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14-07 テルス目撃証言

 逢坂ルーはアリエルを懐柔することなく、説得するでもなく、クラスメイトたちを助けてくれるよう約束を取り付けた。そのために一度はアリエルとエンデュミオンを会わせる必要があるのだが、それはまた折を見てということになった。とりあえずは興味があると言うことを伝えておけば、アリエルの合流を待ってからクーデターを起こすという、つまるところ時間稼ぎもできる。ここは早々に話を進めないほうが得策であろう。


「じゃあベル、あなたも何か弟王に条件とかないの? 皇帝にしてやるって言ったら何か大きな要求が通るかもしれないわよ?」


「またー、そんな事あるわけないだろ。クーデターが成功して帝国が自分のものになったら、いちばん邪魔で、真っ先に殺さなきゃいけないのが俺だからな。その場で殺すのが正しい選択だろ?」


「当たり前よそんなの。だから大きな要求をしないと信用されないって言ってるの。例えば大金をよこせとか、世界の半分をよこせとか」


 クーデターが成功したらすぐにでもアリエルは暗殺され、ジュノーが奪われるということは、逢坂ルーじゃなくても当然頭に浮かぶ安易なシナリオだ。暗殺されることは分かってるんだから、当然自分の力でそれを防げと言ってる。アリエルにとってこの提案はやる気の起きない、ひどい茶番だ。まるで初めて冷やし飴を飲んだ時のようなゲッソリした表情で深い深いため息をこぼす。


「あー、そうだな。アルカディアかニライカナイへの転移門、その情報が欲しいんだけど! 帝国にあるだろ? 心当たりは?」

「心当たりはないわ……でも、行き来できる完全な転移門があると思う」


「へー、あると思うその根拠は?」



 逢坂ルーは眉間を指で触る仕草をみせた。これは記憶の奥底を探っているときに見せる仕草だ。

「日本でベルの監視してる敵の手の者を探ってたとき何度も会ったことある人なんだけどね、まあ、何と言えばいいのかな、前回までのループでは放置していて大丈夫だと思ってたんだけど、今回ちょっとね、動きが慌ただしいかったの。もしかすると前回のループでベルがアルカディアから消えたことで何か探っていたのかもしれない。でー、その人とこっちで会ったのよ……話はしなかったけどね」


 逢坂ルーは、アルカディアに囚われたベルフェゴールにつけられた監視者ウォッチャーたちに悟られないよう一人ずつ、確実に始末していった。逢坂美瑠香おうさかみるかに殺された監視者たちは100を超える。


 逢坂美瑠香おうさかみるかは、嵯峨野深月さがのみつきの人生を幾度も幾度も一緒に過ごした。そんな監獄になった日本と言う国で、監視対象者である嵯峨野深月さがのみつきと同じ時を生きる者の中、ある者は商社マン、ある者は商店経営者、またある者は新聞配達の男など、普通の生活を営みながら監視を続ける敵対者を消していった。


 警戒されている中、誰にも知られることなく敵対するものを見つけ出し、それを始末するというということが並大抵の技術ではできないということだ。


 そして逢坂ルーの言う、日本で何度も会ったことがある人物。


 重要なのは、監視者を探していた逢坂ルーに顔を覚えるほど会っていて、怪しいと思わせておいてなお、殺されることなくここ、スヴェアベルムで再会したということだ。


「他人の空似ってことはないのか?」

「ないわ。だって私と目が合った瞬間、驚いた顔をしてずっとこっちを見てたのよ? 冷たい眼光だった。まあ一瞬のことだったけどね、間違いないわ、向こうも私の事を知ってる」


「それだけなのか?」

「向こうも私の事を知ってるのに、私に声を掛けなかったことが怪しいの。……ねえ真沙希まさきちゃんはどこの転移門からスヴェアベルムに来たの」


「えっ? みんなと一緒に来たんだけど……」

「違うわよ、16000年前、戦時中の話。ユピテルが殺され、アスモデウスが倒されたあと、スヴェアとアルカディアが連合組んで、大軍を出したでしょう? 真沙希ルナはどこの転移門から転移したの?」


