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14-04 戦いは終わらない

 ……まったく、アリエルが消失させたセカ港を復興するのに、魔王フランシスコ自らが出向いて視察し、義弟のしでかしてしまった被害を少しでも軽減させるため復興支援を出すという、半ば予定調和のイベントだったものが、魔王の娘アマンダが勇者と聞いて我先にと飛び掛かったものだから大変な騒ぎになってしまった。

 たしかに観空寺かんくうじの言い分はもっともだ。

 観空寺かんくうじたちは帝国人でもなければ、スパイしにボトランジュに潜入した間者でもない。むしろ平和な日本から無理やり帝国に連れ去られた勇者召喚という拉致事件の被害者であるし、本当に悪いことなど何もしていなかった。ただ警備している衛兵に言われた通り、許された場所に立って魔王フランシスコが視察するのを見物していただけだ。それをサオが知った顔を見つけて大騒ぎしたものだから、短気者のアマンダが問答無用の先制攻撃を仕掛けたというだけの話だ。


 この騒ぎでケガを負ったのは殴った手を痛めたサオだけだし、そのケガもジュノーが即時治療したのだから、蓋を開けてみたら不用意に大声を上げたサオが順当に痛い目に遭っただけという結果だった。

 当の観空寺かんくうじたちは帝国を離反し、ノーデンリヒトに亡命することを望んでいるのだけど、とりあえずアシュガルド帝国の騎士服を着たまま最前列に立つ方も確かに悪いといえば悪い。この件は魔王フランシスコの裁量で手打ちとなった。


 だがしかし、魔王フランシスコの言いたいことは別にあった。ハリメデのシスコン発言についてである。

 この件については魔王にいさんの言い分の方が正しい、魔王フランシスコはシスコンと言う括りだけでなく、自分の母親や異母姉妹、更には娘までをも溺愛の対象としている。家族という括りでかつ性別が女性であるならば何でもいいのだ。シスコンなどという狭い括りで収まり切れるわけがない。


 もちろんこのあと、ほとほと困り果てたハリメデを十分に責めたあとアマンダを抱き上げたアリエルにも攻撃の手が及んだ。何しろフランシスコ自身、最近はアマンダに避けられており、ここ5年ほどは抱き上げたりチューしたりというスキンシップを取っていないのだそうだ。

 あっさり背後から抱き上げておきながら、激しい抵抗も受けず一発のパンチももらわなかったアリエルは、魔王フランシスコの嫉妬が混ざった愚痴をこれでもかというほど聞かされる羽目となった。


 逢坂おうさか先生たちといっしょに転移魔法陣を使ってノーデンリヒト、トライトニアに戻ったアリエルはまず、タイセーと韮崎にらさきたちに声をかけて、簡単な食事会を兼ねたバーベキューのようなイベントを自分の鍛治工房前の広場で開くことにした。ここはトライトニアの転移門が設置されていて、昔のような静けさは失われてしまった。夜になってもセカやマローニから戻ってくる労働者たちが頻繁に出入りしている。同時に、帰化申請という、つまりノーデンリヒト国民になるという書類も人数分用意した。


 ここはノーデンリヒト。自由の国だ。

 まあ、自由以外は何もない、僻地の中の僻地、世界の端っこに位置するド田舎なのだけど、その自由のシンボルに惹かれて人が集まってきた若い国。何をするのも自由、国王の下みなすべからく平等というのがこの国の信条だ。空の明るいうちに書類にサインと宣誓を済ませ、観空寺かんくうじ中堤なかつつみはノーデンリヒト人となった。いまは浅井あさいたちと再会を果たし、喜びを分かち合っているところだ。しかし逢坂おうさか先生だけノーデンリヒト受け入れの書類にサインしなかった。もちろん直立不動で一言も言葉を発さないイカロスも同様に。


 逢坂先生は当然こっち側の人間だと思っていたアリエルは確認の意味も含めて聞いてみた。


「せんせ……ルーはこっちにこないの? 戦いとかキライだったろ? もうここで暮らせばいいよ」

「んー、私はどちらかの陣営についたりしないの。クラスの仲間がお互いに剣を持って殺し合うだなんて不幸な未来、絶対に許しませんからね。それと私をルーと呼ばないこと。私は逢坂おうさか逢坂美瑠香おうさかみるかだからね」


