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14-09 サオは天才だった

永遠のはるか ☆彡 空のかなた

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サスペンスホラー、不条理な死に耐性ある人むけ。お暇ならどうぞ。(注:不快な表現あり)



 鼓膜を介さず、直接脳に語り掛ける優しい、温かみすら感じる、安心感に包まれるような声が、ベルフェゴールに応えた。

「ああ、わたしのベルフェゴール。まだ私の名前を呼んでもらえるのね?」


「当たり前だ。それにしても珍しいな、キュベレーが夢の中で俺に会いに来るなんて。だいたいいつも死ななきゃ会えないってのにな」


 キュベレーは耳元に唇をくっつけて温かい吐息が耳たぶにかかるような感覚を作り出して囁く。

「うふっ、そうね、ルーのこと、あの子優秀だけど、少しも後先を考えないから心配なの」


「そりゃ心配だけど何かあっても俺の手には負えないよ? だってルーだよ?」

「気付いてましたか? ベルフェゴール……。ルーは世界樹の実を手にして、ためらう事も、一瞬の迷いもなく目覚めさせたわ。……なんだかとっても心配」


「うん。知ってる」

「知っててそのままにするの? ルーの暴走を止められる? あなたに任せて大丈夫かな?」


「んー、俺は止めないよ。世界樹の実をルーに渡したのは、俺じゃ実を目覚めさせることができなかったからなんだ。ルーならきっとうまくやるよ」


「うまくやりすぎて大失敗するのがいつものルーなんだけどね?」

「ははは、うん、知ってる。でもルーは失敗をもみ消すのもうまいんだ。だから俺はルーを信頼してる」


「あなたたち、本当に変わらないわね……」

「ああ、俺は変わらないよ。だから、俺が目を覚ますまで、このまま包んでいてほしいな」

「んー、どうかな。でももう時間がないかな……」


「なら時間いっぱいまで……んー、たのむ」



 ……。


 ……。





「師匠!! 師匠おおおおおっ! やりました! 私とうとうやりました!」


 けたたましく身体を揺すられ目が覚めた。どうやら気配を感知することなく深い眠りに陥ってしまったようだ。東の空が白み始めている、この季節、ノーデンリヒトは白夜までいかなくとも夜の時間が極端に短い。あの空を見るに、まだ3時台だろう。だとすると3時間程度か、ウトウトしてしまったようだ。


 なんだか青い髪の不良女子大生にカツアゲされてる男子中学生のような絵面で首根っこひっつかまれて首ガクガクされると頭がポロっと落ちそう。


「サオ……おはよう。近い近い、どうしたんだ? まったく……」

「師匠! 聞いてくださいっ、私やりました。ジュノーに勝ちました。見てくださいほら」


 サオは手に持った短剣をフッと消して、ニヤリとドヤ顔を決めたあと、再びパッと手のひらの上に戻した。

 手品やトリックの類ではないことは分かる。これは[ストレージ]だ。予想もしてなかったことだが、うちの身内の中で、ロザリンドに次いでストレージを使えるようになったのはサオだった。


 ジュノーはサオに先を越されて焦っているらしく、ルーに噛みつかんばかりに説明を求めていて、パシテーはというと、睡魔に負けて力尽きたのだろう、思った通り地べたで丸くなってる。そんな事よりも、ゾフィーの膝枕で横になったはずなのに、いつの間にかカチコチのレンガを枕にしていたようで、首を寝違えて痛い。

 そのゾフィーはというと、少し離れたところにいて、こっちを見ようともしない。なんだなんだ?


 ……と思ったら、すぐ傍らに腰かけていたロザリンドが教えてくれた。

「ははは "会いたかったよキュベレ~" なんてね、寝言で他の女の名前を呼ばれたんじゃ私でも機嫌が悪くなるわ……」


 っちゃあ、失敗したか。口に出ていたらしい。

 ゾフィーにちゃんと謝っとかないと後が面倒だ。


 でも、まずはサオをぎゅーっと強く抱きしめてあげた。


「よっしゃサオ! でかした。さすが俺の弟子だ。だがストレージの魔法は収納しているものが多ければ多くなるほど管理が大変になるからな」


「はいっ! やりました。やってしまいました!」


 ジュノーとパシテーが苦戦するストレージ魔法をわずか数時間で使えるようになったという。もともと魔力だけは人一倍溢れるほどあったロザリンドが時空魔法に適性があって、それでも何か月かはゾフィーに習っていて、ようやくストレージに達したと言うのに、それをサオは数時間だ。