「えーっ、よく覚えてない。だってそのころ私は日本人じゃなかったし、どこなんだろう? でも確か、日本にも大きな転移門あったはず」


「ふうん。じゃあ日本人になってからは?」

「お母さんのおなかから生まれたから知らないってば。気が付けば日本人として日本に住んでたんだし」


 逢坂ルーの回りくどい会話を分かりやすく説明すると、ベルフェゴールを閉じ込めて100人からの監視者を付けているのだから、その監視者を統括する何者かが必ずいるはずで、その報告も必ずやヘリオスたちのもとへと届けられているはずだという事だ。だから日本に転移門があるのは自然なことだし、当然、このスヴェアベルムと繋がってる可能性もあるということだ。


「私は日本にあった転移門と繋がってたのは、女神教団にあった転移門だと思う。だって地面にいきなり魔法陣が現れて日本から強制的にスヴェアベルムに転移させられるなんて考えられない。きっと日本の転移門は破壊されるかどうかしたんだと思う……んだけど、時空魔法を乗せた魔法陣なんてゾフィーに聞くのが早いと思うよ?」


 この場にいる全員の視線がゾフィーに集まると、ゾフィーは申し訳なさそうに小さな声で答えた。

「えっ? 私? んー、見てみないとハッキリしたことは分からないわね、第一私が作った転移門でもないのだし。転移魔法陣はだいたい2つセットになってて、普通は片方が壊れたらもう片方も使えないのだけど?」


 ゾフィーの簡潔な回答が気に入らないのか、逢坂ルーは露骨に疑うように表情を曇らせた。

「あのさ、さっきチラッと私と目が合って逃げるように消えてしまった女の子がいたでしょう? あの子、見覚えがあるんだけど?」


 逢坂ルーはてくてくを知っていた。そりゃあそうだ、あの日、嵯峨野深月アリエルたちがこの世界に召喚される切っ掛けとなった神聖女神教団の勇者召喚の儀、その転移魔法陣が現れる先がランダムだったのでゾフィーがてくてくを使い、アストラル体としてワームホールの繋がる先へと逆行させ、転移魔法陣を起動するマーカーとして利用したのだ。その結果、嵯峨野深月アリエルたちが通う高校の教室に乱入したてくてくを中心に転移魔法陣が展開され、逢坂美瑠香を含めたクラス全員がスヴェアベルムに転移してくるという異常事態を引き起こしてしまった。逢坂ルーは "こんなことができるのはゾフィーぐらいしかいないんじゃないの?" という疑いの眼でゾフィーを睨みつけている。


 転移時に8人も死んでしまったことから、この件でルーは相当神経質になっていて、下手なことを言うと怒らせてしまうから、どうしても穏便に済ませたい。


 こっちの世界で死んだら、また次のループが起こったとき日本に転生することを知っているアリエルにしてみれば大袈裟に悲しむことでもないのだが、ルーを怒らせたらあとが面倒だ。ここは誤魔化すに限る。


 アリエルはゾフィーに誤魔化すよう目配せで指示を送った。とはいえ、露骨にバチバチとウインクして見せただけだが、それで伝われば結果オーライだ。


「知らないわ。だって私、ベルに助けてもらうまでずっと時間凍結結界に閉じ込められていたもの」

「そそそそ、そうだよルー、ゾフィーは何も知らない」


 そうだ、てくてくはスヴェアベルムからワームホールを逆行して日本に転移したのだ。

 ということは、もしかするとゾフィーを女神教団の転移魔法陣に連れて行くと日本に帰ることは出来るかもしれない。いや、理論上は可能なはずだ。


「ふうん、なんだかすっごく怪しいわね。ま、いっか。じゃあ真沙希まさきちゃんはなぜ姿を消して高校の教室に忍び込んでたの? なぜあの日、あそこで強制転移があることを知っていたの?」