 真沙希まさきもルナと呼ばれるのを好ましく思ってないと言うし、ルーもその名で呼ばれるのは好きじゃないのだそうだ。アリエルはアシュタロスと呼ばれることがあまり好きじゃないだけで、別にいつもの嵯峨野さがのクンと呼ばれようが、アリエルと呼ばれようがどっちでもよかったのだけど。

 ゾフィーも素知らぬ顔をしながらこっちが気になるらしく、聞き耳を立ててるようだし、観空寺たちがあっち行ってる間に聞きたいことを聞いておくことにした。


「えっと、先生……」

「んっ、ちょっとまってね。どうせだから隠れてる真沙希まさきちゃんも一緒にお話しようかな。ね」

 先生が工房の屋根に目をやると、そこに真沙希まさきが現れた。何と言うか、お見通しだった。


 薄暗がりの中、姿を現した真沙希まさきは不安と不満、疑惑と困惑が入り混じった微妙な表情を浮かべながらアリエルの背後、ゾフィーのすぐ隣に立った。ゾフィーの事が苦手な真沙希まさきにしては珍しい、真沙希まさきの行動にアリエルはなにか心境の変化でもあったのかと思ったが、特にケンカがおっぱじまるような雰囲気ではなかったので、そこを突っ込んで追究することはなかった。


 こちらサオがバーベキューの肉焼き奉行に選ばれて炭火の番人をやりながら、エアリスに肉の焼き方をレクチャーしている以外、全員が集まってる。サオはどうにも塩でできたオートマトンが気持ち悪くて近くにも寄りたくないらしい。どうせ話の内容に口を出すこともないから、話が決まったらあとでどんな話だったのかを教えてくださいねっと、それだけ言って肉に熱中している。

 アリエルとしては観空寺たちを遠ざけることで先生にも話しやすい場を作ったつもりだ。


「んじゃルーは、俺にこんなにも心配させて、ずっと近くにいながら名乗り出なかったことを謝れ」

「ルーと呼ばないでって言ってるのに……。でもちょっと驚いた。私はまた根掘り葉掘り聞かれるんじゃないかと思って覚悟してたんだけどな、さすが私の弟分だ。いい男になったねベルフェゴール。心配させてごめんなさい。でもね、ひとつだけ言い訳をさせてほしい。私はずっとあなたの側にいたからね」


「そっか。それならいいよ。そしてこれからもずっとそばに居てくれるんだろ?」

「んー。ゾフィーが戻ったならもう私がついてなくても心配ないかな。あなたは失ったものを少しずつ取り戻しつつある。私もあなたを見習って、前に進むことを考えないとね……」


 その言葉を聞いて少しホッとしたような表情を浮かべるアリエルの傍ら、これは聞いとかなきゃいけないでしょ? と言いたげに押しのけてジュノーが前に出てきて逢坂に問うた。


「ねえ先生、あなたの正体はゾフィーから聞いて分かったわ。でもその男ついこの前まで生身の人間だったわよね? それがどうやったら塩人形オートマトンになるの? 私のオートマトンとはどう違うの?」


「ふうん、ひいらぎさんのオートマトンねぇ。嘘ばっかり、あなたがオートマトンでしょう?」


 言うとアリエルの背後からため息が聞こえた。

 影からジュノーが姿を現し、前に出ていたジュノーの赤い髪からピンク色の花びらが散ると、ざわっと音を立てて真っ白な人形ひとがたが姿を変える。いまアリエルの傍らに立って逢坂と話をしていたジュノーは実はオートマトンで、本物のジュノーは背後に隠れていたのだけど、それを一目で看破されてしまったというわけだ。


「ああもう、こんなんじゃダメ。逢坂おうさか先生も騙せないようなもの実戦で使えないわ。まだまだ改良の余地あるわね……」

「ん。頑張るの」


「いえいえ、あなた達すごいわ、魔法を重ね掛けしているのね」

「なんで先生わかったのよ? それが知りたいわ」


「だってひいらぎさんあなた光の権能持ちでしょう? それなのに薄暗い闇のマナしか感じないもの。そんなの誰が見たって不審に思うわよ、だいたいそんな薄っぺらい闇を誰が貼り付けたの? ……んー? アルベルティーナ? ああ、なるほど。ひいらぎさんがオートマトンを動かして、アルベルティーナの幻惑魔法で姿形を錯覚させているのね。すごいすごい」


