14-10 財政難を解決するためミッドガルドを放出してみた
永遠のはるか ☆彡 空のかなた
https://ncode.syosetu.com/n5265ex/
サイコサスペンスホラー、お暇ならどうぞ。(注:不快な表現あり。ホラーですし。夏ですから)
※ ミッドガルドとは、この世界で災厄と恐れられたシルバードラゴンのこと。
03-12 精霊を訪ねて (改訂) 03-13 大精霊テック(1) ←このあたりでアリエルと戦闘になりました。
20210104 ヴァレンティン・ビョルド・レーヴェンアドレール → ヴァレンティン・ビョルド・シェダール・レーヴェンアドレール
ノーデンリヒトとドーラの連合軍は、魔王フランシスコを筆頭に軍を組織し、休戦協定を締結しなかったダリル領への侵攻を準備していた。ドーラのエテルネルファンに転移門を作れば早いものを、やはり人族を信用しきれないドーラの重鎮たちの反対が根強く、人族の町と論理的にゼロ距離になるのを嫌ったため、ハリメデさんは虎の子のガレオン船団を兵員輸送に使ってドーラ軍の輸送を進めていた。
ドーラは人が住むには適さない土地だ。それゆえにだだっ広いツンドラと氷河に閉ざされた音のない土地だと言われていて、王立魔導学院の調べでも魔人族からエルフ、獣人たちをひっくるめても100万に満たないと考えられていたが、戦時動員になると兵の数は5万、7万と膨れ上がった。
魔王軍参謀のハリメデですら、まさかそれほどの数が来るとは思わなかったので、駐留するノーデンリヒト北の砦に食料が足りなくなり、国家元首であるトリトン自らが食料の調達に走り回るという醜態を演じている。
ドーラ魔族ってやつはこれまで、数万という規模での大規模戦闘を戦ったことがない。食料がなくてもその辺の山に入ればガルグやディーアがいくらでも獲れるのだから、行き当たりばったりで出兵してもどうにでもなると思ってるきらいがある。5万も7万もの兵士が一日に消費する食料がどれだけになるか考えたことがないということだ。
なにせダフニスのバカ野郎は数を100までしか数えられない。そんな野郎どもに7万の兵が一日に何頭のガルグを食べるのか計算しろなんて言っても、計算できるわけがない。
この騒ぎの原因は魔王フランシスコが戦場に出るといった。ただそれだけ、その一点に尽きる。
フォーマルハウト亡き後のドーラが一枚岩になったのはいいことだと思うが、ドーラの正規軍というのはわずが5000程度。ほかの6万5000はというと、普段は農耕、狩猟、漁業に携わっている義勇兵たちだ。なぜそれほど命を懸けてまで戦場に出たいのかというと、勇者キャリバンを打倒した英雄ロザリンド将軍をはじめ、メルドの村出身で龍使いとなった炎の精霊王サオなど、生きながらにして伝説になりつつある者たちの参戦に加え、そんな歌に謳われる英雄たちと肩を並べて魔王フランシスコが最前線で剣をふるうと言うのだから、我も我もと同じ戦場で、同じ勝利を味わいたいと考えるのも無理はない。
剣を持って戦えるというのに、畑を耕してなどいられないと義勇の魂を熱く滾らせて集まってくる。この戦いは永遠に語り継がれる戦いになる。それが分かっているからこそ、義勇兵たちは続々と集まってきた。それがハリメデの予想を3倍以上になり、いまもう7万という。
来年の春にはフェスティバルを予定してるというのに、冬を待たずしてノーデンリヒトは破産してしまうかもしれない。食糧確保に走り回るトリトンと、エテルネルファンに事情を説明したうえで備蓄している食料をぜんぶ放出しろと指示を出したハリメデの覚悟は相当なものだった。ドーラの長く厳しい冬を越すための食糧を放出しているのだ、このペースだと戦闘が長引いただけでドーラもノーデンリヒトも飢える。特に北の果てにあるドーラ大陸では、厳しい冬を越せない者たちも多いだろう。
兵の数は十分すぎるほど集まった。しかし食料の問題がどうやっても解決しない。ノーデンリヒトのベルセリウス邸で、食料の確保をどうするかという議論が尽くされ、煮詰まっているという "にっちもさっちも行かない状況" に招かれたのは、ジュリエッタ・コンシュタット。センジュ商会の代表というのは表の顔で、その正体はこれまで占領軍に統治されていたセカやマローニの抵抗軍を陰で支えていた女傑だ。
ここにジュリエッタが呼ばれたということは、本気で手詰まりなんだなと、アリエルはそう思った。
何せセンジュ商会は占領地で帝国軍、アルトロンド軍の食糧及び消耗品の手配を一手に担い、莫大な利益を上げる一方で、その利益をそっくりマローニの支援やセカの復興に充てると言う事業を展開している。だからこそセカのセンジュ商会には金銭的余裕などない。それはセカ開放の折、センジュ商会を訪れたアリエルが良く知っていることだ。
