充満する甘い香り。これはバニラだ。
甘食という名前に騙されていた感あるけれど、舌の上から口の中全体に広がる甘さは控えめで、まろやかなクリームを舐めているようにも感じた。これはハチミツも混ぜている。
パッと見ではカルメラ焼きのようなB級スイーツを想像していたけれど、食べてみるととても上品なものだった。
「これいいな。これを買っていくよ」
アリエルは屋台の通りを端から端まで案内してくれたビリーに礼を言って、この甘食の入った袋を握らせた。お礼の印だ。
ビリーは甘食の入った紙袋を受け取ると、すぐ近くの街路樹の植わっている石垣の段差に足を組んで腰かけた。そんな真っ白のワンピースが汚れるのも厭わず、まだ温かい甘食を取り出して口に運ぶ。
なかなかに満足そうな表情だ。
「これはこれは、遠慮なくいただきます。どうもありがとう、アリエル・ベルセリウス。あなたの目にはこの王都プロテウス、どう映ったでしょうか? ひとつ聞かせてはいただけないだろうか」
驚いた。
ビリーの話す口調が変わった。
声のトーンも低くなった。
醸し出す雰囲気も変わった。
場の空気も変わる……。
ミツキという偽名を名乗っ……、いや偽名じゃなく深月のほうが本名なんだけど、それがアッサリとバレていたようだ。
嵯峨野深月のままスヴェアベルムに来てからというもの、王都プロテウスに来たのは初めてだし、そんなに顔を差すようなことしてないと思うのだけど……。
アリエルは露骨に訝し気な顔をしてビリーを斜に見た。
ビリーは強化魔法を展開していない。もちろん防御魔法も。ロザリンドの機嫌を損ねただけで真っ二つにされてしまう。マナの流れを見ても、その辺の魔導学院の学生に劣っているし、アリエルの目には一般人にしか見えない。正体を見破られたと思ってちょっと焦ったけど、最初から変装もしてなかったのだから致し方ない。まさかここまで面が割れているなんて思ってなかったのだし。
それにこのビリーって子、ちょっと育ちのよさそうな身なりをしているけれど、露店の屋台にはやたらと詳しい。この土地に長く住んでることも間違いないだろう。こんな無防備を曝す女の子にむかって敵だじゃないかと疑うのも大人げないような気がしてきた。
そんな普通の、ちょっと上品な生まれの女の子にしか見えないビリーが、歴史的大罪人であるアリエル・ベルセリウスだと看破してなお、そんなくだらない質問をする、その理由が分からない。
もちろんビリーが何者で、どんな目的で近付いてきたのかもまるで見当がつかない。
「あら? なんでバレたのか? って顔してます? ご自分がどんな有名人かってことを知らないんですね、だってミッドガルドを討伐したのがアリエル・ベルセリウスだってことぐらい、王都じゃ子どもでも知ってますからね。オークションにミッドガルドが出品されると言えば、当然アリエル・ベルセリウスも来るんじゃないかって思いますよ。もちろん私もね、お母さんに読んでもらった絵本に出てくる怖いドラゴンを倒した人って、どんなひとなんだろう? って思ってたんです。そんな人が、赤髪のすっごい美人と、2メートルもあるスマートなモデルさんのような人を連れてるんだもの。目立ってましたよ?」
どうやらアリエルは王都でも有名人になっていたらしい。その割には治安維持に関わる衛兵たちには、怪しまれることもなく素通りだったのだけど。あれももしかして、ミッドガルドに気を取られていたということなのかもしれない。