 ルーはジュノーが闇魔法を使えない事ぐらい知ってたという事だ。まあ、ジュノーとはアルカディアに囚われて以来ずっと面識があるからバレててもしょうがないけど、パシテーとの接点はわずか数か月のはず。たったそれだけしか接点ないのに、もうそこまで知られているとは。


「うー、ショックなの。改良の余地があるの」

「んーそうねアルベルティーナ。これほど広範囲のひとに視覚誤認させることができるなんてすごいわ。じゃあ視覚誤認させるついでに気配や属性も誤認させることができればそう簡単にはバレないわよ」


「ついでとか言われたの。大変すぎるのそれっ」

 ルーの無茶振りの犠牲者第一号がパシテーに決定した。

 しかし答えはすぐ目の前にあった、目の前の塩人形オートマトンが人間に見えて、誰も疑いを持たなかったこと自体がパシテーの目指す答えだった。


 パシテーは不満そうに唇を尖らせてルーのオートマトン・イカロスを間近で見たりペタペタ触れたりしている。


「うー、気持ち悪いの。体温ある。……生暖かいの」

「ねえあなた、私の武器を出して。こいつの強度を確かめたいわ」


 ジュノーはオートマトンを見破られた腹いせにモーニングスターで頭を吹き飛ばす気だ。

 どうせフィルム逆回しのように戻るんだから、ムカつく顔の男をぶん殴ってやりたいと言う気持ちはわかる。わかるんだけど、

「ダメ。ジュノーは武器を持たなくていいから」


「違うわよ。まあブッ叩いてやりたいとは思うけど、私けっこう視覚には自信あるのよね? 私に気付かせないほど精巧な作りで、視覚を誤認させられるその理由を知りたいの」


「視力に自信のある人ほど疑わないのよ。これは光の反射する波長を変えているだけ。光魔法で出来るから、これはひいらぎさんや真沙希まさきちゃんの得意分野じゃないかな。私よりいくらも上手にできるでしょう? 視覚誤認だと見破られる危険性があるから」


 そう言えば西のサマセットに行ったとき、オートマトンを敵兵に紛れ込ませたことがあった。

 その時はジュノーの光魔法で敵兵の姿をシールのように貼り付けて使っていたはずだ。

「なあジュノー、おまえサマセットで……」

「波長を変える方法だと私の姿が消せないのよ。だから今のだと、私が二人いることになるから……」


 ジュノーはどうしたものかと腕組みして考える。オートマトンが戦闘に使えるようになればジュノーの身を守りつつ一線級の戦力になるのだから、オートマトンの偽装は急務だ。


ひいらぎさんモーニングスターは勘弁してあげてね、どうやら重量のある鈍器の攻撃にはちょっと弱いかもしれないの、どっかの出戻りバカ女のパンチで肩パーツ吹き飛ばされたみたいだし、こっちのオートマトンも改良の余地あるわ。日々改良! これが魔導の鉄則よ」


 "出戻りバカ女"と呼ばれたゾフィーは笑顔を絶やしていないなりに、こめかみの血管が浮き出てピクピクと痙攣してるように見えた。そう、ルーとゾフィーはいまいち仲がよろしくない。


 ベルフェゴールがゾフィーに一目惚れして結婚するって話をしたとき、猛反対したのがルーだ。

 そりゃあルーにとってゾフィーといえば、ベルフェゴールと結婚するなんて話が出るちょっと前まで激しく殺し合ってた宿敵同士なんだから反対するなってほうが野暮なのだけど。とにかく反対を押し切って結婚してからもネチネチと様々な嫌がらせを考え出し、それは現在に至るも継続中だ。

 だからゾフィーとルーの間には根深い確執が横たわっているのだけど、それはどこの家庭でもある嫁と小姑こじゅうとの関係そのものだ。ゾフィーはその小姑の嫌がらせにひたすら耐え続けてるという訳だ。結婚してしまった以上、小姑の方が立場が上なのだから。