「7万? それってドーラ軍だけよね? ノーデンリヒトからはどれぐらい出るの? セカでも誰かさんが男どものハートに火をつけたせいで義勇兵が集まってるし、私の見立てではボトランジュとノーデンリヒトだけで3万。ドーラから7万来たというなら合わせて10万ってトコね。それぐらい余裕を見て準備しておかないと兵が飢えることになるわ」
センジュ商会がバックについてくれると何かと心強い。だけどその言葉に力がなかった。
「トリトン義兄さんの頼みだから無碍にもできなくてあちこち手を回してはいるんだけどねえ、食料は王国軍が戦時ということで大量に放出したものを裏から手をまわして何とか手配できると思う。けどうちの可愛い甥っ子がセカ港を吹っ飛ばしちゃって復興事業に資金まわしちゃったあとなのよね……」
こっちに飛び火してきた……。
可愛い甥っ子とというのはもちろんアリエルのことだ。いつもならだいたい "うちのバカな身内" ぐらいの事を言われるはずが、今日はどういった心境の変化か "かわいい" という。いくら自分の娘が所属する魔導派閥だからといって、そこまで手のひらを返すのかと疑いの眼で見てしまった。
なんかこれは裏がある、気持ち悪いなと思っていたら、ジュリエッタはショルダーに掛けたカバンから一通の封書を取り出して、アリエルに手渡した。
「ねえアリエル、あなたコルシカに依頼してた件、報酬はドラゴンの肉、皮膚や鱗、骨に至るまでまるごと一体分を取り扱う権利と手数料だったわよね」
「ああ、細かい取り決めをする時間はなかったけど、だいたい間違いないよ」
「いま渡した封書、それが約束していた品」
センジュ商会のマローニ出張所を任されていたコルシカさんとの契約だった。
契約の内容は、情報。約20年前、ロザリンドたちと共闘し勇者軍を打ち破った。その時、勇者キャリバンが装備していたのが聖剣グラム。根元からポッキリ切断されてしまい、呪いが多重にエンチャントされたままの刀身が行方不明になっていた。アリエルがたったいま受け取った封書は、その聖剣グラムがいまどこにあるのか? という情報だ。
「分かった。じゃあ報酬はどうしたらいい? 今ここで出しても困るだろう?」
「ええ、10日後、王都プロテウスで行われるハイソサエティ・オークションに予告済み。銀龍ミッドガルドの名でね。いまもう大変な騒ぎになってるわよ、王都では。ドラゴンの血は不老不死の妙薬と言われているし、ドラゴンの鱗で作られたスケイルメイルは帝国軍ですら傷ひとつつけられなかった上に、炎の攻撃を無効化するほどの耐熱性能が証明されてるわ。それほどまでにドラゴンスケイルを装備したウェルフ二人の戦士は脅威だったってことね。ドラゴンの骨はダフニスさんがアルトロンドの支配地域に攻め込んだとき凄まじい破壊力を発揮したとかで、アルトロンドの貴族たちが興味を示している。ドラゴン装備がどれほど強力かということを実際に戦場で戦って知ってるのよ。計算では入札最低額の落札でも10万の兵を半年間食べさせることができる。本当に運が良かったよ……。という事で、可愛い可愛い甥っ子のアリエルに提案があるんだが……」
「んー、ミッドガルドの肉はモモ肉がうまいんだよな、ダリルに勝利したときフランシスコ義兄さんやハリメデさんたちにも食べてもらおうと思ったんだけど?」
「私は勝利の美酒だけで十分だが?」
「私も同じでございます」
「わかった。なら手数料なんてケチなこと言わず、ミッドガルドの一切をセンジュ商会に寄付するよ。10日後ってことは、来週あたりセカのセンジュ商会に顔出せばいいかな?」
「んー、助かるわ、ほんとビアンカ姉さんもいい子を産んだわね……。私も鼻が高いわ。もちろん高く売れて余った分の資金はセカ復興にまわしてもいいのよね? ぶっ壊したんだもんね?」
「はい、ごめんなさい。どうぞセカ復興に使ってください……」
結局こうなってしまった。あの人が目尻を下げながら可愛いアリエルだなんて言い始めたら注意しなくちゃいけないことを思い知ったということだ。ただでも勇者やめてから無職だと言うのに、この世界で生きていくための最大の金蔓を手放してしまった事になる。あとでジュノーに " どうする気? どうやってご飯食べていくの? " なんて問い詰められるのだろう。
ちなみに聖剣グラムは王立魔導学院のアルド派が再生を委託されて、現在もアルド派が鋭意再生作業中らしい。この作業にはあと数年はかかるとアルド学長自らが神聖典教会に報告したそうなので、所在地が動くことはまず考えにくいとのことだ。
----
10日後、アリエルたちは休戦協定が結ばれた王都プロテウスへと来ていた。
大通りの石畳を凱旋する荷車にはこれ見よがしにドラゴンが積まれていてこれからハイソサエティ・オークション会場へと向かう。そのオークションそのものは奴隷を扱わないことが信条の、もともとは美術品や骨とう品オークションだったが、これほど注目を集める品物が出品されることはなかった。
