14-05 嵐を起こす前の静けさ
深月は逢坂に提案があると言われ、騒がしくなったバーベキューコンロで肉を物色しながら答えた。
「ん? もう食ってるぞ。で、提案て何よ? お前ら話し込んでる間にこっちはまたケンカだケンカ」
「あらら、柊さんと常盤さんね……、いつの間にこんな仲良くなったの?」
「ジュノーがずっと欲しかった魔法[ストレージ]をロザリンドが先に使えるようになったからなあ、それをこれ見よがしにジュノーの目の前でパッパッと出したり入れたりして自慢げな顔するからケンカになるんだけど……」
「ストレージって? 外部記憶装置? それとも倉庫のようなもの?」
「倉庫だな。自分が管理できる分だけ入れられるアイテムストレージみたいなもんなんだけど。物質を転移させるんだ」
「へー、物質転移!? どうやるの? 常盤さん、先生にちょっと見せて、もしかすると便利な魔法よね?」
「そうなんだ先生、ほら、こうやって、刀が出て。こうやればフッと消えるだろ? これ実は手の届くところに置いてるだけ。本当は移動してないんだけど……なんて言えばいいんだろ? うまく説明できないんだ」
「……手の届くところにあるの? えっと、じゃあこれ。私のこの……パスケースを同じようにしてみてくれない? ただし1秒でまたここに戻してほしいの、いい? 1秒だけよ」
ロザリンドは渡されたパスケースを何の疑いもなく転移魔法でストレージに収納する。
よくある消失マジックというか、手品師の使う手のひらに隠すなんて技術ではなく、手のひらの上からパッと消失させる。要はこの世界、この世から消すのと同等だ。
「わかった。じゃあこうやって。ほら……」
そしてきっかり一秒後にはフッとまたルーの手にパスケースが戻った。
「クラクラするわ……でも分かった、物理的には無限の距離があるけど論理的な座標は変わってないってことよね……なるほど、これは便利かも」
ルーは頭がクラクラすると言った。つまり、物理的な座標を検知するカプセルの魔法を使ってパスケースを包み、、ロザリンドのストレージから出し入れしてもらったということだ。前世ではストレージの仕組みを理解させるためパシテーに同じことをしてみたけれど、物理的に無限の距離があるためマナ欠乏の症状に陥ってしまった。先日のノーデンリヒト要塞前戦闘でもそうだ、サオ自身が自爆する覚悟で練り上げた巨大な爆破魔法をカプセルごと転移させることでマナ欠乏症を誘った。
ルーの口をついて出た "分かった"という言葉に食いついたのはジュノーだった。もちろんストレージ習得を諦めていたパシテーもいつの間にか傍らについて興味津々の様子。
「逢坂先生! 分かったって本当? ちょっと私に分かりやすく教えてください、ゾフィーったら人にものを教えるのがどんだけヘタなんだってぐらい説明が理解不能で困ってたの。この魔法が使えたらわたし、アリエルに下着とか女の子道具を持ってもらわなくて済むんです!」
「それは深刻ね! 私も使えるようにならなきゃ……」
要するにジュノーは生理用品や下着を男に持たせるのが屈辱的だからストレージを使えるようになりたいと言ってるのだけど、アリエルにはなんで生理用品がそんなに恥ずかしいのか分からなかった。
それからルーはサオまでも巻き込んで、ストレージの実験と検証にかまけ、アリエルは遅れてきたタイセーたちが合流したことで、ロザリンドが大雑把に切った肉の塊に齧り付いているところだ。
韮崎や浅井、そしてタイセーたちがその後どう暮らしているのか、バーベキューを囲んで雑談していると、タイセーが絡んできた。逢坂が実は深月の古い家族だったという事がいまいち理解できないことで問い質そうというのだ。
「で、逢坂先生がお前の身内だったって? 何だそれ。詳しく」
「うるせえ自分の娘を手籠めにしようなんて野郎はロザリンドの刀の錆になってしまえ」
「俺の娘じゃねえってば。俺の初恋の子の話したろ? 小5ぐらいのときの話なんだぜ? お前いつも体調悪いとかで学校休んでて、ドラゴンが空飛んでた日だから……」