「私は本当に知らない。兄ちゃんが5年に一度の行方不明事件を探っててさ、それがいつ起こるのかってトコまで調べが進んでたから、念のため別の場所で行方不明事件が起こるまでと思って、ずっと一緒にいただけだよ?」


「マジで? ずっとってどれぐらいずっと?」

「んー、電車乗って山で戦闘訓練してたのも一緒に行ったけど? 何度かハイペリオンにバレたけど、敵だと認識されなかったみたい。だって兄ちゃんすっごく様子おかしかったしさ、ジュノーに聞いたらスヴェアベルムに帰る方法があるって言うから……」


 アリエルが呆れたようにジュノーの顔を見ると、当のジュノーは悪びれもせず理由を言った。

「言わなかったっけ? あなたが日本に生まれてこなかった前のループでは本当に焦ったんだから。でも私としてはその時、逢坂先生が何をしていたのか聞かせて欲しいわ」


 逢坂美瑠香おうさかみるかという人間は、ヘリオスたち連合軍側にも存在が知られていなかったらしく、情報が錯綜する中、どのように暗躍していたのかジュノーも興味があった。

 嵯峨野深月さがのみつきが生まれてこなかったループでも、逢坂美瑠香おうさかみるかは教師としてN高校1年1組の担任教諭としてジュノーと接し、ジュノーが卒業したその年、まわりまわって新1年生の担任を任され嵯峨野真沙希さがのまさきの担任教師を務めていて、その時、ジュノーも、真沙希まさきも特に記憶に残るような質問をされたこともなかったし、おかしな振る舞いをしたら気が付いたはずだ。


「あのね、私もあなた達と同じ命を共有しているの。キュベレーの不死の根源はたったひとつ、何百万年もザナドゥで生命のいただきに居座り続けた世界樹の力なのよ? 私が生きていて、ひいらぎさんも生きてる。ならばベルフェゴールが消えてしまうわけがない。どこかよその国か、それかスヴェアベルムにでも転生してるってことは容易に想像できました。だから私はひいらぎさんを注意して見てました。相変わらずモテモテで羨ましかったわ……。まあ、それは置いといて問題はベルフェゴールがいつ戻って来るかって事だったんだけど、あの時は真沙希まさきちゃんが高校3年生のとき世界が巻き戻った。ベルは死んだのね?」


「……俺はそんな事しらないな」

「あらそう? 私は知ってるわよ? 帝国側の資料じゃ当時から最強の呼び声高い勇者キャリバンたちを撃破し、その後あちこちで大暴れ。三大悪魔の侵攻で何十万もの人が死んだって記録されてる。つまり大悪魔アリエル・ベルセリウスと魔人ロザリンド、そしてブルネットの魔女をまとめて三大悪魔といい、帝国に魔の手を伸ばそうと侵攻してきたのを防ぐため隣国シェダール王国アルトロンド領と連合軍を組み、総勢14万の兵士たちと総力戦となった。結果10万もの兵が戦死し、バラライカと言う国境の街をまるごとフッ飛ばした大悪魔の話は帝国じゃあ知らない人が居ないほど有名な話になってる。そして大悪魔アリエル・ベルセリウスを倒した英雄の名は、シャルロット・アザゼル。アシュガルド帝国を興した初代皇帝シャーロック・アシュガルドの生まれ変わりとも言われている……。んと、かたき討ってあげようか?」