「まあ、出戻りのことなんてどうだっていいわ。そんな事よりも真沙希まさきちゃんが私のコトずっとにらんでる。私なにか怒らせるようなことしたかな?」


「したし……」

「何をしたのかな?」


「心当たりあるくせに」

「ありすぎて何なのか分からないこともあるの」


「きっとその全てだし。逢坂おうさか先生は"あの"ルーなのよね? いったんはヘリオスの側についたのに、なぜ監視員ウォッチャーを皆殺しにする必要があったのかな?」


 アリエルやジュノーにとって真沙希まさきが言う"皆殺し"という言葉は寝耳に水で、言葉から受ける印象そのまま、強張った空気を連れてきた。

 言われたルーの方もいったい何んの事か?とでも言わんばかりにとぼけた顔で聞き返す。


「ええっ? わたし敵についた覚えはないわよ?」

「ルーという女神は十二柱の神々、ザナドゥの主神で第十位に認定されてる。しかもそれまで十位だったアルカディアの主神ヘクターと入れ替わりに。ヘクターを殺したのもルー、あなたですよね?」


「あー、なんか使いの者って人がきて勝手に"招聘しょうへいします"なんて言われたっけ。でも私は了承してないわ。ところでヘクターって誰? んーと、どこかで聞いたことあるような、ないような……、ヘクター? ヘクター……、ああー、心当たりがないでもないかな。んー、でもあの時代、四世界すべての権力を掌握していたのがヘリオスって女なのでしょう? 真沙希ちゃん、あなたもヘリオスの手の者だったって聞いたっけ。まあ、どうだっていいけどさ。あいつは男なんかよりも、直接命を生み出すことができる女の方が尊いという考えの持ち主だったのよ。だから何かと理由をつけて女を重用して要職に就けていただけ。光の権能とか傷ついた人を癒す力なんて大好きだったらしいし、しかもその十二柱のナントカに選ばれることは非常に名誉なことだから絶対断らないなんて思ってるあたりがムカつくのよね、ま、私はきっぱりとお断りしましたから、十二柱のナンタラとは無関係です」


「じゃあなぜ監視員ウォッチャーたちを皆殺しにしたの? あの人たちは使命感をもって任務に当たっていた。ただ監視していただけの無害な存在でしょう? あなたと敵対することはなかったはずなのに」


「敵対することがない? 嘘よそんなの。あの人たちはみんな戦争で家族を失ったり、生まれ故郷を失った人たちでした。心の中には怨みと憎しみが渦巻いていたわ。ただ無害な監視員なんて一人もいなかったよ。誰もがベルフェゴールに対して強い殺意を抱いてた。私は殺意を頼りにひとりひとり見つけ出して、そうね……、多くの人と話をしたわ。そして大勢の人が命を落としました。あの人たちの中にあなたの友達が居たの?」


「命を落とした? 私はあの人たちが死んだところで特に懇意にしてた人もいないしね、それでも先生のその、ものの言いようには違和感があるよ。なんだか血の通った人と話してるように感じないし」


「ええっ? 真沙希まさきちゃん、もしかして何か勘違いしてませんか? 私が一方的に暗殺したとか、そんなこと考えてませんか?」


「違うの? 世界が巻き戻っても、塩にされた人はもう二度と戻ってこなかったし。どうせその男も……」


「んーと……誤解されてるわけじゃないと思うけど、私だけ悪者みたいに思われちゃ寝覚めが悪いわ。えっと、どう言えばいいのかな? あの人たちの心に渦巻いていた怒りや憎しみは、被害者意識が生んだものなの。自分たちの行いは棚に上げて、他国を蹂躙したくせに、大勢殺したくせに、滅ぼしたくせに。戦況が傾いてこんどは自分たちの家族が死んだって。殺されたって。それで何が憎いのかな? 何に怒ってるのかな。本当に救いようのないバカばっかり。ねえ真沙希まさきちゃん、もしかしてあの戦争が終わったと思ってる? ベルフェゴールをアルカディアに閉じ込めたぐらいでもう勝ったと思ってるの?」


「へえ……まだやる気まんまんなんだ」

「じゃあ逆に私からも質問するわ。あなた敵だったのにどういう風の吹き回しでベルフェゴールにくっついてるのかな?」

「決まってるじゃん。兄ちゃんが悪いなんてこと絶対ないし」


「さすが真沙希まさきちゃん、よく分かってるわね。じゃあお肉でもいただきながら話をしましょうか。じつは嵯峨野さがのクンに提案があったりするのよ?」


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