「それがカンナだって事は分かった。たぶんてくてくの闇魔法にゾフィーが乗っかったんだということもサナトスから聞いた。だがな、娘はいかんだろ」
「俺の娘じゃなくて、前の俺の娘なんだろ? だったら……」
「血縁を考えろ血縁を! 前世のお前もいまのお前も同じくお前だろうが。DNA鑑定したら間違いなく親子って出るぞ」
「しらんな! DNA鑑定なんざクソ食らえだこの」
「ロザリンド! タイセーがカンナに野望燃やしてる。こいつら親子でいかがわしい……」
確かにこれは単純な話だ。タイセーは転生して記憶がないとはいえカンナの父親であり、それは別人などではなく本人だ。DNAも同じ。これじゃあ生まれてすぐ生き別れになった娘と16年後再会した父親とくっつくようなものだ。両者とも父娘という事実を知らなければそれなりのロマンスになっただろうが、それを知りながらくっつくのはいくら何でも気持ち悪い。ロザリンドは自分の父親といかがわしいことをするシーンを空想し、今食った脂っこい肉を吐きそうになりながら指の関節をボキボキ鳴らして答えた。
「タイセーおまえちょっとそこに直れ」
「俺悪くねえだろうがああ」
ロザリンドのヘッドロックがタイセーのこめかみをギリギリと締め上げ、ヘロヘロになっていて抵抗する力を失った頃に、サナトスたちがやってきた。とはいえ屋敷の裏庭のような場所でバーベキューやってるんだから遅い登場だった。
「父さん、グレイスたちも来たけど……」
サナトスはタイセーにヘッドロックを決めるロザリンドを見て辟易している。自分の母はいつもだいたいこうやって誰かにヘッドロックしているものなのかと思った。ある程度の間合いをとってそれ以上近付いてこないのも頷ける。
サナトスが連れてきたのは女性陣だった。たったいま話題にしてたカンナとグレイスと……アリエルには見覚えのない女の子が同伴してきた。黒髪だから日本人の血が混ざってると思うが心当たりはない。しかしどこかで見たような顔だ。
「おーグレイス! 兄ちゃんが抱っこしてあげるからおいで、そしてチューしよう」
「絶対イヤ!」
サナトスが来た事で万力のようにギリギリと締め付けるヘッドロックから解放され、ふわっと頭が大きくなったように感じながらもタイセーのツッコミが入った。
「おい深月おまえ確かいま血縁がどうとか言ったよな……」
「俺とグレイスは血が繋がってねえし、DNA違うし。おれ中身アリエルだけど肉体は日本人だから結婚してもいいし!」
「絶対イヤ!」
「んー、さすが噂通り、ベタベタのシスコンなのん」
「えーっと……」
「初めまして、セリーヌです。セリーヌ・カロッゾ。私も半分だけ日本人なんですけどネ」
「おおおおおっ、ベルゲルハゲ……じゃなくて、ハゲビルミルじゃなくて、えーっと……」
「はいっ、ハゲオブハゲの娘です。セカでは父を英雄にしてくれてありがとうです。グレイスとカンナとは同級生で幼馴染なのん。やっと会えました、サナちゃんのパパさんママさん」
「サナちゃん言うな!」
セリーヌはスカートのプリーツをちょいと摘まんでぺこりとお辞儀をした。しっかりした娘さんだ。この子の返しは完璧だから、今から大阪に連れ帰ってもピン芸人として生きていけるだろう。しかし、ベルゲルミルってこんな可愛い娘さんがいたなどと記憶に……いや、そういえばそうだ。
アリエルは思い出した。確か16年前こどもが生まれたことは聞いたけど、帝国から帰ったらお祝いしようと思ってたのに、帝国に入る前に死んだから結局お祝いも出来ずじまいだった。
嫁さんは確かえーっと、
「ああ、アドラステアの娘さんだね」
「ノンノン、発音が違いますのん」
そうだ。そうだった。
アリエルとセリーヌはまるで申し合わせたかのように声を合わせて言った。
「「アドゥルァスティーア・ステファンゲィィツ」」
「わはははは、そうそう、懐かしいなセリィィンヌ、肉食えほら」
「パパさん発音が完璧ですのん」
「マジか! 父さんセリーヌと話が合うのか」
父さんと言ったのを小耳に挟んだ観空寺と中堤が驚きの声を上げる。