「いらないよ! プロスは俺がブッ殺がす! そんな事よりもルーは何が目的なんだ? 観空寺かんくうじたちを引率してきただけじゃないんだろ?」

「私? 私はほら、当面は生徒たちを無事に日本に帰すことが目的。帰りたくないと言う生徒もいるので、できればスヴェアベルムも平和になればなー……なんて思ってる。アシュガルド帝国って西のシェダール王国とはそこそこ友好な関係を築いているけど、東部と南部じゃあちこちで反乱が起こってて、生徒たちの訓練が終わったらそっちの鎮圧に回されることになるらしいのだけど、ベルがいい返事をくれたおかげで南部出征は回避できそうかな? エンデュミオンもクーデターの準備しなくちゃだし。あとこれは難しいかもしれないけど、転移するとき命を落とした8人を蘇らせる手段の捜索と……そうね、言っておきましょうか。私はテルスを滅ぼし、キュベレーの仇を討ちます。だからベルフェゴール、あなた達とは目的が違うの。でもね、お互い回り道をしてもきっと辿り着くところは同じだと思うの。だから協力できるところは協力するわ」


「協力しろとは言わないんだな……」

「エンデュミオンの口車に乗って中山くんたちを助けてくれるって言ったじゃないの。それだけで本当に助かるわ。あなたはあなたの為すべきことをしなさい。そして私の力が必要な時には、いつでも声をかけて」


 逢坂ルーはテルスを滅ぼすと言った。倒すでもなく殺すでもない。もう転生して生まれてこないよう念入りに止めを刺すと言う。最も強いことばを使ってキュベレーの仇を討つといった。過去に何度もテルスと剣を交えたことのあるベルフェゴールの見立てとしては、爆破魔法が効かず、ジュノーの熱光学魔法をもってしても傷一つつけることができなかったテルスの絶対魔法防御を抜く手段を持っていれば、テルスと戦うのに何か切り札となり得る。


 テルスは用心深く狡猾だ。世界を滅ぼすに足る力を持っていながら、人前にはまず姿を現さない。

 その攻撃もすべてが超長距離から狙う土魔法の遠隔攻撃で、乱暴な言い方をすれば地殻を掘削し小山を持ち上げて投げるような攻撃を得意とする、ウルトラパワーアップを果たしたパシテーのような女だ。

 見た目が可愛らしければいいが、アリエルもジュノーも実はテルスの顔を良く知らない。顔が見える距離まで詰めて深手を負わせたことのあるゾフィーだけがその顔を知っている。


 だけど、逢坂ルーは、テルスを"みつける"でもなく"探す"でもなく、滅ぼすと言った。

 

 アリエルは一瞬固まったように動きを止め、思索を巡らせたあと少し眉をひそめ、訝しむ視線を逢坂ルーに送り、低い声で問うた。


「テルスがどこに居るか知っているのか?」

「まだ確定ではないけど、んー、たぶんあの人じゃないかなって思う人はいるわ」


「ちなみにそれは誰なんだよ?」

「ヒ・ミ・ツ(はぁと)」


「なんで秘密にする必要があるんだよ! だいたい一人でテルスと戦うなんて絶対にダメだからな」

「だってあなたたちを連れて行っても役に立たないばかりか、下手すると足手まといになるし……」


 ……くっ。



 アリエルは逢坂ルーと睨み合う形になったが、睨み合おうと言い合おうとルーは絶対に首を縦に振らない。納得できる材料を持ってこないと首を縦に振らないことは分かっている。


 アリエルはゾフィーばりに指をパチン! と鳴らして、少し大きな声を張り上げた。


「しゃあない。てくてく! 例のものを!」


 ネストから音もなくスーッと上がってくるてくてくの両の手には、大事そうに素焼きの植木鉢が握られていた。


 マナの放出が見える目を持っている者には、仄かにもやがかかっているように見え、空気より重く、ドライアイスの放出する冷気のように、ゆったりと地面に落ちて行く。

 そしてそのもやの向こう側に隠れているのは、土に半分だけ埋められた野球のボールぐらいの大きさの、洋ナシよりも球体に近い物体……。


 逢坂ルーは息を呑み、その物体を直視した。いや、マナの放出は生命活動にほかならず、この手のひらに乗るサイズの球体は魔気を吸ってマナを放出することで呼吸していることを意味する。



 それは逢坂ルーが生涯をかけて探していたものに、とても似ている。


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