「サオはなぜそんな短時間で? すごいじゃないか」

「あの日……師匠に消された爆破魔法、ずっと行方を追いかけてましたから! その時のことを思い出してただけです! 爆破魔法は師匠と私の絆なんです。私が見失う訳がありません」


 アリエルはその時サオが何を言ってるのか一瞬分からなかったが、すぐに思い出すことができた。

 あのノーデンリヒト要塞の前で、サオが自爆するほど巨大な爆破魔法を練り上げようとしたのをアリエルがストレージに捉えた時の話をしているんだ。爆破魔法は風魔法のカプセルにマナを包んで圧縮する必要がある。そのカプセルが今どこにあるのかは術者には座標として常に把握している。アリエルの爆破魔法はそういう魔法なんだ。それをいきなり物理的な距離が無限大という異次元空間に転移させるということは、無限に遠いところの座標を無意識のうちに追いかけてしまい、その結果、瞬時にマナ欠乏に陥ってしまうという弊害が生まれる。


 あのとき、サオもマナ欠乏になって気を失ったはずだ。だけどサオはその座標を追い切ったという、その経験があったからこそわずか数時間でこの魔法を理解し、構築し、そして自ら行使できるようになったということだ。


 女の子としてのサオはちょっと天然ボケ気味のドジっ子属性を持っている。バカみたいな失敗が目立つので、そっちに目が行きがちだけど、魔導師としてのサオは天才だ。ノーデンリヒト要塞前で立ち会ったとき、空気中に真空の層を作って断熱層を使ってみせたのも記憶に新しい。熱の伝達もそうだが、爆破魔法の衝撃波も軽減するというオリジナル魔法に驚かされた。


 現にアリエルもこの真空の断熱層魔法は新しい魔法のヒントになっていて、いまも構想の真っただ中だし、あの気難しいジュノーがサオに一目置いているのも、この現代からすると何百年も遅れている中世ヨーロッパのような文明レベルで、衝撃波の正体を音と見極め、音は空気中を伝播することを突き止め、衝撃波を軽減するのに真空を用いるという、最適解を独学で導き出したからだ。


 アリエルはサオの頭を何度も撫でて誰よりも早くストレージを覚えたことを労い、力尽きて地面に倒れているパシテーをネストに沈めるよう言って、欄干壁に腰をもたれさせた。白みゆく空に魅入るゾフィーに恨み言を一つこぼす。


「首が痛いってば」

「いい気味、まさか夢の中で密会してるなんて知らなかったわ」


「密会なんてしてないよ。ちょっとね……」


 アリエルはジュノーに捕まって辟易しているルーをチラッと見て、キュベレーがどんな用件で会いに来たのかを伝えた。


「俺が死んだときは長い時間いっしょにいて、昔話とかして懐かしむんだけどな。今日はルーのことが心配で見に来ただけみたいだよ」


「それも初耳だわ。もうちょっとスネてようかな……」

「まあ寝言を言ったのは悪かった。でもわざとじゃないんだ、勘弁してほしい」


「いやよ。……でも……、サオすごいわ、あの子、物質転移魔法の理解がルーよりも早かった。あのルーよりも早かったのよ? 何者なの? ハイペリオンもイグニスもサオをあるじに選んだ。その目は節穴じゃなかったってことかな」


「何者? って言われてもなあ、ゾフィー、おまえの愛する夫の、自慢の一番弟子なんだけど?」

「またそんなこと言って、私の機嫌が直ると思ってるでしょ?」


「うん」

「だめよ、その手には乗ってあげない。だって私、そんなに簡単な女じゃないんだから」


 言いながらも微笑みが隠せないゾフィーを見て、アリエルは胸をなでおろした。


 結局、ジュノーはストレージ魔法の根本的なところを理解することができず、えらく不機嫌なままネストに引っ込んでしまった。ルーはしばらくボトランジュに滞在して、魔導学院を訪れて図書館を自由に使いたいらしいので、ここでまたベルセリウス家のコネを使わせろという。あと、もしかすると中山や瀬戸口たちクラスメイトみんなこっちに来ることになったら、そこでもまた国家元首トリトンの息子という強力なコネを使わせろと言って無理やり約束を取り付けた。まあそれは言われると思ってたんんだけど。