「ええええっ、この人がサナトスって人なの? 次期魔王とかいう? 常盤の子ども? マジ? ちょーカッコいいんですけど……」
「観空寺、言っとくがサナトスの顔は父親似だかんな」
「マジで? 嵯峨野あんたもしかして男前だったの? 先生! ちょっと逢坂先生! こっちきて、ほら、この人がサナトスって。常盤と嵯峨野の……」
「いまも男前だろうが」
「まあ、ベルフェゴールの子どもってことは、私の弟になるのね、可愛い子」
「ええええっ、ちょ、どういうこと? 母さんいっぱい増えたと思ったら今度は俺に姉さんができたのか」
「サナトス、お前に姉はいたが違う、この人はどっちかというと叔母さんだ」
「オバッ……ちょおっとベル! 今なんて言いましたか? 仮にも未婚の若い女性に向かって、いいえ、女の子に向かって、オバッ……ああっ、ダメ、その言葉は口に出せない……」
逢坂はアラサーではあるが小柄ということもあって見てくれは女子大生っぽくもある。
こんな時に突っ込んだら負けという空気があたりに充満しているというのに、空気をまるで読めない人も中にはいる。ゾフィーだ。
「そうね、間違いなく叔母にあたるわね」
ネチネチとした陰湿な嫌がらせを受け続けたせいか、ちょっと反撃したような気分になっているのか? とも見えた。
「言ったわねゾフィー! 私はあなたを嫁だなんて認めてませんからね、一生認めませんから」
「わははは、ルーおまえの一生って何年かかるんだよ」
「私はピチピチの27歳よ。誰が見ても綺麗なお姉さんです」
「先生! 脱線しないで! ストレージの魔法を完成させましょう。せっかくいいところなんだから、くだらないことに気を散らさないで!」
「くだらないことですって! 柊さんあなたまだ15だから年齢の事なんて考えたことがないのでしょうけどね……」
「先生! 年齢の事はあとにするの。いまはストレージのことを優先させるの」
風魔法カプセルを短剣に2つずつ付けて6本の剣と1本の槍を操る剣舞はパシテーが使う剣技だ。防御力の弱いパシテーが刃物をもって戦うのに、空を飛びながら間合いの広い遠隔剣技を使うというのはとても理にかなった戦法だ。だけどこの世界でストレージ魔法が一般で使えるようになると、パシテーは剣舞を使えなくなる。飛行する短剣の1本を捕らわれてストレージに収納されただけで倒される恐れがあるからだ。
わずか15~16年の間スヴェアベルムを離れている間に、爆破魔法まで起動式魔法になり、少ないとはいえ使い手は増えていることに間違いないし、気が遠くなるほどの距離があったノーデンリヒトとセカの距離もいまは中等部の女子学生が通学するような気軽さで行き来できるようになっている。
ストレージは秘匿しておいたほうが良いことは間違いないが、まずは覚えておく必要があるのだ。
パシテーの熱意に応える形で逢坂は肉を取って頷いた。
「そ? わかったわ。じゃあお肉に塩かけるひとどうぞー。ここにたくさんあるから」
「いらないわよ!」
「その塩はダメだ」
「師匠! なんだか吐きそうですぅ」
「兄さま、この塩、ほんのり生温かいの」
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転移魔法陣を使ってノーデンリヒトに帰ってきたトライトニアの民たちの視線を集めながら、バカ騒ぎのバーベキューパーティは夜更けまで続いた。
タイセーたちは前世の奥さんたちのもとに帰り、観空寺たちは浅井の部屋に泊めてもらうんだそうだ。サナトスたちも腹いっぱいたらふく肉を食って、満腹になると眠くなったようでグレイスを連れて帰った。夜半の冷たい空気が山から下りてくる頃、バーベキューコンロの炭火が消えた。
アリエルたちが工房の塔に登り、満天の星空の下、逢坂を招待すると、まるでアマルテアの廃風車を改装した塔のような佇まいに驚いた様子だったが、アリエルが塔のてっぺんで風を受けながら星空を楽しむことを知って懐かしく思ったのか、なんだか機嫌が良くなったようだ。