シェダール王国、国王ヴァレンティン・ビョルド・シェダール・レーヴェンアドレールが、自分の目でドラゴンを見たいといい、国王までもオークションに参加すると言う異例の事態となり、アシュガルド帝国からは飛行船が飛来してオークションを盛り上げた。
飛行船に乗ってきたのはアシュガルド帝国皇帝コンスタンティノーブル・レアーノ・ラー・アシュガルドと、そして弟王エンデュミオン・ラー・アシュガルドの代理人だった。目玉商品は龍の血と、この世のどんな物質よりも防御力が高いと言われる鱗付きドラゴンスキン。この二人の陣営が張り合ってどんどん値を釣り上げたたせいで、ハイソサエティ・オークション始まって以来の高値の応酬となった。その価格たるや一般の土地領主やその辺の田舎貴族では手も上げられないほど。
結果、ジュリエッタは封書一枚の情報と交換で、金貨120万枚の利益を得ることとなる。
金貨1枚を日本円にすると物価換算で10万円前後だから、ざっと単純計算にして1200億円という途方もない金額が弾き出された。
王都オークション会場まで同行していたパシテーが半ばパニックになるほどの金額だと言えば分かりやすいだろうか。いや分かりづらいか。
「120枚じゃなくて120万枚? 片足は食べちゃっててなくなってても120万枚なの?」
最も高い値が付いたのは龍の血、スケイルメイルを仕立てる材料になる鱗の付いたままのドラゴンスキン。次に角が意外な高値をつけたと思うと、骨にも肉にもびっくりするような値段がつけられた。だから完全体丸ごと1体じゃなくても値打ちが下がることはなかったというわけだ。
転生する前、ハーフエルフの魔導教員としてマローニにいた頃のパシテーはお給金が1か月みっちり働いても8シルバー(日本円で8万円程度)残業や研究費などの名目で加算していただいたものを含めても、最高でも1ゴールド2シルバーという薄給で働いていたせいか貧乏性が身についている。そもそもこのシェダール王国に金貨が120万枚もあるとは思っていなかったようだ。
金貨120万枚、それはこつこつ働くことがバカバカしく思える、そんな金額だった。
あの日、勇者たちと戦って、龍の肉が振舞われたノーデンリヒト北の砦のバーベキュー。あの時みんなで食べたお肉の代金だけで軽く金貨20万枚ぐらい吹っ飛ぶ計算だった。
見たこともないような莫大な金額、金貨120万枚。それをジュリエッタにあげてしまったんだと、この男は本当に金銭感覚がどうかしてるんじゃないかと……。最初はアリエルの首根っこにぶら下がるように縋りついていたパシテーだが、なんだか目の前が真っ暗になって頭がクラクラと、軽いめまいを覚えた。
気が遠くなってため息を連発していたパシテーは気分が悪くなったとかでネストに沈んでしまった。
----
休戦中とはいえ、アリエルたちが王都プロテウスに入ったのには理由があった。
オークションを終えて終始上機嫌なジュリエッタが、「さてと王都観光でもして帰りますかね」なんて言い出したアリエルを捕まえて、ひとつ忠告をしておいた。
「休戦中だから騒ぎを起こしちゃダメよ、今こうしているときもシャルナク代理は辛抱強く交渉してるんだからね」
アリエルたちが何をしようとしているのか、どうやら見透かされていたようだ。
そしてジュリエッタは持っていたメモをアリエルに手渡した。今度はただ一枚の紙をただ折られただけのシンプルなものだった。ジュリエッタに訝しむ視線を送りながら小首をかしげ、横目でメモを開いて見るとそこには "ボトランジュ領主、アルビオレックス(中略)ベルセリウスと、その正室リシテア・ベルセリウスは、神聖典教会プロテウス神殿騎士団サムウェイ本部からプロテウス城に移送された" と書いてあった。
「いつ移送されたかわかる?」
「セカが解放されてしばらくと聞いているわ。正確には分からないけど、アリエルが王国騎士団の将校に領主を返せって言った日から数日後には王城へと移送されてる。リシテアさんは病気でかなり衰弱していたらしいから王城へ移送されたのは幸運だったかもね」
神殿騎士団の座敷牢から王城へ移送されたとなると、罪人というよりは人質という意味合いの方が強くなる。休戦協定中だからとここで指をくわえて帰ることになったら、もうすぐ始まるダリルとの一戦で更に態度が硬化するかもしれない。簡単に言うと、アルビオレックス爺ちゃんが政治的駆け引きの道具にされて、不可侵条約などの条件を付けられる恐れがあるということだ。
罪人だったら死んでも構わないけど、人質にするなら死んでしまっては意味がないばかりか、現在シャルナクさんが交渉中ということなら、死なせてしまうとそれだけで関係悪化してしまうことになる。アリエルの祖母、リシテアの容態が良くないと聞いて心配ではあるが、王城に移送されたことで高度な治癒魔法を受けられていると判断してよさそうだ。