----


 今回、帝国からの亡命者として2名の女子を受け入れたことでトリトンと少し話をする機会があった。ボトランジュ領主代理を正式に引き受けたシャルナクさんは拠点をセカに移すと同時に、世界の主要国へ春まで休戦しようと申し入れている。直接剣を交えているアシュガルド帝国、アルトロンド領軍をはじめ、神殿騎士を擁する神聖典教会と、王都プロテウス、そしてアリエルと何度も確執ある南のダリル領にも、王都にある大使館を通じて書簡を送ったそうだ。当然フェスティバルを行うというのも休戦を前提にした話だ。


 セカあたりじゃどうってことはないが、冬のノーデンリヒトは兵を進めるのにも大変な苦難が伴うことから、アシュガルド帝国は弟王エンデュミオン名で休戦に了承する旨、返信が届いた。その弟王エンデュミオンからの返信が、まるで親書のように丁寧に、しかもアリエルの事をえらく持ち上げていたことが気持ち悪かったという。


 本当、考えが分かりやすいと言うかなんというか。

 きっとあの弟王、イカロスをボトランジュに向かわせてしばらくしたら休戦の知らせが届いたので、作戦の進捗状況を良好に進んでいると思ったのだろう。帝国側の抑えはこれで効果的に効いていると考えてよさそうだ。


 そして広大なサルバトーレ高原に長大な防護壁を築く工事を急ピッチで進めているアルトロンドも休戦に応じた方が利になると考えたのだろう、休戦に同意する旨の返事が届いた。

 だけど来年の春まで時間を与えてしまうと、万里の長城ほどじゃないにせよ、ボトランジュとアルトロンドの領境に巨大な壁ができあがることになる。まあ、その壁が1ミリでもこっち側にはみ出していると難癖つけてボカンすればいいわけだ。


 王都プロテウスとは現時点でアリエルが個人的にボトランジュ領主アルビオレックス(略)を返せという要求を出して以来なんの音沙汰もないようだが、シャルナクさんの正式な書簡には回答をよこしたらしい。こちらも休戦で話は決まった。西のフェイスロンドとは思想信条が一致していることから正式な同盟の調印が準備されているとのことで、もう少しでフェイスロンドを手中にできたはずの、ダリル領主、エースフィル・セルダルは当然、当たり前のように反発している。もちろん休戦の申し入れにはまだ返答が来ていないというが、こっちは正直言って、断ってくれたほうが都合がいい。


「実は俺、冬の間にちょっと王都へ忍び込もうと思ってたんだけどね、ダリルが休戦に応じないならダリル優先だなあ」


「そりゃそうだ、ベルセリウスの名を持つ男が領都に攻め込んで大暴れした挙句、領主を斬り殺したりしたもんだからダリルにとってボトランジュのベルセリウスと言えば、先代のカタキだ。シャルナクの呼びかけには応えんだろうよ」


「耳が痛いよ父さん、俺も後悔してるんだよ? エースフィルを殺さなかったことをね」

「ほらこれだ、アリエルおまえには昔から避けられる争いは可能な限り避けろって言ってきたつもりなんだがなあ」


「ダリルを倒してしまえばもう争い事の種がひとつ消えるからね。もう、どうでもいいから早く断ってこいって。そしたら嬉々として攻め込んでやるさ」



----


 しばらく返信が来なくてヤキモキさせられたが、翌月になってダリルからの使者がセカに到着し、領主代理シャルナク・ベルセリウスの手に直接、遅い返事が書簡として手渡された。


【スヴェアベルムの覇たるヒトの誉を忘れ、ケダモノどもと手を結んだ諸兄らが誇り高きダリルに向かって休戦とは全く以て侮蔑の究みである。休戦など諸兄らの流す血により獄門台にて祝おうではないか】


 とても分かりやすいものだったせいか、ダリルが断るのを待ち望んでいた者たちは高らかに笑い飛ばした。望み、願ったり、叶ったりだ。


 しかしあまり難しい言葉が分からないダフニスはダリルからの一報を聞いて、アリエルに問うた。


「なあ兄弟、どういう意味なんだ? なんとなくヤル気だってことは分かるんだがなあ……」

「熊野郎の汚いケツでも舐めやがれ! って意味だよ」


「ガハハハハハ、そいつあぁイイや」


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